メゾン・ド・モナコ

茶野森かのこ

文字の大きさ
上 下
28 / 75

28

しおりを挟む




 春風はるかぜとミオが話し合っている間、ナオはなずな達とお喋りをしていた。

「僕は猫又なんだ、ミオはヤタガラスなんだよ」

ナオの無邪気さは、どんな人の懐でも入っていけそうだ。なずなも、新たな妖との出会いに些か緊張した面持ちだったが、その緊張もいつの間にかほどけていた。

「あの、お二人は管理職なんですか?妖の世界の就職って、人間の世界とは違うんですか?」

役所仕事、という言葉が頭に残っていたので、妖達はどのように仕事についているのか、なずなにとっては純粋な質問だった。ミオは大人だが、ナオはまだ子供のようだし、妖達がどういう生き方をしているのかも気になっていた。

「うーん、仕事に就く時は、人の子と一緒だよ。面接もあるし、試験みたいなものもあるし。でも、僕らの仕事にそういうのは無かったよ」
「え?でも、二人は人の世界に居る妖を束ねてるんでしょ?」

そんな簡単に出来るものなのか、それとも、ナオはこう見えて、とんでもない力を秘めているのか。なずなが頭を疑問で埋め尽くしていると、「そんな大層なものじゃないですよ」と、ミオがこちらにやって来て、軽やかに言った。

「俺達はレイジの手足、下っ端ですから」
「レイジ?」
「人の世の妖達の、中心に居る妖ですよ。困ったら皆に頼られ、いつの間にか管理職みたいになってしまって。一人じゃ妖達を纏めるなんて出来ませんから、レイジを中心に置いて、僕らが彼の手足となり、あちこち動き回ってるんです。人間に不信感を抱かれたり危害を与えてしまったりしたら、俺達は人の世にはいられませんからね」

ミオは困ったように、時折微笑みを交えながら教えてくれた。
人間の知らない所で、妖達は自分達が暮らせる場所を守り、築いてきたのだろう。こうして会話を交わせば、妖は怖い存在ではないと分かるが、だからといって全て受け入れられる人間ばかりではない。人間とは違う特別な力を持つ妖に、恐怖心を抱く人がいても当然だ。
それでも妖達は、そんな人間達を受け入れ、自分達の意識を変える事で、ひっそり暮らす道を模索してきたのだろう。

「そんな風にミオ君は自分を下に見るけどさ、ヤタの国では、親父さんもお兄さん達も抜いて、国民からの支持は一番なんだよ。白い翼の王子ってさ」
「王子様なんですか…!?」

春風の言葉に、なずなが驚いて声を上げるので、ミオはまた困り顔を浮かべた。

「だから、そんなんじゃないですよ。ヤタは小さな国、里だよ。俺は長の三男坊。妖狐の国の方が立派、人の世との境界も預かってますしね」
「大国と比べちゃうとアレだけどさ、でも、人の世に暮らす妖達には、大事な存在に間違いないでしょ」
「あの、妖の世ってそんなに色んな国があるんですか?それでも皆さん、人の世で暮らすんですか?」

なずなの純粋な疑問に、ミオは少し寂しそうに眉を下げた。

「大昔は、人の世と妖の世の境界なんてなかったんですけど、力の差とかで争いが起きちゃってね。それを身を挺して止めたのが、スズナリって妖なんです。鈴鳴すずなり神社って、あるでしょ?」

それにはなずなもピンときた様子で、身を乗り出した。

「あ!金髪のイケメンの神主さんがいる神社ですよね!縁結びで有名な」
「そうそう、因みに彼も妖で、妖狐なんだ」
「え、」
「ユキはなかなかの妖だよ、ゼンってのがあそこでは一番だけど」

春風の相槌に、なずなはさすがに言葉を失った。テレビやネットでも、ハーフのイケメン神主と呼ばれていたので、それを疑いもしなかったが、まさか妖だとは思いもしなかった。
本当に人々が知らないだけで、妖は人の日常に溶け込んでいるらしい。
固まるなずなに苦笑いながら、ミオは続けた。

「まぁ、その鈴鳴神社が、人と妖の平和の象徴なんです。俺達妖と人間は、一緒に暮らせないと分かって、二つの世が出来た。でもね、元々一緒に生きてきたわけだから、人と仲の良い妖も沢山いたんだ。中には家族になったり、仕事を共に成功させたりね。
そんな、人の世から引き離せない妖達は、妖だとバレない事を条件に、人の世で生きていく事を許された。
ずっと昔から、人として姿や職を変えながら生きてる妖、人の世に憧れて来る妖、ナツメ君みたいに、人の世で活躍する妖に憧れてやって来る場合もあれば、逆に、妖の世が生きづらくてやって来る妖もいる。でも、誰でも来れるわけではなくて、ちゃんと申請と許可が必要なんだ。中には、人の世で暴れてやろうって輩もいるからね。
そういう妖は、抜け道を通ったり、偽って人の世にやって来たりする。だから、俺達は何か問題が起きてないかパトロールしつつ、妖の世と行き来して情報を集めたり、調査をしてるんだ。
人の世にいる妖が、安心して暮らせるように。それは、人の安全の為でもあるから」

そこで、ナオがソファーの上に立ち上がり、鹿撃ち帽を被り直した。

「それで、今回問題視されたのが、このアパートの住人という訳なのだよ」

胸を張る姿はホームズを思い描いているのだろうか、本人は格好よく決めているつもりだろうが、可愛さが溢れている。

「ここのアパートの妖が火の玉騒動の犯人だと、何者かが噂を流してる。人の世に馴染めていないのも、その証拠だってね。だから、犯人捜しもいいけど、人とも仲良くしろって言ったんですけど」

ミオは言いながら、ナオの両肩に優しく手を乗せ、流れる動きでナオをソファーに座らせた。

「それは、人の世に溶け込めって意味だったんですけどね。まさか、正体を晒して引き込むとは思いませんでしたよ」

半分呆れ顔のミオに、春風はおどけた様子で肩を竦めた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

エリア51戦線~リカバリー~

島田つき
キャラ文芸
今時のギャル(?)佐藤と、奇妙な特撮オタク鈴木。彼らの日常に迫る異変。本当にあった都市伝説――被害にあう友達――その正体は。 漫画で投稿している「エリア51戦線」の小説版です。 自サイトのものを改稿し、漫画準拠の設定にしてあります。 漫画でまだ投稿していない部分のストーリーが出てくるので、ネタバレ注意です。 また、微妙に漫画版とは流れや台詞が違ったり、心理が掘り下げられていたりするので、これはこれで楽しめる内容となっているかと思います。

踊り子と軍人 結託の夜

茶野森かのこ
ファンタジー
「この薬を飲めば、人生をやり直す事が出来ます」踊り子の彼女が自分を生きる決意をする、その場面のお話です。 とある国のとある街。ある夜に、踊り子をしている彼女の元へ、軍人の青年が訪ねてくる。 彼女には、秘密があり、自分を生きる事をやめた過去があった。 そんな彼女に軍人が提案したのは、人生をやり直す薬と、結婚だった。 彼女がもう一度、今の自分のまま生きる決心をする、その場面のお話です。

妖狐と風花の物語

ほろ苦
キャラ文芸
子供のころ田舎の叔父さん家の裏山で出来た友達は妖狐だった。 成長する風花と妖怪、取り巻く人々の物語

金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷

河野美姫
キャラ文芸
古都・金沢、加賀百万石の城下町のお茶屋街で巡り会う、不思議なご縁。 雨の神様がもてなす甘味処。 祖母を亡くしたばかりの大学生のひかりは、ひとりで金沢にある祖母の家を訪れ、祖母と何度も足を運んだひがし茶屋街で銀髪の青年と出会う。 彼は、このひがし茶屋街に棲む神様で、自身が守る屋敷にやって来た者たちの傷ついた心を癒やしているのだと言う。 心の拠り所を失くしたばかりのひかりは、意図せずにその屋敷で過ごすことになってしまいーー? 神様と双子の狐の神使、そしてひとりの女子大生が紡ぐ、ひと夏の優しい物語。 アルファポリス 2021/12/22~2022/1/21 ※こちらの作品はノベマ!様・エブリスタ様でも公開中(完結済)です。 (2019年に書いた作品をブラッシュアップしています)

赤司れこの予定調和な神津観測日記

Tempp
キャラ文芸
サブカル系呪術師だったり幽霊が見える酒乱のカリスマ美容師だったり週末バンドしてる天才外科医だったりぽんこつ超力陰陽師だったりするちょっと奇妙な神津市に住む人々の日常を描くたいていは現ファの連作短編集です。 5万字を超えたりファンタジーみのないものは別立てまたは別シリーズにします。 この街の地図や登場人物は1章末尾の閑話に記載する予定です。 表紙は暫定で神津地図。当面は予約を忘れない限り、1日2話程度公開予定。 赤司れこ@obsevare0430 7月15日 ーーーーーーーーーーーーーーー こんにちは。僕は赤司れこといいます。 少し前に認識を取り戻して以降、お仕事を再開しました。つまり現在地である神津市の観測です。 神津市は人口70万人くらいで、山あり海あり商業都市に名所旧跡何でもありな賑やかな町。ここで起こる変なことを記録するのが僕の仕事だけれど、変なことがたくさん起こるせいか、ここには変な人がたくさん住んでいる。霊が見えたり酒乱だったり頭が少々斜め上だったり。僕の本来の仕事とはちょっと違うけれど、手持ち無沙汰だし記録しておくことにしました。 ーーーーーーーーーーーーーーー RE Rtwit イイネ! 共有

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい
キャラ文芸
「怖がられるから、秘密にしないと」 会社員の穂乃花は生まれつき、あやかしと呼ばれるだろう変なものを見る体質だった。そのために他人と距離を置いて暮らしていたのに、恋人である雪斗の母親に秘密を知られ、案の定怖がられてしまう。このままだと結婚できないかもと悩んでいると「気分転換に引っ越ししない?」と雪斗の誘いがかかった。引っ越し先は、恋人の祖父母が住んでいた田舎の山中。そこには賑やかご近所さんがたくさんいるようで、だんだんと田舎暮らしが気に入って――……。 これは、どこかにひっそりとあるかもしれない、ちょっとおかしくて優しい日常のお話。 エブリスタに投稿している「穂乃花さんは、おかしな隣人と戯れる。」の改稿版です。 表紙はてんぱる様のフリー素材を使用させていただきました。

処理中です...