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18大丈夫、だから

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 手袋のない手でリモコンに触れ、スマホに触り、タブレットを操作する。
 俺にとって恐怖でしかないことだったけど、何も起きなくて心底ホッとした。
 そうだよな。
 大丈夫なんだよな。
 俺はもう、力をコントロールできなかった小学生の子供じゃない。
 とりあえず、家の中で手袋無しで過ごせるようになろう。
 そう思い、玄関に持っている手袋を全て置きに行った。
 俺の手はまだ震えてる。
 玄関の棚においた、黒い革手袋たち。
 半年に一度新調しているけど、毎日しているからだいぶ使い込まれている。
 外に行くときはまだしてないと無理だろうな。
 少しずつ少しずつ……手袋なしで過ごせるようになれるといいけど。
 リビングに戻り、俺は震えながらスマホを操作した。
 誰かにこのことを報告したくて。
 ……奏さんに、早く伝えたくて。

『変なこと言ってすみません、あの……俺、家で手袋外せて……』

 そんな中途半端なメッセージを入力し送信すると、すぐに既読がついた。

『いつも緋彩がしてる手袋?』

『はい……少しずつ、外せる場所、増やせたらなって思って……』

『すごいじゃない!』

 すごい。
 そう言ってもらえると超嬉しい。

『緋彩の手に、いつか触れられるといいな』

 その言葉を見ると、心が跳ねる。
 俺は、じっと自分の右手を見つめた。
 ひどく白く、細い手に奏さん、ひいたりしないだろうか。
 全然男らしくない手だ。
 驚いたり、しないかな……?
 そう思うと急に不安になってくる。
 
『でも、俺の手、細くて、男っぽくないですよ』

 迷いながら俺は不安を伝えると、奏さんは、

『気にしないよ』

 と言ってくれた。
 確かに、奏さんなら気にしないだろうな。
 俺が……弟に抱かれてるのを知っても、離れたりしなかったんだから。
 俺の、この手を奏さんに見せられる日……そんな日が来たらいいけど。


 次の日。四月二十六日火曜日。
 今日は、奏さんと約束をした。
 だから自転車で大学に行くわけにはいかず、バスで行くことになるため普段より二十分ほど早く家を出た。
 そわそわしつつ講義をこなし、昼休み、俺はいつものように医学部棟に向かう。
 歩く速度は自然と早くなり、途中転びそうになりながら俺はカフェテリアへと急いだ。
 いつもの場所に、あの人がいる。
 癖のある明るい茶髪の奏さんは、俺を見ると微笑み手を振ってくれた。
 
「お待たせしてすみません」

 言いながら、俺は奏さんの前の椅子に腰かける。
 
「僕は医学部で、君は芸術学部で校舎が違うんだから僕が待つのは当たり前だよ。それより、昨日言っていた話だけど」

 昨日の話って言うのは、手袋の事だろうか。
 俺の手には今、手袋がはめられている。
 一晩、手袋なしで過ごせた。
 リモコンも触れたし、トースターも触れた。
 だけど試しに手袋なしで外に出ようとしたけれど、震えて玄関から動けなくなってしまった。
 だから今日も、俺の手には手袋がある。
 少しずつ、手袋なしで過ごせる場所が増えたら……俺は奏さんに触れる日が来るだろうか?
 その為にも慣れないと。
 手袋のない日常に。
 でも急には無理だから、俺は今日も手袋をしている。

「ねえ、緋彩、手、見せてもらっても大丈夫? あ、手袋したままの手だよ」

 言いながら奏さんは、テーブルの上に両手を置く。
 俺の手を見たい。
 そんなことを言われたのは初めてで。
 俺は、一瞬迷った後ゆっくりと右手をテーブルの上に差し出した。

「片手、だけなら」

 手袋をしていても、俺は人に手を触られるのが怖い。
 奏さんは大丈夫、という思いよりも先に、恐怖が来てしまう。
 奏さんは俺が差し出した右手をそっと掴み、両手で俺の手を挟んだ。
 怖い。
 けれど……手袋をしているし、奏さんに俺の力は通じないから大丈夫だと、自分に言い聞かせる。

「この手袋、すごく使いこまれてるよね。そのくらいの期間で交換してるの?」

「あ……半年に、一回……」

 この手袋は、一月に渡された物だ。
 手袋は三双あり、三日ごとに変えている。
 革なので洗えないけれど、裏返しにして固く絞ったふきんで拭いて、陰干ししている。
 奏さんは、俺の手首を掴むとそのまま右手を自分の頬に当てた。
 俺は、驚きのあまり目を見開く。

「緋彩の手、繊細そう」

「……繊細って言うか……細くって、白くて男らしくないですよ」

 言いながら恥ずかしくなり、俺は俯く。

「昨日も言ったけど、僕は気にしないよ。これが緋彩の手でしょ? 今はまだ無理でも、君の手に触れるの、楽しみにしてるよ」

 そして、奏さんは俺の手をそっと、テーブルの上に戻していく。
 やばい、今俺、顔、真っ赤だろう。
 これじゃあ奏さんの顔、見られない。
 どうしよう。

「……緋彩、大丈夫?」

 その問いに、首を横に振ることも縦に振ることもできなかった。
 緋彩さんに触れたいし、触れられたい。
 そんな想いが浮かんでは消えて行く。
 いいのか俺、そんな事望んで。
 俺は、ゆっくりと顔を上げて奏さんの方を見る。
 彼は不思議そうな顔で俺を見ていた。
 やばい、恥ずかしくて正視できない。

「緋彩?」

「す、すみません……その……は、は、恥ずかしくて……」

 消え入る声で言い、俺は右手を引っ込める。
 恥ずかしい。
 そうだ、恥ずかしいんだ。
 蒼也にだって、俺は素手に触るのを許してこなかった。
 なのに、全くの他人である奏さんに……触れたいって思うのおかしくないだろうか?
 ……やばい、やっぱり俺、この人に惹かれてる。
 いいのか、本当に。俺、奏さんの事好きになって。

「僕には、君の力は通じないし、君の手がどんな形をしていても気にしないよ。だって、好きな相手の事だもの。手の形状くらいでどうこう思わないよ」

 好きな相手。
 今、奏さんははっきりとそう言った。
 好き、って……この人本気、なのか?

「緋彩、ほら、時間なくなっちゃうから早くお昼食べないと。話は、夜、ゆっくりしよう?」

 そう言われ、俺は小さく頷き、買ってきたパンの袋を震えながら開けた。
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