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少年と浪人②

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 その化け物は天狗とも鬼だとも言われているが、人を襲ったり食らったりすることはない。人に直接、手を下すことはないのだ。ただ、真夜中の神社や通りに現れては、通行人に不気味な予言を行うのである。

「今年、浅草で人が大勢死ぬ」「もうすぐ、神田で大火事が起こる」という具合に、地の底から湧いたような声音で。その際、化け物の姿は闇に紛れて、ほとんど見えないという。それなのに、天狗だ、鬼だ、というのだから、いい加減な話である。

 実は、この化け物は現代では、「予言獣よげんじゅう」と呼ばれている。文献によると、幕末の頃、時折り現れては、豊凶や災い、疫病に関する予言を行っていたという。最も有名な予言獣は、おそらく「くだん」だろう。

「予言獣」は現代の都市伝説のようなものだが、メディアの発達していない時代に、この手の話が広く信じられていた。

 さて、希之介によると、源八と一緒に追っていた男は他でもない。化け物の「日本橋で火事が起こって、人が三人死ぬ」という言葉を聞いた男だった。その予言は見事的中し、蕎麦屋そばやで火事が起こり、夫婦と子供一人が亡くなった。

「ああ、それなら知ってるよ。親父が消し止めた火事だ」

 希之介の話を聞いていたトクが、唐突に口を挟んだ。トクの父親,源右衛門は、火消ひけしなのだ。もちろん、今の消防士のことである。

「その焼け跡に、あの野郎は入り込んでいやがった。金目の物でも探してやがったのさ。化け物の言葉を聞いただけでも怪しいのに、今度は火事場泥棒の真似事。ひょっとして、こいつが下手人げしゅにんじゃねぇか、というのが源八親分の見立てだ」

 ああ、だから、あんなに必死に追いかけて行ったのか、とサブは納得した。けれど、すぐに小首をかしげて、
「けどさ、蕎麦屋一家を焼き殺すために、わざわざ化け物の言葉を聞いたなんて嘘をつくかなぁ? それって、全然まともじゃないね」
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