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34 化け物
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ごぉ、っと音を立てて風が僕たちを巻き上げるかのように強く強く吹き抜けていく。
「来ます!」
リモの叫びが響き、どん、と僕の身体を何かが押した。
臨だ。
僕は後ろに下がりその勢いで尻もちをつく。
「本当に来た」
臨の呟きが響き僕はそちらを見やる。
社の向こう側に、白い人影が見える。
髪の長い、綺麗な女性。白い服を着て、背中から黒い手が二つ生えていた。
「また、あんた達なの?」
言いながら、女はゆらり、とこちらにゆっくりと歩いてくる。
また、という言い方が引っかかる。この間会ったのが初めてなはずだけれど、それ以外で僕たちはこの人に会っている?
彼女は僕たちから五メートルほどの所で立ち止まると、じろり、と臨の方を見て言った。
「また、私あなたに斬られるのかしらね?」
そして、にたり、と笑う。
また? どういう意味だ、また斬られる……て。
「もうすぐ生まれる私の赤ちゃん……ねえ、貴方が斬った赤ちゃん、戻って来たの」
そう言いながら日和ちゃんはお腹をさする。
戻ってきた赤ちゃん? 何を言っているのかわからない。なんなんだよ……
「あぁ、もしかして、俺が斬った幽霊?」
臨の呟きに僕も思い出す。
腹を斬ってほしいってお願いしてきた女の幽霊。
そしてたぶん、僕が記憶を消した青年の奥さん……
そう思うと心臓が痛くなってくる。
って、なんで彼女が日和ちゃんに憑りついているんだ?
「貴方に斬られて私は天国に行くはずだったのよ。でもね、私、見つけちゃったの。動物を殺して食べてる彼女を。お腹の子供の為に、動物殺して食べていたの」
あぁ、やっぱり彼女は妊娠しているのか。だから動物を襲い、喰っている。狐だから当たり前なことだけれど……でもなぜ人里に下りてきて猫を襲ったんだろうか?
「彼女が妊娠していたから憑りついた?」
臨が問いかけると日和ちゃんはにっこり、と笑う。
「憑りついた……引き寄せられたの方が正しいかも。私の子供は死んじゃった。でもね、こうしてまた戻って来たのよ。私のお腹の中で大きくなってるの」
そして愛おしそうに彼女は腹をさする。
違う、そうじゃねえだろう。
そのお腹の子供はあんたの子供じゃない。
そう言いたいのに、彼女の異様な様子に声が出ない。
「違いますよ、貴方の子供じゃない」
臨の冷たい声が響く。
「貴方の子供は死んだ。俺が貴方と共に腹を斬ったんだから」
そうだ、それは彼女の望みだった。
腹を斬ってほしいと望んだのは幽霊自身だったし、その望みを臨は叶えた。なのに。
幽霊は鬼の形相で臨を見つめている。
「そうよ、貴方が殺したの。私の赤ちゃんを」
違う、そうじゃないだろう。
もうとっくに、あんたは死んでるんだ。そしてあんたの旦那さんは新しい人生を歩むために記憶を消すことを選んだ。
その内容を僕はもう思い出せないけれど、でも僕が何を感じたかはわかる。
幸せと哀しみの記憶だった。
それはそうだろう。
彼は一度に、奥さんと子供を失ったんだから。
「子供欲しさに、日和ちゃんの身体を奪った?」
そう臨が問いかけると、彼女は不思議そうな顔をして小さく首を傾げた。
「奪った? 人聞きが悪いわね。貰うのよ。彼女はとても弱っていたから……だから憑りつくのは簡単だった」
奪うも貰うも大して変わらねえだろ、それ……!
日和ちゃんは愛おしそうにお腹を撫でながら言った。
「あと少しなのよ。お腹が空いていちゃあ、子供が大きくなれないでしょ?」
そして大きく口を開く。その唇は紅く、まるで血にまみれているようだった。
何か喰った後なのだろうか、それとも元からあんな口をしているのだろうか。
まるで都市伝説にある口裂け女のようだ。
っていうかあの幽霊、腹を斬られて成仏するはずじゃなかったのかよ?
なんでまだこの世に留まっているんだよ。わけわかんねえだろ?
なんなんだよ、話が見えねえよ。
「あぁ、つまり、俺に腹を斬られて成仏するはずだったのに、妊婦である彼女に出会ったことで未練が残り、憑りついたってことですか」
「えぇそうよ。貴方に斬られて……あの子も私も成仏できるはずだったのよ。なのにこの女に出会って気が変わったの」
そして日和ちゃん……って呼ぶのが正しいのか分かんねえけど、彼女はくわっと大きく目を見開き、お腹をさすりながら声を上げる。
「この女はね、妊娠したことを悔いていたのよ。私はもう、悔いることもできないっていうのに!」
悔いていた?
「な、なんで後悔なんて……」
震える声で俺が言うと、女は俺の方を睨み付けて言った。
「妖怪なのに、人との子を宿したからよ。それでこの女は迷っていた。だから私がもらってあげるのよ。子供も、この身体も」
「貰ってあげるって……そんな事できるわけねえだろ? だってあんたは死んでるんだから」
震えながら俺が言うと、女は空へと顔を向け、大声で笑った。
「あはははははは! だからこの女が死ねば、私はこの身体を手に入れられる! だってこの女は生きているんだから」
「あぁ、確かにそうか」
なんて言い、臨は顎に手を当てる。
って、そこ、納得してんじゃねえよ。
それって日和ちゃんが女の幽霊に殺されるって事じゃねえか。そんなの許されるかよ?
でも身体が死んだら、お腹の子供だって死ぬんじゃねえのか?
いったいどうやって日和ちゃんの身体を奪うんだ? 今はまだ、日和ちゃんの意識はあの身体の中にあるんだよな。完全に奪えているわけじゃねえんだよな。
でもどうしたら、あの身体から幽霊だけを引きはがせるんだ?
「来ます!」
リモの叫びが響き、どん、と僕の身体を何かが押した。
臨だ。
僕は後ろに下がりその勢いで尻もちをつく。
「本当に来た」
臨の呟きが響き僕はそちらを見やる。
社の向こう側に、白い人影が見える。
髪の長い、綺麗な女性。白い服を着て、背中から黒い手が二つ生えていた。
「また、あんた達なの?」
言いながら、女はゆらり、とこちらにゆっくりと歩いてくる。
また、という言い方が引っかかる。この間会ったのが初めてなはずだけれど、それ以外で僕たちはこの人に会っている?
彼女は僕たちから五メートルほどの所で立ち止まると、じろり、と臨の方を見て言った。
「また、私あなたに斬られるのかしらね?」
そして、にたり、と笑う。
また? どういう意味だ、また斬られる……て。
「もうすぐ生まれる私の赤ちゃん……ねえ、貴方が斬った赤ちゃん、戻って来たの」
そう言いながら日和ちゃんはお腹をさする。
戻ってきた赤ちゃん? 何を言っているのかわからない。なんなんだよ……
「あぁ、もしかして、俺が斬った幽霊?」
臨の呟きに僕も思い出す。
腹を斬ってほしいってお願いしてきた女の幽霊。
そしてたぶん、僕が記憶を消した青年の奥さん……
そう思うと心臓が痛くなってくる。
って、なんで彼女が日和ちゃんに憑りついているんだ?
「貴方に斬られて私は天国に行くはずだったのよ。でもね、私、見つけちゃったの。動物を殺して食べてる彼女を。お腹の子供の為に、動物殺して食べていたの」
あぁ、やっぱり彼女は妊娠しているのか。だから動物を襲い、喰っている。狐だから当たり前なことだけれど……でもなぜ人里に下りてきて猫を襲ったんだろうか?
「彼女が妊娠していたから憑りついた?」
臨が問いかけると日和ちゃんはにっこり、と笑う。
「憑りついた……引き寄せられたの方が正しいかも。私の子供は死んじゃった。でもね、こうしてまた戻って来たのよ。私のお腹の中で大きくなってるの」
そして愛おしそうに彼女は腹をさする。
違う、そうじゃねえだろう。
そのお腹の子供はあんたの子供じゃない。
そう言いたいのに、彼女の異様な様子に声が出ない。
「違いますよ、貴方の子供じゃない」
臨の冷たい声が響く。
「貴方の子供は死んだ。俺が貴方と共に腹を斬ったんだから」
そうだ、それは彼女の望みだった。
腹を斬ってほしいと望んだのは幽霊自身だったし、その望みを臨は叶えた。なのに。
幽霊は鬼の形相で臨を見つめている。
「そうよ、貴方が殺したの。私の赤ちゃんを」
違う、そうじゃないだろう。
もうとっくに、あんたは死んでるんだ。そしてあんたの旦那さんは新しい人生を歩むために記憶を消すことを選んだ。
その内容を僕はもう思い出せないけれど、でも僕が何を感じたかはわかる。
幸せと哀しみの記憶だった。
それはそうだろう。
彼は一度に、奥さんと子供を失ったんだから。
「子供欲しさに、日和ちゃんの身体を奪った?」
そう臨が問いかけると、彼女は不思議そうな顔をして小さく首を傾げた。
「奪った? 人聞きが悪いわね。貰うのよ。彼女はとても弱っていたから……だから憑りつくのは簡単だった」
奪うも貰うも大して変わらねえだろ、それ……!
日和ちゃんは愛おしそうにお腹を撫でながら言った。
「あと少しなのよ。お腹が空いていちゃあ、子供が大きくなれないでしょ?」
そして大きく口を開く。その唇は紅く、まるで血にまみれているようだった。
何か喰った後なのだろうか、それとも元からあんな口をしているのだろうか。
まるで都市伝説にある口裂け女のようだ。
っていうかあの幽霊、腹を斬られて成仏するはずじゃなかったのかよ?
なんでまだこの世に留まっているんだよ。わけわかんねえだろ?
なんなんだよ、話が見えねえよ。
「あぁ、つまり、俺に腹を斬られて成仏するはずだったのに、妊婦である彼女に出会ったことで未練が残り、憑りついたってことですか」
「えぇそうよ。貴方に斬られて……あの子も私も成仏できるはずだったのよ。なのにこの女に出会って気が変わったの」
そして日和ちゃん……って呼ぶのが正しいのか分かんねえけど、彼女はくわっと大きく目を見開き、お腹をさすりながら声を上げる。
「この女はね、妊娠したことを悔いていたのよ。私はもう、悔いることもできないっていうのに!」
悔いていた?
「な、なんで後悔なんて……」
震える声で俺が言うと、女は俺の方を睨み付けて言った。
「妖怪なのに、人との子を宿したからよ。それでこの女は迷っていた。だから私がもらってあげるのよ。子供も、この身体も」
「貰ってあげるって……そんな事できるわけねえだろ? だってあんたは死んでるんだから」
震えながら俺が言うと、女は空へと顔を向け、大声で笑った。
「あはははははは! だからこの女が死ねば、私はこの身体を手に入れられる! だってこの女は生きているんだから」
「あぁ、確かにそうか」
なんて言い、臨は顎に手を当てる。
って、そこ、納得してんじゃねえよ。
それって日和ちゃんが女の幽霊に殺されるって事じゃねえか。そんなの許されるかよ?
でも身体が死んだら、お腹の子供だって死ぬんじゃねえのか?
いったいどうやって日和ちゃんの身体を奪うんだ? 今はまだ、日和ちゃんの意識はあの身体の中にあるんだよな。完全に奪えているわけじゃねえんだよな。
でもどうしたら、あの身体から幽霊だけを引きはがせるんだ?
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