鈴鳴川で恋をして

茶野森かのこ

文字の大きさ
上 下
61 / 77

61

しおりを挟む





十六年程前の鈴鳴川すずなりがわ、その川原にゼンは居た。その頃はまだ、川の主であるスズナリは健在で、ゼンにとっては良い話相手だった。

「なんだお前、その格好は!」

そう整った顔立ちを豪快に緩めて、スズナリは笑う。
スズナリは、白い龍の妖だ。だからか、人の姿をしている時も、髪や肌が白い。その白さが陽に照らされればキラキラと輝いて、それもあってかスズナリは目を引く存在だった。
白く長い髪は後ろに一つ結い、背は高く声も大きい、体つきは華奢に見えるが、着痩せするタイプだ。
服装はいつも着物姿で、肩には羽織を掛けている。そして、着物の下には必ず長袖長ズボンのインナーを着ており、それは、その体にある無数の傷跡を隠す為だというのをゼンは知っている。



スズナリの傷は、人と妖の間に起きた争いを止めた際に出来たものだ。長命な者がほとんどの妖でも、人と妖が共に暮らしていた頃に生きていた妖の数は減っており、当時の事を昔話としている妖も多い。
それだけの長い間、スズナリは二つの境界を守る守り番をしていた。
分かれたばかりで不安定だった二つの世の境界を、スズナリは一人守ってきた。それが出来たのも、スズナリの人柄があったからかもしれない。

鈴鳴神社が建てられたのも、妖を知る人間達が妖の秘密を守り受け継ぐ為、人の世に生きる妖達の拠り所とする為だけではない。

人と妖が共に暮らしている頃から、スズナリは人々に寄り添い、災害時には手を差しのべ、スズナリに救われた命も多くあったという。あの神社は、人々のスズナリへの感謝の表れでもあった。

そして現在、今でも妖を知る人間達は、スズナリの思いをしっかりと紡いでいる。スズナリの願いは、例え形が変わったとしても人と妖が争いなく共に生きる未来だ。その願いは、スズナリが亡き今も変わらない。

スズナリという妖は、それほど人にも妖にも愛され慕われた妖で、ゼンもその内の一人だった。



話は戻り、この時、何故スズナリがゼンを見て笑ったかというと、ゼンが子供の姿になっていたからだ。
本来なら、現在と変わらない大人の姿である筈なのに、急に子供の姿になっていたのがスズナリには可笑しかったのだろう。
ゼンの切れ長の瞳は今よりも大きく、子供なので背は低い。体も華奢だが、髪の長さや、無表情なのは変わらない。
何故、突然子供の姿に戻ってしまったのか、その理由は、ゼンの両腕にはめられた腕輪にあった。

「…仕方ないだろ、力を暴走させない道具開発の実験中なんだ」
「それ、お前が望んだのか?」
「皆の望みは、俺の望みだ」

迷いなく言いきるゼンに、スズナリは大きく息を吐き、がしかしと頭を掻いた。

「それもなんだかなー」
「…俺は、自分でも自分が恐ろしい。そんな奴を王子として扱わなくてはならない皆の方が苦労する」

事ともしない様子に、スズナリはゼンの小さな頭を小突いた。

「痛、」
「本当にお前は!お前が居たからカゲを止められたんだぞ!
それに、あれからお前も成長して、あの力を制御出来てるじゃないか!あれから誰かお前に傷つけられた妖がいるか?」
「…でも、俺の力はいつ暴走するか分からない。それに俺は半妖だ、そもそも皆は信用出来ないだろ」

ゼンの決めつけた言い方に、スズナリはムッと表情を歪め、ゼンの前にどっかりと腰を下ろし腕を組んだ。

「俺は違う。人も妖も同じだ、俺はどっちも好きだから、こうして守り番をしてる。妖狐の王妃は人間だけど、素晴らしい人だったし、そんな王妃を認めさせた妖狐の王も俺は尊敬してる。血がなんだ!俺はお前が不憫でならないんだよ」
「…スズナリがそう思ってくれてるだけで、十分だ」

微笑むゼンは儚く、そこには負の感情は感じられない。諦めからくるものなのか、気づけばゼンが目の前から消えてしまいそうで、スズナリはいつもゼンの事が心配だった。
その心配も、一つではない。
無感情な微笑みに溜め息を吐き、スズナリは胡座をかいた膝に頬杖をついた。

「また襲われたって聞いたぞ」
「…リュウジとユキが守ってくれた」

カゲの一族だけではない、ゼンを異端だと、そんな者を王子にしておけないと、ゼンを排除しようとする妖も多く、ゼンは常に命の危機に晒されていた。
そしてゼンは、向けられる刃に顔を背ける事なく、その身を持って受け止めようとする。殺されても構わないとでもいうように。

だが、それを良しとする者など、ゼンの周りにはいない。人間の王妃をいくら国民が反対しようと、恐ろしい力を持つ半妖の王子を国民がいくら非難しようと、城の妖達はゼン達を守り、いつでも味方でいてくれた。それは仕事や義務ではない、国王の意思を受け入れ、理解する努力をしてくれたからだ。

しかしながら、いくら国王が誠意を見せようと、全ての妖に思いは届かない。ゼンの力を制御する道具開発もその一例だ、妖狐の国の国民の不安を、ゼンは城の皆の反対を押しきり受け入れた。

多種多様の考え方がある。だから、守る者と、攻める者がいる。

ゼンが人の世へ来るのも、両者の思いから逃げる為だった。城に居れば、誰かは必ずゼンの側で目を光らせている。逆に言えば、ゼンが居なければ、暴動を起こす者はいない。
妖の少ない人の世は、ゼンにとって安心出来る唯一の場所だった。

「…俺も人の世で暮らしたい」
「仕事もほっぽってか?」
「違う、スズナリと一緒に仕事する。最近、無断で境界に侵入する妖も増えただろ?人手は多い方が良い」
「それじゃ、お前が厄介払いされたみたいじゃないか」
「良いんだ、その方が。俺を守る為に、皆は常に気を張ってる。守る対象が居なければ、城は安全になるし、皆の心も楽になるだろ。排除したい者が居なければ刃を振りかざす者もいない。俺が居なくなれば、全て丸く収まるんだ」
「…そうかねー。まぁ、とはいえ俺は王子が居てくれりゃ心強いけどな!人の世でもっと羽目外して遊べるし」

ケラケラとスズナリが笑えば、ゼンからは、まったくと溜め息が聞こえてくる。

笑ってはいるが、人の世に居てもゼンが狙われる事に変わりない事を、スズナリは分かっていた。ゼンに気づかれないように、妙な動きをしている妖は、人の世で既に活躍していたレイジ達と協力して捕らえていた。
それでも、妖の世に居るよりは遥かに数は少ない、ゼンや妖狐の国の為にも、いずれはゼンの望むように人の世で生きる方が安全なのかもしれないと、スズナリも思っていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

メゾン・ド・モナコ

茶野森かのこ
キャラ文芸
人間のなずなが、アパートで暮らす妖達と一緒にちょっとずつ前を向いていくお話です。 住宅街から少し離れた場所にある、古びた洋館のアパート、メゾン・ド・モナコ。 そこには、火の鳥のフウカ、化け狸の少年ハク、水の妖のマリン、狼男のギンジ、猫又のナツメ、社を失った貧乏神の春風が暮らしていた。 人間のなずなは、祖母から預かった曾祖母の手紙、その宛名主を探していた時、火の玉に襲われ彼らと出会う。 その手紙の宛名主を知っているという春風は、火の玉の犯人と疑われているアパートの住人達の疑いを晴らすべく、なずなに、彼らと共に過ごす条件を出した。 なずなは、音楽への夢を断たれ職もない。このアパートでハウスキーパーの仕事を受け、なずなと彼らの生活が始まっていく。 少年ハクが踏み出した友達への一歩。火の玉の犯人とフウカの因縁。グローブに込められたフウカの思い。なずなのフウカへの恋心。町内会イベント。春風と曾祖母の関係。 なずなは時に襲われながらも、彼らとの仲を徐々に深めながら、なずな自身も、振られた夢から顔を上げ、それぞれが前を向いていく。 ちょっとずつ過去から前を向いていく、なずなと妖達、そして生まれ変わるメゾン・ド・モナコのお話です。 ★「鈴鳴川で恋をして」と同じ世界の話で、一部共通するキャラクターが登場しています。BL要素はありません。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

漢方薬局「泡影堂」調剤録

珈琲屋
BL
母子家庭苦労人真面目長男(17)× 生活力0放浪癖漢方医(32)の体格差&年の差恋愛(予定)。じりじり片恋。 キヨフミには最近悩みがあった。3歳児と5歳児を抱えての家事と諸々、加えて勉強。父はとうになく、母はいっさい頼りにならず、妹は受験真っ最中だ。この先俺が生き残るには…そうだ、「泡影堂」にいこう。 高校生×漢方医の先生の話をメインに、二人に関わる人々の話を閑話で書いていく予定です。 メイン2章、閑話1章の順で進めていきます。恋愛は非常にゆっくりです。

処理中です...