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6名前を知りたい
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獣人を連れて歩く私たちは、すれ違う人々の視線を集めた。
正直奇異の目で見られるのは気に入らない。
獣人の子は恥ずかしげに俯いて歩いている。
いたずらに揺れる尻尾を触られるらしく、時おり小さく悲鳴を上げているのは可哀そうすぎる。
服を何とかしないと。
でも、尻尾があるから普通の服は着られないし……
見回した限り、獣人用の服が売っているようなお店は見当たらない。
どうしよう?
獣人の手をひきつつ私は辺りを見回した。
あ、いいもの見つけたかも。
私は先を歩くエミールに声をかけた。
「エミール、服を買いたいのだけれど」
「服? 誰の」
「この子の」
「獣人の服なんてそうそう売ってねーぞ」
「耳と尻尾を隠したいのよ。いいものを見つけたから」
と答え、私は獣人の手をひいてとある服屋に近づいた。
帽子がついた、膝下まで長さはあると思われる上着が、店頭のハンガーにかけられている。
ゆったりとしているので、これならこの子の尻尾を隠せるだろう。
「ああ、それならいいかもな」
「視線を浴びるのは嫌なことではないけれど、奇異の目を向けられるのは好みではないのよ。それに、恥ずかしそうだし」
獣人は私と服と、エミールを順番に見つめ、不思議そうな顔をした。
その上着は白、黒、紺、灰色、茶色、赤という色展開だ。
どれがいいだろうか?
私は無難に茶色のものを手に取り、獣人に着せた。
獣人は私の目線より下の高さなので大人より少し小さい。
たぶんこれは女性物だろうけれど、この子が着ると膝よりだいぶ下まで丈がある。
上着で尻尾は隠れ、帽子で耳も隠れる。
こちらの方が目立たないだろう。
「エミール、これ、お願い」
と言うと、彼は、はいはい、と返事をし、獣人から上着を脱がせ店員のところへ持って行った。
その間に、私は獣人を見て呟いた。
「名前が聞きだせないのは辛いわね」
彼の名前が知りたいのに、言葉がわからないのではどうにもならない。
「あ? 名前? 聞いてきてやるよ」
ずっと私の肩に乗っている守護精霊がパタパタと獣人のところに飛んでいく。
人にも獣人にも守護精霊がいるらしい。そういえば、私、あの守護精霊の名前聞いていないわね。
あとで聞きだそう。
守護精霊は獣人の頭の上あたりまで飛んでいき、すぐに戻ってきた。
「あいつ、フィルって言うらしいよ」
「フィル?」
「うん」
「それで、貴方の名前は?」
「は?」
守護精霊は間抜けな声を出す。
私は肩に座っている守護精霊をがしっと掴み、
「だから、貴方の名前」
と聞いた。
「えーと、あーと……とりあえず……ミルカ」
視線を泳がせてから、守護精霊はしどろもどろに答えた。
「とりあえずってどういうことよ」
私が手を離しながら言うと、ミルカは羽を羽ばたかせながら、頬を掻く。
「だってー、本名教えらんないからさー」
「あらそう。ならミルカって呼べばいいのね。で、ミルカ、他に聞きだせることはあるの?」
「名前と年齢だけだ。十三歳らしい」
「ありがとう、それだけわかればいいわ」
とはいえ、彼と直接話せないし。
言葉をどうにかしなければ。
「おーい、買って来たぞ。誰としゃべっていたんだ?」
言いながら、エミールは私に買ってきた上着を差し出した。
「べつに。なんでもないわよ」
さすがにミルカのことを話すわけにはいかないので、私は適当に誤魔化して、買って来てくれた上着をフィルに着せた。
彼は戸惑った顔をして私を見上げる。
「貴方の服よ。これで少しは目立たないと思うけれど」
と言って笑いかけるけれど、まあ、伝わらないでしょうね。
それでも意図は伝わったのだろうか。
彼は頭にかぶった帽子に両手をのせて小さく頭を下げた。
「で、シュテフィ、その子、どうすんの?」
「そうね、今日色々買い揃えて、そのままあそこに住もうと思うの」
私の言葉に、エミールは完全に固まり何度も瞬きを繰り返した。
そして、頬を掻き、
「今なんておっしゃいました?」
と言って、小さく首をかしげた。
私が何を言ったのかなんてわかっているでしょうに。
「わかって聞いているのよね」
「あぁ、わかってるけど……いや、急展開すぎてちょっと俺の脳が追い付かないだけだから大丈夫だ」
「あら、そうなの。でも大丈夫よね、エミールなら私が言いたいこと、したいこと、理解してくれると信じているんだけれど」
「いや、まあ、うん、わかってる。まあ、うん、わかった」
そう言いながら、エミールは苦笑して何度も頷く。
まあ、わかっているわよね。今日からもう家を出るってだけだし。
「それでねエミール。ひとつお願いがあるのだけれど」
まあ、ひとつではないんだけれど。
「獣人の言葉がわかる人、捜せないかしら」
すると、エミールはにやりと笑った。
「あぁ、それなら心当たりがあるから、一日待ってくれ」
「ならお願いするわね。それと買い物に行きたいのだけれど、この子を連れ歩きたくはないから一度家に戻るわね」
ちょっと予定が変わるけれど、さすがにこの子を実家に連れて行く気持ちにはなれなかった。
だからといってひとりにするわけにもいかないし。
下宿先であるベイト家にもどると、夫妻は驚きの顔を見せた。
「獣人の子供ですか?」
「あら、かわいいわねぇ」
「はい、売られていたので買いました。それで、急で申し訳ございませんが、今日から使わせていただいてもよろしいですか?」
すると、夫妻は笑顔で私の申し出を受け入れてくれた。
主人のハンスさんが、フィルに話しかけた。
聞いたことのない言語だ。ハンスさんの名前だけが聞き取れたけれど、あとは何を言っているのか全くわからない。
フィルは驚いた顔をみせ、何か答えた。
ふたりはしばらく会話を交わしたあと、ハンスさんは私の方を見た。
「彼は、名前をフィルと言って、十三歳だそうです。両親は亡くなり悪い人に騙されて売られたと。それでここにたどり着いたそうです」
「獣人の言葉、お分かりになるんですね」
「ええ、少しですが。商人ですから、獣人と取引があるのですよ」
そう言って、ハンスさんは胸を張る。
身近に言葉がわかる人いた。
獣人と商売するには彼らの信用を得ないといけないと聞くけれど……ご主人はそうとうやり手なのかもしれない。
「申し訳ないのですが、彼に私の言葉を伝えていただけますか?」
「ええ、構いませんよ」
ハンスさんは笑顔で頷いた。
私はフィルの前に立ち、身振りを交えて彼に話しかけた。
「私はシュテフィ。ここで貴方と一緒に暮らすの。よろしくね」
それを、ハンスさんが通訳すると、フィルは頷いて何やら言った。
「わかった、と言ってます」
通訳挟まないと言葉が通じないのってなかなか面倒ね。
私も獣人の言葉を勉強しようかな。
「これから必要なものを買いにいくから、ここで留守番していてもらえるかしら?」
ハンスさんがそれを通訳すると、フィルはふるふると首を横に振った。
そして、訴えるような目をして何か喋っている。
「『一緒に行きたい』と言ってますよ」
「え、そうなんですか?」
「はい。町を見たいと。珍しいものが多いからと」
そういうこと。
フィルは目を輝かせて私を見ている。
大丈夫……だろうか?
思い悩んでいると、エミールが言った。
「出かける前に俺は侍女の手配をしたいので、一時間くらいここで待っていてほしいのですが」
「一時間で戻ってこられるの?」
そう問うと、彼は顎に手を当ててちょっと考えた後、
「たぶんそれより早くは帰ってこられると思う。だから大人しくしていてください」
と言った。
それを拒否する理由はなく。
私はエミールが帰ってくるのを部屋で待つことにした。
「本当に可愛いわねえ。うちの子供も可愛かったんだけどねえ」
と言って、奥さんのミカエラさんは目を細めてフィルを見つめた。
「尻尾と耳があると人目を浴びるでしょう。いいものがあるから用意して持って行きますね」
そう言って、ミカエラさんは奥へと消えていった。
いいものってなんだろうか?
いつまでも階段下で立っていても疲れるだけなので、私は部屋に上がることにした。
「それでは私、二階に行ってこの子に部屋を見せますね」
「わかりました。他に何かありますか?」
他に何か、と言われると……あることはあるけれど、聞くだけ聞いてみようか?
フィルの服の事。商人なら何かあてがあるかもしれないし。
「あ……あの、ハンスさんは商人でしたよね。獣人の服はどこかで手に入りませんか?」
そう尋ねると、ハンスさんは難しい顔をした。
「うーん……獣人の子供の服は正直需要がないのでこの辺りでは手には入らないかと。時間があれば手配できますが」
「本当ですか?」
「えぇ、ただ、十日以上はかかると思ってください。獣人たちとの交易はすべて海路で天候に左右されやすく時間がとてもかかります」
時間がかかっても手に入るなら手に入れたい。
私はハンスさんにできる限りフィルが使える服を用意してほしいとお願いし、二階へと上がった。
正直奇異の目で見られるのは気に入らない。
獣人の子は恥ずかしげに俯いて歩いている。
いたずらに揺れる尻尾を触られるらしく、時おり小さく悲鳴を上げているのは可哀そうすぎる。
服を何とかしないと。
でも、尻尾があるから普通の服は着られないし……
見回した限り、獣人用の服が売っているようなお店は見当たらない。
どうしよう?
獣人の手をひきつつ私は辺りを見回した。
あ、いいもの見つけたかも。
私は先を歩くエミールに声をかけた。
「エミール、服を買いたいのだけれど」
「服? 誰の」
「この子の」
「獣人の服なんてそうそう売ってねーぞ」
「耳と尻尾を隠したいのよ。いいものを見つけたから」
と答え、私は獣人の手をひいてとある服屋に近づいた。
帽子がついた、膝下まで長さはあると思われる上着が、店頭のハンガーにかけられている。
ゆったりとしているので、これならこの子の尻尾を隠せるだろう。
「ああ、それならいいかもな」
「視線を浴びるのは嫌なことではないけれど、奇異の目を向けられるのは好みではないのよ。それに、恥ずかしそうだし」
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その上着は白、黒、紺、灰色、茶色、赤という色展開だ。
どれがいいだろうか?
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獣人は私の目線より下の高さなので大人より少し小さい。
たぶんこれは女性物だろうけれど、この子が着ると膝よりだいぶ下まで丈がある。
上着で尻尾は隠れ、帽子で耳も隠れる。
こちらの方が目立たないだろう。
「エミール、これ、お願い」
と言うと、彼は、はいはい、と返事をし、獣人から上着を脱がせ店員のところへ持って行った。
その間に、私は獣人を見て呟いた。
「名前が聞きだせないのは辛いわね」
彼の名前が知りたいのに、言葉がわからないのではどうにもならない。
「あ? 名前? 聞いてきてやるよ」
ずっと私の肩に乗っている守護精霊がパタパタと獣人のところに飛んでいく。
人にも獣人にも守護精霊がいるらしい。そういえば、私、あの守護精霊の名前聞いていないわね。
あとで聞きだそう。
守護精霊は獣人の頭の上あたりまで飛んでいき、すぐに戻ってきた。
「あいつ、フィルって言うらしいよ」
「フィル?」
「うん」
「それで、貴方の名前は?」
「は?」
守護精霊は間抜けな声を出す。
私は肩に座っている守護精霊をがしっと掴み、
「だから、貴方の名前」
と聞いた。
「えーと、あーと……とりあえず……ミルカ」
視線を泳がせてから、守護精霊はしどろもどろに答えた。
「とりあえずってどういうことよ」
私が手を離しながら言うと、ミルカは羽を羽ばたかせながら、頬を掻く。
「だってー、本名教えらんないからさー」
「あらそう。ならミルカって呼べばいいのね。で、ミルカ、他に聞きだせることはあるの?」
「名前と年齢だけだ。十三歳らしい」
「ありがとう、それだけわかればいいわ」
とはいえ、彼と直接話せないし。
言葉をどうにかしなければ。
「おーい、買って来たぞ。誰としゃべっていたんだ?」
言いながら、エミールは私に買ってきた上着を差し出した。
「べつに。なんでもないわよ」
さすがにミルカのことを話すわけにはいかないので、私は適当に誤魔化して、買って来てくれた上着をフィルに着せた。
彼は戸惑った顔をして私を見上げる。
「貴方の服よ。これで少しは目立たないと思うけれど」
と言って笑いかけるけれど、まあ、伝わらないでしょうね。
それでも意図は伝わったのだろうか。
彼は頭にかぶった帽子に両手をのせて小さく頭を下げた。
「で、シュテフィ、その子、どうすんの?」
「そうね、今日色々買い揃えて、そのままあそこに住もうと思うの」
私の言葉に、エミールは完全に固まり何度も瞬きを繰り返した。
そして、頬を掻き、
「今なんておっしゃいました?」
と言って、小さく首をかしげた。
私が何を言ったのかなんてわかっているでしょうに。
「わかって聞いているのよね」
「あぁ、わかってるけど……いや、急展開すぎてちょっと俺の脳が追い付かないだけだから大丈夫だ」
「あら、そうなの。でも大丈夫よね、エミールなら私が言いたいこと、したいこと、理解してくれると信じているんだけれど」
「いや、まあ、うん、わかってる。まあ、うん、わかった」
そう言いながら、エミールは苦笑して何度も頷く。
まあ、わかっているわよね。今日からもう家を出るってだけだし。
「それでねエミール。ひとつお願いがあるのだけれど」
まあ、ひとつではないんだけれど。
「獣人の言葉がわかる人、捜せないかしら」
すると、エミールはにやりと笑った。
「あぁ、それなら心当たりがあるから、一日待ってくれ」
「ならお願いするわね。それと買い物に行きたいのだけれど、この子を連れ歩きたくはないから一度家に戻るわね」
ちょっと予定が変わるけれど、さすがにこの子を実家に連れて行く気持ちにはなれなかった。
だからといってひとりにするわけにもいかないし。
下宿先であるベイト家にもどると、夫妻は驚きの顔を見せた。
「獣人の子供ですか?」
「あら、かわいいわねぇ」
「はい、売られていたので買いました。それで、急で申し訳ございませんが、今日から使わせていただいてもよろしいですか?」
すると、夫妻は笑顔で私の申し出を受け入れてくれた。
主人のハンスさんが、フィルに話しかけた。
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フィルは驚いた顔をみせ、何か答えた。
ふたりはしばらく会話を交わしたあと、ハンスさんは私の方を見た。
「彼は、名前をフィルと言って、十三歳だそうです。両親は亡くなり悪い人に騙されて売られたと。それでここにたどり着いたそうです」
「獣人の言葉、お分かりになるんですね」
「ええ、少しですが。商人ですから、獣人と取引があるのですよ」
そう言って、ハンスさんは胸を張る。
身近に言葉がわかる人いた。
獣人と商売するには彼らの信用を得ないといけないと聞くけれど……ご主人はそうとうやり手なのかもしれない。
「申し訳ないのですが、彼に私の言葉を伝えていただけますか?」
「ええ、構いませんよ」
ハンスさんは笑顔で頷いた。
私はフィルの前に立ち、身振りを交えて彼に話しかけた。
「私はシュテフィ。ここで貴方と一緒に暮らすの。よろしくね」
それを、ハンスさんが通訳すると、フィルは頷いて何やら言った。
「わかった、と言ってます」
通訳挟まないと言葉が通じないのってなかなか面倒ね。
私も獣人の言葉を勉強しようかな。
「これから必要なものを買いにいくから、ここで留守番していてもらえるかしら?」
ハンスさんがそれを通訳すると、フィルはふるふると首を横に振った。
そして、訴えるような目をして何か喋っている。
「『一緒に行きたい』と言ってますよ」
「え、そうなんですか?」
「はい。町を見たいと。珍しいものが多いからと」
そういうこと。
フィルは目を輝かせて私を見ている。
大丈夫……だろうか?
思い悩んでいると、エミールが言った。
「出かける前に俺は侍女の手配をしたいので、一時間くらいここで待っていてほしいのですが」
「一時間で戻ってこられるの?」
そう問うと、彼は顎に手を当ててちょっと考えた後、
「たぶんそれより早くは帰ってこられると思う。だから大人しくしていてください」
と言った。
それを拒否する理由はなく。
私はエミールが帰ってくるのを部屋で待つことにした。
「本当に可愛いわねえ。うちの子供も可愛かったんだけどねえ」
と言って、奥さんのミカエラさんは目を細めてフィルを見つめた。
「尻尾と耳があると人目を浴びるでしょう。いいものがあるから用意して持って行きますね」
そう言って、ミカエラさんは奥へと消えていった。
いいものってなんだろうか?
いつまでも階段下で立っていても疲れるだけなので、私は部屋に上がることにした。
「それでは私、二階に行ってこの子に部屋を見せますね」
「わかりました。他に何かありますか?」
他に何か、と言われると……あることはあるけれど、聞くだけ聞いてみようか?
フィルの服の事。商人なら何かあてがあるかもしれないし。
「あ……あの、ハンスさんは商人でしたよね。獣人の服はどこかで手に入りませんか?」
そう尋ねると、ハンスさんは難しい顔をした。
「うーん……獣人の子供の服は正直需要がないのでこの辺りでは手には入らないかと。時間があれば手配できますが」
「本当ですか?」
「えぇ、ただ、十日以上はかかると思ってください。獣人たちとの交易はすべて海路で天候に左右されやすく時間がとてもかかります」
時間がかかっても手に入るなら手に入れたい。
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