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アルファでオメガ
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大学から外に出ると、あまりの暑さに嫌気が差す。
七月一日。このところ連日三十度を超える真夏日を記録している。
だから夕方だってのに暑い。
金曜日だから俺は知り合いがやってるバーに行く予定だ。
知り合いっつうか従兄だけど。
六月を無事過ごせたから乾杯するんだ。
毎月毎月、俺はビクビクして過ごしている。
それは俺の特性に起因するものだ。
六時すぎ、繁華街の中程にある半地下のバー、アポカリプス。ここが俺の父方の従兄である八束真弘(やつかまひろ)がやってる店だ。
真弘さんはアルファなのにオメガと番うことをせず、バーなんかやってるから親との仲は険悪らしい。
まだ時間が早いこともあり薄暗い店内に客の姿は無かった。
カウンターのみの小さな店で、真弘さんが気ままにやってる。
長く伸びた明るい茶髪を後ろで軽く縛った、二重の瞳の真弘さんは俺に気がつくとにこっと笑って言った。
「いらっしゃい、秋斗君」
「こんばんはー」
挨拶しつつ俺はいつも座る端の席に腰掛ける。
「先月は無事過ごせたの」
言いながら彼は俺の為にカクテルを作ってくれる。
真弘さんの好みで決まるので何が出されるのかわからないけど、俺はそれが楽しみだった。
「夕飯は食べてきたの?」
「ううん、まっすぐ来たから食べてない」
「食べないと駄目だよ。ちょっと待ってて。大したものはないけど」
そう言って出してくれたのは、肉じゃがとおにぎりだった。
「どうしたの、これ」
「お昼の残り。おにぎりの中身は鮭だよ」
「ありがとうございます」
礼を言い、俺はおにぎりを手にしてかぶりついた。
「明日、病院でしょ?」
「うん。そうなんだけど飲まずにいらんないし」
俺は月初めに一度、病院に行っている。
「アルファでオメガって、珍しいもんねえ。でも発情期が来る気配、無いんでしょ?」
他に人がいたらこんな話できないし、っていうかそもそも誰にも言えないことだ。
俺の両親はアルだとオメガ。だから俺はアルファであるはずだった。なのになぜかアルファとオメガという両方の性質を持って生まれてしまった。遺伝子的な問題らしく、薬でどうこうできるものでもないし症例も少ないため子宮をとる手術もどうするか話し合っている所だ。
おかでげ俺は中学生の時から月に一度病院に通っていた。
オメガとして、もしかしたら発情期がいつか来るかもしれない。
だから俺は特定の相手がいないし、というか誰とも付き合える気がしなかった。
「俺、誰かと付き合えるのかなー」
出された食事を半分食べた頃、真弘さんが作ってくれたカクテルが目の前に置かれる。
赤いカクテル……これ、カシスかな。
「カシスソーダだよ。『貴方は魅力的』って意味があるんだ」
「なんだよそれ、初めて知ったし」
言いながら俺はグラスを手にして口をつけた。
「もし発情期が来るようなことがあったら僕が面倒見てあげるから」
「えー? 俺、できればアルファとして生きたいのにー」
ぼやきながら俺はカクテルを半分ほど飲んだ。
本来なら、アルファもオメガも十八になると見合いを国から斡旋される。
じゃないと互いに出会う機会がないからだ。俺にも見合いの話はある。だけど俺は断ってばかりだった。それはそうだ。俺はアルファでオメガ。
いつオメガとして発情するかもわからないのに誰かと付き合えるかって思うと踏ん切りがつかないでいる。
俺だって番が欲しい。
俺には五歳上に兄がいるけど、兄はとうに番を持っていて共に暮らしている。
正直うらやましい。
そして目の前にいる真弘さんもアルファだ。でも番はいない。
だから番にするっていうのは冗談では済まないんだけど……俺には発情期がきそうにない。ていうか来ないでほしい。このまま発情期が来なければ俺はアルファとして生きられるし堂々と番を持てる……たぶん。
「ねえ真弘さん、カクテル、おかわりちょうだい」
すると真弘さんはすぐに別のカクテルを用意してくれる。
「なんで真弘さん、番もたないの?」
「好きなことして好きな風に生きたいからだよ。オメガに縛られる人生も悪くはないと思うけど、僕には合わないかな」
オメガに縛られる、っていう考えは俺には理解できないけど、まあアルファの大半はオメガを閉じ込めるっていうし家からも出さないヤツがいるっていうしな。
「考え方だけど、本能に従って生きることに僕は抵抗があるってだけ。まあ、僕には弟がいるし、相手もいるから孫の心配はないはずだよ」
言いながら真弘さんは笑う。
俺は今の所番のいるオメガにしか会ったことないから本能に抗えない、って感覚がわからない。
アルファである真弘さんに惹かれることはないのは親戚だからなのか別の理由なのかもわからないけど。
他のアルファなんてあんまり知らねえからな……
「孫ねえ。そう言えば兄貴の所、もうすぐ生まれるって言ってたっけ」
アルファとオメガの夫婦は総じて結婚出産が早い。
俺は二十歳で叔父さんになるってことだ。
すげえな。俺、二十五で親とか考えらんねえけど俺の両親はもう少し結婚が早かったのを思い出す。
違うカクテルが用意され俺の目の前に置かれた時、扉が開く音がした。
「いらっしゃいませ」
真弘さんのビジネストーンの声が響く。
入って来たのは、二十代半ばっぽい男性だった。
俺より少し、背は高そう……百八十ちょっとはありそうだな。
照明が暗いからわかりにくいけど、茶色っぽい髪に眼鏡をかけている。
彼は俺の方を一瞥し、不思議そうな顔をして俺と二つ離れた席に座る。
「モヒートを」
低く響く声で言いながら、彼は真弘さんからおしぼりを受け取る。
お客さんが来たんじゃあ話をするわけにもいかず、俺はスマホを手にしてゲームを開く。
その時初めて気が付いた。
匂いがする。
何の匂いだろう。
甘いんだけど……少し爽やかさを感じる匂い。
今まで感じたことのない匂いに俺の中で何かが崩れる様な感じがした。
ってなんで?
この匂いはまずい。でも何がまずいのかわからず、俺はカクテルを飲みながらゲームに集中することにした。
「お待たせいたしました」
という真弘さんの声が聞こえる。
何だろう、心臓がバクバク言い始めてるんだけど?
この匂い……もしかしてあの人の匂い?
もしかしてアルファ? オメガ……はねえよな、この見た目で。
オメガってもっと小柄な奴が多いって言うし。
こんな感覚初めてだ。
「真弘さん、水貰える?」
「あぁ、ちょっと待ってて」
すぐに真弘さん水の入ったグラスを俺の前に置いてくれた。それを口にして大きく息をつく。
これは早く帰った方がいいかも。俺は一気に水を飲み干すと、真弘さんに金を払いそそくさと店を出た。
真弘さんに大丈夫か聞かれたけど、笑って誤魔化してきた。
半地下の店なので通りに出るには階段を上らないといけない。
外に出るとっむわっとした空気が肌に纏わりつく。
額から汗が流れるけれどこれは暑さのせいだけじゃないだろう。
俺の住むマンションはここから歩いて十分ほどだ。
俺は階段を目の前に胸を押さえて大きく息を吐く。
身体の奥底が熱い。
何なんだこれ。こんなの初めてだ。
まさかこれが発情……?
だとしたらやばい。
発情したオメガはアルファをひきよせてしまうっていうし、もし帰る途中襲われたら……?
やばい想像しかできねえじゃねえか。
さすがに嫌だぞ、襲われるの。戻って真弘さんに縋る? でも店内にはあの男がいるしな……
階段下でうずくまっていると扉が開く音が聞こえてきた。
真弘さんかと思い振り返ると、全然違う相手が立っていた。
「あ……」
「大丈夫?」
伸ばされる手と纏わりつく匂いに歯がカタカタと鳴る。
「秋斗君……その匂いまさか……」
男の声に続いて聞こえてきたのは真弘さんの声だった。
こんな姿真弘さんに見られたくない。
早く帰らないと。
「お、俺は大丈夫だから」
伸びてきた手を振り払い、俺はその場から逃げるように階段を上り通りへと出た。
「あ、秋斗君!」
真弘さんの声が背中に聞こえてくるけど、戻る気にはなれなかった。
真弘さんはアルファで、俺はアルファでオメガ。
もし真弘さんと一緒にいたら俺はきっとあの人に抱かれてしまうだろう。
そう言う関係を持ちたくはないし、そもそもアルファとしてのプライドが許さない。
通りに出てもつれる足で走り、路地に入り込む。
周りを通り人々が皆、アルファに見えてくる。
オメガもアルファも全人口の一パーセントもいないからそんなことあるわけねえけど。
俺、このまま帰れるのかな。
俺はどこかのビルの壁に背を預け、下を俯き額の汗を拭った。
「……あぁ、いた」
息せき切らせた声がかかり、俺はびくっと身体を震わせ顔を上げた。
通りからこちらに歩み寄ってくるその男は、バーにいたやつだった。
男から漂う匂いに目まいを覚え、俺は口を押え首を振る。
近づかないでほしい。
なのに身体が動かない。
「発情、してるんでしょ? ベータでもオメガのフェロモンにやられるやつがいるから……このままここにいたら危ない。送っていくよ」
と言い、彼は俺に手を伸ばした。
「薬、持っていないの」
問われて俺は首を横に振る。
持って来てるわけがない。
昔は持ち歩いていた。だけど……必要ない、と思ってここ数か月は持ち歩くのをやめていた。あったら自分がオメガであると認めているような気がして、嫌だったからだ。
それに検査では発情の兆候はないしこのまま発情期が来ないようなら手術を考えようって話も出てきていた。
だから油断していたわけだけど……俺馬鹿かよ。
身体が熱い。穴の奥が疼いてほしくてたまらない。
「俺は薬飲んだから……タクシー呼んでるから行こう」
彼は俺の腕を掴みそして引きずるように通りへと出た。
タクシーに乗せられたものの、自分の家の場所を伝える余裕なんてなかった。
早く欲しい。
でも俺は……オメガだなんて認めたくない。
俺はアルファとして生きたいのに、なんでこんな性質もって生まれたんだよ。
「家の場所はバーのマスターに聞いたから」
と言い、男はタクシードライバーに俺のマンションの住所を告げる。
何なんだこいつ、何者だよ。
聞きたいけれど正直それどころじゃなく、俺は車が止まるまで沸き上る熱情に必死に耐えた。
歩いて十分の距離なんて車でならすぐだ。
車が止まり、男が支払いを済ませ彼に支えられながら俺はタクシーを降り、よろよろと中に入った。
震える手でマンション入り口のロックを解除して中に入り、エレベーターに乗る。
部屋は三階だが、俺が何か言う前に、男はボタンを押していた。
「部屋には薬、あるの?」
男の言葉に俺は小さく頷く。
抑制剤は部屋にある。だけど……どこだっけ。
やばい、頭が回んねえ。
部屋の前に着くと俺は震える手で鍵を取り出し、鍵穴にさして何とか鍵を開けた。
中に入り、男に支えられつつ俺は靴を脱ぎふらふらと奥へと進む。
一LDKの部屋。俺はまっすぐ寝室に向かい耐え切れず服を脱いだ。
頭の中はセックスでいっぱいになっていた。
ペニスはすでに勃起していて先走りを溢れさせているうえ、後孔から液体が溢れ出ていて下着を汚していた。
それが気持ち悪く、早く脱ぎたくて仕方なかった。
「う、あ……」
俺はうつ伏せになり尻を高く上げ、ペニスに手を掛けた。
「……探したけど薬のありか……」
そうだ。俺、ひとりじゃないんだった。でもそんなの気にしている余裕、俺にはなかった。
薬どこだっけ。思い出せねえんだよ。それよりも俺は今、この沸き上る熱を解放しないと気が済まない。
いくらペニスを扱いても、イけるきがしない。
欲しいのは中だ。腹の奥に欲しい。でもわずかに残る俺の理性が穴に指を突っ込むことを許さなかった。
俺の後孔は愛液を溢れさせ、切なげにひくついている。でもそこを埋める物は何もない。
「う……あぁ……欲しいよぉ……中、欲しい……」
呻いていると、男が言った。
「……ちょっと待ってて。鍵、借りていくよ」
余裕のない声で言い、男は去って行く。
音からして外に出たのだろう。
あいつ誰なんだろ。なんで俺についてきたんだ?
だめだ、頭、回んねえ……
オナニーは何度もしてるけどペニス扱いただけでイけないとか初めてだ。
どうすりゃいいんだよこれ。
発情期って何日続くんだっけ……?
三日? 四日?
薬を飲めばある程度抑えられるって言うけど、一日か二日は薬でも抑えられない場合があるって聞いた気がする。
早く欲しいよぉ……
奥、ぐちゃぐちゃにしてほしい。
でも俺はそういう玩具は持っていない。
だってアルファとして生きたいんだから、尻をどうこうする必要なんて思っていなかったからだ。
今はそのことが悔やまれる。
「イきたいよぉ……」
上ずった声で言いながら俺はペニスを扱き続けた。
いつもだったらとっくにイってるのに全然イけない。何でだよ……腹の奥がせつねえよぉ……真弘さんに連絡する? でも真弘さん、店あるしな……
どれくらい時間が経っただろうか。
物音がして寝室に入って来たのは、あの、バーにいた男だった。
「すごいな匂い……薬飲んだけどくらくらする」
言いながら男は俺に近づいてきて、俺の尻を撫でた。
「あ……」
たったそれだけなのに思わず声が漏れだす。
もっと触ってほしい。
でもそうしたら俺……戻れなくなりそうで恐怖心も強い。
「秋斗君。俺としてもこういうのは好きじゃないし、その状態で聞くのは間違ってると思うけど……どうする? セックスすれば落ち着くはずなんだけど」
セックス。そうだ、今俺はセックスがしたい。
俺を誘う、アルファの匂いはこの男から漂うものだ。
欲しい。この男が欲しくてたまらない。
俺は身体を起こし、ベッド横に立つ男のジーパンのファスナーに手を掛けそして、すでに硬くなっているペニスをひきずし出してそれを口に含んだ。
「ちょ……」
男の戸惑う声がするが、俺はそんなことに構っている余裕なんてなかった。
知らない男のペニスを咥えながら自分のを扱くとかおかしいと思うけど、俺は早く欲しくて仕方なかった。
腹の奥が切なくて、どんどん愛液が溢れてくる。
「匂いがやばいな……よく知りもしない相手とやるのは嫌だと思ってたのに……」
男の苦しげな声が響く。
それは俺だって同じだ。
よく知りもしねえ相手のペニス舐めてるとか信じらんねえ。でも今の俺はこいつのペニスが欲しくて仕方なかった。
匂いだ。
こいつの匂いが俺を惑わせるんだ。
俺の口の中で男のペニスは大きくなり先走りが舌に広がっていく。
俺はペニスから口を外し、うっとりと彼を見上げて言った。
「ねえ、ちょうだい?」
自分でも驚くほど甘く切ない声が漏れる。
男が息を飲むのが聞こえ、俺はうつ伏せになり男に向けて尻を向けた。
「すごいな……びしょ濡れ」
と呟き、男は俺の後孔に指を突っ込んだ。
「あぁ……」
指一本ですげえ気持ちいい……
でも欲しいのは指じゃない。
もっと太くて熱いものだ。
俺は尻を振り、男を振りかえり言った。
「指じゃやだぁ……」
「……ちょっと待ってて」
苦しげな声で男が言った後、衣擦れの音が響く。
そしてベッドの軋む音が聞こえたかと思うと男は俺の腰を掴みそして、
「ごめんね……」
と、苦しげな声で言い、一気に俺の身体を貫いた。
「ひっ……」
やばい……挿れられただけなのに視界に星が散る。
自分でペニス扱いてイくより気持ちいい。
俺は自分からも腰を振り、さらに快楽を拾おうとした。
「あ、ン……気持ちいいよぉ……奥、奥もっと突いて」
「……中きつくて気持ちいい……」
男は余裕のない声で言い、さらに奥へと腰を進める。
子宮に届くんじゃないかってくらい深く男のペニスが入ってる。
「あ……ン……奥、いいよぉ……」
今まで出したことのない甘い声で言いながら俺は、びくびくと身体を震えさせ精液を放った。
「う、あ……やばい、俺もイく……」
男はそう呻くように言い、動きを止める。
互いに荒い息を繰り返しそして、俺の頭が徐々にはっきりしだす。
男とやった。
しかも中に……出された?
血の気が引く音が聞こえ、男がずるり、とペニスを俺の中から引きずり出す。
「あ……」
思わず甘い声が漏れるけどそれどころじゃない。
冷や汗が流れる中俺は男を振り返った。
裸の男は自分のペニスに手を掛け、ゴムを外している所だった。
あ……よかった。ゴム、してたんだなこいつ。
安心した俺は身体の力が一気に抜けて、ベッドに倒れこんだ。
そうだ、薬、どこにあるんだっけ……リビングの……えーと……どっかの引き出しの中だ。
後で飲まねえと。
「えーと……秋斗君……だよね」
男が申し訳なさそうな声で言う。
怠い身体を起こすと、男は服を着て俺を見下ろしていた。
いつの間にか寝室の灯りが点けられていたらしく、眩しさに俺は目を細める。
「そう、だけど」
「ごめんね。こんなことする気はなかったんだけど……」
と言い、男は顔を伏せる。
望んだのは俺だし、男を責める気はなかった。アルファは発情したオメガに逆らえないのは知っている。
そして俺はこいつのペニスを喜んで咥えたんだし、薬をもち歩いていなかったから、こうなったのは仕方ないと思う。
俺は首を横に振り、
「あんたのせいじゃないよ」
と言った。
それでも男は顔をあげない。
「強姦したみたいで嫌なんだけどね……」
と言い、男は苦笑する。
店は暗くてよくわかんなかったけど、こいつ、俺より年上っぽい。
「えーと、俺は神宮寺尊。あの店には時々行っているんだ。で、マスターから君の住所とか聞いてここに届けたんだけど……ごめんね、送るだけですぐ帰るつもりだったんだけど」
超申し訳なさそうな顔をして、神宮寺さんはまた顔を伏せてしまう。
「あんたアルファだろ? らしくないな」
すると神宮寺さんは首を横に振って言った。
「あはは、そうかもね。オメガを目の前にした事ってそんなになくって。俺、両親を早くに亡くしてて、祖父母に育てられたんだけど、そのせいかフラれてばかりだから」
両親がいないとそういうことになるのかよ。
俺には理解できない世界だった。まあ、そもそも俺、見合いしたことないけど。
「後ろ盾がないって思われちゃうみたいで、嫌がられるんだよね」
後ろ盾かあ……オメガはアルファの肩書で選ぶ傾向があるって事か。
見合いなんてそう言うもんなのかもだけど、なんかすげえリアルだな。
「ところで君は何者なんだい? オメガの匂いと……アルファの匂いがするけど」
神宮寺さんが戸惑うのは無理もねえよな。
俺はベッドに腰かけ、彼を見上げて言った。
「俺、ちょっと変わってて。アルファであってオメガなんだよ。だから毎月病院に行ってて、オメガとして発情期が来ないようなら手術しようかって言ってたところ」
でも発情期が来てしまった。そうなると俺、どうなるんだろ?
当初の願いどおりアルファとして生きるのか、オメガとして生きるのか。
俺の中に迷いが生まれている。
俺の話を聞いた男は複雑な顔をして俺を見下ろしていた。
だよなあ。
こんなこと人に話したのは初めてだから反応は想像できなかったけど……でも、どういう顔したらいいか分かんねえだろうな。
「ごめん、そういう複雑な事情、抱えてると思わなかった」
「別にいいよ。そういう性質を持って生まれたのは仕方ねえし。あんたを巻き込んでごめん。まさか発情するとか思ってなかったから」
そんな傾向は何もなかったのに、なんで発情したんだろうか。
「……ごめん、たぶん君は俺の……」
神宮寺さんは呟きそして黙ってしまう。
なんだよ、おい。
変なところで切るなよ。
神宮寺さんは複雑な顔をして俺を見つめる。
「君はきっと俺にとって運命の相手なんだよ」
運命。と言う言葉に俺の心が震える。
運命の番の話くらい、俺だって知ってる。
魂が共鳴するとか言う相手だ。
まさかそんなことあるかよ?
だから俺、こいつの匂いに反応して発情したとか?
運命のいたずらかよ。真弘さんの店でそんな相手に会うとか、あるかよそんなの。
真弘さんに、発情したら僕が番になるとか言われたばっかりなのに。
やべえ……真弘さんの顔、まともに見られないかも。
「バーのマスターは君を追いかけようとしたんだけど……あのあと別の客が来てそう言うわけにもいかなくなって俺が君を追いかけることになったんだ。マスター。苦しそうだったけど、君と彼はどういう関係なんだい?」
俺の様子を窺うように神宮寺さんは言った。
あ、これ、なんか疑ってる。それはそうだよな。
俺は首を振って言った。
「何って、従兄だよ。俺の父方の従兄。それ以上なんにもねえよ」
「そっか……」
神宮寺さんの呟きは心底安心したようなものだった。
あれかな、恋人か何かと思ったんだろうな。
真弘さん、そんなに焦っていたのかな。後で連絡しねえとな。
神宮寺さんは首を振ったあと深く頭を下げて言った。
「君の同意を得ず、こんなことしてごめんなさい」
「べつに謝る事じゃねえよ。薬を持ち歩いてなかった俺が悪いんだし、誘ったの俺だし」
っていうかあの状況でゴム買いに行ってたんだよなこの人。もし生で出されていたら俺は妊娠する可能性が高い。
それにオメガが発情した状態でアルファにうなじを噛まれたら一生そのアルファに縛られることになる。でもこの人が俺のうなじに噛み付かなかった。
その冷静さ、忍耐強さはすげえ。アルファにも抑制剤があり、それを飲めば発情するオメガを前にしても大丈夫だと聞くけど、運命の番を前にしてその平静さを保つのはよほどの事だろう。
俺だってアルファだからそれくらい理解できるつもりだ。
発情したオメガに会ったことねえけど。
「強引に関係を持つんじゃなくって、徐々にああいう関係になりたかったんだけどね」
と言い、神宮寺さんは苦しげな顔をする。
あー、この人真面目なんだな。アルファってもっとがっつくもんだけど……っていうか俺ならがっつく同じ状況に置かれたら容赦なくうなじを噛んでいただろう。
でもこの人はそうしたくなかったんだな。
おかげで俺は妊娠の危機も、番にされることもなかったわけだけど。
「今度からは薬、持ち歩くようにするよ」
言いながら俺は立ち上がり裸のままリビングへと向かう。
リビングに置いてある書類ケースの引き出しのどこかに抑制剤があるはずだ。
俺が引き出しの中から抑制剤を見つけ出した時、神宮寺さんに後ろから抱きしめられた。
この人の匂い、まじでやべえ。またやりたくなる。
俺は慌てて薬を口の中に放りこみ、そのまま飲み込んだ。
しばらくすれば効いてくるはずだ。
……果たして運命の番の前で薬がちゃんときくのかわからないけど。
「ごめん、でも、こんなお願い間違ってるとは思うんだ。でも……ねえ、お願いがあるんだ」
耳元で響く彼の苦しげな声に、俺まで苦しくなってくる。
「……なんだよ、いったい」
「俺と、付き合ってほしい」
それは俺にとってオメガとして生きてほしい、ということでもあり俺は頷くことも首を横に振ることもできなかった。
「え、あ……付き合うって……」
俺の口から出た声は震えていた。それはそうだよな。俺にはまだ、オメガとして生きる覚悟、無いんだから。
「すぐに答えを出してほしいとは言わないから。ただ俺に、そのチャンスをくれないか?」
その声は本当に苦しそうで、俺は拒絶することができなかった。
俺がオメガとして生きるのか、アルファとして生きるのか。
その答えを出すのはしばらく先になりそうだ。
七月一日。このところ連日三十度を超える真夏日を記録している。
だから夕方だってのに暑い。
金曜日だから俺は知り合いがやってるバーに行く予定だ。
知り合いっつうか従兄だけど。
六月を無事過ごせたから乾杯するんだ。
毎月毎月、俺はビクビクして過ごしている。
それは俺の特性に起因するものだ。
六時すぎ、繁華街の中程にある半地下のバー、アポカリプス。ここが俺の父方の従兄である八束真弘(やつかまひろ)がやってる店だ。
真弘さんはアルファなのにオメガと番うことをせず、バーなんかやってるから親との仲は険悪らしい。
まだ時間が早いこともあり薄暗い店内に客の姿は無かった。
カウンターのみの小さな店で、真弘さんが気ままにやってる。
長く伸びた明るい茶髪を後ろで軽く縛った、二重の瞳の真弘さんは俺に気がつくとにこっと笑って言った。
「いらっしゃい、秋斗君」
「こんばんはー」
挨拶しつつ俺はいつも座る端の席に腰掛ける。
「先月は無事過ごせたの」
言いながら彼は俺の為にカクテルを作ってくれる。
真弘さんの好みで決まるので何が出されるのかわからないけど、俺はそれが楽しみだった。
「夕飯は食べてきたの?」
「ううん、まっすぐ来たから食べてない」
「食べないと駄目だよ。ちょっと待ってて。大したものはないけど」
そう言って出してくれたのは、肉じゃがとおにぎりだった。
「どうしたの、これ」
「お昼の残り。おにぎりの中身は鮭だよ」
「ありがとうございます」
礼を言い、俺はおにぎりを手にしてかぶりついた。
「明日、病院でしょ?」
「うん。そうなんだけど飲まずにいらんないし」
俺は月初めに一度、病院に行っている。
「アルファでオメガって、珍しいもんねえ。でも発情期が来る気配、無いんでしょ?」
他に人がいたらこんな話できないし、っていうかそもそも誰にも言えないことだ。
俺の両親はアルだとオメガ。だから俺はアルファであるはずだった。なのになぜかアルファとオメガという両方の性質を持って生まれてしまった。遺伝子的な問題らしく、薬でどうこうできるものでもないし症例も少ないため子宮をとる手術もどうするか話し合っている所だ。
おかでげ俺は中学生の時から月に一度病院に通っていた。
オメガとして、もしかしたら発情期がいつか来るかもしれない。
だから俺は特定の相手がいないし、というか誰とも付き合える気がしなかった。
「俺、誰かと付き合えるのかなー」
出された食事を半分食べた頃、真弘さんが作ってくれたカクテルが目の前に置かれる。
赤いカクテル……これ、カシスかな。
「カシスソーダだよ。『貴方は魅力的』って意味があるんだ」
「なんだよそれ、初めて知ったし」
言いながら俺はグラスを手にして口をつけた。
「もし発情期が来るようなことがあったら僕が面倒見てあげるから」
「えー? 俺、できればアルファとして生きたいのにー」
ぼやきながら俺はカクテルを半分ほど飲んだ。
本来なら、アルファもオメガも十八になると見合いを国から斡旋される。
じゃないと互いに出会う機会がないからだ。俺にも見合いの話はある。だけど俺は断ってばかりだった。それはそうだ。俺はアルファでオメガ。
いつオメガとして発情するかもわからないのに誰かと付き合えるかって思うと踏ん切りがつかないでいる。
俺だって番が欲しい。
俺には五歳上に兄がいるけど、兄はとうに番を持っていて共に暮らしている。
正直うらやましい。
そして目の前にいる真弘さんもアルファだ。でも番はいない。
だから番にするっていうのは冗談では済まないんだけど……俺には発情期がきそうにない。ていうか来ないでほしい。このまま発情期が来なければ俺はアルファとして生きられるし堂々と番を持てる……たぶん。
「ねえ真弘さん、カクテル、おかわりちょうだい」
すると真弘さんはすぐに別のカクテルを用意してくれる。
「なんで真弘さん、番もたないの?」
「好きなことして好きな風に生きたいからだよ。オメガに縛られる人生も悪くはないと思うけど、僕には合わないかな」
オメガに縛られる、っていう考えは俺には理解できないけど、まあアルファの大半はオメガを閉じ込めるっていうし家からも出さないヤツがいるっていうしな。
「考え方だけど、本能に従って生きることに僕は抵抗があるってだけ。まあ、僕には弟がいるし、相手もいるから孫の心配はないはずだよ」
言いながら真弘さんは笑う。
俺は今の所番のいるオメガにしか会ったことないから本能に抗えない、って感覚がわからない。
アルファである真弘さんに惹かれることはないのは親戚だからなのか別の理由なのかもわからないけど。
他のアルファなんてあんまり知らねえからな……
「孫ねえ。そう言えば兄貴の所、もうすぐ生まれるって言ってたっけ」
アルファとオメガの夫婦は総じて結婚出産が早い。
俺は二十歳で叔父さんになるってことだ。
すげえな。俺、二十五で親とか考えらんねえけど俺の両親はもう少し結婚が早かったのを思い出す。
違うカクテルが用意され俺の目の前に置かれた時、扉が開く音がした。
「いらっしゃいませ」
真弘さんのビジネストーンの声が響く。
入って来たのは、二十代半ばっぽい男性だった。
俺より少し、背は高そう……百八十ちょっとはありそうだな。
照明が暗いからわかりにくいけど、茶色っぽい髪に眼鏡をかけている。
彼は俺の方を一瞥し、不思議そうな顔をして俺と二つ離れた席に座る。
「モヒートを」
低く響く声で言いながら、彼は真弘さんからおしぼりを受け取る。
お客さんが来たんじゃあ話をするわけにもいかず、俺はスマホを手にしてゲームを開く。
その時初めて気が付いた。
匂いがする。
何の匂いだろう。
甘いんだけど……少し爽やかさを感じる匂い。
今まで感じたことのない匂いに俺の中で何かが崩れる様な感じがした。
ってなんで?
この匂いはまずい。でも何がまずいのかわからず、俺はカクテルを飲みながらゲームに集中することにした。
「お待たせいたしました」
という真弘さんの声が聞こえる。
何だろう、心臓がバクバク言い始めてるんだけど?
この匂い……もしかしてあの人の匂い?
もしかしてアルファ? オメガ……はねえよな、この見た目で。
オメガってもっと小柄な奴が多いって言うし。
こんな感覚初めてだ。
「真弘さん、水貰える?」
「あぁ、ちょっと待ってて」
すぐに真弘さん水の入ったグラスを俺の前に置いてくれた。それを口にして大きく息をつく。
これは早く帰った方がいいかも。俺は一気に水を飲み干すと、真弘さんに金を払いそそくさと店を出た。
真弘さんに大丈夫か聞かれたけど、笑って誤魔化してきた。
半地下の店なので通りに出るには階段を上らないといけない。
外に出るとっむわっとした空気が肌に纏わりつく。
額から汗が流れるけれどこれは暑さのせいだけじゃないだろう。
俺の住むマンションはここから歩いて十分ほどだ。
俺は階段を目の前に胸を押さえて大きく息を吐く。
身体の奥底が熱い。
何なんだこれ。こんなの初めてだ。
まさかこれが発情……?
だとしたらやばい。
発情したオメガはアルファをひきよせてしまうっていうし、もし帰る途中襲われたら……?
やばい想像しかできねえじゃねえか。
さすがに嫌だぞ、襲われるの。戻って真弘さんに縋る? でも店内にはあの男がいるしな……
階段下でうずくまっていると扉が開く音が聞こえてきた。
真弘さんかと思い振り返ると、全然違う相手が立っていた。
「あ……」
「大丈夫?」
伸ばされる手と纏わりつく匂いに歯がカタカタと鳴る。
「秋斗君……その匂いまさか……」
男の声に続いて聞こえてきたのは真弘さんの声だった。
こんな姿真弘さんに見られたくない。
早く帰らないと。
「お、俺は大丈夫だから」
伸びてきた手を振り払い、俺はその場から逃げるように階段を上り通りへと出た。
「あ、秋斗君!」
真弘さんの声が背中に聞こえてくるけど、戻る気にはなれなかった。
真弘さんはアルファで、俺はアルファでオメガ。
もし真弘さんと一緒にいたら俺はきっとあの人に抱かれてしまうだろう。
そう言う関係を持ちたくはないし、そもそもアルファとしてのプライドが許さない。
通りに出てもつれる足で走り、路地に入り込む。
周りを通り人々が皆、アルファに見えてくる。
オメガもアルファも全人口の一パーセントもいないからそんなことあるわけねえけど。
俺、このまま帰れるのかな。
俺はどこかのビルの壁に背を預け、下を俯き額の汗を拭った。
「……あぁ、いた」
息せき切らせた声がかかり、俺はびくっと身体を震わせ顔を上げた。
通りからこちらに歩み寄ってくるその男は、バーにいたやつだった。
男から漂う匂いに目まいを覚え、俺は口を押え首を振る。
近づかないでほしい。
なのに身体が動かない。
「発情、してるんでしょ? ベータでもオメガのフェロモンにやられるやつがいるから……このままここにいたら危ない。送っていくよ」
と言い、彼は俺に手を伸ばした。
「薬、持っていないの」
問われて俺は首を横に振る。
持って来てるわけがない。
昔は持ち歩いていた。だけど……必要ない、と思ってここ数か月は持ち歩くのをやめていた。あったら自分がオメガであると認めているような気がして、嫌だったからだ。
それに検査では発情の兆候はないしこのまま発情期が来ないようなら手術を考えようって話も出てきていた。
だから油断していたわけだけど……俺馬鹿かよ。
身体が熱い。穴の奥が疼いてほしくてたまらない。
「俺は薬飲んだから……タクシー呼んでるから行こう」
彼は俺の腕を掴みそして引きずるように通りへと出た。
タクシーに乗せられたものの、自分の家の場所を伝える余裕なんてなかった。
早く欲しい。
でも俺は……オメガだなんて認めたくない。
俺はアルファとして生きたいのに、なんでこんな性質もって生まれたんだよ。
「家の場所はバーのマスターに聞いたから」
と言い、男はタクシードライバーに俺のマンションの住所を告げる。
何なんだこいつ、何者だよ。
聞きたいけれど正直それどころじゃなく、俺は車が止まるまで沸き上る熱情に必死に耐えた。
歩いて十分の距離なんて車でならすぐだ。
車が止まり、男が支払いを済ませ彼に支えられながら俺はタクシーを降り、よろよろと中に入った。
震える手でマンション入り口のロックを解除して中に入り、エレベーターに乗る。
部屋は三階だが、俺が何か言う前に、男はボタンを押していた。
「部屋には薬、あるの?」
男の言葉に俺は小さく頷く。
抑制剤は部屋にある。だけど……どこだっけ。
やばい、頭が回んねえ。
部屋の前に着くと俺は震える手で鍵を取り出し、鍵穴にさして何とか鍵を開けた。
中に入り、男に支えられつつ俺は靴を脱ぎふらふらと奥へと進む。
一LDKの部屋。俺はまっすぐ寝室に向かい耐え切れず服を脱いだ。
頭の中はセックスでいっぱいになっていた。
ペニスはすでに勃起していて先走りを溢れさせているうえ、後孔から液体が溢れ出ていて下着を汚していた。
それが気持ち悪く、早く脱ぎたくて仕方なかった。
「う、あ……」
俺はうつ伏せになり尻を高く上げ、ペニスに手を掛けた。
「……探したけど薬のありか……」
そうだ。俺、ひとりじゃないんだった。でもそんなの気にしている余裕、俺にはなかった。
薬どこだっけ。思い出せねえんだよ。それよりも俺は今、この沸き上る熱を解放しないと気が済まない。
いくらペニスを扱いても、イけるきがしない。
欲しいのは中だ。腹の奥に欲しい。でもわずかに残る俺の理性が穴に指を突っ込むことを許さなかった。
俺の後孔は愛液を溢れさせ、切なげにひくついている。でもそこを埋める物は何もない。
「う……あぁ……欲しいよぉ……中、欲しい……」
呻いていると、男が言った。
「……ちょっと待ってて。鍵、借りていくよ」
余裕のない声で言い、男は去って行く。
音からして外に出たのだろう。
あいつ誰なんだろ。なんで俺についてきたんだ?
だめだ、頭、回んねえ……
オナニーは何度もしてるけどペニス扱いただけでイけないとか初めてだ。
どうすりゃいいんだよこれ。
発情期って何日続くんだっけ……?
三日? 四日?
薬を飲めばある程度抑えられるって言うけど、一日か二日は薬でも抑えられない場合があるって聞いた気がする。
早く欲しいよぉ……
奥、ぐちゃぐちゃにしてほしい。
でも俺はそういう玩具は持っていない。
だってアルファとして生きたいんだから、尻をどうこうする必要なんて思っていなかったからだ。
今はそのことが悔やまれる。
「イきたいよぉ……」
上ずった声で言いながら俺はペニスを扱き続けた。
いつもだったらとっくにイってるのに全然イけない。何でだよ……腹の奥がせつねえよぉ……真弘さんに連絡する? でも真弘さん、店あるしな……
どれくらい時間が経っただろうか。
物音がして寝室に入って来たのは、あの、バーにいた男だった。
「すごいな匂い……薬飲んだけどくらくらする」
言いながら男は俺に近づいてきて、俺の尻を撫でた。
「あ……」
たったそれだけなのに思わず声が漏れだす。
もっと触ってほしい。
でもそうしたら俺……戻れなくなりそうで恐怖心も強い。
「秋斗君。俺としてもこういうのは好きじゃないし、その状態で聞くのは間違ってると思うけど……どうする? セックスすれば落ち着くはずなんだけど」
セックス。そうだ、今俺はセックスがしたい。
俺を誘う、アルファの匂いはこの男から漂うものだ。
欲しい。この男が欲しくてたまらない。
俺は身体を起こし、ベッド横に立つ男のジーパンのファスナーに手を掛けそして、すでに硬くなっているペニスをひきずし出してそれを口に含んだ。
「ちょ……」
男の戸惑う声がするが、俺はそんなことに構っている余裕なんてなかった。
知らない男のペニスを咥えながら自分のを扱くとかおかしいと思うけど、俺は早く欲しくて仕方なかった。
腹の奥が切なくて、どんどん愛液が溢れてくる。
「匂いがやばいな……よく知りもしない相手とやるのは嫌だと思ってたのに……」
男の苦しげな声が響く。
それは俺だって同じだ。
よく知りもしねえ相手のペニス舐めてるとか信じらんねえ。でも今の俺はこいつのペニスが欲しくて仕方なかった。
匂いだ。
こいつの匂いが俺を惑わせるんだ。
俺の口の中で男のペニスは大きくなり先走りが舌に広がっていく。
俺はペニスから口を外し、うっとりと彼を見上げて言った。
「ねえ、ちょうだい?」
自分でも驚くほど甘く切ない声が漏れる。
男が息を飲むのが聞こえ、俺はうつ伏せになり男に向けて尻を向けた。
「すごいな……びしょ濡れ」
と呟き、男は俺の後孔に指を突っ込んだ。
「あぁ……」
指一本ですげえ気持ちいい……
でも欲しいのは指じゃない。
もっと太くて熱いものだ。
俺は尻を振り、男を振りかえり言った。
「指じゃやだぁ……」
「……ちょっと待ってて」
苦しげな声で男が言った後、衣擦れの音が響く。
そしてベッドの軋む音が聞こえたかと思うと男は俺の腰を掴みそして、
「ごめんね……」
と、苦しげな声で言い、一気に俺の身体を貫いた。
「ひっ……」
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俺は自分からも腰を振り、さらに快楽を拾おうとした。
「あ、ン……気持ちいいよぉ……奥、奥もっと突いて」
「……中きつくて気持ちいい……」
男は余裕のない声で言い、さらに奥へと腰を進める。
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「あ……ン……奥、いいよぉ……」
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男とやった。
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血の気が引く音が聞こえ、男がずるり、とペニスを俺の中から引きずり出す。
「あ……」
思わず甘い声が漏れるけどそれどころじゃない。
冷や汗が流れる中俺は男を振り返った。
裸の男は自分のペニスに手を掛け、ゴムを外している所だった。
あ……よかった。ゴム、してたんだなこいつ。
安心した俺は身体の力が一気に抜けて、ベッドに倒れこんだ。
そうだ、薬、どこにあるんだっけ……リビングの……えーと……どっかの引き出しの中だ。
後で飲まねえと。
「えーと……秋斗君……だよね」
男が申し訳なさそうな声で言う。
怠い身体を起こすと、男は服を着て俺を見下ろしていた。
いつの間にか寝室の灯りが点けられていたらしく、眩しさに俺は目を細める。
「そう、だけど」
「ごめんね。こんなことする気はなかったんだけど……」
と言い、男は顔を伏せる。
望んだのは俺だし、男を責める気はなかった。アルファは発情したオメガに逆らえないのは知っている。
そして俺はこいつのペニスを喜んで咥えたんだし、薬をもち歩いていなかったから、こうなったのは仕方ないと思う。
俺は首を横に振り、
「あんたのせいじゃないよ」
と言った。
それでも男は顔をあげない。
「強姦したみたいで嫌なんだけどね……」
と言い、男は苦笑する。
店は暗くてよくわかんなかったけど、こいつ、俺より年上っぽい。
「えーと、俺は神宮寺尊。あの店には時々行っているんだ。で、マスターから君の住所とか聞いてここに届けたんだけど……ごめんね、送るだけですぐ帰るつもりだったんだけど」
超申し訳なさそうな顔をして、神宮寺さんはまた顔を伏せてしまう。
「あんたアルファだろ? らしくないな」
すると神宮寺さんは首を横に振って言った。
「あはは、そうかもね。オメガを目の前にした事ってそんなになくって。俺、両親を早くに亡くしてて、祖父母に育てられたんだけど、そのせいかフラれてばかりだから」
両親がいないとそういうことになるのかよ。
俺には理解できない世界だった。まあ、そもそも俺、見合いしたことないけど。
「後ろ盾がないって思われちゃうみたいで、嫌がられるんだよね」
後ろ盾かあ……オメガはアルファの肩書で選ぶ傾向があるって事か。
見合いなんてそう言うもんなのかもだけど、なんかすげえリアルだな。
「ところで君は何者なんだい? オメガの匂いと……アルファの匂いがするけど」
神宮寺さんが戸惑うのは無理もねえよな。
俺はベッドに腰かけ、彼を見上げて言った。
「俺、ちょっと変わってて。アルファであってオメガなんだよ。だから毎月病院に行ってて、オメガとして発情期が来ないようなら手術しようかって言ってたところ」
でも発情期が来てしまった。そうなると俺、どうなるんだろ?
当初の願いどおりアルファとして生きるのか、オメガとして生きるのか。
俺の中に迷いが生まれている。
俺の話を聞いた男は複雑な顔をして俺を見下ろしていた。
だよなあ。
こんなこと人に話したのは初めてだから反応は想像できなかったけど……でも、どういう顔したらいいか分かんねえだろうな。
「ごめん、そういう複雑な事情、抱えてると思わなかった」
「別にいいよ。そういう性質を持って生まれたのは仕方ねえし。あんたを巻き込んでごめん。まさか発情するとか思ってなかったから」
そんな傾向は何もなかったのに、なんで発情したんだろうか。
「……ごめん、たぶん君は俺の……」
神宮寺さんは呟きそして黙ってしまう。
なんだよ、おい。
変なところで切るなよ。
神宮寺さんは複雑な顔をして俺を見つめる。
「君はきっと俺にとって運命の相手なんだよ」
運命。と言う言葉に俺の心が震える。
運命の番の話くらい、俺だって知ってる。
魂が共鳴するとか言う相手だ。
まさかそんなことあるかよ?
だから俺、こいつの匂いに反応して発情したとか?
運命のいたずらかよ。真弘さんの店でそんな相手に会うとか、あるかよそんなの。
真弘さんに、発情したら僕が番になるとか言われたばっかりなのに。
やべえ……真弘さんの顔、まともに見られないかも。
「バーのマスターは君を追いかけようとしたんだけど……あのあと別の客が来てそう言うわけにもいかなくなって俺が君を追いかけることになったんだ。マスター。苦しそうだったけど、君と彼はどういう関係なんだい?」
俺の様子を窺うように神宮寺さんは言った。
あ、これ、なんか疑ってる。それはそうだよな。
俺は首を振って言った。
「何って、従兄だよ。俺の父方の従兄。それ以上なんにもねえよ」
「そっか……」
神宮寺さんの呟きは心底安心したようなものだった。
あれかな、恋人か何かと思ったんだろうな。
真弘さん、そんなに焦っていたのかな。後で連絡しねえとな。
神宮寺さんは首を振ったあと深く頭を下げて言った。
「君の同意を得ず、こんなことしてごめんなさい」
「べつに謝る事じゃねえよ。薬を持ち歩いてなかった俺が悪いんだし、誘ったの俺だし」
っていうかあの状況でゴム買いに行ってたんだよなこの人。もし生で出されていたら俺は妊娠する可能性が高い。
それにオメガが発情した状態でアルファにうなじを噛まれたら一生そのアルファに縛られることになる。でもこの人が俺のうなじに噛み付かなかった。
その冷静さ、忍耐強さはすげえ。アルファにも抑制剤があり、それを飲めば発情するオメガを前にしても大丈夫だと聞くけど、運命の番を前にしてその平静さを保つのはよほどの事だろう。
俺だってアルファだからそれくらい理解できるつもりだ。
発情したオメガに会ったことねえけど。
「強引に関係を持つんじゃなくって、徐々にああいう関係になりたかったんだけどね」
と言い、神宮寺さんは苦しげな顔をする。
あー、この人真面目なんだな。アルファってもっとがっつくもんだけど……っていうか俺ならがっつく同じ状況に置かれたら容赦なくうなじを噛んでいただろう。
でもこの人はそうしたくなかったんだな。
おかげで俺は妊娠の危機も、番にされることもなかったわけだけど。
「今度からは薬、持ち歩くようにするよ」
言いながら俺は立ち上がり裸のままリビングへと向かう。
リビングに置いてある書類ケースの引き出しのどこかに抑制剤があるはずだ。
俺が引き出しの中から抑制剤を見つけ出した時、神宮寺さんに後ろから抱きしめられた。
この人の匂い、まじでやべえ。またやりたくなる。
俺は慌てて薬を口の中に放りこみ、そのまま飲み込んだ。
しばらくすれば効いてくるはずだ。
……果たして運命の番の前で薬がちゃんときくのかわからないけど。
「ごめん、でも、こんなお願い間違ってるとは思うんだ。でも……ねえ、お願いがあるんだ」
耳元で響く彼の苦しげな声に、俺まで苦しくなってくる。
「……なんだよ、いったい」
「俺と、付き合ってほしい」
それは俺にとってオメガとして生きてほしい、ということでもあり俺は頷くことも首を横に振ることもできなかった。
「え、あ……付き合うって……」
俺の口から出た声は震えていた。それはそうだよな。俺にはまだ、オメガとして生きる覚悟、無いんだから。
「すぐに答えを出してほしいとは言わないから。ただ俺に、そのチャンスをくれないか?」
その声は本当に苦しそうで、俺は拒絶することができなかった。
俺がオメガとして生きるのか、アルファとして生きるのか。
その答えを出すのはしばらく先になりそうだ。
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