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1章
5②
しおりを挟む『お嬢さん、ここは文官棟ですよ?』
やって来た時の道など覚えていなかったリリーベルはウロウロとあてどもなく歩き回り、馬車溜まりとは全く違う方向にある文官棟までやって来ていた。
馴れないヒールの靴に疲れて座り込みそうになった時、通りがかった文官に声を掛けられた。
背の高い優しそうな顔の青年は彼女の眼の前で片膝をつくと、目線を合わせてニコリと笑顔を見せた。
形の良い鼻梁に高い鼻筋。その両脇の榛色の目は優しげに瞬いている。
サラリとしたブラウンの髪は後ろに撫でつけられていて、清潔そうに見えた。
白い綿シャツ、白のクラヴァットに茶色のウェストコートと揃いのトラウザーズは王城の文官の制服なのか、廊下の奥に似たような服装の人達がチラホラ見えるのにリリーベルは気がついた。
『文官棟?』
『そうですよ。ここは国の役人の仕事場ですね。お嬢様はどちらからいらっしゃいましたか?』
『・・・王宮の中庭』
この優しそうな青年に不審者と思われるのは何故か凄く嫌だと思ったリリーベルは素直に顔合わせの茶会の場所を告げた。
一瞬だけ、おや? という顔をした青年は彼女に手を差し伸べた。
『お送りしましょう。但し仕事中ですので、上司に断りを入れないと』
リリーベルは素直に頷いた。
その後はあまり覚えていない。
青年に手を引かれ、ついて行った場所で彼の上司が王宮に知らせようとしたのだが、中庭に戻るのは嫌だと半泣きになって優しい青年の首にかきつき無理に離そうとした周りの大人に本気で噛み付いたのはうっすら覚えている。
――リリーベルも王子に負けず劣らず非常に自由奔放だった・・・
そのまま彼に抱かれてうつらうつらとしたまま探し回っていたらしい侯爵家の侍女に引き渡され、慌ててやって来た両親と共に侯爵家の馬車に半分寝たまま乗せられて自邸へと戻ったのである。
ーーーーーーーー
手負いの獣・・・
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