化想操術師の日常

茶野森かのこ

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化想操術師の日常14

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土手の側にある大きな総合病院は、駐車場の車の出入りが多く、ロビーも人で溢れていた。

大晴たいせい野雪のゆきと別れた後、志乃歩しのぶ達はこっそりと大晴の後を追いかけた。病院のロビーに入り、待合室を横切って階段を上りかけた時、大晴が何かに気づいて慌てた様子で引き返してきたので、志乃歩達も焦って物陰に隠れた。

「あっぶなー…あ、でも別に、たまちゃんはすれ違っても問題ないのか」

大晴に顔が知れているのは、志乃歩と野雪だけだ。たま子まで隠した事を苦笑う志乃歩に、野雪はその腕を引いて歩き出す。

「見失う」
「はいはい」
「どこに向かうんでしょう?」
「外に出るみたいだね」

大晴は、辺りをキョロキョロと見回しながら、再び病院の入口に向かい、外に出てしまった。

「今日は、会わないんでしょうか?」
「あ、でも帰る訳じゃないみたい」

病院の建物は出たが、大晴は病院の敷地を出る事はなく、建物沿いに歩いていく。駐輪場を抜けて少し歩くと、広々とした場所に出た。病院の中庭のようだ。地面には丸くレンガが敷かれ、それを囲うように、大きく立派な木々や花壇、ベンチが置かれている。
木漏れ日が降り注ぐ中庭は、穏やかな時間が流れており、入院患者やお見舞いに来た人、病院の関係者らしき人もいて、各々のんびりと時間を過ごしているようだ。
その中に、大晴もいた。
彼が見つめる先には、松葉杖を持った少年がベンチに座っていた。松葉杖の少年も大晴に気づいたようで、彼は驚いた表情を浮かべていたが、その表情は徐々に和らいでいった。

「…大晴、来てくれたのか?」
みつる…お、俺、」
「来てくれないと思ってた…って、なんだよ、何て顔してんの!」

笑う松葉杖の少年、充に、大晴はその顔を更に歪め、耐えきれず頭を下げた。

「ごめん!本当にごめんなさい!」

言葉と共に、ぽたぽたと涙がレンガの地面を濡らしていく。充はまた驚いた表情を見せ、「謝るなよ」と、彼もまた声を震わせると、松葉杖を片手に大晴の側にやって来た。俯いた視界に影がかかり、大晴は驚いて顔を上げた。

「だ、大丈夫か?座ってろよ!」
「これくらい平気だって。早く治して、またお前とサッカーしなきゃなんないしさ!」
「え、」
「…謝るのは、俺の方だよ。俺が先にお前を裏切ったんだ。一緒に全国行って、プロになろうって約束したのにさ」

大晴はその言葉に、戸惑うように瞳を揺らした。

「…子供の頃の約束だよ」
「それでも約束は約束だ。俺は、もし間に合うなら、その夢を叶えたい。お前と一緒に」
「…もう、忘れたって、言ってたじゃん」
「…言わなきゃ、俺も標的にされると思ったんだ。でも、間違ってた。お前が居なきゃ何も楽しくねぇもん。これなら、お前と一緒にハブられてた方が良い」

そんな風に言いきった充に、大晴は焦って顔を上げた。

「何言ってんだよ!駄目だろ!」
「良いんだ!あいつらには、ちゃんとはっきり言った。怪我も、俺が転んだだけなんだ。だから、お前は悪くないんだ」
「…そんなの、駄目だ。俺が突き落としたのに!」
「俺が勝手に落ちたんだよ!俺がそうしてほしいんだ!」

ぐっと肩を掴まれ、大晴は唇を噛みしめた。充が本気でそう言っているのが、その声や表情から伝わってくる。その思いが苦しくて、大晴が俯いて頭を横に振れば、肩を掴む彼の手に力が入るのを感じた。痛くはない、ただ、どうしてか胸が苦しい。充の気持ちが流れてくるみたいだと大晴は思い、それでも受け止めなくてはと、ぎゅっと拳を握った。自分は罰を受けに来た、優しさに許されてはダメだと。
充は俯く大晴に、それでも気持ちを伝えようと、言葉を続けた。

「…こんなんじゃ、償えないくらい、俺達はお前に酷い事したんだ。このままじゃ、俺の気が収まらないんだ!だから、すぐこんな足治して学校に戻るから、我慢しててくれ」

我慢していてという言葉に、大晴は「…え?」と顔を上げた。その言葉の意味が分からなかったからだ。充は、大晴の目をまっすぐに見つめ、どこか焦ったように言葉を続けた。

「また何か言ってくる奴らがいたら、俺が今度こそ守るから。だから、来年こそは一緒に全国行こう!お前は何も無きゃ余裕でレギュラーなんだ!俺も死ぬ気でレギュラー勝ち取るから!だから、」

ぎゅっと肩を掴む手が緩み、その手がするすると下りてきて、大晴の手を掴む。充は「今まで、ごめん」と、頭を下げた。

「…あ、謝らないでよ。俺が、もっと酷い事しちゃったんだから、」

ごめん、と言葉は涙に濡れ、二人は顔を見合せ、言葉にならずまた涙した。
その様子を木陰からこっそり見守っていた志乃歩は、ほっとした様子で野雪を見下ろした。

「あの様子じゃ、大丈夫そうかな」

志乃歩は呟き、手前にいる野雪の頭をぽんと叩くと、野雪は志乃歩を見上げ、しっかりと頷いた。
手にした化想を封じた本がじんわりと温かくなった気がして、野雪はやはり無表情のまま、本をぎゅっと抱き締めた。


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