21 / 27
第二の謎
幽霊の正体①
しおりを挟む
亀三の持ち前の行動力を発揮した。手下を総動員した上に、馴染みの岡っ引きにも声をかけて、総勢50人がかりで川べりの捜索を行ったのだ。
隅田川の下流といえば広範囲になるが、若い女が潜むような繁みや小屋は限られている。人海戦術が功を奏して、陽が暮れる前に、一人の女が捕らえられた。
加代の友人知人が彼女を加代と思いこんだのも不思議ではない。彼女が身に着けていたのは元々加代の着物であり、彼女は加代と瓜二つだったのだから。
亀三は捜索に協力してくれた仲間と手下に礼を言い、縛り上げた若い女を横山町の自身番に連れ返った。自身番とは町内警備の施設であり、番所とも呼ばれる。現代でいえば、交番と集会場の中間のようなものだろう。
亀三は早速、女の取り調べを行った。
「おい、おまえは何者だ」
「……」
「今、着ているのは殺された加代の着物だな。二人を殺めた時に盛大な返り血を浴びたので、そいつに着替えたというわけか」
「……」
「血まみれの着物はどこにやった。石を包んで川に捨てたか、穴を掘って埋めやがったか」
「……」
「いいかげん名前を吐きやがれっ。おまえは一体、何者なんだ」
女は恫喝を受けても、口を閉ざしたままだ。翌日になっても状況は変わらず、女は黙秘を貫いている。
女相手に拳をふるうのは気が進まないが、この状況では仕様がない。亀三が暴力の行使を決意した時、ひょいと自身番に顔を出したのは貞次郎だった。いつも通り寝坊をしていたところ、下っぴきの熊太郎に叩き起こされて、やってきたのだ。
「さすが親分、ものの見事に幽霊を捕まえましたね」
「それがよ、この女、うんともすんとも言わねぇんだ。このままじゃ埒があかねぇ。逆さ吊りにするか石抱えにするか、大いに迷っていたところだぜ」
逆さ吊りや石抱えは拷問の種類だが、行使するには奉行の許しが必要である。亀三の目論見は女への脅しだったが、女の表情に変化はなかった。
「親分、私がちょいと話しても構いませんかね」
貞次郎の提案に、亀三は鷹揚に頷いた。貞次郎は女の前に座り込み、
「はじめまして。私は親分の世話になっている、丹葉貞次郎という者です。人が人を殺めるのは、よほどのことです。さぞ、つらかったことでしょう」にっこり女に笑いかけ、「あなたは加代さんの妹、登代さんですね」
女の目に初めて、感情が宿った。
隅田川の下流といえば広範囲になるが、若い女が潜むような繁みや小屋は限られている。人海戦術が功を奏して、陽が暮れる前に、一人の女が捕らえられた。
加代の友人知人が彼女を加代と思いこんだのも不思議ではない。彼女が身に着けていたのは元々加代の着物であり、彼女は加代と瓜二つだったのだから。
亀三は捜索に協力してくれた仲間と手下に礼を言い、縛り上げた若い女を横山町の自身番に連れ返った。自身番とは町内警備の施設であり、番所とも呼ばれる。現代でいえば、交番と集会場の中間のようなものだろう。
亀三は早速、女の取り調べを行った。
「おい、おまえは何者だ」
「……」
「今、着ているのは殺された加代の着物だな。二人を殺めた時に盛大な返り血を浴びたので、そいつに着替えたというわけか」
「……」
「血まみれの着物はどこにやった。石を包んで川に捨てたか、穴を掘って埋めやがったか」
「……」
「いいかげん名前を吐きやがれっ。おまえは一体、何者なんだ」
女は恫喝を受けても、口を閉ざしたままだ。翌日になっても状況は変わらず、女は黙秘を貫いている。
女相手に拳をふるうのは気が進まないが、この状況では仕様がない。亀三が暴力の行使を決意した時、ひょいと自身番に顔を出したのは貞次郎だった。いつも通り寝坊をしていたところ、下っぴきの熊太郎に叩き起こされて、やってきたのだ。
「さすが親分、ものの見事に幽霊を捕まえましたね」
「それがよ、この女、うんともすんとも言わねぇんだ。このままじゃ埒があかねぇ。逆さ吊りにするか石抱えにするか、大いに迷っていたところだぜ」
逆さ吊りや石抱えは拷問の種類だが、行使するには奉行の許しが必要である。亀三の目論見は女への脅しだったが、女の表情に変化はなかった。
「親分、私がちょいと話しても構いませんかね」
貞次郎の提案に、亀三は鷹揚に頷いた。貞次郎は女の前に座り込み、
「はじめまして。私は親分の世話になっている、丹葉貞次郎という者です。人が人を殺めるのは、よほどのことです。さぞ、つらかったことでしょう」にっこり女に笑いかけ、「あなたは加代さんの妹、登代さんですね」
女の目に初めて、感情が宿った。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
仏の顔
akira
歴史・時代
江戸時代
宿場町の廓で売れっ子芸者だったある女のお話
唄よし三味よし踊りよし、オマケに器量もよしと人気は当然だったが、ある旦那に身受けされ店を出る
幸せに暮らしていたが数年ももたず親ほど年の離れた亭主は他界、忽然と姿を消していたその女はある日ふらっと帰ってくる……
信長の弟
浮田葉子
歴史・時代
尾張国の守護代の配下に三奉行家と呼ばれる家があった。
その家のひとつを弾正忠家といった。当主は織田信秀。
信秀の息子に信長と信勝という兄弟がいた。
兄は大うつけ(大バカ者)、弟は品行方正と名高かった。
兄を廃嫡し、弟に家督を継がせよと専らの評判である。
信勝は美貌で利発な上、優しかった。男女問わず人に好かれた。
その信勝の話。
空蝉
横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。
二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。
大航海時代 日本語版
藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった―――
関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した
それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった
―――鎖国前夜の1631年
坂本龍馬に先駆けること200年以上前
東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン
『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです
※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します
毛利隆元 ~総領の甚六~
秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。
父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。
史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。
首切り女とぼんくら男
hiro75
歴史・時代
―― 江戸時代
由比は、岩沼領の剣術指南役である佐伯家の一人娘、容姿端麗でありながら、剣術の腕も男を圧倒する程。
そんな彼女に、他の道場で腕前一と称させる男との縁談話が持ち上がったのだが、彼女が選んだのは、「ぼんくら男」と噂される槇田仁左衛門だった………………
領内の派閥争いに巻き込まれる女と男の、儚くも、美しい恋模様………………
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる