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天使と死神41
しおりを挟む「アリア!」
体にのし掛かる黒はずしりと重く、アリアは耐えきれずに膝をついてしまう。
フウガはアリアの元に向かおうとするが、その体が突如として浮き、後方へと投げ飛ばされてしまった。咄嗟に身を翻して受け身をとったが、再び立ち上がろうとしたところで、背中にずしりとした重みを感じ、フウガは地面に膝をついた。足が地面に縫いつけられたように動けない、まるで巨大な岩でも背負わされたような感覚に、それでもどうにか顔を上げて空を仰ぎ見れば、長い指を器用に動かす悪魔の姿がある。
フウガを地面に押しつける重みの正体は、間違いなく体に絡みついた黒だ。フウガの体が突如投げ飛ばされたのも、この黒を悪魔が操っていたからだろう。
悪魔はふわりと空から降りてくると、膝をつくフウガの横をゆったりと歩いていく。その足取りは、空を飛んでいるみたいに軽やかだ。「待て!」と、フウガが声を振り絞っても、その足は止まることはない。例え悪魔が足を止めたとしても、フウガは文字通り手も足も出ない状況だ、悪魔は足を止める事なくフウガに顔を向けると、その指先をひょいと動かした。
途端に体の内側に駆け抜ける衝撃に、フウガは声もなく、その場に倒れてしまった。
「無力だねぇ、死神は」
こちらに声が向いた事に、アリアははっとして顔を起こした。
「おい、お前!フウガに何をした!」
焦ったように声を上げたアリアを見て、悪魔は肩を竦めて笑った。
「お友達の心配も良いけど、今の自分の状況、分かってる?」
呆れたような声が聞こえて、アリアはぐっと声を詰まらせた。確かに、人の心配をしている場合ではないのかもしれない、アリアは全身を黒に覆われ、何も見えていない状況だった。
網のような形をしてアリアを襲った黒は、いつの間にかその網目を隙間なく埋め、アリアはその黒い膜を頭から被っている状態だ。
その膜から抜け出ようと、アリアは先程から懸命にもがいているのだが、黒い膜はまるで水のように手を滑り、掴む事すら出来ないでいる。
やがて、水のように流れる黒は、その流れのまま重さを増して体にのし掛かり、アリアは耐えきれず地面に手をついた。どうにかして黒を振り払いたいのに、上手く力が使えない。手の甲に現れた火傷のような傷跡がジリジリと熱を持ち、これ以上は何も出来ないと訴えかけているみたいだった。
そんなアリアの目の前に、悪魔が足を止めた。視界は黒で覆われてしまっているが、それでも悪魔の気配は伝わってくる。冷たく凍るような空気が、座り込んだ足元に忍び寄るみたいだった。
「ねえ、天使の力って、どんな味がするのかな」
その好奇心に満ちた声に、アリアは目を見開いた。人間の心を奪うだけでは飽きたらず、この与える力も奪うつもりなのか、アリアの心臓が嫌な音を立てていく。
過去に、神様が悪魔に力を差し出した事があったが、その時は、八重のお陰で神様も奮い立つことが出来た。それに、そもそも神様の力は悪魔には奪いきれるものではないと、フウガも言っていた。だが、アリアの場合はどうだろう。アリアは神様と似たような力を持っているだけで、神様ではない。この力がもし失われたら、悪魔から人間を救う者がいなくなってしまう。
アリアは近くで倒れている人々を思い、視線を巡らせた。彼らの命はまだそこにあるだろうか、彼らだけではない、空に広がる悪魔の手は、その活動を止めた訳ではない。
「…お前になんて、」
神様が来ない以上は、この力を奪われる訳にはいかない。例え、今使える力が僅かでも、悪魔にとっては大きな力に成り得るかもしれないし、力を奪われては、町の人々の心を差し出す事になる。
抵抗を見せようと口を開いたアリアだったが、のし掛かるばかりだった黒が体に絡みつき、言葉を止めた。それが腕に絡みついた途端、力が抜けるような感覚がした。アリアは慌ててそれを振りほどこうとするが、それは動けば動くほどに絡みつき、黒がアリアの体から力を抜き取ろうとしているのが分かる。
そればかりか、頭を覆う黒は考える力も奪うのか、アリアの意識まで、暗い夜の底に引き込まれていくようだった。
「だめだ、」
アリアは遠退きかける意識を寸前で止め、地面に両手をつきながら、ボロボロになった翼を僅かに震わせた。微かな光がアリアの体の奥底で灯れば、火傷のような傷跡が肌を焼くように痛んだが、力を奪おうとする黒の力をはね除ける事は出来たようだ。だが、その直後、朝からおかしかった胸の辺りに違和感が甦り、こんな時にこれ以上おかしくならないでくれと、アリアはぎゅっと唇を噛みしめた。
冷静に、焦るな、そう自分に言い聞かせ、残る力の使い方を考える。
気を抜けば、ここがどこだかも分からなくなりそうだった。ここは下界、鞍木地町、と自分に言い聞かせ、アリアはアスファルトに爪を立てた。指先が地面に擦れ、熱を持つ。このまま悪魔の良いようにさせてはならない、アリアは自分を奮い立たせ、見えない光を、体の奥底に灯し続けた。
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