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従者へのからかいは計画的にご利用ください
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「で、これからどうします?」
美味しい紅茶のお代わりと可愛らしく甘いケーキ、それから麗しい薔薇でひとしきり現実逃避した後、ツェーンはやっと本題に入った。
「伯爵家の、というかラチア様の財力的にはこのままずっとのんびり暮らしても問題ないんですが…飽きるでしょう?」
「そうね。…じゃあ出発前に言った薔薇を使ったものでも作ってみない?ほら、ここってこれといった特産品がないでしょ?だからこれを機に私たちの手で特産品を作ってみたいの!」
そう、ライヴィス領には特産品がない。
人間の手が加えられていない自然と、綺麗に整備された慎ましやかな街並みが有名なのだが…それだけである。
人間に例えると「あ~、あいつスゲーいい奴なんだけど…なんかパッとしねえんだよな~」という感じなのだ。
「それは名案っすね。ラチア様、具体的な案はありますか?」
「…………薔薇的な何か?」
「あ、全く考えてないんですね。わかりました。」
いや、パパラチアも必死に頭を回転させたのだ。しかし特産物の話も「何となく」考えたものだからイメージが湧かないという事態に陥ってしまった。
「そうですね…薔薇を使うとなるとお菓子にアロマオイル、バスボムあたりですかね?見た目も香りも華やかですし、お菓子に薔薇ジャムを入れれば可愛らしいピンク色になると…って何ですかその顔は。」
「いや、ただ…」
「ただ?」
「ツェーンが夢見る乙女に見えてしまって…」
「はっ倒しますよ。」
そう言われても見えるものは仕方ない。パパラチアの目にはツェーンは綺麗なふわふわした髪の毛にキラキラした笑顔をする幼女…間違えた少女に見えるのだから。まあこれに関しては彼の女子力が高いので仕方がない。
「ツェーンちゃん、今度ドレス買いに行く?」
「あ、そうだ。ラチア様、この近くにいい感じの崖があるらしいですよ。人気が無くて証拠が残らないとっておきの場所だって兄が言ってました。」
「貴方のお兄様は何者なの?」
「ついでに言うと、その崖は有名な心霊スポットだそうで。ここから数百メートルも離れてないと思いますよ。まあ、信じるか信じないかはラチア様次第ですけどね。」
そう言い終わった後、ツェーンは無言で笑みを浮かべた。そして、くるりと背を向け屋敷の方へと歩き出した。
「ちょっと!何よその笑みは!怖いじゃない!この鬼畜!!」
「お褒め頂き光栄でーす。」
「お褒めてない!!」
夕食を食べ終え、風呂に入り明日の準備をすべて終えた後。
「さて、第一回特産物研究会を始めましょうか!」
「え、夜の十時に叩き起こされた理由がこれですか?」
「ええ!考えていたら楽しくなっちゃって!」
余談だが、ツェーンは早寝早起きという微妙な趣味を持っている。夜の九時には床に就き、朝の五時にはランニングをしているのが彼の普通なのだ。なので熟睡真っ最中に眠りを妨げられた彼はすこぶる機嫌が悪い。
「じゃあおやすみなさい。」
「酷い!主人を置いて寝るつもり!?あの話のせいで眠れないのよ!」
実のところ、ラチアは怖い話が苦手なのだ。その理由はおいおい話すとして、とにかく幽霊だとか心霊現象などといった類のものが大嫌いなのである。社交界でこの話をしようものなら「やはり可憐な令嬢だ」ともてはやされるが、ツェーンの前だとそうはいかない。このように、面倒な時のあしらい方の一つとなってしまうのだ。
「そうですか。では頑張ってください。」
「嫌!やめて!今日眠れなかったら明日フロムウェル夫妻に『昨日はツェーンが寝かせてくれなかった』って言い付けるんだから。」
そしてツェーンにも苦手なものがある。それは彼の親、フロムウェル夫妻だ。
伯爵領へ出発することが決まった時、パパラチアが連れていくことを決めた使用人はそれぞれ三人ずつのメイド長、執事長、そしてフロムウェル夫妻。
彼ら以外の使用人にはこれまでのねぎらいも含めて目を疑うほど巨額な退職金を渡した。恐らく向こう十年は四人家族が無理なく養えるだろう。それに全員に新しい勤め先を紹介しておいた。アフターサービスも万全。これがパパラチアが完璧令嬢と呼ばれる理由の一つである。
幼いころに学んだ帝王学というものは案外身体に染みついていたようで、酔っぱらっていてもその才能は健在であった。
「やめてくださいよ!父と母を持ち出すのはずるいですって!」
「じゃあ執事長にでも言う?」
「それもダメです!あの人達ラチア様を盲信してるじゃないですか!俺がぼこぼこにされて終わるだけじゃないですか!」
「大丈夫よ。彼らはエキスパートだから言葉で攻撃してくるわ。折れるのは心だけよ。」
ツェーンにとっては絶望でしかなかった。
そう。使用人が全員パパラチアに付いている時点で彼の敗北は決まったようなものだから。
「はぁ…わかりましたよ。観念します」
そう言ったツェーンは腹を括ったようでため息を吐きながら敗北を宣言した。その後にはパパラチアの高笑いが聞こえてくるかと思いきや…
沈黙だった。
「…ん?って寝てる?」
なんと、ツェーンが思考を巡らせていた間に彼女は睡魔に抗えず眠ってしまったのだ。
「…本気で転職考えようかな。」
パパラチアに毛布を掛けた後、額に青筋を浮かべながらそう言い残したツェーンであった。
ちなみに、翌日彼は自分から口を開いてくれなかったという。
美味しい紅茶のお代わりと可愛らしく甘いケーキ、それから麗しい薔薇でひとしきり現実逃避した後、ツェーンはやっと本題に入った。
「伯爵家の、というかラチア様の財力的にはこのままずっとのんびり暮らしても問題ないんですが…飽きるでしょう?」
「そうね。…じゃあ出発前に言った薔薇を使ったものでも作ってみない?ほら、ここってこれといった特産品がないでしょ?だからこれを機に私たちの手で特産品を作ってみたいの!」
そう、ライヴィス領には特産品がない。
人間の手が加えられていない自然と、綺麗に整備された慎ましやかな街並みが有名なのだが…それだけである。
人間に例えると「あ~、あいつスゲーいい奴なんだけど…なんかパッとしねえんだよな~」という感じなのだ。
「それは名案っすね。ラチア様、具体的な案はありますか?」
「…………薔薇的な何か?」
「あ、全く考えてないんですね。わかりました。」
いや、パパラチアも必死に頭を回転させたのだ。しかし特産物の話も「何となく」考えたものだからイメージが湧かないという事態に陥ってしまった。
「そうですね…薔薇を使うとなるとお菓子にアロマオイル、バスボムあたりですかね?見た目も香りも華やかですし、お菓子に薔薇ジャムを入れれば可愛らしいピンク色になると…って何ですかその顔は。」
「いや、ただ…」
「ただ?」
「ツェーンが夢見る乙女に見えてしまって…」
「はっ倒しますよ。」
そう言われても見えるものは仕方ない。パパラチアの目にはツェーンは綺麗なふわふわした髪の毛にキラキラした笑顔をする幼女…間違えた少女に見えるのだから。まあこれに関しては彼の女子力が高いので仕方がない。
「ツェーンちゃん、今度ドレス買いに行く?」
「あ、そうだ。ラチア様、この近くにいい感じの崖があるらしいですよ。人気が無くて証拠が残らないとっておきの場所だって兄が言ってました。」
「貴方のお兄様は何者なの?」
「ついでに言うと、その崖は有名な心霊スポットだそうで。ここから数百メートルも離れてないと思いますよ。まあ、信じるか信じないかはラチア様次第ですけどね。」
そう言い終わった後、ツェーンは無言で笑みを浮かべた。そして、くるりと背を向け屋敷の方へと歩き出した。
「ちょっと!何よその笑みは!怖いじゃない!この鬼畜!!」
「お褒め頂き光栄でーす。」
「お褒めてない!!」
夕食を食べ終え、風呂に入り明日の準備をすべて終えた後。
「さて、第一回特産物研究会を始めましょうか!」
「え、夜の十時に叩き起こされた理由がこれですか?」
「ええ!考えていたら楽しくなっちゃって!」
余談だが、ツェーンは早寝早起きという微妙な趣味を持っている。夜の九時には床に就き、朝の五時にはランニングをしているのが彼の普通なのだ。なので熟睡真っ最中に眠りを妨げられた彼はすこぶる機嫌が悪い。
「じゃあおやすみなさい。」
「酷い!主人を置いて寝るつもり!?あの話のせいで眠れないのよ!」
実のところ、ラチアは怖い話が苦手なのだ。その理由はおいおい話すとして、とにかく幽霊だとか心霊現象などといった類のものが大嫌いなのである。社交界でこの話をしようものなら「やはり可憐な令嬢だ」ともてはやされるが、ツェーンの前だとそうはいかない。このように、面倒な時のあしらい方の一つとなってしまうのだ。
「そうですか。では頑張ってください。」
「嫌!やめて!今日眠れなかったら明日フロムウェル夫妻に『昨日はツェーンが寝かせてくれなかった』って言い付けるんだから。」
そしてツェーンにも苦手なものがある。それは彼の親、フロムウェル夫妻だ。
伯爵領へ出発することが決まった時、パパラチアが連れていくことを決めた使用人はそれぞれ三人ずつのメイド長、執事長、そしてフロムウェル夫妻。
彼ら以外の使用人にはこれまでのねぎらいも含めて目を疑うほど巨額な退職金を渡した。恐らく向こう十年は四人家族が無理なく養えるだろう。それに全員に新しい勤め先を紹介しておいた。アフターサービスも万全。これがパパラチアが完璧令嬢と呼ばれる理由の一つである。
幼いころに学んだ帝王学というものは案外身体に染みついていたようで、酔っぱらっていてもその才能は健在であった。
「やめてくださいよ!父と母を持ち出すのはずるいですって!」
「じゃあ執事長にでも言う?」
「それもダメです!あの人達ラチア様を盲信してるじゃないですか!俺がぼこぼこにされて終わるだけじゃないですか!」
「大丈夫よ。彼らはエキスパートだから言葉で攻撃してくるわ。折れるのは心だけよ。」
ツェーンにとっては絶望でしかなかった。
そう。使用人が全員パパラチアに付いている時点で彼の敗北は決まったようなものだから。
「はぁ…わかりましたよ。観念します」
そう言ったツェーンは腹を括ったようでため息を吐きながら敗北を宣言した。その後にはパパラチアの高笑いが聞こえてくるかと思いきや…
沈黙だった。
「…ん?って寝てる?」
なんと、ツェーンが思考を巡らせていた間に彼女は睡魔に抗えず眠ってしまったのだ。
「…本気で転職考えようかな。」
パパラチアに毛布を掛けた後、額に青筋を浮かべながらそう言い残したツェーンであった。
ちなみに、翌日彼は自分から口を開いてくれなかったという。
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