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30 希望を頼りに前へ2
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「失礼します。77号室の里村さんの病室です。」
パンパンになったバックを背負って、神村信次がナースセンターに向かって挨拶した。
「どうぞ、お疲れ様。」
ベテランの看護師の対応を見ていた、配属されたばかりの看護師が聞いた。
「毎日お見舞いに来るあの男の子は誰ですか。確か77号室は交通事故で意識不明になり、もう3年ちかく覚醒しない女の子が入院しているのですよね。」
「男の子は伊浜北高校の3年生。意識不明で寝たきりになっている女の子と同じ年、幼なじみで親しいみたいよ。」
「女の子の入院開始日が3年前の4月1日になっていましたけれど、まさかー。」
「そのまさかなの。確か、伊浜市立高校入学の日に交通事故に遭ってしまった。経緯はよくわからないけれど、女の子が入院してから1年半くらいしてから男の子が現われた。それからほぼ毎日、バックに参考書を詰めて、お見舞いに通っているわ。女の子の母親が説明に来て、家族と同じだからチェックしないで通すように希望されたわ。」
彼は77号室の彼女のベッドの側に腰掛けていた。
「夜見さん。この間の最終全国模擬テストでK大とT大の医学部の両方がA判定でした。夜見さんだけに教えますね。実は両方の大学とも得点が全国1位でした。学校中で大騒ぎでした。自分に自信をもって一生懸命大学で勉強して、夜見さんを覚醒させることができる脳科学者になります。」
彼は夢中で目を閉じている彼女に話しかけたが、大きな違和感を感じ、胸がどきどきした。
病室の中にいた母親にあわてて言った。
「お母さん。今、夜見さんが目覚めているのと同じような反応を示しました。」
「夜見が言っています。『神木君は勉強のしすぎで疲れて、私の顔を見誤ったのでしょう。』」
「この頃、疲れ目がひどくなっています。たぶん、夜見さんの言うとおりですね。」
「失礼します。77号室の里村さんの病室です。」
まだまだ寒い2月中旬、ギターを背負って、神村信次がナースセンターに向かって挨拶した。
「どうぞ、お疲れ様。」
彼の見慣れない姿が、ナースセンターの中でうわさになった。
「彼、今日はパンパンのナップを背負っていないのね。」
「大学の入学試験が終わって、参考書を持ち歩く必要がなくなったからじゃないの。」
「どこの大学を受けたのかしらね。」
「さあ、でも伊浜北高校だから相当良い大学よ。」
77号室の扉の前で彼は大きく深呼吸を1回した。
中に入ると、内村夜見の母親のさきがにこやかな顔で彼を出迎えた。
「神木君。合格、おめでとうございました。」
「………はい。ありがとうございます。」
自分が受験の結果を言う前に合格のお祝いを言われて、彼は少しとまどった。
「ごめんなさい。神木君がこの病室に入ってくる瞬間に、神木君から合格したことを夜見が感じ取って、私の心の中に伝えてきたのです。『早くお祝いを言って』と夜見からせかされました。ところで神木君。K大とT大の医学部の両方合格したと思いますが、どちらを選ぶのですか。」
「学費の問題もありますので、国立のT大に入ろうと思います。」
「そうですかT大ですか。夜見も大変よろこんでいます。」
「お母さん。今日はお願いごとがあるのですが。」
「どんなことですか。」
「ギターのひきがたりを夜見さんにプレゼントさせてください。」
「ほんとうは、私達の方から何か合格のプレゼントを差し上げなければいけないのに。でも夜見が是非聞きたいと言っていますのでお願いします。」
それから彼はギターのひきがたりをした。
古い古い「ラブミーテンダー」という歌だった。
彼が歌い終わった後、意識不明の彼女の目から涙が1滴こぼれた。
すぐに母親が拭き取ったので、彼はそのことを知るよしもなかった。
パンパンになったバックを背負って、神村信次がナースセンターに向かって挨拶した。
「どうぞ、お疲れ様。」
ベテランの看護師の対応を見ていた、配属されたばかりの看護師が聞いた。
「毎日お見舞いに来るあの男の子は誰ですか。確か77号室は交通事故で意識不明になり、もう3年ちかく覚醒しない女の子が入院しているのですよね。」
「男の子は伊浜北高校の3年生。意識不明で寝たきりになっている女の子と同じ年、幼なじみで親しいみたいよ。」
「女の子の入院開始日が3年前の4月1日になっていましたけれど、まさかー。」
「そのまさかなの。確か、伊浜市立高校入学の日に交通事故に遭ってしまった。経緯はよくわからないけれど、女の子が入院してから1年半くらいしてから男の子が現われた。それからほぼ毎日、バックに参考書を詰めて、お見舞いに通っているわ。女の子の母親が説明に来て、家族と同じだからチェックしないで通すように希望されたわ。」
彼は77号室の彼女のベッドの側に腰掛けていた。
「夜見さん。この間の最終全国模擬テストでK大とT大の医学部の両方がA判定でした。夜見さんだけに教えますね。実は両方の大学とも得点が全国1位でした。学校中で大騒ぎでした。自分に自信をもって一生懸命大学で勉強して、夜見さんを覚醒させることができる脳科学者になります。」
彼は夢中で目を閉じている彼女に話しかけたが、大きな違和感を感じ、胸がどきどきした。
病室の中にいた母親にあわてて言った。
「お母さん。今、夜見さんが目覚めているのと同じような反応を示しました。」
「夜見が言っています。『神木君は勉強のしすぎで疲れて、私の顔を見誤ったのでしょう。』」
「この頃、疲れ目がひどくなっています。たぶん、夜見さんの言うとおりですね。」
「失礼します。77号室の里村さんの病室です。」
まだまだ寒い2月中旬、ギターを背負って、神村信次がナースセンターに向かって挨拶した。
「どうぞ、お疲れ様。」
彼の見慣れない姿が、ナースセンターの中でうわさになった。
「彼、今日はパンパンのナップを背負っていないのね。」
「大学の入学試験が終わって、参考書を持ち歩く必要がなくなったからじゃないの。」
「どこの大学を受けたのかしらね。」
「さあ、でも伊浜北高校だから相当良い大学よ。」
77号室の扉の前で彼は大きく深呼吸を1回した。
中に入ると、内村夜見の母親のさきがにこやかな顔で彼を出迎えた。
「神木君。合格、おめでとうございました。」
「………はい。ありがとうございます。」
自分が受験の結果を言う前に合格のお祝いを言われて、彼は少しとまどった。
「ごめんなさい。神木君がこの病室に入ってくる瞬間に、神木君から合格したことを夜見が感じ取って、私の心の中に伝えてきたのです。『早くお祝いを言って』と夜見からせかされました。ところで神木君。K大とT大の医学部の両方合格したと思いますが、どちらを選ぶのですか。」
「学費の問題もありますので、国立のT大に入ろうと思います。」
「そうですかT大ですか。夜見も大変よろこんでいます。」
「お母さん。今日はお願いごとがあるのですが。」
「どんなことですか。」
「ギターのひきがたりを夜見さんにプレゼントさせてください。」
「ほんとうは、私達の方から何か合格のプレゼントを差し上げなければいけないのに。でも夜見が是非聞きたいと言っていますのでお願いします。」
それから彼はギターのひきがたりをした。
古い古い「ラブミーテンダー」という歌だった。
彼が歌い終わった後、意識不明の彼女の目から涙が1滴こぼれた。
すぐに母親が拭き取ったので、彼はそのことを知るよしもなかった。
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