1 / 10
婚約破棄
しおりを挟む
「君との婚約を破棄させてもらうよ」
テラスにて、私は婚約破棄を言い渡されました。
トライブ様は、私の婚約者です。
侯爵家の次男で、その家柄に誇りを持っていらっしゃいます。
そんなトライブ様に、今の私ではふさわしくないのでしょう。
それも、仕方がありません。
私はいま、仮面をつけてトライブ様と話しています。
顔の上半分が隠れるような形の、白い仮面です。
なぜならば、私のその仮面の下には、病によって醜いコブがびっしりとできてしまっているからです。
そのコブは、吹き出物くらいの大きさのものから親指よりも大きなものまで様々なサイズで、紫色や緑色、黄色といったグロテスクな色に変色して硬くなっています。
そんなものが、仮面の隙間からいくつもいくつものぞいているのです。
ゴブリン病と呼ばれる病気です。
その病気にかかってしまうと、モンスターのゴブリンのように醜い姿になってしまうことからつけられた病名です。
ゴブリン病にかかってしまうと、まずは顔の皮膚にコブができ始めます。
そしてそのコブができる範囲が徐々に広がっていきます。
顔から始まって、首筋、頭皮、胸元や背中へと広がり、最終的には全身がコブだらけになります。
治す方法はありません。
唯一、ドラゴンの巣の中に咲いているという特殊な花を薬にすれば聞くという伝承がありますが、おとぎ話です。
ドラゴンの巣の中に入って生きて帰ってきた者など、伝説の中にしかいないのですから。
「そうですか……。わかりました」
私はトライブ様の言葉に頷きました。
そうするしかありません。
自分の顔がどれほど醜くなってしまったのか、自分が一番よくわかっていますから。
トライブ様は、心なしかほっとしたような表情をしました。
私が別れるのを嫌がったらどうしようかと思っていたのでしょう。
と、その時、横合いから私達に声がかけられました。
「あらぁ、偶然ですわねぇ」
その、女性にしても高い声の方を見ると、金髪の女性が立っていました。
ベラドンナです。
ベラドンナは、トライブ様のご友人です。
「ベラドンナ、なぜここに……」
トライブ様は驚いたように言いましたが、ベラドンナはどこ吹く風。
「なんのお話をしていたのかしら?私も混ぜてくださらない?」
そう言いながら、彼女はトライブ様のすぐ横に強引に座りました。
「おい……話が違うぞ」
トライブ様はベラドンナを睨みつけましたが、ベラドンナが動じないのを見ると、諦めたようにため息をつきました。
私とベラドンナとは、会ったことはありますが、それほど深い仲ではありませんでした。
トライブ様のご友人なので、何度かご挨拶したことがある程度です。
「お久しぶりですわね、マリー様」
ベラドンナは不自然に高い声で私の名前を呼びながら、挑発するような目つきで私を睨んできた。
そして、トライブ様に寄り添うようにして座り直す。
「お久しぶりです」
わけがわからないまま、わたしは挨拶を返した。
私が見ている前で、ベラドンナはトライブ様の腕をとって、自分の腕と絡ませた。
トライブ様が困ったように言う。
「お前は、外で待っているはずだっただろう」
しかし、トライブ様はベラドンナの腕を解こうとはしなかった。
私は嫌な予感がした。
「構わないでしょう。どうせ、遅かれ早かれ同じことよ」
「まあそうだが……」
トライブ様がやれやれといったように肩をすくめる。
そして私に向き直った。
「マリー。見てわかる通りだ」
見てわかる通り?どういうこと?
私が戸惑っていると、トライブ様は続けた。
「僕はベラドンナと婚約することにした。君との婚約はたった今破棄されたから、問題はないはずだな?」
当然だというように、トライブ様は言う。
衝撃のあまり、私はすぐにはその言葉が受け入れられなかった。
手が震えるのがわかる。
まさか。
こちらを挑発するようにニヤニヤと笑うベラドンナの顔。
まさか、そんな……。
ああ、……でも確かにそのとおりだわ。
私はもうトライブ様の婚約者ではないのだし、トライブ様が新しい恋人を見つけたとしても、とやかく言うことはできない。
それに、こんな醜い顔になってしまったのだもの。
こんな顔の女、さっさと捨てて新しい恋人を見つけるのが当然なんだわ。
トライブ様は、新しい道を歩もうとしていらっしゃるんだわ。
仕方がない。仕方がないことなのよ。
私は胸の中でそう繰り返し、自分を納得させようとした。
しかし私の表情は悲しみと絶望に歪み、体は震えていた。
ああ、仮面があってよかった。
こんな顔、トライブ様に見せることはできない。
私は震える声で、どうにか言葉を絞り出した。
「……はい、わかりました」
テラスにて、私は婚約破棄を言い渡されました。
トライブ様は、私の婚約者です。
侯爵家の次男で、その家柄に誇りを持っていらっしゃいます。
そんなトライブ様に、今の私ではふさわしくないのでしょう。
それも、仕方がありません。
私はいま、仮面をつけてトライブ様と話しています。
顔の上半分が隠れるような形の、白い仮面です。
なぜならば、私のその仮面の下には、病によって醜いコブがびっしりとできてしまっているからです。
そのコブは、吹き出物くらいの大きさのものから親指よりも大きなものまで様々なサイズで、紫色や緑色、黄色といったグロテスクな色に変色して硬くなっています。
そんなものが、仮面の隙間からいくつもいくつものぞいているのです。
ゴブリン病と呼ばれる病気です。
その病気にかかってしまうと、モンスターのゴブリンのように醜い姿になってしまうことからつけられた病名です。
ゴブリン病にかかってしまうと、まずは顔の皮膚にコブができ始めます。
そしてそのコブができる範囲が徐々に広がっていきます。
顔から始まって、首筋、頭皮、胸元や背中へと広がり、最終的には全身がコブだらけになります。
治す方法はありません。
唯一、ドラゴンの巣の中に咲いているという特殊な花を薬にすれば聞くという伝承がありますが、おとぎ話です。
ドラゴンの巣の中に入って生きて帰ってきた者など、伝説の中にしかいないのですから。
「そうですか……。わかりました」
私はトライブ様の言葉に頷きました。
そうするしかありません。
自分の顔がどれほど醜くなってしまったのか、自分が一番よくわかっていますから。
トライブ様は、心なしかほっとしたような表情をしました。
私が別れるのを嫌がったらどうしようかと思っていたのでしょう。
と、その時、横合いから私達に声がかけられました。
「あらぁ、偶然ですわねぇ」
その、女性にしても高い声の方を見ると、金髪の女性が立っていました。
ベラドンナです。
ベラドンナは、トライブ様のご友人です。
「ベラドンナ、なぜここに……」
トライブ様は驚いたように言いましたが、ベラドンナはどこ吹く風。
「なんのお話をしていたのかしら?私も混ぜてくださらない?」
そう言いながら、彼女はトライブ様のすぐ横に強引に座りました。
「おい……話が違うぞ」
トライブ様はベラドンナを睨みつけましたが、ベラドンナが動じないのを見ると、諦めたようにため息をつきました。
私とベラドンナとは、会ったことはありますが、それほど深い仲ではありませんでした。
トライブ様のご友人なので、何度かご挨拶したことがある程度です。
「お久しぶりですわね、マリー様」
ベラドンナは不自然に高い声で私の名前を呼びながら、挑発するような目つきで私を睨んできた。
そして、トライブ様に寄り添うようにして座り直す。
「お久しぶりです」
わけがわからないまま、わたしは挨拶を返した。
私が見ている前で、ベラドンナはトライブ様の腕をとって、自分の腕と絡ませた。
トライブ様が困ったように言う。
「お前は、外で待っているはずだっただろう」
しかし、トライブ様はベラドンナの腕を解こうとはしなかった。
私は嫌な予感がした。
「構わないでしょう。どうせ、遅かれ早かれ同じことよ」
「まあそうだが……」
トライブ様がやれやれといったように肩をすくめる。
そして私に向き直った。
「マリー。見てわかる通りだ」
見てわかる通り?どういうこと?
私が戸惑っていると、トライブ様は続けた。
「僕はベラドンナと婚約することにした。君との婚約はたった今破棄されたから、問題はないはずだな?」
当然だというように、トライブ様は言う。
衝撃のあまり、私はすぐにはその言葉が受け入れられなかった。
手が震えるのがわかる。
まさか。
こちらを挑発するようにニヤニヤと笑うベラドンナの顔。
まさか、そんな……。
ああ、……でも確かにそのとおりだわ。
私はもうトライブ様の婚約者ではないのだし、トライブ様が新しい恋人を見つけたとしても、とやかく言うことはできない。
それに、こんな醜い顔になってしまったのだもの。
こんな顔の女、さっさと捨てて新しい恋人を見つけるのが当然なんだわ。
トライブ様は、新しい道を歩もうとしていらっしゃるんだわ。
仕方がない。仕方がないことなのよ。
私は胸の中でそう繰り返し、自分を納得させようとした。
しかし私の表情は悲しみと絶望に歪み、体は震えていた。
ああ、仮面があってよかった。
こんな顔、トライブ様に見せることはできない。
私は震える声で、どうにか言葉を絞り出した。
「……はい、わかりました」
10
お気に入りに追加
233
あなたにおすすめの小説
婚約破棄するんだったら、その代わりに復讐してもいいですか?
tartan321
恋愛
ちょっとした腹いせに、復讐しちゃおうかな?
「パミーナ!君との婚約を破棄する!」
あなたに捧げた愛と時間とお金……ああっ、もう許せない!私、あなたに復讐したいです!あなたの秘密、結構知っているんですよ?ばらしたら、国が崩壊しちゃうかな?
隣国に行ったら、そこには新たな婚約者の姫様がいた。さあ、次はどうしようか?
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
王太子に婚約破棄され塔に幽閉されてしまい、守護神に祈れません。このままでは国が滅んでしまいます。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
リドス公爵家の長女ダイアナは、ラステ王国の守護神に選ばれた聖女だった。
守護神との契約で、穢れない乙女が毎日祈りを行うことになっていた。
だがダイアナの婚約者チャールズ王太子は守護神を蔑ろにして、ダイアナに婚前交渉を迫り平手打ちを喰らった。
それを逆恨みしたチャールズ王太子は、ダイアナの妹で愛人のカミラと謀り、ダイアナが守護神との契約を蔑ろにして、リドス公爵家で入りの庭師と不義密通したと罪を捏造し、何の罪もない庭師を殺害して反論を封じたうえで、ダイアナを塔に幽閉してしまった。
魔法が使えなかった令嬢は、婚約破棄によって魔法が使えるようになりました
天宮有
恋愛
魔力のある人は15歳になって魔法学園に入学し、16歳までに魔法が使えるようになるらしい。
伯爵令嬢の私ルーナは魔力を期待されて、侯爵令息ラドンは私を婚約者にする。
私は16歳になっても魔法が使えず、ラドンに婚約破棄言い渡されてしまう。
その後――ラドンの婚約破棄した後の行動による怒りによって、私は魔法が使えるようになっていた。
愚者(バカ)は不要ですから、お好きになさって?
海野真珠
恋愛
「ついにアレは捨てられたか」嘲笑を隠さない言葉は、一体誰が発したのか。
「救いようがないな」救う気もないが、と漏れた本音。
「早く消えればよろしいのですわ」コレでやっと解放されるのですもの。
「女神の承認が下りたか」白銀に輝く光が降り注ぐ。
【完結】毒殺疑惑で断罪されるのはゴメンですが婚約破棄は即決でOKです
早奈恵
恋愛
ざまぁも有ります。
クラウン王太子から突然婚約破棄を言い渡されたグレイシア侯爵令嬢。
理由は殿下の恋人ルーザリアに『チャボット毒殺事件』の濡れ衣を着せたという身に覚えの無いこと。
詳細を聞くうちに重大な勘違いを発見し、幼なじみの公爵令息ヴィクターを味方として召喚。
二人で冤罪を晴らし婚約破棄の取り消しを阻止して自由を手に入れようとするお話。
【短編完結】記憶なしで婚約破棄、常識的にざまあです。だってそれまずいって
鏑木 うりこ
恋愛
お慕いしておりましたのにーーー
残った記憶は強烈な悲しみだけだったけれど、私が目を開けると婚約破棄の真っ最中?!
待って待って何にも分からない!目の前の人の顔も名前も、私の腕をつかみ上げている人のことも!
うわーーうわーーどうしたらいいんだ!
メンタルつよつよ女子がふわ~り、さっくりかる~い感じの婚約破棄でざまぁしてしまった。でもメンタルつよつよなので、ザクザク切り捨てて行きます!
公爵子息に気に入られて貴族令嬢になったけど姑の嫌がらせで婚約破棄されました。傷心の私を癒してくれるのは幼馴染だけです
エルトリア
恋愛
「アルフレッド・リヒテンブルグと、リーリエ・バンクシーとの婚約は、只今をもって破棄致します」
塗装看板屋バンクシー・ペイントサービスを営むリーリエは、人命救助をきっかけに出会った公爵子息アルフレッドから求婚される。
平民と貴族という身分差に戸惑いながらも、アルフレッドに惹かれていくリーリエ。
だが、それを快く思わない公爵夫人は、リーリエに対して冷酷な態度を取る。さらには、許嫁を名乗る娘が現れて――。
お披露目を兼ねた舞踏会で、婚約破棄を言い渡されたリーリエが、失意から再び立ち上がる物語。
著者:藤本透
原案:エルトリア
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる