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第一の謎
先代の残したもの③
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窪みの中に納まっていたのは、一冊の帳面だった。表紙と裏表紙はなく、二つ折りにした紙を紐で綴じただけの代物である。ところどころ変色をしているが、破れたりはしていないようだ。
帳面の一枚目には、「寿屋の徳」と書いてあった。「徳」とは品性を指す。富と財産という意味もあるので、桐野の言う、お宝と言えなくもなかった。
ただ、その価値のわかる人間は、寿屋の関係者に限られるだろう。貞次郎は慎重に、その帳面を取り出すと、両手を添えて依頼主に差し出した。
「先代がこれを託したかったのは、左衛門殿、あなたです。どうぞ、御確認ください」
左衛門はしばらく黙読をしていたが、隠しておくような内容ではない、と判断したのだろう。貞次郎たちに聞かせるように、静かに読み始めた。
「寿屋を守り、未来永劫、商いを行っていくことが、私の望みだ。そのために必要なのは、徳の一文字である。徳こそが富と財産の源泉であり、寿屋を守る力となる。基本は昔も今も変わらない。良いものを安く売ることに尽きる。もしも、買い手のことを顧みず、私利私欲に走ったならば、寿屋も行く末は暗いものとなる。
「人は正しいことを行い、つつましく生きていれば、富と財産を手にすることができる。正直であれ。つつましくあれ。寿屋の商いが徳にかなっているならば、まちがいなく、商いを続けることができる。徳こそが富と財産の源泉であり、寿屋を守る力となる。さすれば、おのずと行く末は明るいものとなろう」
先代の説いているのは、正直、勤勉、謙虚ということだ。私利私欲より顧客第一という考え方も、現代ビジネスに通じるものがある。いってみれば、この帳面は寿屋直伝の心得マニュアルみたいなものだったのだろう。
それは以下のように結ばれていた。
「商いには波がある。波にのることは大事であるが、のりそこねても慌てることはない。徳を重ねていれば、いずれ波はやってくる。商いの波は戻ってくれば、おのずと富も回ってくる。いたずらに富を追い求めることのなきよう。商いの基本は徳にあること、くれぐれも忘れることなきよう。徳がすべてである、と心に刻んでおくこと」
読み終えた時、左衛門の頬は濡れていた。
帳面の一枚目には、「寿屋の徳」と書いてあった。「徳」とは品性を指す。富と財産という意味もあるので、桐野の言う、お宝と言えなくもなかった。
ただ、その価値のわかる人間は、寿屋の関係者に限られるだろう。貞次郎は慎重に、その帳面を取り出すと、両手を添えて依頼主に差し出した。
「先代がこれを託したかったのは、左衛門殿、あなたです。どうぞ、御確認ください」
左衛門はしばらく黙読をしていたが、隠しておくような内容ではない、と判断したのだろう。貞次郎たちに聞かせるように、静かに読み始めた。
「寿屋を守り、未来永劫、商いを行っていくことが、私の望みだ。そのために必要なのは、徳の一文字である。徳こそが富と財産の源泉であり、寿屋を守る力となる。基本は昔も今も変わらない。良いものを安く売ることに尽きる。もしも、買い手のことを顧みず、私利私欲に走ったならば、寿屋も行く末は暗いものとなる。
「人は正しいことを行い、つつましく生きていれば、富と財産を手にすることができる。正直であれ。つつましくあれ。寿屋の商いが徳にかなっているならば、まちがいなく、商いを続けることができる。徳こそが富と財産の源泉であり、寿屋を守る力となる。さすれば、おのずと行く末は明るいものとなろう」
先代の説いているのは、正直、勤勉、謙虚ということだ。私利私欲より顧客第一という考え方も、現代ビジネスに通じるものがある。いってみれば、この帳面は寿屋直伝の心得マニュアルみたいなものだったのだろう。
それは以下のように結ばれていた。
「商いには波がある。波にのることは大事であるが、のりそこねても慌てることはない。徳を重ねていれば、いずれ波はやってくる。商いの波は戻ってくれば、おのずと富も回ってくる。いたずらに富を追い求めることのなきよう。商いの基本は徳にあること、くれぐれも忘れることなきよう。徳がすべてである、と心に刻んでおくこと」
読み終えた時、左衛門の頬は濡れていた。
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