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しおりを挟む「へぇ、イベントでレストランか、良いじゃん!俺も手伝うよ!」
「え?」
フウカは、キッチンカーの店長、加賀谷紫乃の言葉に、きょとんとして顔を上げた。
ここは、メゾン・ド・モナコの最寄り駅から、二駅先の駅前の広場だ。フウカがお世話になってるキッチンカー、“シノさんの店”が停まっている。軽トラックのラッピングカーで、色は、ミントと白のツートン塗装だ。
荷台に調理スペースが入り、その側面には跳ね上げ式のドアがあって、それを開けると、大きな窓が出てくる。そこから商品を手渡す感じだ。荷台の後ろ部分には、紙袋にもあった“シノさんの店”のロゴが大きくペイントされている。
フウカは、ユニフォームである黒いシャツと黒地に白のストライプのエプロンを身につけ、メニュー表を出している所だった。窓側の荷台側面にメニュー表を下げ、少し離れた場所にも、呼び込み用として、メニュー表の看板を立てている。
「メニューは決まってるの?」
紫乃はキッチンカーの中で準備を進めながら、楽しそうにフウカに尋ねた。
紫乃はフウカよりも小柄で、人懐こい笑顔が印象的な好青年だ。紫乃の瞳は太陽みたいだ、真っ直ぐと明るいその視線は眩しく、時にフウカの胸に影を差す。フウカは紫乃の視線から逃れるように、やんわりと表情を緩め視線を逸らした。
「…そもそも、やるのかどうか…」
「やってみようよ!お試しでも良いじゃん。俺、こう見えて色々経験してきたから、相談くらいはのれるかもよ」
「あ、ありがとうございます」
フウカが礼を言うと、紫乃はニコニコと嬉しそうだ。どうしてそんなに嬉しそうなのだろうと、受け止めきれない好意の眼差しに、さすがにフウカが戸惑っていると、紫乃は「ごめんごめん」と、照れくさそうに首の後ろを掻いた。
「なんか、力になれるかもって思ったら嬉しくてさ。フウカ君、休まず働いてくれるから助かってるんだよ。腕も良いし、フウカ君考案の商品も売上好調だし。なのに、ご飯も奢らせて貰えないしさ」
「…僕は雇ってくれるだけで十分有難いので。本当は、店長一人でやられてたのに」
「一人じゃここまで出来なかったと思うから、感謝してるんだよ。それに、寂しいじゃん。無理強いはしたくないから言わなかったけどさ、俺も何か役に立てたら良いなーって思ってたから。だから、一口噛ませてよ」
紫乃の人懐こい笑顔には、相手の心を解きほぐす効果でもあるのかと、フウカはいつも思う。自分がどんな感情を抱いていても、紫乃はそんな気持ちも乗り越えて、肩の力を抜かせてしまう。紫乃の気持ちに、裏表がないからだろうか。その考えの先に、最近知り合った人の子の姿がふと思い浮かんだ。
フウカは紫乃につられて頬を緩めると、感謝を述べ頭を下げた。
その中でふと思う、人と繋がるとは、こういう感覚なのかと。仕事や役割ではなく、人として、人同士で繋がる。どこか、妖と人の間に一線を引いていたが、人も妖も同じなのかもしれない。
そう感じた所で、フウカははっとして気を引き締めた。
駄目だ、危うく手を伸ばしかけてしまった。
これ以上、人であれ妖であれ踏み込む事は許されない。他はどうあれ、自分だけは、誰かと共に居てはいけない。
これ以上の繋がりを、望んではいけないのだと。
フウカがメゾン・ド・モナコに帰ってくると、なずながスマホを片手に、キッチンのシンクの上に食材を並べ、何やら必死にメモを取っていた。フウカが帰って来たのが分かると、なずなは顔を上げて、お帰りなさいと会釈する。
こうして、なずなのいる日々が日常になりつつある、フウカは複雑な思いにぎこちなく笑みを返し、なずなの横を通りすぎた。
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