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しおりを挟む妖精達だけの移動となると、注意しなくてはいけない事が多く、神経をすり減らす事も多いが、ミケがいるとそれだけで心強い。人間の視線から盾になってくれるだけで、こんなにも安心して外を歩くことが出来る。初めはミケに緊張していたトワとエラも、気づけばすっかり心を許した様子だ。
ミケが案内してくれた家は、どこにでもある普通の一軒家だった。だが、その家はとても静かで、庭から家の中の様子を窺ったが、明かりも点いていないし窓も閉めきっているようだ。物音一つしないので、どうやら留守のようだった。
「週末だから、出掛けてるのかも…」
「本人が居なければ確かめようがないな、また後で来てみよう」
それから、メイや商店街の動物達から得た情報を頼りに、賑やかになり始めた商店街を駆け回るが、結晶の持ち主にはまだ出会えていない。
お昼前になると、静かだった商店街も人通りが多くなった。多くの人に会える分、人探しには良いかもしれないが、その分、人に見つかる可能性も高まる。流れる人の波がもう少し落ち着くのを待った方が良いかもしれない、それなら少し休憩しようと、ルイ達は「休憩に最適の場所がある」というミケの言葉に頷いて、その後を追いかけた。
ミケが休憩の場所にと、皆を案内したのは、金物屋とお茶屋さんの間に出来た細い道の先。店舗の裏側だが、そこにはぽっかりと日溜まりが出来ていて、立派な木が日差しを穏やかなものにしてくれている。ここは、ミケが陣取る憩いの場の一つで、時折、店舗の主人達が、おやつを持って来てくれる。それ以外は、たまに友達の猫が通るくらいで、昼寝には最適の場所だという。
「この結晶、捨てられちゃったんじゃない?」
ミケの影に隠れながら、小石の上に腰掛けて一息ついていると、トワが抱える結晶を見つめ、エラが不意に呟いた。
その言葉が投げやりのように聞こえたので、ルイがたしなめようと振り返ったが、その勢いはエラの表情を見て削がれてしまった。
エラがまた、この結晶を奪ってしまおうと言うのかと思ったが、そうではない、言葉とは裏腹に、不安そうな表情を浮かべていたのが分かったからだ。
「心を捨てるなんて、よっぽどの事だよ。それに、自分で捨てるなんて、そんな事出来ないと思うよ」
「じゃあ、無意識に手放したくなる位、悲しい事があったって事?それって、どれくらい悲しいこと?お父さんやお母さんがいなくなっちゃうより、悲しいこと?」
エラは、ぼんやりと呟く。エラに両親の記憶はほとんどない。ルイも、僅かに記憶があるくらいで、それほど二人がまだ幼い頃に、ルイ達の両親は亡くなってしまった。事故だと聞いているが、その亡骸はない。どこでどうしてその命が奪われたのか分からないまま、長老から与えられた木札の位牌を、ルイ達は大事にしている。一日の終わりに位牌に向かって報告をするのも、気づけば日課となっていた。
「…どうかな、その人の悲しみは、その人にしか分からないから…」
エラは、ふーん、と頷いて、トワの抱えている結晶に触れた。エラの触れた手に反応するかのように、青い結晶が、静かに内側から微かな煌めきを放っている。綺麗だと思うと同時に、それが誰かの涙だと思うと悲しくも思えた。
「こんなに綺麗な結晶なのに、捨ててもまだ、苦しいんだね」
エラがぽつりと呟く。エラにとって、両親が居ないことはとても悲しい事だ。エラは覚えていないというが、両親の死を知り、何日もエラが泣きくれていたことを、ルイは覚えている。涙が止まっても、何日もエラはぼんやりとしていて、感情を失ってしまったようなエラに、ずっとこのままだったらどうしようと、怖かった。それでも、エラは自分を取り戻せた。感情は、今、エラの元にある。だけど、この感情の結晶の持ち主は、まだ泣くことを奪われたまま。
泣きたくて苦しんでいるみたいだと、結晶の中で、溢せない涙が揺れているようだった。
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