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しおりを挟む春風とミオが話し合っている間、ナオはなずな達とお喋りをしていた。
「僕は猫又なんだ、ミオはヤタガラスなんだよ」
ナオの無邪気さは、どんな人の懐でも入っていけそうだ。なずなも、新たな妖との出会いに些か緊張した面持ちだったが、その緊張もいつの間にかほどけていた。
「あの、お二人は管理職なんですか?妖の世界の就職って、人間の世界とは違うんですか?」
役所仕事、という言葉が頭に残っていたので、妖達はどのように仕事についているのか、なずなにとっては純粋な質問だった。ミオは大人だが、ナオはまだ子供のようだし、妖達がどういう生き方をしているのかも気になっていた。
「うーん、仕事に就く時は、人の子と一緒だよ。面接もあるし、試験みたいなものもあるし。でも、僕らの仕事にそういうのは無かったよ」
「え?でも、二人は人の世界に居る妖を束ねてるんでしょ?」
そんな簡単に出来るものなのか、それとも、ナオはこう見えて、とんでもない力を秘めているのか。なずなが頭を疑問で埋め尽くしていると、「そんな大層なものじゃないですよ」と、ミオがこちらにやって来て、軽やかに言った。
「俺達はレイジの手足、下っ端ですから」
「レイジ?」
「人の世の妖達の、中心に居る妖ですよ。困ったら皆に頼られ、いつの間にか管理職みたいになってしまって。一人じゃ妖達を纏めるなんて出来ませんから、レイジを中心に置いて、僕らが彼の手足となり、あちこち動き回ってるんです。人間に不信感を抱かれたり危害を与えてしまったりしたら、俺達は人の世にはいられませんからね」
ミオは困ったように、時折微笑みを交えながら教えてくれた。
人間の知らない所で、妖達は自分達が暮らせる場所を守り、築いてきたのだろう。こうして会話を交わせば、妖は怖い存在ではないと分かるが、だからといって全て受け入れられる人間ばかりではない。人間とは違う特別な力を持つ妖に、恐怖心を抱く人がいても当然だ。
それでも妖達は、そんな人間達を受け入れ、自分達の意識を変える事で、ひっそり暮らす道を模索してきたのだろう。
「そんな風にミオ君は自分を下に見るけどさ、ヤタの国では、親父さんもお兄さん達も抜いて、国民からの支持は一番なんだよ。白い翼の王子ってさ」
「王子様なんですか…!?」
春風の言葉に、なずなが驚いて声を上げるので、ミオはまた困り顔を浮かべた。
「だから、そんなんじゃないですよ。ヤタは小さな国、里だよ。俺は長の三男坊。妖狐の国の方が立派、人の世との境界も預かってますしね」
「大国と比べちゃうとアレだけどさ、でも、人の世に暮らす妖達には、大事な存在に間違いないでしょ」
「あの、妖の世ってそんなに色んな国があるんですか?それでも皆さん、人の世で暮らすんですか?」
なずなの純粋な疑問に、ミオは少し寂しそうに眉を下げた。
「大昔は、人の世と妖の世の境界なんてなかったんですけど、力の差とかで争いが起きちゃってね。それを身を挺して止めたのが、スズナリって妖なんです。鈴鳴神社って、あるでしょ?」
それにはなずなもピンときた様子で、身を乗り出した。
「あ!金髪のイケメンの神主さんがいる神社ですよね!縁結びで有名な」
「そうそう、因みに彼も妖で、妖狐なんだ」
「え、」
「ユキはなかなかの妖だよ、ゼンってのがあそこでは一番だけど」
春風の相槌に、なずなはさすがに言葉を失った。テレビやネットでも、ハーフのイケメン神主と呼ばれていたので、それを疑いもしなかったが、まさか妖だとは思いもしなかった。
本当に人々が知らないだけで、妖は人の日常に溶け込んでいるらしい。
固まるなずなに苦笑いながら、ミオは続けた。
「まぁ、その鈴鳴神社が、人と妖の平和の象徴なんです。俺達妖と人間は、一緒に暮らせないと分かって、二つの世が出来た。でもね、元々一緒に生きてきたわけだから、人と仲の良い妖も沢山いたんだ。中には家族になったり、仕事を共に成功させたりね。
そんな、人の世から引き離せない妖達は、妖だとバレない事を条件に、人の世で生きていく事を許された。
ずっと昔から、人として姿や職を変えながら生きてる妖、人の世に憧れて来る妖、ナツメ君みたいに、人の世で活躍する妖に憧れてやって来る場合もあれば、逆に、妖の世が生きづらくてやって来る妖もいる。でも、誰でも来れるわけではなくて、ちゃんと申請と許可が必要なんだ。中には、人の世で暴れてやろうって輩もいるからね。
そういう妖は、抜け道を通ったり、偽って人の世にやって来たりする。だから、俺達は何か問題が起きてないかパトロールしつつ、妖の世と行き来して情報を集めたり、調査をしてるんだ。
人の世にいる妖が、安心して暮らせるように。それは、人の安全の為でもあるから」
そこで、ナオがソファーの上に立ち上がり、鹿撃ち帽を被り直した。
「それで、今回問題視されたのが、このアパートの住人という訳なのだよ」
胸を張る姿はホームズを思い描いているのだろうか、本人は格好よく決めているつもりだろうが、可愛さが溢れている。
「ここのアパートの妖が火の玉騒動の犯人だと、何者かが噂を流してる。人の世に馴染めていないのも、その証拠だってね。だから、犯人捜しもいいけど、人とも仲良くしろって言ったんですけど」
ミオは言いながら、ナオの両肩に優しく手を乗せ、流れる動きでナオをソファーに座らせた。
「それは、人の世に溶け込めって意味だったんですけどね。まさか、正体を晒して引き込むとは思いませんでしたよ」
半分呆れ顔のミオに、春風はおどけた様子で肩を竦めた。
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