上 下
8 / 27
第一の謎

穴蔵①

しおりを挟む
 貞次郎は予定外ではあったが、二日連続で寿屋を訪ねることになった。

 左衛門からの頼まれごとは急ぎではないし、そのうち気が向けば取り組んでやろう、と考えていたのだ。

 しかし、お目付け役の桐野兵吾にうろつかれては、そうもしていられない。せっつかれるのは不愉快だし、気がかりを抱えたままなのは性に合わない。厄介ごとは手早く済ませておくべきだろう。

 貞次郎が寿屋を訪ねると、左衛門は笑顔で出迎えてくれた。
「昨日の今日で早速さがしてもらえるとは、ありがたい。穴蔵は元より屋敷の隅々まで、どうぞ見て回ってくだされ。桐野さんと店の者が一緒なら、気遣いは無用ですよ」

 貞次郎が桐野と一緒にやってきたのは、桐野の話の真偽を見極めるためだった。しかし、左衛門と桐野は笑顔で言葉を交わしている。どうやら、桐野の話に嘘はなかったらしい。

「丹葉さん、一番気になるのはどこだ」と、桐野が訊く。「やっぱり、肝心要の一の穴蔵から、当たってみるかい」
「いや、一番気になるのは別口ですね。左衛門殿、庭に涸れ井戸はありますか?」

「涸れ井戸? 使用中の井戸はありますが、涸れ井戸はございませんな」
「だそうだ。丹葉さん、当てが外れたな」

「いや、当てになどはなからしていないよ。見込みのある場所を一つずつ潰していくだけさ」
 強がりではなく、心底そう思っている口振りだった。

 そこへ番頭がやってきて、左衛門に何事か耳打ちをする。
「では、これで失礼します。もし何かあれば遠慮なく声をかけてくだされ」

 左衛門が席を外すと、桐野は砕けた口調で、
「で、丹葉さん、どうするよ。やっぱり最初にあたるのは、一の土蔵かい?」
「いえ、まずは、庭から見せてもらえますか?」

「おい、左衛門殿から涸れ井戸はねぇって聞いたばかりだぜ。どうして、一の土蔵じゃねぇんだよ」
「とりあえず、庭を見てからですよ」

 独り言のように呟くと、貞次郎はさっさと廊下に出ていく。無言で桐野を振り向くと、顎をしゃくって庭への案内を乞うた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

時雨太夫

歴史・時代
江戸・吉原。 大見世喜瀬屋の太夫時雨が自分の見世が巻き込まれた事件を解決する物語です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

紫苑の誠

卯月さくら
歴史・時代
あなたの生きる理由になりたい。 これは、心を閉ざし復讐に生きる一人の少女と、誠の旗印のもと、自分の信念を最後まで貫いて散っていった幕末の志士の物語。 ※外部サイト「エブリスタ」で自身が投稿した小説を独自に加筆修正したものを投稿しています。

【完結】天下人が愛した名宝

つくも茄子
歴史・時代
知っているだろうか? 歴代の天下人に愛された名宝の存在を。 足利義満、松永秀久、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。 彼らを魅了し続けたのは一つ茶入れ。 本能寺の変で生き残り、大阪城の落城の後に壊れて粉々になりながらも、時の天下人に望まれた茶入。 粉々に割れても修復を望まれた一品。 持った者が天下人の証と謳われた茄子茶入。 伝説の茶入は『九十九髪茄子』といわれた。 歴代の天下人達に愛された『九十九髪茄子』。 長い年月を経た道具には霊魂が宿るといい、人を誑かすとされている。 他サイトにも公開中。

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

死は悪さえも魅了する

春瀬由衣
歴史・時代
バケモノと罵られた盗賊団の頭がいた。 都も安全とはいえない末法において。 町はずれは、なおのこと。 旅が命がけなのは、 道中無事でいられる保証がないから。 けれどーー盗みをはたらく者にも、逃れられない苦しみがあった。

淡々忠勇

香月しを
歴史・時代
新撰組副長である土方歳三には、斎藤一という部下がいた。 仕事を淡々とこなし、何事も素っ気ない男であるが、実際は土方を尊敬しているし、友情らしきものも感じている。そんな斎藤を、土方もまた信頼し、友情を感じていた。 完結まで、毎日更新いたします! 殺伐としたりほのぼのしたり、怪しげな雰囲気になったりしながら、二人の男が自分の道を歩いていくまでのお話。ほんのりコメディタッチ。 残酷な表現が時々ありますので(お侍さん達の話ですからね)R15をつけさせていただきます。 あッ、二人はあくまでも友情で結ばれておりますよ。友情ね。 ★作品の無断転載や引用を禁じます。多言語に変えての転載や引用も許可しません。

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...