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C:バトル・オン・ウォーターフロント②

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「カノン、神々のしがらみなんか断ち切って、こっちの世界にきてみなさい。自分の生き方が自分自身で決めるの。組織の後ろ盾を失ってフリーになるのだから、ある程度のリスクは覚悟の上だし、すべては自己責任よ。でも、そんなものを大きく上回る、自由気儘じゆうきままに生きる解放感がある」

「〈はぐれ弁天〉に堕落するやなんて、考えたこともあらへんわ」

 ベティは「ふう」と短く溜め息を吐いた。
「あーあ、交渉決裂か。カノンとは争いたくはないから、せっかく妥協案を見出そうとしているのに、どうやら無理みたいね」

「……」カノンは微笑みで応じる。
「そもそも、飲み込みと要領の悪い後輩に、少しでも期待した私がバカだったのかしら」
「……バカという点には同意するけどな」

 明らかな暴言だった。ベティは一瞬、表情をこわばらせたが、すぐ、その怒りを抑えて、目を閉じて首を振るという余裕たっぷりのポーズを見せた。

 二人は同時に、表情を引き締めた。
「仕方ないな。カノン、そろそろ、やり合おうか」
「前置きが長すぎやわ。いくで、ベティさんっ!」

 その瞬間、ビリビリと空気が振動した。カノンの周囲から一陣の風が巻き上がり、それは三方向に分散して、うねりをもつ〈風の刃〉へと姿を変えた。

 巨大な爪にも似た三本の鋭い刃は、それぞれにゆるやかなカーブを描き、連続して、ベティに襲いかかる!
 ギィン! 鋼鉄の柱をぶつけあったような金属音が上がる。

 カノンは自分の眼を疑った。ベティは平然と佇んでいる。〈風の刃〉は消失していた。カノンの攻撃は、彼女の髪をなびかせただけにすぎない。

 元弁財天の口元に笑みが浮かぶ。
「私の相手をするなど、千年早いわね」

 二人の中間地点に、突如、グレープグルーツほどの大きさの赤い球が発生した。みるみるうちに膨張し、ビーチボールぐらいの大きさになる。赤い球は小刻みに身震いをするや、轟音とともに破裂して、カノンに向かって熱波を放射してきた。

 カノンは素早く、身体の前方に、〈インディヴィデュエル・イージス〉を展開させた。いわゆる、超防御シールドだ。強固な楯によって熱波を跳ね返し、四方八方に分散させて受け流した。

 数百度にも及ぶ熱波のせいで、渡り廊下のガラス窓は粉々に砕け散った。安全性を考慮して分厚い強化ガラスであるはずだが、神様の前では飴細工に等しい。

 まだ、戦いは始まったばかりだ。ベティはガラスを失った窓枠に足をかけて、カノンに誘うような一瞥《いちべつ》をくれた。

「広い空間で、存分にやり合いましょう」そう言って、ひらりと外へと身をひるがえした。
 カノンも後に続く。予備動作もなくポンと廊下を蹴ると、窓枠の間から弾丸のように飛び出した。

 コンマ数秒で15キロを移動し、港区台場の上空に達していた。眼前には、ウォーターフロントの高層ビル群が展開している。その隙間を縫うように、カノンがフルスピードで飛翔する。不規則に発生するビル風など、次々にぶち抜いていく。

 ふと見上げると、雲ひとつない蒼穹に、ポツンと赤い点が浮かんでいた。
 ベティだ。余裕たっぷりに笑っている。彼女は空中をゆらゆらと漂いながら、カノンの到着を待っていた。

 カノンは、ベティの狙い撃ちを防ぐために、直進はさけて、蛇行と方向転換を繰り返しながら、ベティとの距離を詰めていく。カノンの位置から見て、ベティの身体が太陽と重なった時、彼女の姿が消失した。

 その瞬間、太陽がバラバラに砕けたように見えた。灼熱の火球が次々と、カノンめがけて降り注いでくる。十数個にも及ぶ火球は、難なくかわすことができた。しかし、それらはすぐに引き返してきて、カノンに再度襲いかかる。
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