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C:バトル・オン・ウォーターフロントⅡ③

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 荒川河川敷グラウンドでは、激闘が続いていた。弁財天と元弁財天は、昼下がりの戦いと同様に、熾烈な命のやりとりをしている。

 もっとも、その激闘は一般市民の眼には見えていない。カノンとベティが戦っている空間が、【DOG(神の次元)】だからだ。【DOG】だからこそ、思い存分に大技を振るうことができる。

 ただ、次元の皮膜を突き破って、現世では炎の柱が突然噴き上がったり、突風で街路樹がなぎ倒されたりしている。異常な気配を肌で感じたのか、誰一人、河川敷に近寄ろうとしない。

 弁財天と元弁財天の激闘は、ウォーターフロントの大地と大気を大きく揺るがしていた。

 ベティの属性は、火だ。空気中の酸素を凝縮して高速振動をさせることで、火球を作り出す。圧倒的な火力で、カノンを焼きつくそうとする。

 カノンの属性は、風だ。ベティが繰り出す火球群に、強力な疾風をぶつけて打ち消し、刃物のような旋風でベティの肢体を切り刻もうとする。

 だが、ベティの火炎放射が、カノンの旋風を寄せ付けない。

「カノン、私たちは国の重要ポイントを握っているのよ。この戦いの結果に関係なく、システムは回り続ける。それこそ永久機関のようにね。もし、あなたが力づくで止めてごらんなさい。この国の経済は即崩壊するわよ」

 四方から弧を描いて迫る火球をかわしながら、カノンは叫ぶ。

「そんなこと、私が絶対にさせへん! 弁財天の名において、不景気なんか一掃して、日本経済を復活させたるわ! そのためなら、何だってやったる! どんなに笑われても、断固やり遂げたる!」

 ベティは鼻で笑う。

「ふふ、おバカな子ねぇ。その自信は一体、どこからくるのかしら。神様の端くれがメサイア・コンプレックスを発症した? 笑えない冗談ね。救世主気取りのあんたが突っ走ったら、それこそ本当に経済の底が抜けるわよ」

「なら、私の深謀遠慮な計画を教えたるわ。絶望的な経済状況を好転させるための抜本的なプロジェクト、ちうわけや。要は、国民が消費して、消費して、消費して、消費して、消費して、消費しまくることや。景気の良し悪しってもんは、GNPの器で決まる。細かいことには眼をつぶって、スケールメリットでとらえればええ。今なすべきことは、日本を器の大きな国に作り替えることやでっ!」

 ベティは途中から、小馬鹿にするように首を横に振っていた。

「ホントに経済の底が抜けるわよ」
「う、うっさいわっ!」カノンは怒りに任せて、風の刃を放った。

 戦いにおいて、両者は互角だった。一進一退を繰り返しているといえる。

 ただ、戦闘経験の豊富さなら、ベティにがあった。平和ボケの若き世代には想像もつかないような修羅場を、ベティは何度も潜り抜けてきたからだ。

 カノンがベティより勝るものといえば、瞬発力と持久力ぐらいだろう。さらに、チームB・ナンバー7がベティから受けた攻撃のデータも受け継いでいる。

「仲間の犠牲は、無駄にせぇへんっ!」

 カノンはベティを誘い込むように、高層ビルの陰に飛び込んだ。ベティを巧妙に誘導した上で、急上昇して、ビルの屋上を超えたところで、勢いよく振り返る。

 頭上に上げた両手に、十数枚の一万円札を扇状に広げると、両腕を勢いよく振り降ろした。

「ガスト・スライサーっ!」

 チタン合金の硬度をもった紙幣が、突風ガストと化して飛翔する。それらはまるで、魚の群れのように、空中で急停止したベティに襲いかかる。

 だが、ベティは余裕の笑みを浮かべて、両手の指をリズミカルに鳴らす。「パキン」という音が上がる度に、紙幣は火に包まれて、ベティの元に辿りつく前に燃え尽きてしまう。

「おカネを燃やすなんて、ひどいことをするのね」
「武器に使う方が、よっぽどバチ当たりでしょう」

 カノンが両手を前に突き出し、そろえた指先を天に向けると、今度は掌から小石の奔流がほとばしった。

「ガスト・クラッカーっ!」

 いや、小石ではなく、大量の硬貨だった。ジャラジャラと互いに打ち鳴らしながら、消防の放水のような勢いで、ベティに向かって輝くアーチをかけた。

 ベティの炎の盾〈フレイム・イージス〉をもってしても、数百万枚以上の硬貨の奔流《ほんりゅう》をくい止めることはできない。しかも、ロックオンされているため、ベティが身をかわしても、奔流は追いすがってくる。

 だが、カノンも攻撃に集中しすぎて、防御がおろそかになっている。そこに致命的な隙が生じていた。

 ベティは一旦後方に下がり、それから一気に天空へと駆け昇ると、手首のスナップだけで小さな炎の矢を放った。カノンの死角から不意打ちを仕掛けるためだ。

 その攻撃を読んだカノンは、両腕を振って風を放ち、炎の矢を吹き消した。

 コンマ数秒の空白が、勝負の分かれ目だった。ベティが全開にした念動力によって、硬貨奔流の制御を奪い取られてしまったのだ。

 カノンが自分のミスに気づいた時には、制御を奪還することは不可能だった。数百万枚の奔流は、元の主人を忘れ果て、襲いかかってくる。

 こうなると、逃げの一手しかない。カノンは一気に十数メートルをジャンプした。今度はベティが執拗に追いすがる。

 カノンは、二手に分かれた硬貨の奔流によって、空中で挟みこまれる形になった。数十枚の硬貨が身体に殺到する。たちまちカノンの全身は、硬貨の群れに飲み込まれてしまった。このままでは、いかに神であろうと、全身の骨が砕かれて、圧死してしまうだろう。

 やがて、カノンを中に封じ込めた、大きな球が完成した。

 まるで、ミツバチの大群が一匹のスズメバチを倒すために作るという〈蜂球ほうきゅう〉のようだった。スズメバチの身体に次々ととりつき、球状の中に封じ込めて、高温を発して蒸し殺すという必殺技のことである。

 カノンが今、封じこめられているのは、直径2メートルほどの宙に浮かぶ巨大な〈硬貨球〉だった。

 ベティは両腕を優雅にふるうと、口元に笑みを浮かべて仕上げに取りかかる。

 止めの刺し方は、昼下がりの戦いと同じだ。前方に差し出した左手の指先から、硬貨球めがけて、青白き火炎を放射する。

 高温の炎にあぶられた〈硬貨球〉は、赤く染めあげられていく。ミツバチがスズメバチを蒸し焼きにするより、短時間で決着がつくだろう。

 ベティは満足げな笑みをたたえて、カノンの絶叫が上がるのを心待ちにしていた。
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