ぼくに毛が生えた

理科準備室

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第29話 賢者のことば

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 戸を開けると、電気がついていて明るい教室の教壇にO先生が一人立っていた。
 ぼくはどきっとした。合唱部の練習も終わったこんな遅い時間に学校にいるぼくは怒られるかと思った。しかしぼくと目が合ったらO先生は何だかものすごく上きげんだった。
「先生どうしたんですか、こんな時間に」
「●●●こそ、どうしたんだ?」
「はい、帰る途中に給食袋を忘れたことに気づいて取りに戻って来ました」
 そうウソを言って、ぼくは、じぶんの机の上に置かれた給食袋を指さした。
「確かにきまりでは金曜日に持ち帰ることになっていたけど、要は月曜日に洗濯したものを持ってくればいいんだから、明日、持ち帰ってもいいのに、わざわざ取りに来たなんて、お前にしてはかんしんだな」 
 と言うと。ぼくのところにO先生は寄って、まだうんこ臭いはずのぼくのあたまをなでた。そんなに近づかれてしまうと、1階西の男子児童便所でしみついたぼくのうんこの臭いがO先生にも嗅がれそうで不安になった。
 「おまえとこうして話をするなんて珍しいな、おまえは本当に教材係でがんばってくれたのになかなか話す機会がなかったよ。」
 「はい」と消えそうな声でぼくはうなずいた。
 「ところで、●●●、シャツのすそが一部出ているぞ、前の方のチャックもすこし空いているし、うんこでもしてきたのか、ははは」
 ぼくがあわててそれを直すのを見て、O先生はまるでぼくの心の中を見透かしているように笑っていた。なんか、さっきのうんこのことがバレているみたいで、はずかしさのあまり、ぼくの顔はぽっと一瞬赤くなった。
 「そうだ、外はもう暗くなったし、今日はオレがクルマで●●●を家まで送っていこう、いいよな?」
 そういうと今度はぼくの肩をぽんぽんと叩いた。
 こういうのは昼休みにおならの臭いをかがせられたほど親密だったおきゅう部の部員なんかだったらしょっちゅうかもしれないけど、ぼくはそれまでこんなにO先生にからだを触られた記憶が、受け持たれてたこの3年間まるでなかった。しかも、よりによって1階西の男子児童便所でうんこして、からだがまだうんこ臭いのに。
 でも、それ以上に家までO先生にクルマで送ってもらうことそのものがぼくにとって内心驚きだった。
 ぼくの住んでいた穴実市は田舎なので、2~3人くらいの女の先生を除き先生はみんな自動車通勤だったけど、校舎の前の駐車場の中でO先生のクルマはひときわ豪華で、それは校長先生のクルマ以上だった。家の周りでも、商売用のトラックしかなかったぼくの家をふくめて、先生のような豪華なクルマを持っている家はなかった。それでぼくは自動車のことに興味はなかったけど、登下校時、O先生のクルマにすれ違ったときは一目でわかった。クルマに詳しいダンシに言わせれば「先生のクルマはまるでスーパ-カーみたい!」だそうだった。

 そんなクルマだったから、当時のスーパーカーブームもあって、一度は先生のクルマに乗せてもらいたいと憧れる子がダンシの中にはたくさんいた。
 たまにおきゅう部の部活で遅くなったりすると、部員の子が先生のクルマに乗せてもらえることがあるらしかった。乗せてもらうと次の日の朝は目を輝かせて「オレ、先生のクルマで家まで送ってもらったぜ!」とクラスの他のダンシに自慢するのがいつものことだった。

 しかし、どんなにおきゅう部の部員が部活で遅くなって「家まで送ってください」と頼んでも「小学生は自分の家まで歩いて帰ろ!」と叱られるのがふだんのことだったし、送ってもらえるときも「君、ちょっと来て」と呼ばれる一人だけのことだった。
 そもそも6年生になってから送ってもらったのは、この4月に学校でおなかを壊して、何度も授業中や休み時間にオンナベンジョに通うはめになったけど、それでも無理してその日の部活に参加していた部長のキヨシだけだった。どうしたらO先生に憧れのクルマで家まで送ってもらえるかについては、おきゅう部の部員の中でもそれはまったくの謎だった。
 でも、今日のO先生はどうしたわけがおきゅう部の部員でもなく、特にふだんから先生のクルマに乗ってみたいと思ってもいなかった、オンナブの合唱部のぼくをクルマで送ってくれると言い出したんだ。遅くなったといてもおきゅう部の部員のように部活というまっとうな理由でなくて、1階西の男子児童便所でのうんこというワルい理由でここまで遅くなって、まだうんこ臭いのに・・・。
 しかし、ぼくは断ることはできず「はい、お願いします」と答えた。
 「そうか。はやくしたくしろよ。それにしても●●●は手が不自由なのに3年間よく勉強をがんばったな。お前のいとこのマサオみたいに何の不自由もなく頭がよい子はテストの点数がいいのはあたりまえだ。しかしおまえは手が不自由なのにがんばってあいつらに近い成績がとれた、お前は努力したんだろう。お前のような個性的な子がいなくなるのは先生本当に残念だ。中学に行ってもがんばれよ、じゃあ行こう。」
 ぼくは今さらそういうことを言われても何の感慨も受けなかった。ぼくは給食袋をもってO先生と一緒に6年2組を出て、例のクルマに向かった。

(続く)
  
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