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舞踏会にて 2
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テラスに着く。
私と王子は椅子に座ったが、とてもくつろぐことはできそうになかった。
ホールの中から、こちらを窺う人々が生垣のように並んでいるのだ。
ざわざわと声が聞こえて、とても落ち着けない。
やがてその人垣が崩れて、人々がテラスへと押し出されてきた。
派手に着飾った姫たちが、キャーキャーと騒ぎながら、互いに押し合っている。
その中で、ひときわ目立つ一人の姫が、こちらに近づいてきた。
他の女の子達が、遠慮しあってお互いを前へ押し合っているのに、彼女だけは自分が前に出ようと、最後尾から女の子達を押しのけてきたのだ。
そのやり方も、かなりひどいものだった。
跡がつくようにつけ爪で引っかき、化粧や髪型が崩れるような掴み方をして、挙げ句の果てにはドレスの襟を引っ張って誰かの胸元を開いたりしていた。
そうしてヒロエ王子と私の前にたどり着いたその女性は、肩で息をしながらも優雅そうに見える仕草で礼をしてみせた。
よく見るとその礼はまったくマナーに適うものではなかったが、彼女は完璧だと思っているようで、ドヤ顔で顔を上げる。
メイクが非常に濃く、しかも似合っていなかった。
自分の自信のなさを化粧で塗り潰そうとした結果のような顔面だった。
その目は、ハッキリとヒロエ王子のみを映していた。私などいないものとして認識している。
「ヒロエ王子!」
王子はやれやれ、といった様子で立ち上がる。
「お慕い申し上げておりますわ!どうか……」
「はいはい、ありがとう」
最後まで言わせず、王子は彼女の両肩に手を添えると、くるりと反転させ、人垣の中に押し込めてしまった。
「えっ、……あっ、その……」
彼女は王子の手が肩に置かれた事に頬を染め、しどろもどろになっているうちに、人垣の中に飲み込まれてしまった。
「さて」
王子は、今度はテラスに群がっている数多の女性達に向かって言った。
「お嬢さん達。すまないが、しばらくの間、静かにしていてくれないか。僕達にはもう少しの休憩が必要なようだからね」
そうして、とっておきの笑顔でウインクをしてみせる。
女性達は、まるで魔法にかかったかのようにボーっとして、ふらふらとパーティー会場へと散っていった。
王子は私の方に振り向き、
「やれやれ」
と肩をすくめてみせた。
私も微笑み返す。
「あ、あの」
その時、王子の背後、パーティー会場の側から、おずおずと女性の声がかけられた。
驚いて王子はそちらを向く。
それは、水を取りに行かせた派手な女でも、人垣を押し退けてきた強引な女でもない。
そこには、大人しそうな一人の女性が立っていた。
「ミレア姫……」
王子が言う。
もちろん、私もこの女性のことはよく知っている。
この国の宰相を代々輩出している大公家の長女で、たとえ王といえども無下にはできない身分の貴族だ。
宮廷で最も偉い貴族の姫と言っても過言ではない。
さすがに私も椅子に座っているわけにはいかず、立って正式な礼をとった。
ミレア姫はそんな高貴な身分にもかかわらず、引っ込み思案な性格であることが知られている。
姫は目を伏せ、まるで怯えるように震えながら、意を決した様子で王子の前に進み出た。
「ヒロエ王子……」
小さな唇で、王子の名をつぶやく。
そして、
「ど、どうか、これをお受け取りください!」
と言い、一つの封書を王子の前に突き出した。
「姫……」
王子が驚く。
目の前に差し出された手紙と、ミレア姫の表情を代わる代わる見て、唐突に尋ねた。
「姫。一つだけ、念のためにうかがいますが、この手紙の中には、政治的な内容のものが含まれていますか?」
姫はうつむいたまま、頭を左右に振った。
それはつまり、この手紙が姫の想いを綴ったラブレターであることを示していた。
「そうですか……」
王子は言った。
そしてものすごく丁寧な動作で、ミレア姫の手紙をゆっくりと押し戻した。
「姫。申し訳ありません。僕は、あなたの思いに応えることはできない。この手紙を受け取ることはできません」
「王子……」
ミレア姫は王子を見つめ、何か言おうとした。それにかぶせるように、ヒロエ王子が言う。
「僕には、もうすでに、想い人がいるのです」
ミレア姫はびくりとして、私の方を見た。
そして再び王子を見つめ返すと、真っ赤な目に涙を浮かべて、
「わ……わかりました」
と、震える声で言った。
そして礼をすると、押し戻された手紙を持ったまま走り去って行った。
最後に微笑んで見せたのは、おとなしい彼女なりのプライドだったのかもしれなかった。
私と王子は椅子に座ったが、とてもくつろぐことはできそうになかった。
ホールの中から、こちらを窺う人々が生垣のように並んでいるのだ。
ざわざわと声が聞こえて、とても落ち着けない。
やがてその人垣が崩れて、人々がテラスへと押し出されてきた。
派手に着飾った姫たちが、キャーキャーと騒ぎながら、互いに押し合っている。
その中で、ひときわ目立つ一人の姫が、こちらに近づいてきた。
他の女の子達が、遠慮しあってお互いを前へ押し合っているのに、彼女だけは自分が前に出ようと、最後尾から女の子達を押しのけてきたのだ。
そのやり方も、かなりひどいものだった。
跡がつくようにつけ爪で引っかき、化粧や髪型が崩れるような掴み方をして、挙げ句の果てにはドレスの襟を引っ張って誰かの胸元を開いたりしていた。
そうしてヒロエ王子と私の前にたどり着いたその女性は、肩で息をしながらも優雅そうに見える仕草で礼をしてみせた。
よく見るとその礼はまったくマナーに適うものではなかったが、彼女は完璧だと思っているようで、ドヤ顔で顔を上げる。
メイクが非常に濃く、しかも似合っていなかった。
自分の自信のなさを化粧で塗り潰そうとした結果のような顔面だった。
その目は、ハッキリとヒロエ王子のみを映していた。私などいないものとして認識している。
「ヒロエ王子!」
王子はやれやれ、といった様子で立ち上がる。
「お慕い申し上げておりますわ!どうか……」
「はいはい、ありがとう」
最後まで言わせず、王子は彼女の両肩に手を添えると、くるりと反転させ、人垣の中に押し込めてしまった。
「えっ、……あっ、その……」
彼女は王子の手が肩に置かれた事に頬を染め、しどろもどろになっているうちに、人垣の中に飲み込まれてしまった。
「さて」
王子は、今度はテラスに群がっている数多の女性達に向かって言った。
「お嬢さん達。すまないが、しばらくの間、静かにしていてくれないか。僕達にはもう少しの休憩が必要なようだからね」
そうして、とっておきの笑顔でウインクをしてみせる。
女性達は、まるで魔法にかかったかのようにボーっとして、ふらふらとパーティー会場へと散っていった。
王子は私の方に振り向き、
「やれやれ」
と肩をすくめてみせた。
私も微笑み返す。
「あ、あの」
その時、王子の背後、パーティー会場の側から、おずおずと女性の声がかけられた。
驚いて王子はそちらを向く。
それは、水を取りに行かせた派手な女でも、人垣を押し退けてきた強引な女でもない。
そこには、大人しそうな一人の女性が立っていた。
「ミレア姫……」
王子が言う。
もちろん、私もこの女性のことはよく知っている。
この国の宰相を代々輩出している大公家の長女で、たとえ王といえども無下にはできない身分の貴族だ。
宮廷で最も偉い貴族の姫と言っても過言ではない。
さすがに私も椅子に座っているわけにはいかず、立って正式な礼をとった。
ミレア姫はそんな高貴な身分にもかかわらず、引っ込み思案な性格であることが知られている。
姫は目を伏せ、まるで怯えるように震えながら、意を決した様子で王子の前に進み出た。
「ヒロエ王子……」
小さな唇で、王子の名をつぶやく。
そして、
「ど、どうか、これをお受け取りください!」
と言い、一つの封書を王子の前に突き出した。
「姫……」
王子が驚く。
目の前に差し出された手紙と、ミレア姫の表情を代わる代わる見て、唐突に尋ねた。
「姫。一つだけ、念のためにうかがいますが、この手紙の中には、政治的な内容のものが含まれていますか?」
姫はうつむいたまま、頭を左右に振った。
それはつまり、この手紙が姫の想いを綴ったラブレターであることを示していた。
「そうですか……」
王子は言った。
そしてものすごく丁寧な動作で、ミレア姫の手紙をゆっくりと押し戻した。
「姫。申し訳ありません。僕は、あなたの思いに応えることはできない。この手紙を受け取ることはできません」
「王子……」
ミレア姫は王子を見つめ、何か言おうとした。それにかぶせるように、ヒロエ王子が言う。
「僕には、もうすでに、想い人がいるのです」
ミレア姫はびくりとして、私の方を見た。
そして再び王子を見つめ返すと、真っ赤な目に涙を浮かべて、
「わ……わかりました」
と、震える声で言った。
そして礼をすると、押し戻された手紙を持ったまま走り去って行った。
最後に微笑んで見せたのは、おとなしい彼女なりのプライドだったのかもしれなかった。
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