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4 子供の頃の同じ思い出

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 彼女がたずねた。
「それで、どういう診断だったのですか。私に話していただけるのであれば、知りたいです。」

「専門用語でHSP(ハイリーセンシティブヒューマン))というそうです。回りの情報を深く処理し、過激な刺激を受けやすく、心の境界線が薄く共感しやすいそうです。それで、疲れやすく、自己否定が強くなってしまうこともあると聞きました。」

 そのことを話した時、彼女はとなりで彼の顔をだまってじっと見ていた。

 彼は言った。
「驚かれるかもしれません。でも、お医者さんの診断は、僕のことを正確に説明しています。」

 彼女が言った。
「全然驚いていません。………それに、私も同じHSPです。HSPであることは恥ずかしいことではありません。」
 そして真剣な顔で続けた。

「まだ自己紹介していませんでした。私の名前は、里村夜見よみ、伊浜市立高校の一年生です。」

 彼には思い当たる記憶があった。

(夜見さんって………)

「あの時、病院で泣いていた女の子ですか。」

 彼は子供の頃の記憶を想い出し始めた。


 伊浜市の郊外、鹿島町を見下ろす山の上に狭間総合病院があった。神木信次が小さな子供の頃、母親に連れられて心療内科の診察を受けたのはこの病院だった。

 彼を診断した医師が言った。
「お母さん。全然心配ありません。HSPだと判断される人は約2割いるという調査もあるくらいです。病気ではなく信次君の特性、パーソナリティなんです。それに、他の面を含めて信次君の性格を総合的に判断すると、自分をうまくコントロールしながら大きくなるでしょう。」

 母親は喜んだ。
「ほんとうによかった。先生、ありがとうございました。」


 家に帰るため、彼が母親に連れられて病院の中を歩いていると、キッズコーナーで小さな女の子が大きな声で泣いていた。彼と同じくらいの年頃で、母親らしい人と看護師が泣くのを止めようといろいろ苦労していたが、だめなようだった。

 その様子を見た時、彼は女の子がかわいそうになり母親に言った。
「おかあさん。少しここで待っていてね。」

 彼は、その女の子のそばに歩いていき、話しかけた。
「どうしたの。何が悲しいの。」

 しばらくの間、彼は泣いている女の子の様子を見ていたが、やがて周囲を広く見渡し、キッズコーナーからはずれた廊下の片隅に何かを見つけると、それを拾ってきて女の子に見せた。

「見つけてきたよ。みんなと一緒にしてあげて。」
 彼は持っていたものを女の子に渡した。それは小さな子ぶたの人形だった。

 女の子は直ぐに泣き止んだ。そして満面の笑顔になった。
「ありがとう。家族が全員そろったわ。」

 ぶたの家族の人形で、父さんと母さんぶたの他に子ぶたの兄弟が3人いたが、そのうちの1人がキッズコーナーから遠くに投げ出されていて、2人しかいないことに女の子は泣いていたのだった。

 ぶたの家、その中の椅子や遊び道具など、ほんとうに詳細な作りに気がつかなければ3人兄弟だとはわからなかった。

 彼は、女の子の帽子に「夜見」と書いてあったのを読んで言った。
「それでは、やみちゃん、さようなら。」

「私の名前は『やみ』ではなく『よみ』よ。普通なら間違ったことを絶対許さないわ。だけど、あなたは優しい顔で私を見ながら悲しい理由をわかって、子ぶたを見つけてくれたわ。大好きになったから許してあげる。」

「ありがとう。よみちゃん。」


 彼は隣に座っている彼女の顔をまじまじと見つめた。

「想い出しましたか。神木信次君。」

「えっ。どうして僕の名前を知っているのですか。」

「優しい男の子が、私の所へ子ぶたの人形を持ってきてくれた後で、こっそり看護師さんに聞いたら、神木君だと教えてくれました。鹿島町に住んでいて同じ年だということも知りました。…それから、ずっと忘れていません。」

「もう10年近く経ちますが。」
「ちょっとどころではない。かなりのストーカーですね。」
「いえ、問題ありません。むしろ感動です。覚えていていただいて、とてもうれしいです。」

「ストーカーを続けるのもかなり苦労しました。高校模試の成績優秀者に神木君の名前が何回も出るから、進学高の伊浜北高校に行くことはわかりました。私も同じ高校に行きたかったけれど無理でした。…

…諦めていた私が、細い道を挟んでとなりに伊浜市立高校があることを知った時は神に感謝しました。ところで、神木君、高校生活はどうですか。何かクラブに入りましたか。」
「はい。あるクラブに入っています。」
「この時間に帰ることができるクラブなんてあるのですね。」

「はい。部員は僕1人で僕が作ったクラブなんですけど。」
「何をするクラブなんですか。」

「夜見さん、追っかけ部です。」

「うふふ…1人じゃかわいそうだから私も入りますか。」

「夜見さんは追っかけ対象だからクラブに入ることはできません。」

 彼と彼女のはずんだ会話は、きさらぎ駅で彼女が降りるまで続いた。
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