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27 君と会えた3
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里村夜見が高校生になって最初に迎えた4月の朝だった。母親のさきは7時前に彼女を家から送り出して、かたづけと洗濯をしようとしていた。
スマホの着信音がなって母親がでた。
「もしもし、里村夜見さんのお宅ですか。大林警察署の交通課のものです。大変申し上げにくいのですが、夜見さんが大林駅前で交通事故の遭われて救急車で狭間病院に搬送されました。」
「………」
母親は非常に驚いて声も出ない状態だったが、すぐに我に返り声を上げた。
「夜見は、夜見は大丈夫ですか!!!ケガは、ケガは………、命には別状ないんでしょうね。」
「車との接触はわずかで、通勤途中の医師が事故現場にたまたま居合わせて応急処置をしたのですが、心肺は正常、外傷は頭部に少しあるだけです。事故検証は後日警察から御報告しますので、急いで病院に向かっていただきたいのですが。」
「はい。」
母親はすぐに父親の明彦に電話をかけた。明彦は関東の大学で教授をしている歴史学者で単身赴任していた。
「あなた、今日の朝夜見が通学する途中、大林駅前で交通事故に遭ってしまいました。命には別状がないのですが。私、今から狭間病院に行きます。」
「えっ!!!ほんとうに大変な時にそばにいなくて申し訳ない。父親として失格だな。夜見の高校進学1日目にこんなことになってしまって。今日の午後の講義を全て休講にしてすぐに帰るから。狭間病院に直接行くよ。」
母親は決意を込めて言った。
「この子が目覚めた時には、この子には手が届かない、はるか遠くに行ってしまう幸せがあります。私は鬼道を使おうと思います。」
歴史学者の父親は既に全てを知っていた。
「この子の幸せは私達の第1優先です。だけど、さきさん、ほんとうに良いのですか。卑弥呼の末裔で鬼道の伝承者、先祖返りで台与と容姿がそっくりであることを隠して生きていきたいのでは。」
「私の秘密を誰かに知られてしまったとしても、娘の幸せのためであれば耐えられます。」
「すいません。父親の私は夜見のためになにもしてやれることができない。後は、さきさんの鬼道を助けるだけです。」
「それでは、この男の子が触れたものを手に入れてほしいのです。」
母親は父親にメモと写真を渡した。
「神木信次君か。伊浜北高校の1年生………」
「その写真は3~4才の時のものですが、今、現在の姿のイメージを鬼道で付け加えます。」
そして母親は念じた。
「その男の子、現世の今の姿を見せん。」
写真を見ていた父親の脳裏に彼の今の姿が映し出された。
次の日、父親は三州鉄道の東鹿島駅のレトロな駅舎の中の待合室にいた。時刻は朝の6時45分だった。
通学のため、彼が駅舎に入ってきたのを見た瞬間、手に持っていた本を彼の方に落とした。
「だいじょうぶですか。」
彼は自分の方に落ちた本を拾った。そして、自分の鞄の中からティッシュペーパーを取り出し、汚れた面を丁寧に拭いて父親に渡した。
「邪馬台国の学術本ですね。あれ、失礼ですが、この本を書かれた方ですか。僕はこの本を図書館で読んだことがあります。中表紙にあった作者の写真をなんなく覚えていますが、お顔の感じがそっくりのような気がします。」
「そうですよ。作者の歴史学者の里村です。邪馬台国は好きですか。」
「はい、畿内説や九州説の所在地論争に関心が集まっていますが、僕は、卑弥呼や、その後を継いだ台与」のことにとても興味があります。」
「台与にそっくりな人が現代にいたらどうですか。」
「是非、是非、会ってみたいと思います。あっ、通学電車に乗らなくてはいけませんので失礼します。」
母親と父親が、77号室の夜見のベッドの前にいた。
「どうでしたか。神村君に会ってどのように感じましたか。」
「人柄が優しい、好感がもてる良い青年だった。この本を拾ってくれた後、普通はそのまま渡すのだけど、鞄の中からティッシュペーパーを取り出し、汚れた面を丁寧に拭いて渡してくれた。」
「そうですか。今どきそれほどの心配りはできませんね。さすがに夜見が好きになった人ですね。」
「それと運命を感じたことがあったよ。」
「えー、どんなことですか。」
「邪馬台国のことが好きだそうだ。この本も読んだことがあって、作者が私であることをすぐに言い当てた。驚いたことには、今話題になっている所在地論争よりも、卑弥呼や台与のことが気になるそうだ。それと、台与にそっくりな人が現代にいたら是非会いたいそうだ。鬼道は絶対成功する。」
父親のその言葉を聞いた後、母親は目を閉じて横たわっている彼女の髪の毛を優しくなぜて、はさみで数本を切りとった。
彼女の家の一室に祭壇が作られていた。お香がたかれるとともに、三宝の上には彼がさわった本と彼女の髪の毛がおかれていた。
母親のさきは、古代から延々と卑弥呼の末裔に伝えられている装束を着て首からは勾玉をかけていた。長い祈りをささげて後、強い口調で言った。
「深きところに沈んでいる台与の末裔、里村夜見の神霊を引き戻さん。神木信次の現世と重なれ。2人が出会う場所、時間を作りたまえ。」
しばらくすると、お香の煙の中に幻影が現われ、伊浜市立高校の制服姿の夜見が三州鉄道のきさらぎ駅の先頭車両に乗り込む姿が映し出された。
乗り込む前の一瞬、彼女は幻影の外の母親のさきに目を合わせて微笑んだ。
スマホの着信音がなって母親がでた。
「もしもし、里村夜見さんのお宅ですか。大林警察署の交通課のものです。大変申し上げにくいのですが、夜見さんが大林駅前で交通事故の遭われて救急車で狭間病院に搬送されました。」
「………」
母親は非常に驚いて声も出ない状態だったが、すぐに我に返り声を上げた。
「夜見は、夜見は大丈夫ですか!!!ケガは、ケガは………、命には別状ないんでしょうね。」
「車との接触はわずかで、通勤途中の医師が事故現場にたまたま居合わせて応急処置をしたのですが、心肺は正常、外傷は頭部に少しあるだけです。事故検証は後日警察から御報告しますので、急いで病院に向かっていただきたいのですが。」
「はい。」
母親はすぐに父親の明彦に電話をかけた。明彦は関東の大学で教授をしている歴史学者で単身赴任していた。
「あなた、今日の朝夜見が通学する途中、大林駅前で交通事故に遭ってしまいました。命には別状がないのですが。私、今から狭間病院に行きます。」
「えっ!!!ほんとうに大変な時にそばにいなくて申し訳ない。父親として失格だな。夜見の高校進学1日目にこんなことになってしまって。今日の午後の講義を全て休講にしてすぐに帰るから。狭間病院に直接行くよ。」
母親は決意を込めて言った。
「この子が目覚めた時には、この子には手が届かない、はるか遠くに行ってしまう幸せがあります。私は鬼道を使おうと思います。」
歴史学者の父親は既に全てを知っていた。
「この子の幸せは私達の第1優先です。だけど、さきさん、ほんとうに良いのですか。卑弥呼の末裔で鬼道の伝承者、先祖返りで台与と容姿がそっくりであることを隠して生きていきたいのでは。」
「私の秘密を誰かに知られてしまったとしても、娘の幸せのためであれば耐えられます。」
「すいません。父親の私は夜見のためになにもしてやれることができない。後は、さきさんの鬼道を助けるだけです。」
「それでは、この男の子が触れたものを手に入れてほしいのです。」
母親は父親にメモと写真を渡した。
「神木信次君か。伊浜北高校の1年生………」
「その写真は3~4才の時のものですが、今、現在の姿のイメージを鬼道で付け加えます。」
そして母親は念じた。
「その男の子、現世の今の姿を見せん。」
写真を見ていた父親の脳裏に彼の今の姿が映し出された。
次の日、父親は三州鉄道の東鹿島駅のレトロな駅舎の中の待合室にいた。時刻は朝の6時45分だった。
通学のため、彼が駅舎に入ってきたのを見た瞬間、手に持っていた本を彼の方に落とした。
「だいじょうぶですか。」
彼は自分の方に落ちた本を拾った。そして、自分の鞄の中からティッシュペーパーを取り出し、汚れた面を丁寧に拭いて父親に渡した。
「邪馬台国の学術本ですね。あれ、失礼ですが、この本を書かれた方ですか。僕はこの本を図書館で読んだことがあります。中表紙にあった作者の写真をなんなく覚えていますが、お顔の感じがそっくりのような気がします。」
「そうですよ。作者の歴史学者の里村です。邪馬台国は好きですか。」
「はい、畿内説や九州説の所在地論争に関心が集まっていますが、僕は、卑弥呼や、その後を継いだ台与」のことにとても興味があります。」
「台与にそっくりな人が現代にいたらどうですか。」
「是非、是非、会ってみたいと思います。あっ、通学電車に乗らなくてはいけませんので失礼します。」
母親と父親が、77号室の夜見のベッドの前にいた。
「どうでしたか。神村君に会ってどのように感じましたか。」
「人柄が優しい、好感がもてる良い青年だった。この本を拾ってくれた後、普通はそのまま渡すのだけど、鞄の中からティッシュペーパーを取り出し、汚れた面を丁寧に拭いて渡してくれた。」
「そうですか。今どきそれほどの心配りはできませんね。さすがに夜見が好きになった人ですね。」
「それと運命を感じたことがあったよ。」
「えー、どんなことですか。」
「邪馬台国のことが好きだそうだ。この本も読んだことがあって、作者が私であることをすぐに言い当てた。驚いたことには、今話題になっている所在地論争よりも、卑弥呼や台与のことが気になるそうだ。それと、台与にそっくりな人が現代にいたら是非会いたいそうだ。鬼道は絶対成功する。」
父親のその言葉を聞いた後、母親は目を閉じて横たわっている彼女の髪の毛を優しくなぜて、はさみで数本を切りとった。
彼女の家の一室に祭壇が作られていた。お香がたかれるとともに、三宝の上には彼がさわった本と彼女の髪の毛がおかれていた。
母親のさきは、古代から延々と卑弥呼の末裔に伝えられている装束を着て首からは勾玉をかけていた。長い祈りをささげて後、強い口調で言った。
「深きところに沈んでいる台与の末裔、里村夜見の神霊を引き戻さん。神木信次の現世と重なれ。2人が出会う場所、時間を作りたまえ。」
しばらくすると、お香の煙の中に幻影が現われ、伊浜市立高校の制服姿の夜見が三州鉄道のきさらぎ駅の先頭車両に乗り込む姿が映し出された。
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