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157 憧れ

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 ヨハンは、フロイラインの質問に困ったような顔をして、


「殿下のあれは、単純に憧れでしょう。

 最初の出会いの場で周りにいたのは6歳以下の少女や幼女。

 その中で誰よりも美しく洗練された所作と言動が出来る年上の少女ですよ?

 6歳の少年が見惚れ、恋焦がれるのは当然です。

 私でもその年齢でそんな状態に置かれたら一生その人が忘れられなくなります」


 と答えたが、


「多分問題は、殿下がリアーヌ嬢を未だに『憧れていた女性』として認識出来ない事と、自分自身が彼女以外の異性を好きになる事を禁じている事ではないでしょうか。

 だからフロイライン嬢を『親友』という枠にはめておきたがるのだと思います」


 そう続けた。


「親友の枠・・・」


 ヨハンの言葉に呆然とするハロルドとフロイライン。


「現在殿下は婚約者はいらっしゃらない。

 だからリアーヌ様以外を好きになっても誰も咎められない立場なのです。

 フロイライン嬢を異性として意識してももう良いのです」

「もう、いい?」

「無理難題を押し通して優秀なリアーヌ嬢を殿下の婚約者として据えたのは貴族間では周知の事実です。

 それほどまでして無理やり婚約者にした女性だからこそ誠実であれと思う反面、その事自体がプレッシャーになってしまったのかもしれません。

 度々目にする彼女に対する殿下のなされようは、周りからは『拒否』しているように見えたでしょう。

 ですが私には『嫉妬』しているようにも見えました」


 ヨハンの言葉に、ビクリとしたハロルドは表情筋がやっと仕事をする気になったようで


「嫉妬、か」


 そう言って情けない顔をした。


「確かに嫉妬していたと思う。

 婚約の整った初日から、真っ当に話すことすらできない自分にいつも失望していたからな。

 彼女はいつも立派で輝いていて。

 自分はそんな彼女が欲しくて堪らなくて手に入れた筈なのに、いつも苦しかった気がする。

 だから優しく出来なかったんだ。

 だけど、それでも彼女のことは好きだったと思う。

 それが『憧れ』だったのかもしれないって事か・・・」


 ハロルドは天井に向けて視線を向ける。

 多分俯いてしまうと目からナニかが溢れそうになるからだ。


「恐らくは。

 私は殿下でありませんから、殿下の本当の気持ちは分かりませんが」

「ヨハンはどうなのだ?

 お前は婚約者と、どんな気持でどんな風に交流してるんだ?」


 ヨハンはハロルドの言葉で何かを思い出したように柔らかく微笑む。


「私は幼馴染でもある婚約者と一緒にいると心が凪ぐような気持ちになります。

 私にも彼女にもお互いに足りないところはありますが、互いに尊敬できる部分も持っていると思っています。

 足りない部分はお互いに助け合って、尊敬できる部分は見習いたいと思い、拙いながらも努力をします。

 上手くいくことばかりではありませんし、気持のすれ違いでケンカもよくしますが結局彼女を失いたくないので、そういう時は私から率先して直ぐ謝ります。

 楽しい時はお互いに笑い何があったかを話し合います。

 彼女に悲しい事があった時は出来るだけ側に居るようにして、じっとしている事が多いです」

「じっとしている?」



「はい。

 私は彼女ではありませんから彼女の気持ちを全て分かるわけではありません。

 悲しい気持ちや傷ついた心は私が一方的な思い込みで慰めた所で軽くなるのは一時的なものでしかないと思うのです。

 だったら彼女が何が嫌だったのか、何で悲しかったを自分から私に話してくれるまで待ちます。

 まぁ、私が不器用なせいもありますが」


 照れたように頭を掻くヨハンを見て


「そうか」


 と、ハロルドがポツリと呟いた。


「一方的な思い込みか・・・」




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