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5.等価交換は絶対です

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 初錬成成功後、私は左足の足枷も同じように【腐食した出来の悪いノコギリ】へと変換させた。
 もちろん前回と同じ轍は踏むまいと素材となる足枷を両の手で固定して。

 結果はーー

「ギァァァァァア!」

 お約束のように両の手にはノコギリの柄ではなく、刃が食い込んでいた。
 ミギエさんの残念な子を見る目が心に突き刺さる。目はないはずなのに。
 満身創痍……
 ようやく数年間の監禁生活から解放されたというのに、右足も両手も心もボロボロだ。

「なんで、いつもいつも……」

 深いため息をついた後、気を取り直し、ようやく現実味を帯び始めた脱出への一歩を踏み出す。
 未だ深青な血の滴り落ちる右足のせいか、はたまた数年間縛り付けられ殺され続けた弊害か、私はプルプル震える両足で生まれたての小鹿のようにゆっくりと立ち上がった。
 瞬間、言い知れぬ感動が、全身を駆け巡る。

「じ……ゆう……」

 ふと、涙と一緒に声が漏れた。
 意識覚醒からほんの数十分、2つの人生を一気に駆け巡り、100万と1回分の死のダイジェストを味わった濃すぎる数十分ーー
 感情が溢れ出し、止め処なく涙があふれる。震える足でゆっくりと前に進みながら、気がつけば号泣していた。
 あてもなく進む。壁にぶち当たるたびに方向を変え、また進み、時に転び、気が済むまで泣いた。

 そして数分後、涙が枯れた。
 あんなにも抑制不可能な激情だったのに、思ったほど号泣は続かなかった。突然、スッと冷めた。魔物として特性か、はたまた前世の性格を引きずっているのか……
 でもとりあえず、泣いたことで気持ちの整理はついた。後はとにかくここを出てから、この先のことは考えよう。
 そう新たな希望を胸に。
 あ、そういえばミギエさんは?と振り返ると、

「…………」

 いつの間にやったのか、脂ギッシュメタボを下着一枚にひん剥き、その横に着ていた服を畳み、持っていた装備品をきれいに並べ、メタボの腹の上でお気に入りの小型ノコギリを愛でていた。

「アンタその身体ナリで、なぜ本体の私より有能なんだ!?」



 閑話休題。
 足枷という不自由からの解放を果たしたとはいえ、私達はまだまだ籠の中の鳥に過ぎない。一刻も早くここから逃げ出さなければならないのだ。
 私は次にすべき事を考えながら、出口の扉へと視線を向けた。

「あっ、 あっ」

 いつの間に移動したのか、右肩に乗ったミギエさんが地べたを指差し、そこに置かれたメタボの服を着るようにと促した。
 確かによく見れば、私は薄い腰布一枚のほぼ裸同然である。

「ヤダよ。臭そう」

 もちろん拒否した。

「あっ。あっ。」

「そのまま着ろとは言っていない。『銀の匙』で自分の服に変えろと言ってるの!」と怒られた。
 なるほど。頭いい。

 すぐに『銀の匙』を発動して、【上質な男性用上下服】を【上質な子供用キュロットワンピース、靴下と手袋付き】に。
【上質な皮の男性靴】を【上質な皮の子供用ブーツ、両サイドに皮のお洒落なリボン付き】に変換する。
 どうやら素材が多すぎる分は、プラスアルファが加算されるようだ。流石は等価交換。デザインも何気に可愛い。
 ちなみに必要経験値は、それぞれ1だった。
 素材や変換物によって経験値は変化するらしい。

 今世初のまともな服に袖を通し、ミギエさんをチラ見する。
 何故か、かなりご満悦だった。
 え? ゴブリンなのに? お洒落しようとゴブリンなのに? 見た目緑の怪物だよ?
 でも、なんか、ありがとう。

 次に、2人でメタボの装備品を確認した。
 よくわからない杖らしきものと、ローブ、大きめの革袋、それから指輪が10個。
 こいつ全部の指にこんなゴテゴテなのつけてやがったのか! とんだ成金野郎だぜ。

 それら全てを『素材鑑定』を使って鑑定した。

【賢者の杖=賢者級の魔法使いのみが装備できる高度な魔法杖】

【賢者のローブ=賢者級の魔法使いのみが装備できる高度なローブ】

【皮のアイテムバッグ=50キロまでのモノを入れて持ち運ぶことができる】

【カチカチのパン=乾いて硬くなったパン】×2

【ゴブリンモドキの左足の氷漬け=ゴブリンモドキの左足を氷魔法で凍らせたモノ】

【守りの指輪】×2
【魔力の指輪】×3
【炎の指輪】【氷の指輪】【雷の指輪】
【風の指輪】【土の指輪】

 この脂ギッシュメタボ、実は意外にすごいやつだったんじゃ……
 賢者? 賢者なの? 賢者ってあれだよね? 魔法使いの上の職業だよね?
 それにしても、賢者ってもっと痩せてて頬とか痩けてて仙人みたいなんじゃないのか!

 指輪類は、それぞれの効果を1.5倍強化か。
ーーてか、めちゃくちゃ魔力欲してるな! 賢者!

 そして何より、突っ込むべきは別にある。
【ゴブリンモドキの左足の氷漬け】って何?

 恐る恐る皮袋の中を覗くと、確かに私の左足が氷漬けでその存在をアピールしていた。
 なるほど。どうやら氷漬けにされると、『富江』の分身効果は発動されないらしい。
 これって、溶けたらどうなるんだろう?

「あっ! あっ! あっ!」

 一緒に袋を覗き込んだミギエさんが、えらく憤慨してメタボをエノキ足で蹴りつける。
 仲間を殺された気分なんだろうか……?

「まぁまぁ、ミギエさん。そんな奴のことなんてほっといて、ほらコレ 食べようよ!」

 私はそう言って、例の袋の中からカチカチのパンを取り出して見せた。
 振り返ったミギエさんが、一瞬喜んだ後、すぐに微妙な顔をする。顔はないけどーー

「うん、わかるよ。【自分の氷漬けの左足】と一緒に入ってたやつだし、カチカチで硬そうだし、どう考えても不味い予感しかしないもんね。でもね、ミギエさん、私達には『銀の匙』先生がいらっしゃるではないか!」

 そう高らかにパンを掲げると、ミギエさんの表情が一変した。
 数年間、飲まず食わずだった私達が……ゴブリン集落むらでは、苦い木の実や虫ばかり食べていた私達が、久しぶりに口にする食事。それはフカフカのパン!(予定)

「フフフ、すぐにフカフカにしてやるぜ」

 私は早速、カチカチのパン2個を両手に乗せ、『銀の匙』を発動した。
 必要経験値1。
 そして表示される選択画面は2つ。

【大きめのカチカチのパン】
【普通の小麦粉、水、イースト菌】

 なんだと?
 フカフカのパンがない……だと?
 右肩では、イライラした様子のミギエさんが選択画面を覗き込んでいる。
 あれだ、期待が憎しみに変わるやつだーー
 つまりこの状況は、素材が足りないってことだよね?
 フカフカのパンがカチカチになる原因は水分不足だから…… 水? 水を足せばなんとかなる?
 流石は等価交換! 面倒くさい子! 私には人間なんて絶対作れそうにない。
 でも数が1つになるのは何故なんだ? 複数を複数に交換することはできないってこと?
 この狭い魔法陣でも入るくらいなのに、1つずつ交換しなければならいってことか。
ーーつまりその分錬成代がかかると? 狙いはそこか! なんて鬼畜なんだ、守銭奴スキルめ!

 一度目を閉じて発動を停止する。
 そして壁際のテーブルに移動し、ギョッとするミギエさんを尻目に、水壺の中にカチカチのパンを1分ほど浸した。
 そして再びーー

「『銀の匙』発動」

【焼き立てフカフカの大きめの普通のパン】
【普通の小麦粉、水、イースト菌】

 先程とは違う選択画面が表示された。
 今回ももちろん2ついっぺんに交換するのを選んだ。
 決してケチっているわけではない。
 大きいのを1つ作って、半分に分けて食べれば一石二鳥。節約と言ってくれたまえ。

 焼き立てフカフカのパンを選択して錬成開始!
 一瞬でカチカチのパンは消え、焼き立てフカフカの大きいパンが私の両手のひらに現れた。

「アッチィィィィィ!!」

 焼き立てのパンは、とんでも無く熱かった!
 薄い手袋越しでも、完璧に伝わるほど強烈な熱!

「あああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 美味しそうな香りを放つ熱源を振り落とすこともできず、残念な私は、ただただ熱さに耐えながら震える足であてもなく走り回ることしかできなかった。
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