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A:ガマの油で一文無し➀

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 狗藤は、ひたすら歩き続けた。普段から交通費を節約するために、歩くことには慣れている。くだらないことは忘れられるし、足腰も鍛えられるので、一石二鳥だ。

 ただし、健康体である狗藤は代謝がよすぎた。すぐ空腹に悩まされてしまう。狗藤の財布が空っぽなので、おにぎり1個、菓子パン1個すら買えない。どうにも我慢できなくなり、通りすがりの公園で水を飲んでごまかした。

 そうだ、カノンからもらった【弁天鍵】でカネを出せないか、と狗藤は思いついた。正確に言えば、他人の【未来金庫】からカネを拝借するわけだが。
「使い方によっては、世界一の大金持ちになれる」と、カノンは言っていた。好きなだけカネを出せるなら、使わない手はない。

 しかし、その願いは叶わなかった。何のことはない。【弁天鍵】の使い方を聞いていなかったのだ。せっかくの〈神のアイテム〉も宝の持ち腐れである。
 やはり、北千住まで歩き続けるしかない。狗藤は上野を出発してから数十回目の溜め息を吐いた。

 結局、寮に帰り着くまで、3時間かかった。狗藤が力尽きて玄関口でへたりこんでいると、いきなり背中を乱暴に叩かれた。

「うっす! 夕べは御馳走さんっ!」

 咳き込みながら振り返ると、手荒い挨拶をしたのは、3時間も歩かせた張本人、黒之原だった。

 狗藤は拳を握りしめる。今日こそ言うぞ。「2万円を返せ」と言ってやるぞ。ここで言わなければ、死活問題になってしまう。狗藤は心を決めた。

「あのですね。昨日の飲み代はともかく、先輩のツケまで僕が負担するっているのは、どうも、おかしいんじゃないかと……」足元を見ながら、小声でボソボソと言う。「領収書をもらいましたので、ええと、あの、つまり、払ってもらえませんか」

 狗藤は思い切って、居酒屋の領収書を差し出した。

 黒之原は狗藤に顔を近づけて、マジマジと後輩の顔を見る。
「何だよ、仕様がねぇなぁ」
 意外と、素直に領収書を受け取ってくれた。

 だが、狗藤がホッとしたのもつかの間、黒之原は領収書をビリビリっと破った。

「てめぇ、俺にそんな口を叩くのか。せっかく面倒みてやってんのに、そういう態度をとるわけかよ」
「えっ、いや、その」

 二枚が四枚、四枚が八枚と〈ガマの油の口上〉状態で、領収書は細切れにされていく。

「はぁ、マジ信じられねぇな。こりゃ、驚いたわ」
 領収証は最終的に、狗藤の頭上から降り注ぐ紙吹雪と化した。
「おまえがその気ならさ、俺もそのつもりで付き合うぜ」
 黒之原は鬼の形相だった。

「いや、あの、でも」
「ウダウダ言ってんじゃねぇよ!」
 脇腹に思い切り蹴りを入れられた。あまりの痛さに呼吸が止まる。

 狗藤はこれまで、どんな悲惨な目にあっても、ヘラヘラ笑って受け流してきた。しかし、これはもう、誰が何と言おうと、限界だった。これほどの仕打ちを受けては、もう我慢できない。

 万年負け犬の眼に、決意の火が点った。

「もう、我慢できないっ! 後輩にたかるのは止めてくださいっ! モラルって言葉を知らないんですかっ! 恥を知りなさい、恥をっ!」
 そう言いたいところ、だったはずだが。やはり、狗藤には口にする勇気が、なかった。

「カネ、返せ」

 ようやく、喉から声を絞り出したのは、黒之原が既に立ち去った後だった。これはもう、溜め息を吐くしかない。
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