ひみつのともだち

茶野森かのこ

文字の大きさ
上 下
8 / 16

8

しおりを挟む



「ちょっと待って!返すって、そもそも誰の物か分からないし、それこそ危険だよ!」

エラが焦ったようにルイにしがみつく、エラ達にとっては危険だとされる、人間の元へ毎日のように通う兄だ、このまま放っておけば、きっとルイは本当に人間の為に動こうとする。危険だと知りながら、見ず知らずの人間の為にそこまでする事はないんじゃないかと、エラはそう思っているのだが、ルイはエラの心配を、優しい表情のまま受け止めるばかりだ。

「誰の物かは分かるよ、感情の結晶は一人一人違うから、別の人に結晶を与えても、本人の物でなければ弾かれるから」

だから簡単だとでも言いたいのか、まるであやすように頭を撫でられ、エラはもどかしい思いでいっぱいになる。
今までルイは、エラは危機感がないと責めていたが、その言葉をそのまま返したい気分だ。この兄は、どれ程自分に自信があるのだろうと、頭を抱えたくなる。

「じゃあ、一人ずつ試して回るの?どれだけの人間がいると思ってるの!?それこそ危険だよ!だって、人間に近づかなきゃいけないんだよ!?」

人間だって、和真かずまのような人ばかりではないと、先程ルイは、自分で言っていたではないか。うっかり姿を見られでもすれば、面白がって捕らえようとする人間がいてもおかしくない、一人一人に感情の結晶が当てはまるか見て回るとするなら、そういった危険な人間に行き当たる確率は当然上がる。
しかし、そんなエラの訴えは、ルイには届いてくれない。

「地道にやってくよ、お前達は危ないから来ちゃダメだよ」
「そんな、」

兄の顔をして、ルイはエラの頭をポンと撫でる。この兄は、本当に自分の身の危険というものを考えた事があるのか、そのせいで、周りの者がどれ程心配をしているか、考えた事があるのだろうか。

「ひぃっ!」

もう一度説得を試みようとしたエラだったが、突然、メイが悲鳴と共に慌てて飛び立ったので、その言葉は兄の胸の中へと吸い込まれていった。
メイの悲鳴を聞いて、ルイが咄嗟にエラを庇ったからだ。



「今日は、随分と賑やかだね」

しかし、聞こえてきたのは、のんびりとした、ルイにとっては聞き馴染みのある声だった。ルイは安心して肩を下ろした。

「おはよう、ミケ」

そこに現れたのは、和真の飼い猫のミケだった。メイは、猫を恐れて飛び上がったのだろう。

「皆、安心して、僕の友達のミケだよ」

ルイは、皆にそう声を掛けると、エラの体をそっと離し、ミケに向き直った。

「おはよう、ルイ。彼らは君のお仲間?」
「うん、妹のエラと、僕の友達でエラの恋人のトワ、それからスズメのメイだよ」

ルイが塀の上を見上げれば、下の様子を窺っていたメイはミケと目が合い、「ピッ!」と怯えて飛び退いた。ミケは暫し無表情でメイを眺めていたが、やがて「大丈夫、爪は出さないよ」と、ルイに視線を戻した。ルイは「ありがとう」と表情を和らげていたが、メイとしては、爪を出さないと言われただけで、手を出さないとは言われていない、猫に飛びかかられ、追いかけられた事のあるメイとしては、その一言だけではとても安心は出来なかったし、何よりミケの眼差しは、含みが満ちているもののように思えてならなかった。

しかし、そんなメイの葛藤は露知らず、ルイは話を進めていく。

「騒がせてごめんな、誰かが感情の結晶を落としてしまったらしくて、」

ルイがそう話を切り出すと、今まで黙っていたトワが、「ミケ殿!」と、声を上げた。

「この感情の持ち主を探すのを手伝って下さいませんか!町の事は町の猫に聞くのが一番だって、聞いた事があります!」

そう挙手しながら前に出たトアに、今度はルイもきょとんとした。

「ちょっとトワ?」

エラが困惑して声を掛けるが、トワの瞳は揺れ動く事はなく、決意に満ちている。トワはエラの問いかけには答えず、まっすぐとルイを見つめた。

「僕も、ルイさんを手伝います!」

その申し出に、ルイは戸惑って視線を揺らした。ルイだって、エラの心配する気持ちが何も分かっていない訳ではない、自分は、少しばかりではあるが人間の世界の事が分かっている、だから、結晶の持ち主を探し出そうと言えたのだ。でも、トワやエラは、町に出る事はほとんどない、いきなり大勢の人間の目を盗みながら、人間と接触していくなんて、無茶が過ぎる。

「トア、気持ちは嬉しいけど、」

しかし、トワはそんなルイの気持ちを遮り、熱心な思いをルイに伝えていく。

「いつもお世話になってる人間へのお礼です。僕はまだ人間が怖いけど…人間だって、泣けないのはきっと辛いでしょうから。それに、これを置いて行って、もし心無い妖精に持っていかれたら、この結晶の持ち主は、一生涙を失う事になるんですよね?」
「…泣けない位、別に良いじゃない」

ふて腐れて言うエラに、トアは戸惑いながらも、少し屈んで視線を合わせた。下から見上げたエラは、迷いに揺れているようにも思える。どこの誰だか知らなくても、その人が泣けなくても良いなんて、心からの言葉ではないのだろう。トアはそっと表情を緩めた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです

めぐめぐ
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。 さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。 しかしナディアは全く気にしていなかった。 何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから―― 偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。 ※頭からっぽで ※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。 ※夫婦仲は良いです ※私がイメージするサバ女子です(笑)

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

処理中です...