鈴鳴川で恋をして

茶野森かのこ

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それから、春翔はるとはゼンに会いに、毎日のようにスズナリの守る川や神社に顔を出すようになった。
だが、ゼンはこっそり城から抜け出して来ているし、春翔も学校がある為、互いに時間が合わない日もあれば、会えたとしてもほんの少し顔を見るだけで終わってしまう日もある。
だから、桜千おうせんの桜の木に凭れながらのんびりしているゼンの姿を見つけると、春翔はつい嬉しくなってしまう。遊ぶ時間があると分かるからだ。

ランドセルを背負ったまま川原にやって来た春翔は、ゼンを見つけると一目散にそちらへ駆けて行った。ゼンは子供の姿のまま、ぼんやりと川を眺めていたが、軽やかに駆ける足音に気づくと、小さく溜め息を吐いた。

「ゼンさん!遊ぼ!」
「…遊ばない」

ひょっこり顔を覗き込まれ、ゼンは戸惑った様子で視線を逸らした。春翔と違い、ゼンは春翔との距離をどう取るべきか悩んでいた。春翔が嫌なのではない、正体を明かして人間と接する事、もしこの先、春翔に怖がられてしまったらと思えば怖くなって、どう接したら良いのか分からないのだ。
だが、春翔にはそんなゼンの気持ちは分からない。ただゼンと遊ぶ事に、春翔には理由なんて要らなかった。

「…もう、帰るんですか?」

先程とは違い、元気の無い声が返ってくる。ゼンがはっとして視線を戻せば、春翔はすげなく言葉を返された事にしゅんとして俯き、肩を落としていた。自身の服の裾をきゅっと掴む姿は、まるで捨てられた子犬のようにも見え、ゼンを更に戸惑わせる。
距離の取り方は分からないが、傷つけたい訳ではない。ふと罪悪感が込み上げ、ゼンは戸惑いながら口を開いた。

「…少しなら」

そう声を掛ければ、春翔は「本当!?」と、今にも飛びかからんばかりに顔を上げた。期待に満ちた眼差しを受け、ゼンがその様子に驚きつつ頷けば、春翔の表情は一瞬で笑顔に変わり、「やった!」と両腕を上げて喜んだ。

「ゼンさん!何して遊ぶ?」
「…何でも構わない」

何しようかなと悩む春翔を、ゼンはぽかんとしながら見つめていた。旧知の仲間以外から、こんな風に共に過ごす事を喜ばれた事なんて、ゼンにはなかった。

「あ!僕、ヒーローになる為の練習がしたいです!」

勢い込んで挙手して申し出る春翔に、ゼンははっとして、春翔から視線を逸らし立ち上がった。

「…俺はヒーローとやらではないから無理だ」

ゼンの言葉に、春翔はしゅんと再び顔を俯けた。

「…僕には無理なのかな」

春翔は、お前にはその資格がない、そう言われたと思ったのかもしれない。
ゼンとしては、事実を言っただけだ。そもそも自分はヒーローではないし、なれやしない。だから、春翔に憧れを抱かれる資格はないし、何もしてやれない。

「…俺には向かない。スズナリにやってもらえ」

恐ろしい王子は、何の役にも立たない。
その思いがゼンの胸を騒つかせ、落ち着かなくて桜の側を離れれば、春翔は慌ててゼンの後を追いかけた。ガシャガシャと、重そうなランドセルの揺れる音が近づいて来る。春翔はゼンの隣に並ぶと、再び機嫌良くゼンの顔を見上げた。

「ゼンさん!今ね、昼休みに鬼ごっこするのが流行ってるんだ!でも、なんでか毎回僕が鬼にされて、皆を追いかける内に終わっちゃうんだ」

春翔は不愉快そうに唇を突き出して言う。それは、春翔の足が遅いせいではとゼンが思った所で、春翔がゼンの前に回り込んで顔を見上げた。

「だから、鬼ごっこしよ!」
「…は?」
「ゼンさんが鬼だよ!僕、逃げてみたかったんだ!」
「おい、」

ランドセルをその辺に放り、春翔は「わー!」と、嬉しそうに走り出してしまう。ゼンが仕方なく追いかければ、春翔は楽しそうにゼンを振り返った。
人間の子供はこんな事が楽しいのかと思いつつ、そう言えば自分も、ユキやリュウジと似たような事をしていたなと思い出す。

小さな子供の頃、何者でもなかった日々が懐かしさに包まれ蘇ってくる。思わず足を止めれば、「ゼンさん、こっちこっち!」と春翔の呼ぶ声がする。
手招くその姿に、ゼンはそっと肩の力が抜けていくのを感じた。


春翔にとっては何でもない事でも、ゼンを恐れず屈託なく接し、遠ざけようとしても追いかけてくれる春翔の存在は、ゼンにとって特別なものだった。

他愛のない話をしたり、追いかけっこや、川原で石を投げて競ってみたり。春翔はいつも楽しそうに、あれやろうこれやろうとゼンの手を引く。春翔が手を引けば、見知った風景も違って見えてくるのが不思議で。
小さな手が、新しい世界を見せてくれる、ここに居ても良いと、まるで自分の存在を許してくれているみたいで、それがゼンには少し怖くて、でも離しがたく、いつしかこんな風に過ごす時間が大切なものになっていた。




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