化想操術師の日常

茶野森かのこ

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化想操術師の日常2

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同じく十年と少し後、ここは東京のとある山の上。


心地よい春風を浴びながら、青い空を一羽の鳥が飛んでいく。
見たところシラコバトというキジバトの仲間だろうか、やや小型で尾が長く、全身は灰褐色で、首に黒い横線が入っているのが特徴だ。

だが、このシラコバト、鳥であり鳥ではない。

鳴き声はクックーと鳩そのものだが、瞳の色は海のように青い。
シラコバトは、とある山の上にぽっかりと空いた敷地に建つ、二階建ての大きな洋館に向かっている。そこは、白い壁に青い屋根のあるお屋敷で、塔屋には丸い窓が、二階にはバルコニーがある。
シラコバトが向かったのは、バルコニーがついた二階の角部屋だ。


少し開けていた戸にカーテンが揺れ、その部屋の中に男性の姿がある。
彼は、九頭見志乃歩くずみしのぶ、三十二才。茶色の緩くパーマのかかった髪をセンターで分け、たれ目がちの瞳からは穏やかさを感じられる。いつもきっちりとベストを着込んだ上質なスーツ姿で、上着を脱いでいる時は、シャツの袖を捲っている事が多い。
シラコバトがバルコニーの手摺に止まると、それに気づいた志乃歩は、手にしていたノートを閉じると、バルコニーに出て、シラコバトの頭をひと撫でした。

「そう、ご苦労様」

シラコバトは、頭を撫でる志乃歩の指先に気持ち良さそうに目を細め、労いの言葉に頷くと、再び空へと舞い戻っていった。
志乃歩はシラコバトを見送ると、バルコニーの
下、広々とした庭に目を向けた。森の木々に囲まれた庭には、寝転がっている巨大な白い狼がいる。

野雪のゆき、仕事だ!」

声を掛けた先、巨大な狼のふわふわした尻尾が持ち上がると、それにくるまれていたのだろう、そこから少年が顔を出して志乃歩を見上げた。
少年は、九頭見野雪くずみのゆき、十七才。パーカーのフードを目深に被って過ごすのは、十年経っても変わらないようだ。因みに、夏になるとフードの代わりに帽子を被っている事が多い。夏服でもフードがついた服もあるが、夏服は生地が薄いので心許ないようだ。
野雪がフードや帽子を被るのは、なるべく視界を覆いたいという理由からなのだが、それでも不安なのか、前髪も長く伸ばし、その視界を覆っていた。今はフードで見えないが、視界を隠す効果のない襟足は、短くすっきりとしている。

志乃歩の呼び掛けに顔を上げた野雪は、前髪を指で掻き分けて大きな瞳を覗かせると、小さく頷いて立ち上がった。
百七十無い背丈の細身の体に、たっぷりとしたパーカーを羽織っているので、体はより小柄に見える。野雪は、大きな狼の腹の下敷きになっていた黒いショルダーバッグを引っ張り出すと、顔を向けたその狼の鼻先を撫でてやる。

「シロ、行ってくる」

ワフ、と頷くシロの口は、野雪の体を簡単に飲み込んでしまいそうな程に大きい。恐らく世界中のどこを探しても、こんなに大きな狼はいないだろう。
そんな巨大な狼は、名残惜しむように野雪の体に頭を擦り付けている。体は大きくても、野雪の前では子犬のように甘えただ。

そんな野雪とシロの様子を眺めていた志乃歩は、そっと頬を緩めた。


野雪と志乃歩は、今から二年程前にイギリスから東京に戻ってきた。野雪の手を引いてイギリスに向かった日の事を、志乃歩は今でもよく覚えている。
あれからもう十年、その月日は長いようであっという間だった。野雪の成長を見守ってきた志乃歩には、余計にそう感じられるのかもしれない。


「相変わらず仲の良いこと」

野雪はシロの甘える仕草に耐えきれず、芝の上に押し倒されてもがいている。この庭ではよく見られる光景だ。その様子に志乃歩は微笑み、室内に戻ろうとして、同じくバルコニーから野雪の様子をじっと見つめている少女に気づき、声を掛けた。

「たまちゃんもおいで」
「は、はい」

少女ははっとして顔を上げると、焦った様子で頷いた。
彼女は、たま子。年齢は十代、野雪と同じ年の頃だろうと志乃歩は思っている。たま子という名前は仮名で、名前も年齢も分からないのは、彼女が記憶を失っているからだ。
黒いボブの髪形に、丸い瞳はいつも少しだけ困っているように見えた。背は野雪より少し低いくらいで、アイボリーのTシャツにジーンズ、飾り気も無いシンプルな出で立ちだ。

たま子が室内に戻るのを見て、志乃歩も部屋に戻った。それから、手にしていたノートに視線を落とした。
そのノートには、子供の落書きのような絵が描かれている。線が縦横無尽に駆け巡り、二つの大きな三角形がにょきっと出ているが、何の絵かはよく分からない。
志乃歩はそれに目を落とし、少し考えてデスクの上に置いた。

ここは、志乃歩の部屋だ。部屋は、白い壁にシックな色合いの家具で統一されている。ベッドにデスク、クローゼットに本棚、無駄を嫌うように整然と家具が並ぶだけの部屋は、あまり生活感を感じられなかった。壁にはひまわりの絵が飾られ、絵だけを見ればほっと気持ちを和ませてくれるようだが、彼の部屋にはどこか不釣り合いのようにも思える。
志乃歩は、コート掛けに掛けていたジャケットを手に取ると、部屋を出た。廊下に出ると、どこか緊張した面持ちで待っているたま子がいて、志乃歩はその緊張を解すように柔らかく微笑んだ。

「行こっか」

軽やかに声を掛けると、たま子は安堵した様子で頷いた。


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