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6 共に歩く
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神宮寺さんは俺の目の前で立ち止まり言った。
「ねえ、時間あるかな」
時間なんていくらでもある。
今日は金曜日だし、後は家に帰るだけだから。
発情期が終わったせいだろうか。そこまで神宮寺さんの匂いを感じない。
手を伸ばしたい。でも俺は、オメガとしての着る覚悟なできていない。だから俺は動けずただ俯くだけだった。
「……秋斗君?」
名前を呼ばれて心臓が跳ね上がるような気がした。
その声で俺の名前を呼ばないでほしい。アルファとしてのプライドが崩れてしまいそうだから。
俺は悩んでそして、ぎゅっと拳を握りしめて絞り出すような声で言った。
「あの……時間はあります……けど」
「じゃあ、すこし一緒に歩かない?」
「え?」
思っていたことと全然違う申し出に俺は戸惑い顔を上げる。
神宮寺さんは優しい笑みを浮かべて言った。
「ご飯、食べたでしょ? どこかお店に入ることも考えたけど……お腹すいていないだろうし、それなら家まで一緒に歩いて行きたいって思ったんだけど、駄目かな」
ここから俺の住むマンションまで歩いて十分くらいだ。だからすこし歩くにはちょうどいいかもしれない。
それくらいならいいか、そう思い俺は顔を上げて頷き答えた。
「それくらいなら」
そう答えると、神宮寺さんはほっとしたような顔をして小さく、よかった、と呟いた。
俺と神宮寺さんは、並んで夜の街を歩く。
七月、って事もあり少し歩いただけでも汗がじわり、と額に浮かぶ。
「秋斗君って、学生?」
「そうっすよ。今三年生で月末には試験があります」
絶対神宮寺さんは俺より年上だろうから、敬語でそう答える。
そう言えば互いに何してるか、なんて話してないっけ。
……なのに俺、この人と寝たんだ。そう思うと恥ずかしすぎる。
「神宮寺さんは何してるんですか」
俺はドキドキしながらそう尋ねた。
なんだろ、見合いしてるみたいで落ち着かない。
「俺は……輸入雑貨の販売業だよ。自分で起業して、細々とやってる」
企業ってことはつまり社長って事かよ。
つうかこの人何歳だ?
「え、あの、何歳ですか」
「今年で二十五歳だよ。君とは四つくらい違うかな」
そう言って、神宮寺さんは笑う。
「そう、ですね……自分で会社起こすってすごいっすね」
「あはは……両親が死んで、祖父母しかいなくて早くふたりを安心させたいって思ったらそうしていたんだ」
そういえば後ろ盾がないとかなんとか言っていたような。
「そう、なんですか」
「うん。まあ、楽しくやっているよ。パートの子を雇えるくらいにはなったし」
すげえな。したことがあって、それを実現できるだけの力があるって。
アルファはそもそもカリスマの塊で、何をやらせてもそつなくこなす傾向がある、らしい。
でも俺は……そんなに優秀じゃない。
全人口の一パーセントも存在しないアルファとオメガなのに、その両方の性質を持ってしまった俺は、中途半端な存在だった。
兄は両親の期待を背負い外科医となり、家族を持ち子供も生まれる。
でも俺は医師になんてなれないし、なるつもりもない。
いつ来るかもわからない発情期に怯え生きた俺は、兄や父と同じ医師の道を選ばなかった。
俺が選んだのは家でもできる仕事……デザインの世界だった。
アルファらしくない進路で親とは揉めたけれど。
「いいっすね。俺はデザインの道を選んで親と揉めて、それで家を出ましたけど。両親が生きていてもアルファらしい生き方を求められるし、それはそれで息苦しいですよ」
って、俺、ろくに知らない相手に何話してるんだろう。
そう思い隣を見ると、神宮寺さんは笑って言った。
「あはは……そうかもね。アルファらしい生き方か……俺も両親が生きていたらそれを求められていたのかな。祖父母は普通の人たちだったから、そういう押し付けはなかったな」
「そうなんですか?」
「俺は『母』方の祖父母の世話になったからね。ふたりはベータなんだ」
あぁ、だからか。この人がアルファっぽくない理由がわかった気がする。
この人はアルファとしての生き方を押し付けられてこなかったのか。
ちょっと羨ましく思う。
俺はこの特殊な体質から親を困らせ、その事を考慮した進学選びで親と揉めたから。
「俺はオメガでもあるからアルファらしい生き方を求められても無理なんですよね。だって、アルファとして生きられるのか、オメガとして生きるのか、なんにもわかんなかったから」
そして今もまだ決められない。
俺はどうしたいんだろう。
アルファとして生きる道はある。手術を受ければいいだけだ。もちろん副作用はあるけれど。
でもオメガとして生きるなら手術はいらない、らしい。
……俺はどうしたい。
アルファとして生きたいと思っていた。だから手術の話も前向きに考えていた。
でも……今は心が揺らぐ。
隣を歩く神宮寺さんを見る。
彼はアルファだ。
もし俺が彼を拒んだら、彼はどうするんだろうか?
……ヤだな、俺の決断に他人の運命まで影響を及ぼすなんて。
やべえ、心が痛い。
思わず俺は胸を押さえて立ち止まる。
「……秋斗君、大丈夫?」
焦ったような神宮寺さんの声が、すぐそばで響く。
俺はどうしたい?
神宮寺さんを受け入れるか拒否するのか。
そんなの簡単に決められねえよな。
「ねえ、時間あるかな」
時間なんていくらでもある。
今日は金曜日だし、後は家に帰るだけだから。
発情期が終わったせいだろうか。そこまで神宮寺さんの匂いを感じない。
手を伸ばしたい。でも俺は、オメガとしての着る覚悟なできていない。だから俺は動けずただ俯くだけだった。
「……秋斗君?」
名前を呼ばれて心臓が跳ね上がるような気がした。
その声で俺の名前を呼ばないでほしい。アルファとしてのプライドが崩れてしまいそうだから。
俺は悩んでそして、ぎゅっと拳を握りしめて絞り出すような声で言った。
「あの……時間はあります……けど」
「じゃあ、すこし一緒に歩かない?」
「え?」
思っていたことと全然違う申し出に俺は戸惑い顔を上げる。
神宮寺さんは優しい笑みを浮かべて言った。
「ご飯、食べたでしょ? どこかお店に入ることも考えたけど……お腹すいていないだろうし、それなら家まで一緒に歩いて行きたいって思ったんだけど、駄目かな」
ここから俺の住むマンションまで歩いて十分くらいだ。だからすこし歩くにはちょうどいいかもしれない。
それくらいならいいか、そう思い俺は顔を上げて頷き答えた。
「それくらいなら」
そう答えると、神宮寺さんはほっとしたような顔をして小さく、よかった、と呟いた。
俺と神宮寺さんは、並んで夜の街を歩く。
七月、って事もあり少し歩いただけでも汗がじわり、と額に浮かぶ。
「秋斗君って、学生?」
「そうっすよ。今三年生で月末には試験があります」
絶対神宮寺さんは俺より年上だろうから、敬語でそう答える。
そう言えば互いに何してるか、なんて話してないっけ。
……なのに俺、この人と寝たんだ。そう思うと恥ずかしすぎる。
「神宮寺さんは何してるんですか」
俺はドキドキしながらそう尋ねた。
なんだろ、見合いしてるみたいで落ち着かない。
「俺は……輸入雑貨の販売業だよ。自分で起業して、細々とやってる」
企業ってことはつまり社長って事かよ。
つうかこの人何歳だ?
「え、あの、何歳ですか」
「今年で二十五歳だよ。君とは四つくらい違うかな」
そう言って、神宮寺さんは笑う。
「そう、ですね……自分で会社起こすってすごいっすね」
「あはは……両親が死んで、祖父母しかいなくて早くふたりを安心させたいって思ったらそうしていたんだ」
そういえば後ろ盾がないとかなんとか言っていたような。
「そう、なんですか」
「うん。まあ、楽しくやっているよ。パートの子を雇えるくらいにはなったし」
すげえな。したことがあって、それを実現できるだけの力があるって。
アルファはそもそもカリスマの塊で、何をやらせてもそつなくこなす傾向がある、らしい。
でも俺は……そんなに優秀じゃない。
全人口の一パーセントも存在しないアルファとオメガなのに、その両方の性質を持ってしまった俺は、中途半端な存在だった。
兄は両親の期待を背負い外科医となり、家族を持ち子供も生まれる。
でも俺は医師になんてなれないし、なるつもりもない。
いつ来るかもわからない発情期に怯え生きた俺は、兄や父と同じ医師の道を選ばなかった。
俺が選んだのは家でもできる仕事……デザインの世界だった。
アルファらしくない進路で親とは揉めたけれど。
「いいっすね。俺はデザインの道を選んで親と揉めて、それで家を出ましたけど。両親が生きていてもアルファらしい生き方を求められるし、それはそれで息苦しいですよ」
って、俺、ろくに知らない相手に何話してるんだろう。
そう思い隣を見ると、神宮寺さんは笑って言った。
「あはは……そうかもね。アルファらしい生き方か……俺も両親が生きていたらそれを求められていたのかな。祖父母は普通の人たちだったから、そういう押し付けはなかったな」
「そうなんですか?」
「俺は『母』方の祖父母の世話になったからね。ふたりはベータなんだ」
あぁ、だからか。この人がアルファっぽくない理由がわかった気がする。
この人はアルファとしての生き方を押し付けられてこなかったのか。
ちょっと羨ましく思う。
俺はこの特殊な体質から親を困らせ、その事を考慮した進学選びで親と揉めたから。
「俺はオメガでもあるからアルファらしい生き方を求められても無理なんですよね。だって、アルファとして生きられるのか、オメガとして生きるのか、なんにもわかんなかったから」
そして今もまだ決められない。
俺はどうしたいんだろう。
アルファとして生きる道はある。手術を受ければいいだけだ。もちろん副作用はあるけれど。
でもオメガとして生きるなら手術はいらない、らしい。
……俺はどうしたい。
アルファとして生きたいと思っていた。だから手術の話も前向きに考えていた。
でも……今は心が揺らぐ。
隣を歩く神宮寺さんを見る。
彼はアルファだ。
もし俺が彼を拒んだら、彼はどうするんだろうか?
……ヤだな、俺の決断に他人の運命まで影響を及ぼすなんて。
やべえ、心が痛い。
思わず俺は胸を押さえて立ち止まる。
「……秋斗君、大丈夫?」
焦ったような神宮寺さんの声が、すぐそばで響く。
俺はどうしたい?
神宮寺さんを受け入れるか拒否するのか。
そんなの簡単に決められねえよな。
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