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しおりを挟むそれから数日が過ぎても、火の玉の真犯人はまだ動きを見せなかった。ハクのお礼を伝えよう作戦も未だ決行に至らず、なずなはもどかしい思いを募らせていた。
そんななずなの思いとは裏腹に、今日も良い天気だ。足の傷もほとんど癒え、庭の雑草の除去も済んだ。なずなが見晴らしのよくなった庭を掃除していると、ふと庭の片隅にある、倉庫が目に止まった。倉庫というが、小屋といった方が良いだろうか。
勿論、あるのは知っていたが、生い茂る雑草のおかげで、今まで半分位しか見えていなかった。辺りがすっきりしたお陰で、倉庫の存在感が増したように感じられる。
「そういえば春風さん、あれは倉庫なんですよね、何が入ってるんですか?」
「あー、あれは適当に物を詰め込んでるだけだよ」
縁側で寝そべって新聞を広げていた春風は、ふと思い至った様子で、のんびりと起き上がった。
「そうだ、たまには空気の入れ替えをしておかないとね」
倉庫を開けるのかと、好奇心に駈られてついて行くと、ギシギシと錆びた音を響かせ、途中突っかかりながらもガラス戸が開いた。その戸の開く動きに合わせ、埃が風に乗って沸き上がるものだから、なずなは思わず噎せてしまった。
半分涙目になりながら中を覗くと、そこには、本を中心としたあらゆる物が、所狭し、いや、ぎっしりと積め込まれていた。
「わ、凄い本の数…なんですか、コレ」
「僕が一応譲り受けたものなんだけど、なんだか興味なくてねぇ」
手前にあった古い本の山から、一冊手に取ってみた。埃で白くなった表紙を手で払う、小説だろうか、中を見ると全て英語だった。
「外国の本だ…」
「わ!もしかして、これ、ホームズの初版本!?」
「え、そうなんで、」
振り返りつつ返事をして、なずなは驚いた。
「ナオさん!?」
そこには、いつもの鹿討ち帽とホームズルックに身を包んだナオがいた。
「久しぶり、なずな。元気だった?」
「は、はい、びっくりしました」
「やぁ、何か分かったのかい?」
春風の問いかけに、ナオは「うーん」と渋い声を出しながらも、瞳はキラキラと輝かせながら、なずなから本を受け取った。表紙を大事そうに眺めながら、ナオは口を開く。
「この間捕まえた火の玉男は、本当に何も知らなかったみたい。でもね、手掛かりはゼロじゃないよ、火の玉男が受け取った指示書のインク。多分、火鳥の巣のものじゃないかって」
「かちょう?」
「火の鳥の国の事をそう呼ぶんだ」
「え、フウカさんの国?どうして分かるんですか?」
「あの国はね、不思議な火の花からインクを作ってるんだ。特別なインクだから、妖の世では有名なんだよ。調べたら、指示書のインクから、火の花と同じ成分が出てきた」
「…そう、」
春風は難しい顔つきで頷いた。ナオは困った様子で眉を下げ、春風を見上げる。
「この事、他の子には内緒にしておいてね。犯人が火鳥の巣の者か分からないし、フウカが気にするといけないもん。それに、わざと火の花のインクを使ってるかもしれないしね」
「だとしたら浅はかだね…フウカ君を犯人に仕立てたいのか」
「もしそうなら、目星もつけやすいんだけどねー。まだ分からないけど、その方向でも調べてるよ。そっちは進展あった?」
「まだないな」
「あ、でも聞いたよ!ひったくり捕まえたんでしょ?お手柄じゃん!他の妖達も、アレレ?って顔してたよ」
「おや、良い傾向?」
「良い傾向!この調子でよろしくね!なずなも大変だと思うけど、僕達も頑張るからさ!」
「はい、ありがとうございます」
「うん!あ、ねぇ春風さん、これ見てっても良い?」
「どうぞごゆっくり~」
「ふふ、お茶用意してきましょうか」
春風がのんびりと倉庫の物を出していくと、ナオは嬉しそうに本を眺め、他にも何かお宝はないかと、キョロキョロと倉庫の中を探っている。なずなが倉庫から離れると、ちょうどフウカが帰って来たところだった。
「お帰りなさい!早かったですね」
「はい、今日は出張調理の仕事が別にあるそうで」
「出張調理?」
「お得意さんのお宅で、パーティーがあるそうなんです。店長、レストランやカフェでも働いてたらしくて、その時お世話になった方だそうですよ。本格的な料理人として呼ばれたみたいです」
「へぇ、だからサンドイッチも、人が並ぶ程美味しいんですね」
フウカは頷きながら、そうだと、なずなに紙袋を差し出した。中央にサンドイッチのイラストがあり、それを円で囲うように“シノさんの店”と書いてある。
なずなは、そのロゴを見てパッと表情を輝かせた。フウカが勤めるキッチンカーの名前だ。
「これは遅くなりましたけど、お土産です」
「わ!サンドイッチ…!ありがとうございます!うわ、いっぱいある…楽しみ…!」
「良かった」
ほっとした様子で微笑むフウカ、そんな二人の様子を、縁側からハクとマリンがこっそり覗いている。
「今、ナオさんも来てるんですよ、皆でおやつに食べましょう!お茶いれてきます」
なずながそう声を掛けると、様子を見ていたマリンとハクも顔を見合せて微笑みあった。
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