メゾン・ド・モナコ

茶野森かのこ

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「ごめんなさい、待たせちゃって」

サキに別れを告げると、なずなはフロアのロビーに慌てて駆けてきた。
春風はるかぜは、ソファーから立ち上がると、緩く首を振った。

「いいや、おばあさんの具合はどう?」
「体調は相変わらずみたいですけど、手紙の事話したら、嬉しそうにしてくれました。犯人が捕まって、近所の人達と仲良くなれたら、手紙の事ちゃんと教えて下さいよ」
「…うん、勿論だよ」
「…フウカさん帰ってきますよね」
「それは大丈夫だと思うよ、フウカ君だって、帰ってきたいはずさ」
「そうですよね!」

明るい笑顔を見せるなずなに微笑んで、春風は前を向いた。






その夜、ちゃんとアパートに帰ってきたフウカは、皆からのハグやらヘッドロックやらチョークスリーパーやらという、痛みもない愛のある洗礼を受け、困りながらも安心した様子だった。

「もう、勝手に出て行くなんて!次やったら本当に怒っちゃうわよ」

そう言いながら、マリンが水の手をフウカの首にひやりと触れると、フウカはさすがに頬をひきつらせた。
こればかりは、冗談で済まされない何かがある。

「それじゃ、今日はごちそうだよー!手巻き寿司でーす、みんな各々、好きに巻いちゃってー」

春風の言葉に、ギンジとナツメは嫌そうな顔で、目の前に並ぶの酢飯の入ったおひつと具材を見つめた。

「これ作ったの、こいつだろ?」
「酢飯どんな味に仕上がってんの?」
「ざんねーん、僕が作りましたー」

春風がそう手を上げれば、ギンジとナツメはあからさまに安堵した様子を見せた。

「なら安心だな!めでたい時くらい、安心して食べたいもんな!」

本心を隠そうともしないナツメの発言に、なずなはさすがに怒ったが、いつも窘めてくるフウカが笑うので、なずなも諦めて笑みをこぼした。

「…帰ってきてくれて、良かったです」
「あなたのお陰で勇気がもてたんですよ、ありがとう」

思わぬ優しい微笑みに、なずなは不意を突かれ、顔を赤くしながら、あわあわと顔を俯けた。

「そんな、私は、」
「ほーら、イチャイチャしてると、具がなくなっちゃうわよー」
「つーか、一日帰らないくらいで大袈裟だな」
「あら、ナッちゃんだって、一日家の中うろうろして落ち着かなかったのに」
「う、うるせぇな!別に心配だった訳じゃねぇし!」
「あら、素直じゃないんだから」

途端に騒がしくなる食卓に、なずなは不意打ちのときめきも気が削がれ、フウカと顔を見合せ笑いあった。
騒がしい食卓は、このアパートの日常だ。たった一日フウカがいないだけで、昨夜も今朝も、まるでお通夜のようだった事を思い出す。なずなはそれを伝えながら、改めてフウカに向き直った。

「だから、フウカさんは、このアパートには、なくてはならない人なんですよ」

「あ、妖でしたね」と、何でもない事のように笑って言い直すなずなに、その言葉に、フウカは目を瞬いて、それからそっと頬を緩めた。少し目元が赤くなっていたが、なずなは気づいていないようだ。

「はい、フウカ」

トコトコとハクがやって来て、フウカに手巻き寿司を手渡した。少し握りが甘く、中の具材も酢飯も溢れ出しているが、それがハクの気持ちだと思えば、どんな料理も敵わないのではと思う。
フウカは目線を合わせて、それを受け取った。ありがとうと伝えれば、ハクは照れくさそうに微笑んだ。


帰る場所がある、待ってくれる人がいる。それはなんて幸せな事だろう。
フウカは目の前の幸せに目を細め、食卓の輪に加わった。



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