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化想操術師の日常9
しおりを挟む「良かった。戻ったって事は、納得してくれたのかな」
「多分」
志乃歩の言葉に頷き、野雪はショルダーバッグから厚みのある本を取り出した。
「血印は駄目だよ」
「分かってる、彼は大丈夫だ」
焦った様子で志乃歩は声を掛けるが、野雪はやはり感情の見えない声で返しながら本を開く。すると、その本に反応してなのか、教室内の水が突然渦を巻きながら、本の中に吸い込まれ始め、それにより、浮いた机や椅子も元の位置に戻っていく。渦を巻くように、本に海が全て吸い込まれてしまうと、その本のページには海の絵が刻まれ、野雪はその絵の上にペンで一本線を引いた。また何か出てくるのかと、たま子は思わず身構えたが、化想が現れる気配はなく、その線は僅かに光ると、ページの上に鍵のマークを浮き上がらせ、海の絵は消えてしまった。
「…あの、これは一体…」
あっという間に元の姿を取り戻した教室に、少年の海を吸い込んでしまったその本に、たま子は呆然としながら志乃歩に尋ねた。
「化想を壊さず保管したんだ。無意識の化想でも、それは心と直結してるから、無理に壊したり消したりすると、その人の心まで壊してしまう危険性がある。中にはそんなの関係なくやってのける奴らもいるけどね。これが、阿木之亥家とうちとの違いだ、あいつらは事を治めてなんぼだからね」
肩を竦める志乃歩に、たま子は僅か眉を寄せた。
「治める為とはいえ、そんな危ないやり方をするなんて。同じ術師でも随分考え方が違うんですね」
「まぁ、僕と野雪もその家の出だけどね」
「え…」
「流れる血は一緒でも、考え方はそれぞれ。長く続く家なら、一人はいるもんでしょ?はみ出し者がさ」
「あ、はみ出し者は僕だけね」と、志乃歩は肩を竦めておどけたように言い、それから少年に視線を落とした。
「あの…この人、大丈夫なんですか?」
「無意識下の化想は、体に掛かる負担も大きい。でも、化想や心は壊していないし、じきに目を覚ます筈だよ。念のため教頭先生に話して、病院に連れて行こう」
「呼んで来る」
そう言って野雪が教室を出て行く中、たま子は床に落ちていたノートを手に取った。数学のノートだろうか、その片隅には小さくサッカーボールの絵が描かれており、たま子は思わず「え?」と声を上げ、慌てて口を閉じた。
たま子達が見てきたのは、海の世界だ。サッカーをしていた少年達の化想は、野雪が写真を見つけてから現れたもの。
たま子は、絵に描いたものしか化想に出来ない。でも彼は、サッカーボールの絵を描いて、あの海を生み出した。その奥底に、友人とサッカーをしていた姿があったとしても、化想の大部分は海だ。無意識の化想とは、必ずしも描いているものと同じではないのかと、その事に単純に驚いていた。
そこへ、慌ただしい足音が聞こえてきた。教室の入口に目を向けると、野雪が壱登を連れて戻って来ており、壱登はすっかり変わってしまった教室の様子を見て驚いている。
「凄い!ちゃんとした教室に戻ってる…」
「我が社のエースのおかげで解決よ。周りの反応は?」
「誰も気づいた様子はありませんでした、いつもありがとうございます!」
「こっちこそ。壱登が居なきゃ、こういうとこ入るのも説明がね…」
志乃歩が苦笑えば、壱登もそれは十分に分かっている事なので、「それくらいはさせて下さい」と、どこか力なく眉を下げた。
「化想対策課って言っても、こんな事くらいしか出来ませんから」
「それが大事なんじゃないか」と、志乃歩が言えば、壱登はどこかほっとした様子で、それからはしゃきっと背筋を伸ばし、言葉を続けた。
「あの、野雪さんから話は聞きました。教頭先生には、あの生徒さんの親御さんに連絡を入れて貰ってます。病院は、いつもの病院で良かったんですよね?」
「うん、助かるよ。じゃあ、このままこの子を連れて行っちゃうけど、大丈夫だよね」
「はい!すぐ病院に向かうと伝えてありますから。その他の学校側への説明などは、こちでらしておきますので」
「ありがと。あの子の事は、僕達がフォローするから。後で連絡するね」
「はい!」と、やる気たっぷりに返事をする壱登に頷き、志乃歩は少年を背負った。
「さて行くよ」との志乃歩の声に、野雪とたま子も、その後に続いた。
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