上 下
4 / 10

舞踏会にて 2

しおりを挟む
テラスに着く。

私と王子は椅子に座ったが、とてもくつろぐことはできそうになかった。

ホールの中から、こちらを窺う人々が生垣のように並んでいるのだ。

ざわざわと声が聞こえて、とても落ち着けない。

やがてその人垣が崩れて、人々がテラスへと押し出されてきた。

派手に着飾った姫たちが、キャーキャーと騒ぎながら、互いに押し合っている。

その中で、ひときわ目立つ一人の姫が、こちらに近づいてきた。

他の女の子達が、遠慮しあってお互いを前へ押し合っているのに、彼女だけは自分が前に出ようと、最後尾から女の子達を押しのけてきたのだ。

そのやり方も、かなりひどいものだった。
跡がつくようにつけ爪で引っかき、化粧や髪型が崩れるような掴み方をして、挙げ句の果てにはドレスの襟を引っ張って誰かの胸元を開いたりしていた。

そうしてヒロエ王子と私の前にたどり着いたその女性は、肩で息をしながらも優雅そうに見える仕草で礼をしてみせた。
よく見るとその礼はまったくマナーに適うものではなかったが、彼女は完璧だと思っているようで、ドヤ顔で顔を上げる。

メイクが非常に濃く、しかも似合っていなかった。
自分の自信のなさを化粧で塗り潰そうとした結果のような顔面だった。

その目は、ハッキリとヒロエ王子のみを映していた。私などいないものとして認識している。

「ヒロエ王子!」

王子はやれやれ、といった様子で立ち上がる。

「お慕い申し上げておりますわ!どうか……」

「はいはい、ありがとう」

最後まで言わせず、王子は彼女の両肩に手を添えると、くるりと反転させ、人垣の中に押し込めてしまった。

「えっ、……あっ、その……」

彼女は王子の手が肩に置かれた事に頬を染め、しどろもどろになっているうちに、人垣の中に飲み込まれてしまった。

「さて」

王子は、今度はテラスに群がっている数多の女性達に向かって言った。

「お嬢さん達。すまないが、しばらくの間、静かにしていてくれないか。僕達にはもう少しの休憩が必要なようだからね」

そうして、とっておきの笑顔でウインクをしてみせる。

女性達は、まるで魔法にかかったかのようにボーっとして、ふらふらとパーティー会場へと散っていった。

王子は私の方に振り向き、

「やれやれ」

と肩をすくめてみせた。

私も微笑み返す。

「あ、あの」

その時、王子の背後、パーティー会場の側から、おずおずと女性の声がかけられた。

驚いて王子はそちらを向く。

それは、水を取りに行かせた派手な女でも、人垣を押し退けてきた強引な女でもない。
そこには、大人しそうな一人の女性が立っていた。

「ミレア姫……」

王子が言う。

もちろん、私もこの女性のことはよく知っている。

この国の宰相を代々輩出している大公家の長女で、たとえ王といえども無下にはできない身分の貴族だ。
宮廷で最も偉い貴族の姫と言っても過言ではない。

さすがに私も椅子に座っているわけにはいかず、立って正式な礼をとった。

ミレア姫はそんな高貴な身分にもかかわらず、引っ込み思案な性格であることが知られている。

姫は目を伏せ、まるで怯えるように震えながら、意を決した様子で王子の前に進み出た。

「ヒロエ王子……」

小さな唇で、王子の名をつぶやく。

そして、

「ど、どうか、これをお受け取りください!」

と言い、一つの封書を王子の前に突き出した。

「姫……」

王子が驚く。

目の前に差し出された手紙と、ミレア姫の表情を代わる代わる見て、唐突に尋ねた。

「姫。一つだけ、念のためにうかがいますが、この手紙の中には、政治的な内容のものが含まれていますか?」

姫はうつむいたまま、頭を左右に振った。
それはつまり、この手紙が姫の想いを綴ったラブレターであることを示していた。

「そうですか……」

王子は言った。

そしてものすごく丁寧な動作で、ミレア姫の手紙をゆっくりと押し戻した。

「姫。申し訳ありません。僕は、あなたの思いに応えることはできない。この手紙を受け取ることはできません」

「王子……」

ミレア姫は王子を見つめ、何か言おうとした。それにかぶせるように、ヒロエ王子が言う。

「僕には、もうすでに、想い人がいるのです」

ミレア姫はびくりとして、私の方を見た。

そして再び王子を見つめ返すと、真っ赤な目に涙を浮かべて、

「わ……わかりました」

と、震える声で言った。

そして礼をすると、押し戻された手紙を持ったまま走り去って行った。

最後に微笑んで見せたのは、おとなしい彼女なりのプライドだったのかもしれなかった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい

みゅー
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生していたルビーは、このままだとずっと好きだった王太子殿下に自分が捨てられ、乙女ゲームの主人公に“ざまぁ”されることに気づき、深い悲しみに襲われながらもなんとかそれを乗り越えようとするお話。 切ない話が書きたくて書きました。 転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈りますのスピンオフです。

気がついたら自分は悪役令嬢だったのにヒロインざまぁしちゃいました

みゅー
恋愛
『転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります』のスピンオフです。 前世から好きだった乙女ゲームに転生したガーネットは、最推しの脇役キャラに猛アタックしていた。が、実はその最推しが隠しキャラだとヒロインから言われ、しかも自分が最推しに嫌われていて、いつの間にか悪役令嬢の立場にあることに気づく……そんなお話です。 同シリーズで『悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい』もあります。

転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります

みゅー
恋愛
 私このシーンや会話の内容を知っている。でも何故? と、思い出そうとするが目眩がし気分が悪くなってしまった、そして前世で読んだ小説の世界に転生したと気づく主人公のサファイア。ところが最推しの公爵令息には最愛の女性がいて、自分とは結ばれないと知り……  それでも主人公は健気には推しの幸せを願う。そんな切ない話を書きたくて書きました。 ハッピーエンドです。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

悪役令嬢より取り巻き令嬢の方が問題あると思います

恋愛
両親と死別し、孤児院暮らしの平民だったシャーリーはクリフォード男爵家の養女として引き取られた。丁度その頃市井では男爵家など貴族に引き取られた少女が王子や公爵令息など、高貴な身分の男性と恋に落ちて幸せになる小説が流行っていた。シャーリーは自分もそうなるのではないかとつい夢見てしまう。しかし、夜会でコンプトン侯爵令嬢ベアトリスと出会う。シャーリーはベアトリスにマナーや所作など色々と注意されてしまう。シャーリーは彼女を小説に出て来る悪役令嬢みたいだと思った。しかし、それが違うということにシャーリーはすぐに気付く。ベアトリスはシャーリーが嘲笑の的にならないようマナーや所作を教えてくれていたのだ。 (あれ? ベアトリス様って実はもしかして良い人?) シャーリーはそう思い、ベアトリスと交流を深めることにしてみた。 しかしそんな中、シャーリーはあるベアトリスの取り巻きであるチェスター伯爵令嬢カレンからネチネチと嫌味を言われるようになる。カレンは平民だったシャーリーを気に入らないらしい。更に、他の令嬢への嫌がらせの罪をベアトリスに着せて彼女を社交界から追放しようともしていた。彼女はベアトリスも気に入らないらしい。それに気付いたシャーリーは怒り狂う。 「私に色々良くしてくださったベアトリス様に冤罪をかけようとするなんて許せない!」 シャーリーは仲良くなったテヴァルー子爵令息ヴィンセント、ベアトリスの婚約者であるモールバラ公爵令息アイザック、ベアトリスの弟であるキースと共に、ベアトリスを救う計画を立て始めた。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 ジャンルは恋愛メインではありませんが、アルファポリスでは当てはまるジャンルが恋愛しかありませんでした。

決めたのはあなたでしょう?

みおな
恋愛
 ずっと好きだった人がいた。 だけど、その人は私の気持ちに応えてくれなかった。  どれだけ求めても手に入らないなら、とやっと全てを捨てる決心がつきました。  なのに、今さら好きなのは私だと? 捨てたのはあなたでしょう。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

処理中です...