69 / 90
7章 東部辺境伯領
69.世話係の女
しおりを挟む「いいですかお嬢様。あの婚約者を排除しなければいけません」
マリアンヌの私室――
ソファに座りまたもやクッションを抱きしめる少女に向かって世話係は主人であるマリアンヌの傍に膝をつき耳元で囁いた。
「でも、兄様はあの人を膝に乗せて仲良くしていたわよ」
「それでもです。今は仲が良く見えてもこの先は婚約を殿下によって破棄され修道院に送られる途中で暴漢に攫われて始末される未来が待っているだけの女です」
黒髪のメイドは首を横に振ると溜息をついた。
「王都に帰れば殿下達の運命を狂わす女性が待っているのです。もう時間がありません」
「リリアの言う、辺境伯領の向こうのアボット男爵家の令嬢のことでしょう?」
「そうです。この世界は小説の世界なのですから、どうしても決まったストーリーを辿ってしまいます」
「でも、それだと私は兄様とは結婚できないじゃない」
むっとした顔をクッションから覗かせて黒いお仕着せを着たメイドを睨む。
「大丈夫です。男爵家の御令嬢では王族には嫁げません。 前にも説明しましたよね?」
「うん・・・男爵家じゃ家格が低いから、だよね?」
「そうです。王家と男爵家は天と地ほどの差があるのです。ですから王家には相応しくありません。ですが何故か誰もがそれに気がつかないで婚約者に婚約破棄を宣言した後、殿下達は二人揃って国王陛下によって廃嫡されてしまいます。勿論殿下方を惑わした男爵令嬢も国家反逆罪を問われ断罪されます」
「そんなの兄さまたちが可哀想・・・ だから、男爵令嬢がすんなり兄様達の恋人になれるように二人の婚約者がいなくなれば良いのよね?」
「そうです。その通りです。婚約者という存在がなければ婚約破棄など出来ませんから。王都の噂ではその男爵令嬢は既に第一殿下の周りに出没し、高位の貴族子息達に積極的に媚を売っているらしいです」
「その女を捕まえたほうが早くない?」
可愛らしい顔の額にしわを寄せて不快そうな表情になるマリアンヌ
「ダメでしょう。誰もが咎めないらしいのです。学園では殿下と令嬢を応援するような輩も多いらしいのです。このままでは小説の通りに殿下方も篭絡されてしまうのも時間の問題でしょう」
うーん、と首を捻りながら、
「愛人なら爵位は関係ないんだっけ?」
「ええ。でも愛人をいくらなんでも妻にはできませんから。婚約者さえいなければ殿下達もすんなりその女を愛人にするでしょうが、どちらにせよ王妃になるための結婚相手が必要なのです。それにふさわしいのは当然マリアンヌ様です」
「魔獣討伐ができなくちゃ王族にはなれないからだよね?」
その可愛らしい顔に配置された眉を更に寄せるマリアンヌ。
「そうです。王妃様が王太子妃だった頃は王族として魔獣討伐に参加して素晴らしい功績を上げておられましたから」
黒髪のメイドはうっとりとした様子でどこか遠くに視線を向ける。
「マリアンヌ様ならアレクシア様以上に活躍できること間違いなしですわ」
「確かに魔獣なんかへっちゃらだけど・・・」
「流石ですわ、マリアンヌ様」
私の称賛の言葉を耳にして、嬉しそうに笑うマリアンヌ様――何て可愛らしいのでしょうか。
×××
私ことリリアが初めてカスターネ辺境伯の屋敷へ奉公に上がった時、お嬢様であるこのマリアンヌ様を見た時に衝撃が走ったのは2年前のことだ。
私の知っている物語に出てきた『辺境の戦乙女達』の主人公の一人であるマリアンヌ・カスターネ様そのものだったからだ――私はこの世界に生まれ変わった時から前世の記憶を持っていたがそれをだれにも打ち明けたことはない。
前世の自分の人生など、今の自分に比べれば語ることなど何一つ無かったからだ――
22
お気に入りに追加
293
あなたにおすすめの小説
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
やり直し令嬢の備忘録
西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。
これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい……
王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。
また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
もふきゅな
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!
アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。
「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」
王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。
背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。
受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ!
そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた!
すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!?
※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。
※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。
※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。
私が出て行った後、旦那様から後悔の手紙がもたらされました
新野乃花(大舟)
恋愛
ルナとルーク伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるリリアによって壊される。伯爵はルナの事よりもリリアの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ルナは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ルナの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる