54 / 75
54
しおりを挟む「ごめんなさい、待たせちゃって」
サキに別れを告げると、なずなはフロアのロビーに慌てて駆けてきた。
春風は、ソファーから立ち上がると、緩く首を振った。
「いいや、おばあさんの具合はどう?」
「体調は相変わらずみたいですけど、手紙の事話したら、嬉しそうにしてくれました。犯人が捕まって、近所の人達と仲良くなれたら、手紙の事ちゃんと教えて下さいよ」
「…うん、勿論だよ」
「…フウカさん帰ってきますよね」
「それは大丈夫だと思うよ、フウカ君だって、帰ってきたいはずさ」
「そうですよね!」
明るい笑顔を見せるなずなに微笑んで、春風は前を向いた。
その夜、ちゃんとアパートに帰ってきたフウカは、皆からのハグやらヘッドロックやらチョークスリーパーやらという、痛みもない愛のある洗礼を受け、困りながらも安心した様子だった。
「もう、勝手に出て行くなんて!次やったら本当に怒っちゃうわよ」
そう言いながら、マリンが水の手をフウカの首にひやりと触れると、フウカはさすがに頬をひきつらせた。
こればかりは、冗談で済まされない何かがある。
「それじゃ、今日はごちそうだよー!手巻き寿司でーす、みんな各々、好きに巻いちゃってー」
春風の言葉に、ギンジとナツメは嫌そうな顔で、目の前に並ぶの酢飯の入ったおひつと具材を見つめた。
「これ作ったの、こいつだろ?」
「酢飯どんな味に仕上がってんの?」
「ざんねーん、僕が作りましたー」
春風がそう手を上げれば、ギンジとナツメはあからさまに安堵した様子を見せた。
「なら安心だな!めでたい時くらい、安心して食べたいもんな!」
本心を隠そうともしないナツメの発言に、なずなはさすがに怒ったが、いつも窘めてくるフウカが笑うので、なずなも諦めて笑みをこぼした。
「…帰ってきてくれて、良かったです」
「あなたのお陰で勇気がもてたんですよ、ありがとう」
思わぬ優しい微笑みに、なずなは不意を突かれ、顔を赤くしながら、あわあわと顔を俯けた。
「そんな、私は、」
「ほーら、イチャイチャしてると、具がなくなっちゃうわよー」
「つーか、一日帰らないくらいで大袈裟だな」
「あら、ナッちゃんだって、一日家の中うろうろして落ち着かなかったのに」
「う、うるせぇな!別に心配だった訳じゃねぇし!」
「あら、素直じゃないんだから」
途端に騒がしくなる食卓に、なずなは不意打ちのときめきも気が削がれ、フウカと顔を見合せ笑いあった。
騒がしい食卓は、このアパートの日常だ。たった一日フウカがいないだけで、昨夜も今朝も、まるでお通夜のようだった事を思い出す。なずなはそれを伝えながら、改めてフウカに向き直った。
「だから、フウカさんは、このアパートには、なくてはならない人なんですよ」
「あ、妖でしたね」と、何でもない事のように笑って言い直すなずなに、その言葉に、フウカは目を瞬いて、それからそっと頬を緩めた。少し目元が赤くなっていたが、なずなは気づいていないようだ。
「はい、フウカ」
トコトコとハクがやって来て、フウカに手巻き寿司を手渡した。少し握りが甘く、中の具材も酢飯も溢れ出しているが、それがハクの気持ちだと思えば、どんな料理も敵わないのではと思う。
フウカは目線を合わせて、それを受け取った。ありがとうと伝えれば、ハクは照れくさそうに微笑んだ。
帰る場所がある、待ってくれる人がいる。それはなんて幸せな事だろう。
フウカは目の前の幸せに目を細め、食卓の輪に加わった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
化想操術師の日常
茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。
化想操術師という仕事がある。
一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。
化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。
クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。
社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。
社員は自身を含めて四名。
九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。
常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。
他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。
その洋館に、新たな住人が加わった。
記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。
だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。
たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。
壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。
化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。
野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。
エリア51戦線~リカバリー~
島田つき
キャラ文芸
今時のギャル(?)佐藤と、奇妙な特撮オタク鈴木。彼らの日常に迫る異変。本当にあった都市伝説――被害にあう友達――その正体は。
漫画で投稿している「エリア51戦線」の小説版です。
自サイトのものを改稿し、漫画準拠の設定にしてあります。
漫画でまだ投稿していない部分のストーリーが出てくるので、ネタバレ注意です。
また、微妙に漫画版とは流れや台詞が違ったり、心理が掘り下げられていたりするので、これはこれで楽しめる内容となっているかと思います。
踊り子と軍人 結託の夜
茶野森かのこ
ファンタジー
「この薬を飲めば、人生をやり直す事が出来ます」踊り子の彼女が自分を生きる決意をする、その場面のお話です。
とある国のとある街。ある夜に、踊り子をしている彼女の元へ、軍人の青年が訪ねてくる。
彼女には、秘密があり、自分を生きる事をやめた過去があった。
そんな彼女に軍人が提案したのは、人生をやり直す薬と、結婚だった。
彼女がもう一度、今の自分のまま生きる決心をする、その場面のお話です。
東雲を抱く 第一部
新菜いに/丹㑚仁戻
キャラ文芸
昊涯国《こうがいこく》――時和《ときなぎ》と呼ばれる時を読む能力者が治める国。時和は管理され、その中から選ばれた者が時嗣《ときつぎ》として国を治めていた。
銀色の髪を持つ少女・三郎《さぶろう》は、この昊涯国で時嗣候補の少年・白柊《はくしゅう》の護衛役を勤めていた。
彼は家のしきたりで性別も顔も隠さなければならない三郎が、素顔を晒すことのできる数少ない相手。ついつい気を抜きがちな三郎に厳しい叱責を飛ばすが、二人の間には確かな絆があった。
平和な日々が続いていたある日、白柊が自身の周りに不穏な空気を感じ取る。
幼い主人の命令で、周囲の調査に赴く三郎。しかしそこで、自分を遥かに上回る実力を持つ男・天真《てんま》と遭遇してしまう。
時嗣に次ぐ権力者である白柊を傀儡にしようと目論む天真。しかも彼は『腰が気に入った』という理由で三郎に纏わりつく。
さらに白柊に至っては、信用できない天真までも自らの目的のために利用しだす始末。
脅かされる三郎の安寧。要領を得ない主の指示。
しかしそうこうしている間にも、白柊の感じた不穏な空気はどんどん形を帯びていき……――。
※本作は三部構成の予定です(第二部〜連載中)
※第一部は全体のプロローグ的な位置付けになっています。
※本作はカクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
貸本屋七本三八の譚めぐり ~実井寧々子の墓標~
茶柱まちこ
キャラ文芸
時は大昌十年、東端の大国・大陽本帝国(おおひのもとていこく)屈指の商人の町・『棚葉町』。
人の想い、思想、経験、空想を核とした書物・『譚本』だけを扱い続ける異端の貸本屋・七本屋を中心に巻き起こる譚たちの記録――第二弾。
七本屋で働く19歳の青年・菜摘芽唯助(なつめいすけ)は作家でもある店主・七本三八(ななもとみや)の弟子として、日々成長していた。
国をも巻き込んだ大騒動も落ち着き、平穏に過ごしていたある日、
七本屋の看板娘である音音(おとね)の前に菅谷という謎の男が現れたことから、六年もの間封じられていた彼女の譚は動き出す――!
神に恋した結界師〜二十三刻。
神雅小夢
キャラ文芸
結界師として夜な夜な物怪と戦っていた高星とネジは、ある晩一人の女性、美桜と衝撃的な出会いをする。
この世のものとは思えない美貌を持つ彼女はなんと神様だった。魔払いの力を持つ美桜に高星は惹かれるが……。美桜を狙う強敵を前に死んでしまう。
黄泉の国で落ちぶれた神と出会い、蘇りの契約をするも、それは高星が鬼神となり満月の夜には必ず百鬼夜行を行なうというものだった。
そして美桜の身体は実は借りもので、本当の身体は婚約者のいる高天原にあるという……。美桜は高星と自分の身体を取り戻せるのか?
しかも一途に恋する高星の恋は前途多難で、美桜は別な男性を好きになってしまう……。
二人の神様が主人公の話です。気軽に読んでいただければ幸いです。
※ここに登場する神様はフィクションです。古事記の神様とは別物です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる