化想操術師の日常

茶野森かのこ

文字の大きさ
上 下
27 / 48

化想操術師の日常27

しおりを挟む




それから数日後、歩けるようになった朱実は、病院から警察署に向かう事となった。志乃歩しのぶ野雪のゆきが見送りに向かえば、化想患者という事もあり、壱登いちとが車で迎えに来ていた。
壱登の車に乗り込む前、彼女は二人を前に、しっかりと罪を償い、妹に恥じぬように生きていくと誓い頭を下げた。

「…また」

車に乗り込む朱実に、野雪がそう小さく声を掛ければ、彼女は目を丸くして野雪を振り返り、それから泣きそうに笑んで、もう一度深く頭を下げた。
化想患者だが、警察が関わると、簡単に様子を見に行く事も出来ない。阿木乃亥家が絡んでくるからだ。
それでも、義務ではない思いを野雪に見て、志乃歩は嬉しそうに微笑んだ。

またね。それはきっと、彼女にとっても大事な言葉となる筈だ。




***



それから数日が経った、ある日曜日のこと。

世間は休みでも、化想を扱う彼らには休みらしい休みはなく、志乃歩も、カウンセラーとして仕事が入っていた。
それでも平日よりはのんびり出来るようで、いつもよりゆっくりと皆で朝の時間を過ごしていた。

そんな中、そろそろ朝食をという頃合いに、九頭見くずみ邸に来訪者があった。

「おはようございます!志乃歩さん!」

九頭見の屋敷に、元気な声を響かせているこの青年は、依田俊弥よだとしや、二十五才。小柄な体格の彼は、金色の髪をツンツンに立て、いつもスカジャンを着ている。アクセサリーを多めにつけているせいか、歩くとジャラジャラ音がするので、目を閉じていても彼がどこにいるのか良く分かるだろう。

彼は以前、他人の化想けそうに巻き込まれ、秀斗しゅうとに助けて貰った事があるそうで、以来、秀斗に憧れ、秀斗に化想操術を学びたいと直談判し、阿木之亥あぎのいの家で化想操術師として働いている。秀斗の部下の一人だ。
なので俊哉にとって、秀斗が弟のように接する志乃歩も、敬うべき存在であるようだ。


「おはよう、どうしたの?早くから」

穏やかに応じる志乃歩とは対照的に、俊哉を玄関で出迎えダイニングに案内してきた姫子は、小さく舌打ちして横を通り抜けた。俊哉の元気の良さは、時折姫子を不機嫌にする。そんな姫子に切ない眼差しを向けながらも、俊哉は「ちょっと確認したい事があって…」と、言葉尻を濁しながら、そわそわと野雪に目を向けた。

ダイニングでは、志乃歩と野雪が並んで座り、志乃歩は新聞を広げ、野雪は英字の本を読んでいた。俊哉のそわそわとした視線を感じたのか、野雪が本から顔を上げれば、野雪と目が合った俊哉は、「いや、でも…」と、どうにも躊躇いを見せるので、志乃歩は歯切れの悪い俊哉を不思議に思いつつ、先を促した。
俊哉はようやく決意を固めたのか、少々大袈裟に息を吸い込んでから口を開いた。

「それがッスね…あの、野雪さん、昨夜は家に居たッスよね」

屋敷にやって来た時の元気の良さはどこへやら。俊哉は不安そうに、かつ恐る恐るといった具合で尋ねるので、志乃歩はますます不思議に思い首を傾げた。
夜でも野雪はよく庭に出ているが、屋敷の外へ一人で出歩くことはしない。心を許せた人は別だが、野雪はあまり人が得意ではないし、昼間でも積極的に町へ出るタイプでもなかった。
野雪の性格は、俊哉も知っている筈だ。なので、志乃歩には余計にその確認が不思議に思えたようだ。
「居たよね?」と、志乃歩が野雪に確認すると、野雪もきょとんとしながら頷いた。

「なんでそんな事?」

黒兎くろとは少し離れた場所で仕事の確認をしており、姫子とたま子はキッチンで朝食の準備をしていた。皆も、何かあったのかと、仕事の手を止めて俊哉の元へ集まった。皆の視線を一身に受ける中、俊哉は居心地悪そうにしながら「俺がそうだって言うんじゃないですよ!」と、しっかりと前置きをしてから続きを口にした。

「実はッスね、夜中にうちの奴らが巡回してたら、シロさんそっくりの化想に襲われたって言うんです」
「シロはそんな事しない」

すかさず野雪から反論の声が上がり、俊弥はびくりと肩を揺らした。野雪はいつもの調子で言っただけだが、俊弥にとっては強い否定の言葉と受け取り、野雪を怒らせたと思ったようだ。

俊哉は、志乃歩の周りの人達にも敬意を払っている。それは、秀斗の大事な人が大事にしている人達も、大事にすべきという考えがあるからだ。志乃歩の養子である野雪は、勿論、俊哉にとって大事な存在の一人なのだが、感情を表に出せない野雪は不機嫌に見られる事も多く、俊哉はいつも怒らせたと勘違いをして、おろおろするばかりだった。
でも今回は、本当に野雪を不機嫌にさせている。濡れ衣を着せられれば、腹を立てるのも仕方ない。

「そ、そうッスよね…」と、俊哉は怒る野雪に怯みながらも頷いた。

その傍らで、志乃歩も眉を寄せながら「場所は?」と、俊哉に尋ねれば、俊哉は縋るように志乃歩の傍らに駆け寄った。

「う、うちの管轄の住宅街の中で、建設中の戸建てから飛び出して来たみたいッス」
「阿木乃亥の管轄じゃ、この辺じゃないな…鳩は感知出来ないか」

ふむ、と志乃歩は顎に手を当てた。俊哉は幾分身を屈め、申し訳なさそうに志乃歩を見上げた。

「わざわざシロさんに似せるとか、うちの奴らの自作自演ッスかね?」
「なんでそう思うの?」
「最近、階級争いが激しくて。派閥とか何とか、巻き込まれた術師は点数稼ぎに躍起になってるッスよ。俺は、秀斗の兄さん一択ッスけど!兄さんは俺が守るので、安心して下さいッス!」

どんと胸を張る俊弥に、志乃歩は笑い、頼りにしてるよと肩を叩いた。

「シロを知る人間の仕業ですか…」

黒兎はちら、とたま子を見つめる。突き刺すような視線に、今度はたま子が居心地悪そうに俯いた。

「まぁ、こっちが何も無さそうなら良かったッス!もしかしたら偽物のシロさんを使って、野雪さんに不利な事をするかもしれないし、俺達も注意しとくッス。志乃歩さん達も気をつけて下さい!」
「分かった、ありがとね。ついでに朝飯食べていく?」
「マジッスか!?やったー!」

先程までの臆病な様子はどこへやら、早速元気いっぱいに喜ぶ俊哉に、姫子があからさまに嫌な顔を浮かべ舌打ちした。

「はぁ!?今から一人前追加かよ!さっさと帰って、自分んちで食べれば良いだろ!」
「そんな姐さん!殺生な…!」

俊哉は姫子の事を、姐さんと呼ぶ。それは大事な九頭見家の人だから、というよりは、姫子の男勝りな振る舞いが、俊哉をそうさせているのかもしれない。

泣きつく俊哉に、苛立つ姫子が言い合いを繰り広げれば、今度は黒兎がその騒がしさに苛立ちを覚え、更に賑やかさが増していく。

止めるべきか、果たして自分にこの嵐のような言い合いが止められるのか。ハラハラしながら様子を見つめているたま子の横で、野雪は我関せずといった具合だ。こちらもいつもの事だと、再び新聞を広げ始めた志乃歩に、野雪が声を掛けた。

「志乃歩、偽物のシロが居たって場所に行きたい」

野雪の申し出に、たま子はそちらに顔を向けた。志乃歩は野雪の申し出に少し悩んだ様子を見せたが、ややあって野雪の思いに頷いた。

「そうだね、このままだと気になるしね」

すると、キッチンに移動しながらも黒兎と言い合いを続けていた姫子が、「はいはい!」と挙手しながら戻って来た。

「アタシが野雪を連れて行くよ。志乃歩、仕事だろ?」
「わ、私も行っては駄目ですか?」

姫子に続けて手を上げたたま子に、志乃歩は僅か眉を上げた。それからまた少し考え、やがて頷いた。

「分かった、でも、何かあっても深追いは駄目だよ。姫、二人の事頼むね」
「任せな!そうと決まれば、ご飯食べて出発だ!」

「おー!」と、ノリ良く拳を突き上げたのは俊哉だ。

「…道案内じゃ、仕方ないな。食器出すの手伝えよ」
「やった!姐さんのご飯、久しぶりッス!」

渋々キッチンに戻る姫子に、たま子も手伝う為、慌ててその後を追いかけた。

その中で、たま子はそっと自分の胸に手を当てる。どくどくと、胸が波打っている。それを誤魔化すように、たま子は率先して朝食の準備に取り掛かった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

貸本屋七本三八の譚めぐり ~実井寧々子の墓標~

茶柱まちこ
キャラ文芸
時は大昌十年、東端の大国・大陽本帝国(おおひのもとていこく)屈指の商人の町・『棚葉町』。 人の想い、思想、経験、空想を核とした書物・『譚本』だけを扱い続ける異端の貸本屋・七本屋を中心に巻き起こる譚たちの記録――第二弾。 七本屋で働く19歳の青年・菜摘芽唯助(なつめいすけ)は作家でもある店主・七本三八(ななもとみや)の弟子として、日々成長していた。 国をも巻き込んだ大騒動も落ち着き、平穏に過ごしていたある日、 七本屋の看板娘である音音(おとね)の前に菅谷という謎の男が現れたことから、六年もの間封じられていた彼女の譚は動き出す――!

乙女フラッグ!

月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。 それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。 ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。 拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。 しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった! 日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。 凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入…… 敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。 そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変! 現代版・お伽活劇、ここに開幕です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】非モテアラサーですが、あやかしには溺愛されるようです

  *  
キャラ文芸
疲れ果てた非モテアラサーが、あやかしたちに癒されて、甘やかされて、溺愛されるお話です。

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

影の宦官と薄紅の后~閉ざされた宮廷、呪いの調べ~

昼から山猫
キャラ文芸
「呪われた宮廷」と呼ばれる古い離宮に、帝の寵愛を受けた后・淡雪(あわゆき)が移り住むことになった。仕える宦官の慧琉(けいりゅう)は寡黙で淡々とした物腰だが、実は過去に宮廷を脅かした呪術事件の生き残りだという。夜な夜な離宮に響く笛の音は、かつて後宮を覆った呪いの再来を告げているのか。淡雪は閉ざされた離宮で孤立し、誰も信用できなくなりかけていたが、慧琉だけは彼女を静かに守り続ける。呪われた離宮には本当に妖がいるのか、それとも人の手による策略なのか。やがて浮かび上がる淡雪の過去と宮廷の秘密が、二人をさらなる深みへと誘う。焦燥の中で繰り広げられる“呪い”の正体を突き止めるべく、静かな戦いが始まる。

悪の組織にいたらしい女の子が好みだったので、同居することにしました。

四季
キャラ文芸
平凡な高校生女子の浅間 日和 (あさま ひより) は、ある日の帰り道、エメラルドグリーンの髪と瞳が印象的な少女と出会う。 「何かあったの? 大丈夫?」 日和が声をかけた少女の名はリリィ。 素直になりきれない彼女は、かつて悪の組織にいたらしい。 これは、一緒に暮らし始める日和とリリィの、基本のんびりまったりな日常。

処理中です...