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C:バトル・オン・ウォーターフロントⅡ①
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弁財天と元弁財天は散歩をするように、ゆっくりと歩道を歩いていた。ベティが前を歩き、5メートルほど空けてカノンが続く。居酒屋を出てから、二人とも無言を貫いていた。
螺旋状の歩道橋を上がり、荒川河川敷の遊歩道に入ると、風は一層強くなった。二人の髪が強くなびいている。彼女たちの心に呼応して、空が荒れそうな気配だ。
平日の夜だし、花冷えのせいか、通行人はまばらだった。ジョガーの姿がちらほら見えるぐらいである。
ベティは前を向いたまま、背後のカノンに話しかけた。
「どうして、カノンが生きているのよ。全身を焼却して真っ白な灰になった状態から復活するなんて、幹部クラスの神でも不可能なのに」
「さぁてね」
「説明しなさいよ」
「どないしょう。教えよかな。それとも、よそうかな」カノンは悪戯っぽく笑っている。
「……」
「そやかて、あっさり教えるのって、もったいないやん」
「……ふん、面倒臭い子」
カノンはクスクスと笑う。
「ベティさん、何か勘違いをしているみたいやね。私は復活なんてしてへんねん。この世界の中に、私は一人だけ」
「なら、どんな手品を使ったのかしら」
「ううん、手品やないよ。トリックなんか使ってへんし、特別なことは何もしてへん」
「それって、どういう意味かしら?」
「そのまんまの意味や。ベティさん、一つ言わせもらおか。あなたは幹部連中を軽く見過ぎや。それって、マジ命とりやからね」
カノンの後ろに、突然、人影があらわした。もう一人。さらに、もう一人。人影は次第に増えていく。
ベティは背後の気配を感じ取っていた。
ふん、仲間をかき集めたか。カノンは質より量で圧倒する気らしい。浅知恵もいいところだ。相手が何人だろうと、私には関係ない。なぜなら、こちらには〈切り札〉がある。
ベティは余裕の笑みを浮かべていた。だが、河川敷グラウンドの真ん中で振り向いた時、驚くべき状況を目の当たりにすることになる。
ベティは自分の眼を疑った。
突き刺さるような夥しい数の視線が、彼女の全身を貫いている。カノンと同じ顔、同じ身体つきの女たちが、自分を取り囲んでいるのだ。
ベティの眼には、100人以上に見えたが、実際の人数は47人だった。
これは一体、どういうことなのか? 分身の術を使う神様など、冗談にもなりはしない。
先頭のカノンが代表して疑問に答える。
「大まかに言うと、ベティさんがバカにした幹部連中の〈スーパーファイン・テクノロジー〉のおかげなんよ。人間界でも、倫理面や社会制度上の規制を度外視すれば、人クローンの創造は実現可能やんか。神々が自分をコピーするぐらい、でけへんわけないやろ」
かつて、神様は自身に似せて、人間を創りあげた。はるかな時を経て、現在の神様は自分自身をそっくりそのままコピーして、〈チーム〉を創りだす時代に入ったのだ。
ベティは、先の言葉の真意を知った。バカげている。本当にバカげている。
「〈弁財天の大革新〉と〈チーム制をとる〉というのは、こういうこと?」
〈大革新〉とは文字通り神々のイノベーションであり、そっくりそのまま〈チーム制〉という言葉とつながっていたのだ。
47人という数字は、偶然にも赤穂浪士と同じだが、これは48人だったものが、昼過ぎの激闘によって一人欠けたからにすぎない。
先頭のカノンが言う。
「もう一つ言うとくと、私たちは全員、亡くなった一人の記憶と経験、知識を共有しとるからな」
その一人とは言うまでもなく、ベティと戦ったチームB・ナンバー7のことである。
「彼女の味わった痛み。身を焼くような屈辱。死んでも消えへん無念。それらはすべて、共通のデータベースをもつ、私たち47人に引き継がれとる。一人残らず、ベティさんと戦い、屈辱的な敗北を味わい、苦悶の果てに消されたんや。私たちはチームで一人。文字通り、一心同体やからな」
「ふん、私が殺したのは、あなたのほんの一部にすぎなかった。つまり、そういうことか。道理で手応えがなかったわけね」
47人の若き弁財天たちの前で、ベティは苦笑した。
「で、私の相手を務めるのはどなた? 全員、総がかりでかかってきても、よくってよ」
「いや、戦いは、フェアにせな」
そう言ったとたん、横殴りの風が吹き、46人の姿がきれいに消え失せた。後に残されたのは、たった一人の若き弁財天だけだ。
「ふん、自信過剰ね」
「先輩には負けるわ」
二人の弁財天は凍りついたように、無言で向かい合っている。
10秒、10秒、1分……。
弁財天同士の戦いのゴングが、今にもウォーターフロントで鳴り響こうとしていた。
ブァーーーン! 静寂を破ったのは、近くの千住新橋を走行する大型トラックのクラクションだった。
その瞬間、カノンは一気に間合を詰めて、ベティに対して蹴りを見舞った。左のローキック三連発に、右のハイキックというコンビネーションである。
カノンの攻撃はスピードがのっている。
ベティは開いた右膝で相手のローキックをやりすごし、左側頭部を狙ってきたハイキックは身を反らして紙一重で避ける。
カノンのスピードが増すにつれ、ベティのスピードも増していく。
ベティは口元に笑みを刻みながら、防御から攻撃に移るタイミングをはかっていた。
拳を交えての命のやりとり。先の戦いよりもハードな戦闘になりそうだった。
螺旋状の歩道橋を上がり、荒川河川敷の遊歩道に入ると、風は一層強くなった。二人の髪が強くなびいている。彼女たちの心に呼応して、空が荒れそうな気配だ。
平日の夜だし、花冷えのせいか、通行人はまばらだった。ジョガーの姿がちらほら見えるぐらいである。
ベティは前を向いたまま、背後のカノンに話しかけた。
「どうして、カノンが生きているのよ。全身を焼却して真っ白な灰になった状態から復活するなんて、幹部クラスの神でも不可能なのに」
「さぁてね」
「説明しなさいよ」
「どないしょう。教えよかな。それとも、よそうかな」カノンは悪戯っぽく笑っている。
「……」
「そやかて、あっさり教えるのって、もったいないやん」
「……ふん、面倒臭い子」
カノンはクスクスと笑う。
「ベティさん、何か勘違いをしているみたいやね。私は復活なんてしてへんねん。この世界の中に、私は一人だけ」
「なら、どんな手品を使ったのかしら」
「ううん、手品やないよ。トリックなんか使ってへんし、特別なことは何もしてへん」
「それって、どういう意味かしら?」
「そのまんまの意味や。ベティさん、一つ言わせもらおか。あなたは幹部連中を軽く見過ぎや。それって、マジ命とりやからね」
カノンの後ろに、突然、人影があらわした。もう一人。さらに、もう一人。人影は次第に増えていく。
ベティは背後の気配を感じ取っていた。
ふん、仲間をかき集めたか。カノンは質より量で圧倒する気らしい。浅知恵もいいところだ。相手が何人だろうと、私には関係ない。なぜなら、こちらには〈切り札〉がある。
ベティは余裕の笑みを浮かべていた。だが、河川敷グラウンドの真ん中で振り向いた時、驚くべき状況を目の当たりにすることになる。
ベティは自分の眼を疑った。
突き刺さるような夥しい数の視線が、彼女の全身を貫いている。カノンと同じ顔、同じ身体つきの女たちが、自分を取り囲んでいるのだ。
ベティの眼には、100人以上に見えたが、実際の人数は47人だった。
これは一体、どういうことなのか? 分身の術を使う神様など、冗談にもなりはしない。
先頭のカノンが代表して疑問に答える。
「大まかに言うと、ベティさんがバカにした幹部連中の〈スーパーファイン・テクノロジー〉のおかげなんよ。人間界でも、倫理面や社会制度上の規制を度外視すれば、人クローンの創造は実現可能やんか。神々が自分をコピーするぐらい、でけへんわけないやろ」
かつて、神様は自身に似せて、人間を創りあげた。はるかな時を経て、現在の神様は自分自身をそっくりそのままコピーして、〈チーム〉を創りだす時代に入ったのだ。
ベティは、先の言葉の真意を知った。バカげている。本当にバカげている。
「〈弁財天の大革新〉と〈チーム制をとる〉というのは、こういうこと?」
〈大革新〉とは文字通り神々のイノベーションであり、そっくりそのまま〈チーム制〉という言葉とつながっていたのだ。
47人という数字は、偶然にも赤穂浪士と同じだが、これは48人だったものが、昼過ぎの激闘によって一人欠けたからにすぎない。
先頭のカノンが言う。
「もう一つ言うとくと、私たちは全員、亡くなった一人の記憶と経験、知識を共有しとるからな」
その一人とは言うまでもなく、ベティと戦ったチームB・ナンバー7のことである。
「彼女の味わった痛み。身を焼くような屈辱。死んでも消えへん無念。それらはすべて、共通のデータベースをもつ、私たち47人に引き継がれとる。一人残らず、ベティさんと戦い、屈辱的な敗北を味わい、苦悶の果てに消されたんや。私たちはチームで一人。文字通り、一心同体やからな」
「ふん、私が殺したのは、あなたのほんの一部にすぎなかった。つまり、そういうことか。道理で手応えがなかったわけね」
47人の若き弁財天たちの前で、ベティは苦笑した。
「で、私の相手を務めるのはどなた? 全員、総がかりでかかってきても、よくってよ」
「いや、戦いは、フェアにせな」
そう言ったとたん、横殴りの風が吹き、46人の姿がきれいに消え失せた。後に残されたのは、たった一人の若き弁財天だけだ。
「ふん、自信過剰ね」
「先輩には負けるわ」
二人の弁財天は凍りついたように、無言で向かい合っている。
10秒、10秒、1分……。
弁財天同士の戦いのゴングが、今にもウォーターフロントで鳴り響こうとしていた。
ブァーーーン! 静寂を破ったのは、近くの千住新橋を走行する大型トラックのクラクションだった。
その瞬間、カノンは一気に間合を詰めて、ベティに対して蹴りを見舞った。左のローキック三連発に、右のハイキックというコンビネーションである。
カノンの攻撃はスピードがのっている。
ベティは開いた右膝で相手のローキックをやりすごし、左側頭部を狙ってきたハイキックは身を反らして紙一重で避ける。
カノンのスピードが増すにつれ、ベティのスピードも増していく。
ベティは口元に笑みを刻みながら、防御から攻撃に移るタイミングをはかっていた。
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