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19 心は繋がらない

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 カフェの後、俺たちは夕食を食べ行ったけど、全然味がわかんねえ。
 誘ったのは自分だからと、シュウさんの奢りでハンバーグを喰うことになったのに。
 もったいねえ……あー、もったいねぇ……!
 そう思いながら、俺はナイフでデミグラスソースのかかったハンバーグを切りながらごちゃごちゃと考えていた。
 夏休み……シュウさんちに行くのはいい。
 でも住むのはさすがにどうかと思うんだけど?
 うちとシュウさんちは、一駅離れてんだよな。定期券あるけど、夏休み中には定期、切れるしなぁ……
 あー、もうどうしよう。
 そんな俺の迷いを察してか、シュウさんはすぐに俺に答えを出すように言わなかった。

「僕は君が嫌がることはしないよ。僕には君を家に住まわせたい願望があるけど、君が無理なら、会えるときに会えたらいいかな」

 と言い、箸でご飯をすくう。
 なんかDomってもっとがつがつくるものかと思ってた。
 見た動画はそんな感じだったし。
 でも、違うんだな。
 俺の様子をうかがいつつ、シュウさんは自分がしたいことを押し付けてはこない。
 それはありがたいけれど、どこか寂しさを感じてしまう。
 もっと求めて欲しいけど、俺はその求めに答えきれる自信はないから、寂しさを感じてもそれを言っていいとも思えなかった。
 今の俺には、この間、武藤さんの家に泊まったあとシュウさんに言った、連絡なくて寂しいってのが精いっぱいだ。それ以上は望めない。 
 話題を変えよう。ここも人が多いしな。
 そういえばさっきのカフェで、シュウさん、バイトしてるって言ってたっけ。

「シュウさんのバイトって……何してるんですか」

 その話題について聞いたことがなかった。
 っていうかバイトしている風に見えねえ。
 シュウさんは箸を置き、グラスを手にし、俺の方を見て微笑み言った。

「あぁ、話したことなかったね。自然史博物館でバイトしてるよ」

「何それかっこいい……」

 そう、俺が感心したように言うと、シュウさんはくすくすと笑う。

「かっこいいかなあ。普段は売店や受付のスタッフだけど、展示の入れ替えとか手伝ったりしてるよ」

 そういえば、シュウさんて考古学専攻だったっけ。
 だから博物館でバイトしてるんだろうか。

「将来博物館で働きたいとかあるんすか?」

 するとシュウさんは水を飲んだ後、小さく首を傾げて苦笑する。

「それもひとつの選択肢だけど……どうなるかなあ。毎年募集があるわけでもないし、バイトしてるからって優先されるわけでもないし。県立だから公務員になるしね」

 あ、そうか。公務員か……
 考古学やって就職って言うと博物館か大学に残って研究とかになるのかな。
 ……あんまり選択肢なさそうだな。
 そう思いつつ俺はある疑問にたどり着く。
 俺たち、毎週日曜日に会ってねえ?

「あれ、博物館だと土日って……」

 いつ働いてるんだ? いったい。

「あぁ、最近は日曜日が休み続いていたってだけだよ。土曜日はバイトいってるし、平日も大学が早く終る日はバイトしてるよ。今は夏の特別展に向けて展示の入れ替え作業してて、その手伝いが多くて、平日の空いてる日に行ってるんだ」

 あー、夏休みの博物館て、企画展やったりするよなあ。
 子供の頃行ったりしたっけ。
 恐竜の骨とか、動物の剥製とか見たなあ。シロクマとかヒグマの剥製が超でかくて子供心に怖かったような気がする。

「来月は試験でしょ? さすがに試験中は会えないんだよね」

 そう言ったシュウさんはちょっと残念そうな顔になる。
 そうだ、来月から試験だ。
 課題によっては俺、実験しないといけないのがあったりするからたぶん二週間以上会うの無理だ。
 だからバイトも日曜日だけにしてんだよな。
 ……二週間も俺、耐えられるのかよ?
 
「ほんと、君は全部顔に出るよね」

 ごちゃごちゃ考えていると、シュウさんのそんな言葉が響く。
 見ると彼は口元に手を当てて笑って俺を見ていた。

「え、あ、え? そ、それってどういう……」

「漣君、嫌そうな顔になったり、不安な顔になったりしてるから、何考えているのかわかりやすいなって思って」

 まじかよ、そんな顔してた? 俺。
 恥ずかしすぎる。

「試験が嫌なのか、それとも……僕に会えないのが嫌なのかな」

 わざとだろうか。
 後半は甘く響く声で言われて俺は思わず固まってしまう。

「そ、そ、そ、それは……」

「ほら、顔が紅い。面白いね、漣君」

「か、からかわないでください。俺は……」

 言いかけて俺はフォークを持ったまま俯く。
 俺は……会えなくて寂しいなんて思ってなんか……思ってなんか……
 
「ねえ漣君」

「な、何ですか」

「僕は君を拒絶しないよ。だから君が何を望んでいるのか、口にできるようになるといいんだけど」

 そんなことはわかってるんだ。
 シュウさんは俺が望めばそれを与えてくれるだろう。
 わかってんだよ。わかってんだけどでも……そうしたら俺は自分がSubであると認めざるえなくなる。
 そんな覚悟、まだ俺はできていないんだ。

「す、すみません……」
 
「謝る事じゃないよ。時間がかかることはわかっているし」
 
 そして、食器の音が微かに響く。
 辺りにはたくさんのお客さんがいるはずだけど、どの声も遠くに聞こえる気がした。
 セックスまでして、俺、何やってんだろ? 身体は繋がっても、心は繋がれない。
 俺がただ、Subである自分を受け入れればいいだけなんだけど、ノーマルとして生きてきたプライドがそれを許さない。
 でも確かに俺の中に欲望がある。
 もっと一緒にいたい。
 構ってほしい。
 ……もっと、シュウさんの色に染めてほしい。
 あの動画で見たSubみたいに、俺も首輪をつけられて喜ぶ日が来るんだろうか。

「食べたら、家まで送っていくよ」

「……え?」

 思わず漏れ出た声が超残念そうに響き、シュウさんと目が合う。

「そんな捨てられた犬みたいな顔されると、家に連れて帰りたくなっちゃうよ」

「え、あ、そ、そんな顔……」

「してるよ」

 間髪入れずに否定した後、シュウさんはハンバーグを口にした。
 してるのかよ……捨て犬みたいな顔……って、どんな顔だよそれ。
 あー、ほんと、シュウさんと話していると俺のペースが乱れまくる。たぶん俺、彼の掌の上で転がされてんじゃねえかな。
 ハンバーグを食べ終えたシュウさんは、運ばれてきたアイスカフェオレにガムシロをいれ、ストローでかき混ぜながら言った。

「まだ水曜日だし、今日は帰ろう。土曜日、うちに泊まれるんだから」

 そうだ、土曜日俺、シュウさんちに泊まれるんだ……泊まって、なにすんだろ……?
 考えるけどわかるはずもなく、俺は急いでハンバーグを喰らった。
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