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化想操術師の日常15
しおりを挟む松葉杖の少年、田畑充と大晴は幼なじみで、部活以外でも、ずっと同じサッカーチームでプレイをしていたという。
大晴は幼い頃からその才能を認められ、サッカーチームのコーチや監督からは一目置かれ、チームの支柱にもなっていた。キャプテンではないが、いざという時に得点を決めてくれる大晴を皆は頼りにしたし、大晴も驕る事なく真面目に練習を重ねていたので、チームに上手く馴染んでいた。
だが、誰もが同じ思いとはいかなかった。高校に進学し、その部活の中で一人抜きん出た才能を持った大晴に嫉妬し、嫌がらせを行う者がいた。上級生で逆らえない事もあり、教師の目の届かない所でその行為は徐々にエスカレートし、大晴へのいじめは、いつしか部の生徒に広がり、学年に広がり、それが日常となっていた。
それでも大晴は耐えていたのだが、その事がまた反発心を呼び、いつしか充までもが大晴をいじめる側に取り込まれていた。
それが、大晴にはショックだった。幼なじみでずっと仲が良くて、彼だけは味方でいてくれると思っていたのに、大きくなった勢力に抗えず、充は大晴へのいじめに目を逸らすようになった。その視線が躊躇いに揺れていたとしても、見て見ぬふりをした事実は変わらない。
物を隠され傷つけられ、無視をされたかと思えば、関係のない仕事を押し付けられる。それでも大晴は、レギュラー選手に選ばれる。そんな状態で試合が上手く進む筈もなく、コミュニケーション不足も試合に敗けたのも重なるミスも、大晴を傷つける理由にしかならず、暴力を受けた事も、一度や二度ではなかった。
徐々にすり減らす心に追い討ちを掛けたのは、大晴自身の怪我だった。
弱まる心を奮い立たせ、大晴がそれでも揺らがずにチームに居られたのは、サッカーが好きで、練習をしていれば余計な事を考えずにいられたからだ。だが、無理がたたったせいか体が練習に耐えきれず、足を痛めてしまったという。そして、大晴の代わりにレギュラーに選ばれたのが、充だった。
「それで、溜まりに溜まったものが爆発しちゃったのかな。鳴島君は田畑君を階段から突き落としちゃったらしいんだ、それで田畑君は足の骨を折ったらしい」
病院から家に戻ると、志乃歩達は洋館ではなく、離れと呼んでいる家に向かった。空はすっかり暗く、敷地を囲うようにぽつりぽつりと点在するライトや家灯りがないと、森に囲まれたこの敷地は、真っ暗闇に呑まれてしまうだろう。
今、彼らが話している大晴と充の話は、壱登が調べてくれたものだった。
クズミ化想社にとっても、警察の化想課にとっても、どうして大晴が化想を出すに至ったか、その詳細を調べる必要があった。報告書を書く為でもあるが、化想の理解やその後のケアにも繋がる大事な仕事だ。壱登は刑事なので、情報収集や聞き込みは得意分野だ。人払いの際に、教頭から生徒の情報を得て、他の生徒にもそれとなく聞き込みをしていたらしい。化想が治まった後は、サッカースクールにも出向いたようだ。
「田畑君はさ、自分にも非があると思ってたからか、骨折の原因は自分で転んだって言ってたみたい。それを人伝に聞いて、逆に鳴島君には辛かったのかもしれないね」
それから、「これは僕の想像だけど」と、前置きをしながら、志乃歩は言葉を続けた。
大晴は、充を階段から突き落として、はっとした。充は確かに大晴へのいじめを見て見ぬふりをした、でも、彼がレギュラーに選ばれたのは、また別の話だ。自分は充に怪我をさせられた訳でもない、それでも憎悪が彼に向いたのは、裏切られたという思いが強かったからだろう。
ずっと信じていた大事な友達だった、なのに充は自分から目を背けた。更に大晴は、自ら怪我をしてしまい、心の支えだったサッカーからも見放された気がして、自分を見失ってしまった。
彼を突き落とした手の感触が、ずっと残っていた。どうしてあんな事をしてしまったんだという懺悔や後悔と、自分は悪くないんだという感情が責めぎ合い、いっそ責めてくれたら良いのにと思うのに、充は自分を庇った。それは、更に自分を陥れる為か、それとも純粋に庇ってくれたのか。それは、どうして。
混乱や戸惑い、後悔の感情は弱った心に染み込んで侵食し、大晴は処理しきれない感情の渦に呑まれ、化想の世界に入り込んでしまった…。
「大方、そんな感じだったんじゃないかな」
志乃歩は、そう眉を下げた。志乃歩の話を聞き、たま子は心配そうに顔を上げた。
「…あの二人はこの先、大丈夫でしょうか」
「お互い怪我もあるから、暫くサッカーは出来ないだろうけどさ。サッカーチームの子が田畑君の見舞いに行ったんだって、そしたら、鳴島君に突き落とされたんだろって、噂流してやろうぜって話してる仲間達に、あいつは関係ないって、こんな事して何になるんだって怒鳴ったみたいだよ。その前にも、鳴島君が知らないだけで、田畑君が庇ってた事もあったみたい」
「それなら、どうして鳴島さんに声をかけてあげなかったんでしょう、味方だよって言ってあげてればよかったのに…」
「もう拗れて、声も掛けられない関係だったのかな…田畑君も、最初は無視とかしてた訳だから。でも、それに気づいてたら、怪我をさせる事も、化想を生み出す事もなかったのかもしれない。…なんて、後からはいくらでも言えるね」
志乃歩は苦笑い、足を止めた。目の前には、離れがある。外観はよくある二階建ての一軒家だが、ここは書庫だという。
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