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第十三話 後輩の戸惑
しおりを挟む手をあげると、鏡の中にいる素敵な女性も手をあげる。
間違いなく、ぼくだ。変身なんて物ではない。別人だ。
「あら、時間通りね。さすがは、アスカちゃん」
え?先輩が戻ってきた?
早く、元に戻らないと・・・。でも、服はない。化粧も落とせない。どうしよう。
あたふたしていたら、私をこんなにした、3人は消えていた。
どうしよう。先輩が、ぼくだと気が付かなかったら、泣いてしまう。嫌われたら、どうしよう・・・。
「隆司。入るぞ」
え?
カーテンが開けられる。
明日翔さんだ!
髪の毛を整えている。服装も、変わっている。
「彩。隆司と美穂は?アイツら・・・」
「え?」
「ん?彩。どうした?アイツらに何か、されたのか?」
「ううん。違う。ぼく・・・」
「ん?素敵な女性が泣くな。せっかくの化粧が・・・。それに、彩に似合っているぞ。靴を俺に買いに行かせて・・・。アイツら!」
「え?靴?」
「隆司から、指示があって、靴を受け取りに行ってきた」
「え?明日翔さん。ぼくの、足のサイズ・・・」
「ん?彩?隆司から、彩のスニーカーを預かって、スニーカーを見せれば、歩き方やサイズが解るから、”調整をしてから持ってきてくれ”と、頼まれたぞ?聞いていないのか?」
聞いていない。
確かに、この服装にはスニーカーは合わない。それくらいは、ぼくでも解る。
こんなに、変わったのに、明日翔さんはぼくだと気が付いてくれた?なんで?
「明日翔さん。ぼく・・・。こんなに、変わって、嫌いに・・・」
「彩。可愛くなっても、綺麗になっても、彩は彩だ。俺には、それで十分だ」
「え?だって、ぼくでも」
「ん?すごく綺麗になっているけど、彩は変わっていない。俺が好きな彩だ」
「えへ・・・」
ダメ。涙が出てくる。
でも、うれし涙だから、いいよね。
「んもう。ほら、アスカちゃん。姫君を連れて行って、エリザベスが調整した物もできているわよ。靴も最終調整してもらって」
「わかった。美穂にも言ったけど、後でしっかりと請求しろよ」
「はい。はい。解っているわよ。今日は、もう閉店なの。水曜日に、連絡するわね」
「わかった。いいか、余計なことをするなよ!」
明日翔さんが、持っていた袋から、赤いヒールがある靴を取り出す。ヒールがある靴なんて初めてだ。ぼくに似合うか解らないけど、明日翔さんが持ってきてくれた靴だ。履いてみると、しっくりくる。ヒールも気にならない。5cmくらい?身長が伸びた。目線が違うのが、すこしだけ嬉しい。新鮮な気分だ。
「やっぱり、彩ちゃんには、ヒールがすこしだけ合ったほうが、アスカとの釣り合いが取れるし、似合うわね。色違いも注文しているから、後で送るわね」
「わかった」
「ほら、姫を待たせない」
「わかった。隆司。助かった。美穂たちにも、伝えてくれ」
「そうね。伝えておくわ。またね。彩ちゃん。今度は、女子会をしましょう」
「はい。キャサリンさん。ありがとうございます」
明日翔さんが、キャサリンさんと言い合いをしているけど、不思議と気にならない。
お二人のやり取りをみていて、わかった。ぼくのことで、キャサリンさんが、明日翔さんをからかっているから、ぼくが嫉妬するのはおかしいのだ。だから、ぼくは気にならなくなった。それに・・・。ううん。
「彩」
「はい!」
差し出された手を握る。
些細なことだけど、すごく嬉しい。
一つ下の階にある靴屋さんに連れていかれた。美穂さんが待っていた。どうやら、ここの店長とも付き合いがあるようだ。明日翔さんは知らない人らしい。靴も下着と同じか、それ以上に大事だと説教をうけることになった。
サイズが大きく間違っていなければいいと思っていた。子供のときからの癖で、ちょうどいいサイズよりもワンサイズほど、大きい物を選んでしまう。長く履く為だ。店長さんにすごく怒られた。靴が可哀そうだと言われてしまった。
足のサイズをしっかりと測って、仕事用の靴とパーティー用の靴と、デート用の靴と・・・。デート用は3種類も合わせられた。
ぼくには、もったいないと思ったが、美穂さんが、ここの支払いはもう貰っているから、返さないように言われた。靴の値段をみたら、びっくりした。ぼくの一か月の食費よりも高い物ばかりだ。明日翔さんの顔をみたら、苦笑している。呆れているの?
店では、美穂さんがすこしだけ強引に決めて、今から履いていく靴だけを選んで、”さっさと店を出ていけ”と言われてしまった。
「あの・・・。明日翔さん」
「あぁ。悪いな。あいつら・・・。”婚約祝い”の一点張りで・・・。な」
「婚約祝い?」
「嫌なら・・・」
勢いよく頭を横に振ってしまった。
明日翔さんの婚約者と呼ばれて嫌なわけじゃない。すごく、すごく、すごく、嬉しい。
「そうか、それならよかった。彩。あいつらの気持ちだ。貰ってくれるか?」
「うん」
ダメだ。また嬉しくて、涙が出てきそうだ。
顔を上げて、笑顔を明日翔さんに見せたい。ぼくが、喜んでいるのだと知ってもらいたい。
明日翔さんは、ぼくの顔をみて、頭をかるくなでてくれる。
明日翔さんの腕に捕まるように歩く、自然と背中が伸びてくる。美穂さんが言っていた通りだ。しっかりした下着で、しっかりした靴を履いていると背筋が伸びる。
車で移動した。
ぼくでも、知っているホテルだ。車を停めた。ぼくが戸惑っていると・・・。
「彩」
明日翔さんが、助手席側まで来てくれて、手を差し出してくれる。
手を握って車から降りる。そのまま、エレベータで上層階に向かった。そこは、ぼくが居ていいような場所ではない。沢山の着飾った人たちが居る。場違いなぼくを見て笑っているのだろう。
でも、笑い声どころか、視線も感じない。
明日翔さんは、ぼくの手を握ってくれている。前を歩いているご夫婦は腕を組んでいる。そうか、この場では手を握るよりも、腕を組んだ方が自然なのだ。ぼくは、手を離して、腕を絡める。明日翔さんが嬉しそうな表情をするので、間違いではない。
そのまま、高級そうなレストラン?に、入っていく、ぼくも入って大丈夫?こういう店では、場違いな者がくると、ボーイに止められるらしい。
ボーイの前を通過するときに、緊張してしまった。
明日翔さんが、偉そうなボーイさんに何か伝えたら、そのボーイさんが、違う若いボーイさんを呼んだ。
ぼくたちを案内してくれるようだ。
皆が食事をしている横を通過する。
ボーイさんが、扉を開けてくれる。え?ここ?個室だよ?窓に向かって、三角形のテーブルが置いてある。外が見えるようになっているの?
明日翔さんに連れられて、部屋に入ると、ボーイが椅子をひいている。
え?ぼく?
「彩。上着を脱いで」
「はい」
上着を脱いで、手に持つと、ボーイさんがハンガーを持ってきてくれた。そうか、しわにならないように・・・。ぼくがハンガーを受け取ろうとしたら、ボーイさんが手を差し出す。ん?あっそうか、上着を渡す。正解だったようだ。上着を渡す。明日翔さんを見ると、別のボーイに上着を渡している。最初に居たボーイさんとは違う人だ。椅子に腰掛けていいようだ。
ボーイさんがひいてくれた椅子に腰掛ける。よかった。正解だ。
「始めて、よろしいですか?」
「お願いします」
何が始まるの?
「彩。ごめんな。緊張した?」
「うん」
「最初は、このホテルの違う場所で食事をしようと思っていたのだけど、あいつら・・・。この個室を予約しやがって・・・」
「え?キャサリンさんたち?」
「それ以外に、こんな悪ふざけをする奴らはいない」
「え?」
「まぁ・・・。悪ふざけには違いないけど、せっかくだから、ごちそうになろう。どんなコネを使ったのか、この個室は予約がなかなか取れないからな。今日、いきなり取れるような場所じゃない」
「え?」
そうだろう。場違いな感じがしているけど、個室だから気にならない。それに、ぼくも・・・。女の子だ。好きな人と、こんな素敵な場所で食事ができたら・・・。マンガや小説の中だけの話と思っていた。でも、実際に、好きな人と、こんな綺麗な恰好で、こんな素敵な場所で・・・。
「彩。お酒は飲める?」
「はい。すこしだけですが・・・。飲めます」
「それならよかった」
会話が途切れたタイミングでノックが入って、ボーイさんがカートを押して入ってきた。
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