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ショッピングデート

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夏に招待されたコンセプトルームの内覧会以降、晴香ちゃんとは特に連絡を取り合ってはいなかった。
だが、美咲さん率いる企画部のサンプリングに、友紀と二人でヘルプに駆り出された際に、私たちが担当した女子大がたまたま晴香ちゃんの通う学校なのだと知った。
新商品の配布に群がる人の中に晴香ちゃんを見つけた瞬間、隣にいた友紀が「ハー」と呆れたようにため息を吐く。

私は晴香ちゃんとは面識がない事になっているはず、と改めて意識しながら、友紀が晴香ちゃんをたしなめる様子を見ていた。

「ちょっとあんた何やってんのよ」

他の人には聞こえないぐらいの小さな声でたしなめられると、ばつの悪そうな表情を浮かべながら晴香ちゃんは友紀に連れられて行った。人の目がない所でお説教でもされているのだろうか。
確かに、サンプリングに関しては、友人知人や近親者に対する配布やアンケート回収には厳重注意するようにと伝えられている。友紀はそれを気にしていたのだろう。

配布を待つ人が途切れた所で友紀が晴香ちゃんを伴って戻ってきた。

「は、はじめまして…佐藤晴香です」

晴香ちゃんが歯切れ悪く挨拶してくるのだが、理由を知っている私としてはいたたまれない。「何もじもじしてるのよ」と友紀が叱咤する。

私は「はじめまして」と簡単に挨拶だけして商品や集計シートのチェック等作業に戻った。
その時の晴香ちゃんの出で立ちは、Tシャツにジーパン、キャップをかぶりできる限りあの目立つ銀髪が人目につかないよう、髪をキャップに押し込んでいるようだった。まるで男の子のような恰好だった。

-*-*-*-*-*-

友紀へ隠し立てする必要がなくなった安心からか、以来私と晴香ちゃんはちょこちょことメッセージを交換するようになった。晴香ちゃんは私に対する好意のようなものを隠す事なく表現してくる。サンプリングの事も、本来関わってはいけないと友紀に前もって注意されていたが、晴香ちゃんは「冴子さんの姿があったのでつい」などと言い訳をしていた。

私はくすぐったいような気分でもあったが悪い気はしない。そのうちに晴香ちゃんと一緒に出掛けたりもするようになった。


これはある日曜日の事。
晴香ちゃんと、ベイエリアにある大型ショッピングモールへ行った日の出来事だ。

この所美咲さんとは、平日の夜や金曜日の夜などに食事をして、その後美咲さんの部屋で過ごす事が多くなっていた。
美咲さんはどこまでも私の求めに応えてくれるから、私は精神的にも充実感を覚えていた。だからこそ、晴香ちゃんと二人きりで会っても、変な気分にならずにいられるという自信もあり余裕があったのだと思っている。

ウィンドーショッピングになると、晴香ちゃんは私の着るものを選びたがるのだが、デザイナーとしてのプライドなのか何なのか、やたらと吟味しすぎてなかなか試着にも至らない。他人の服選びが好きなのかと思いきや、「私には誰よりも冴子さんに似合うものを選べる自信があるから、冴子さんの服しか興味ありません」なんて事も言う。

それから、晴香ちゃんは時折奇妙な事を気にするふしがある。

それは、シーズンオフで売れ残っている水着を見ている時に、私が「実は水着を着るのに抵抗がある」という話をした時の事だった。
学生時代、どんなに身体のラインを隠すような服を着ていても、私は街中でしょっちゅうグラビアモデルのスカウトマンに捕まって辟易していたからだ。

晴香ちゃんは、何でもないといった様子で、
「おそらく、というか間違いなく冴子さんの水着姿にはお金を払う価値があるという事ではないですか」というコメント。

「なんで見もしないのにそんな事がわかるのか、不思議だよ」

晴香ちゃんはセール品を素早くチェックしながら言う。

「私もモデルをやらされてますけど…確かに誇らしい事なのかどうかわからないという気持ちはありますよね」
「あ、そうだ私その広告見た事があるよ」

すると晴香ちゃんは急に前のめりで「ほんとですか、見てくれたんですか?!」と念押しして、それから「嬉しいです」と大喜びしていた。
一旦水着を選ぶ手を止めて私に語り掛けてくる。

「本当は、モデルをやらされるのは大変だし、嫌で仕方ないんです」
「そういう風にはちっとも見えなかったけど…」
「好きかどうかという事と、似合うという事は、一致しない事も多いという事だと思います、だから冴子さんも」
「うん」

水着に罪がない事も、本当はそれを着るのが嫌いではない事も、自分では理解している。

「沖縄あたりでもプライベートビーチや宿泊者限定のプールを備えたリゾートホテルも増えてきてますし、そういう所で着る分には、そんなに嫌だという事じゃないですよね」
「まあ…そうだね」

水着が似合うと言われる事自体は嫌悪していない。信頼している友人などからそう言われれば尚更嬉しいとは思う。
晴香ちゃんは「こんなのはどうですか」と一着勧めてくれた。
デニム調の素材を寄せたような生地の、ストラップレスのビキニだった。よく見ると細かいドット柄なのだが、遠目にはそうとわからないほどの細かい柄なので、ぱっと見にはシンプルだが素材に奥行きを感じる。

「じゃあ着てみようかな」

私が専用のハンガーごとそれを受け取ると、晴香ちゃんはまたしても普通の事のように尋ねてくる。

「冴子さんはそういう所へ旅行されないんですか?…あの人と」
「あの人って…?」

まだ、美咲さんの事は詳しくは話していない。それなのに晴香ちゃんは美咲さんを知っているという事なのだろうか。

「あのサンプリングの時に、その方いらしてましたよね」
「……」

晴香ちゃんの記憶は極めて鮮明なようだ。

「ちょっと明るい髪色で、眼鏡をかけていて…多分、かなり役職の高い人なのではないかと思いました」
「うん、まあ…」
「やっぱり、あの方ですよね」

晴香ちゃんは腑に落ちたという様子で淡々と話しているが、私は気まずくなってきたので試着室に向かう。

…サンプリングの日となると、晴香ちゃんが見たのはあの場面ではないか。思い出すと若干恥ずかしい。

-*-*-*-*-*-

サンプリングの配布開始直前に、私と友紀のもとへ美咲さんが様子を見に来てくれた。他の場所でも一斉にサンプリングが行われており、企画部メンバーはあちこちで私と同様に新商品配布やアンケート回収を行う段取りになっていた。

配布前の準備もほぼ終わったので、私が友紀と話していると、美咲さんに呼ばれる。

「二宮さんちょっと」
「はい」

友紀に声をかけてその場を離れると、美咲さんはそれほど距離は遠くないが植栽で人目を避けられるような場所へ私を連れていった。

「そういうのも、ほんと似合ってる」

美咲さんは私が着ていた、サンプリングスタッフ用の衣装を指さして言う。けっこうな丈の短いチェック柄のプリーツスカートにピンク色のブラウス、胸元には大き目のリボンアクセサリーという、女子高生アイドル風の衣装だった。
今回は若い女性向けのおやつ的な食品のサンプリングで、そういう衣装が選ばれたのであろう。
普段着ている社の制服よりかなり派手で私は内心落ち着かなかった。

「…ありがとうございます」

友紀と違い私は今回初めてヘルプに入る。うまくできるか自信もなく、どうしても微妙なリアクションしかできない。
本当は、美咲さんを安心させられるような、気の利いた事でも言うべきなのに。

それを見透かしたように、美咲さんは「大丈夫よ、頑張って」と声をかけてくれた。
そして私に近づくと、リボンアクセサリーのわずかな歪みを指先で整えて、更に準備の間にほんの少し乱れた私の髪も直してくれる。

「…お姉さま」

二人きりだと思い安心したからか、ついそんな言葉が口から出てしまう。
美咲さんはギリギリまで私の顔に近づいて、私だけに聞かせてくれるあの声色で「また後でね」と言い、ポント私の肩を両手で叩いてから、去ってしまった。

顔が火照ったかもしれないと思い、私はほんの少しだけ一人でそのまま立っていたけれど、気持ちを切り替えて友紀のもとへと戻ったのだ。

-*-*-*-*-*-

多分その時の私たちの様子を、晴香ちゃんは見たという事なのだろう。
わざわざ蒸し返す話でもないと思い、私は普通に試着室を出て、それからその水着を買う事にした。

…晴香ちゃんは、私がどんな場面でこれを着るのか、そういう事も思い描いた上で私の身につけるものを選びたい、と言うのだろうか。
私には今一つわかりにくい感覚だった。

続けてかなり大型のランジェリーセレクトショップで足を止める。
私はそこで初めてプロに採寸してもらうという経験をした。
晴香ちゃんに「冴子さんは自分のサイズ、正しくご存知ですか」と聞かれてしまい、勧められるまま採寸の流れになったのだ。

薄々わかってはいたが、私のバストサイズはGカップであった事、無理に既製品のFカップを着用するのは良くないという指摘も受け、少し落ち込んだ。FとGでは既製品での選択肢にかなり違いがあるからだった。

「最近では国内、インポート物もサイズのバリエーションを増やしてますし、セミオーダーのように安価で特殊なサイズを購入できる事もありますよ」

さすがにモデルをやっているだけあり、晴香ちゃんは詳しい。
そして「何か機会があれば、冴子さんが買いやすいような下着の企画を要望しておきます」と、晴香ちゃんが開発に関わっているWSアプリ内でのコラボ商品展開について働きかけてくれるような事を言う。

「そんなの、わざわざしなくて大丈夫だから」
「…冴子さんのお役に立ちたいんです、通るかどうかはわかりませんが言うだけ言ってみます」
「…うん、ありがとう」

「そうだ冴子さん、採寸してる間に選んでおきました」
晴香ちゃんは、そう言いながら私が自分ではなかなか手を出せないようなセクシーなデザインのベビードールを見せてきた。

「その気になれば普段使いもできると思いますよ」

と言いながらハンガーごと掲げて見せてくれるのだが、見るからに薄く透ける素材というのがわかる。
全体的な色味としては黒なのだが、胸の部分はレースになっており、身生地はシースルー素材だった。おまけに、お尻が半分隠れるくらいの丈なのに後ろに深いスリットが入っている。

「私みたいなのが着ると大変情けない感じだと思いますが、冴子さんならこういう大胆なデザインに負けない身体をお持ちですから」

まるでそれを私が着ている所をリアルにイメージできていると言わんばかりに断言される。
「晴香ちゃんも、私の裸を見もしないでそういう事断言するんだ~」

晴香ちゃんは意に介さず「絶対お似合いですよ」とにこにこしている。
「…ご心配なようなら私がまずそれを着た冴子さんの姿を確認してもいいですが」とまで言ってきた。

「恥ずかしいからいいよ」
「まあまあ、これは私からプレゼントします」
「そんな、悪いよ」
「大丈夫です、ベンチャービジネスは小金が入るんです」
「そういう問題じゃなくて…」

私の話をまともに聞かずに晴香ちゃんは会計とラッピングを済ませてしまい、「はい」と私に包みを差し出してきた。

「なんだかゴメンね、でもありがとう」
「本当はすごく、見て確認したいですけどね」

私の反応を楽しむように晴香ちゃんがいたずらっぽく笑う。

「…」
「でも、私は目視で確認せずとも自信ありますから、安心してください」

ほんとに変わった娘だな、と思うのだが、晴香ちゃんには裏表はないのだろうという事はよく伝わってくる。

その後晴香ちゃんの希望でショッピングモール内のゲームセンターへ立ち寄った。晴香ちゃんは、クレーンゲームやダーツが得意なのだと言うので、透明なケースの向こう一面に並ぶキーホルダーの中から、好みのものを選んで取ってもらったりした。

私はこういうゲームはほとんどしないけれど、言うだけあって晴香ちゃんはいとも簡単そうにやってのける。
そして一緒に音ゲーをしたりなどした時にも思ったが、晴香ちゃんは直観が鋭いというか、器用なのだなと思った。特に視覚情報を瞬時に処理して思い通りに身体を動かす、というセンスに長けているのだろう。

それから二人でプリクラコーナーに近づいた時、また晴香ちゃんが微妙な表情になる。
私は「せっかくだし撮ろうか」と誘うのだが、晴香ちゃんは迷っているようだった。

「…その、気にされませんか、冴子さんの…お相手は」
「え?」

戸惑いの理由を聞いて私は笑い出しそうになる。美咲さんは束縛をする事もされる事も好まない人なのだ。それにプリクラ程度でとやかく言うような心の狭い人ではない。
でも、晴香ちゃんはむやみに嫉妬を買う事は良くないと、真面目に考えているのかもしれない。

「そうだなあ…」

私は少し考えてこう提案した。

「じゃ変顔を撮るって事で…それなら気にしないでしょ」

晴香ちゃんは「わかりました」と言いながら操作を始めた。

「…ちゃんとどんな顔するか考えてる?」
「はい」

部屋が明るくなり女の子の声でカウントが始まる。
そして撮った画像の確認画面を見て私たちは笑い転げた。

私は、上品なスマイルで目だけは白目、晴香ちゃんは自分の鼻を指で引っ張り上げて目を細めた顔をしている。

笑いながら落書き機能で「←豚」とか適当な事を書いてプリントした。出てきたシールを見てまた私たちは爆笑した。

「あー酷い顔」
笑いすぎて涙が出てくるほどだった。
「こんなの、どこに貼ればいいんですか」
「絶対見られたらヤバイ所に貼ればいいんじゃない」

私たちはげらげら笑って、それから二人でカフェに入り一休みした。
私はアイスコーヒーを、晴香ちゃんはトロピカルアイスティーを注文し、ほっと息を吐く。

「…はぁ、なんか疲れちゃった」

それは笑い疲れの事だったのだが、晴香ちゃんは突然はっとして下を向いてしまう。

「すみません、勝手に色々勧めてしまって」

服や下着の事を言っているのだな、と思った。

「いいの、大丈夫」
「でも…」

晴香ちゃんは、自分の興味が向くものに一直線になってしまった事を詫びてきた。
自分は好奇心や興味に任せて突っ走ってしまう所があり、周囲を振り回して迷惑をかけてよく注意されるのだと言う。

「…なるほどね、それは確かにあるかも」
「すみません」

運ばれた飲み物に手も出さずうつむく晴香ちゃんに、「飲んだら」と手で促す。
ようやくというタイミングで、晴香ちゃんはストローに口をつけた。
こんな風に、振り回している最中には我に返る事がないのに、少し落ち着いた瞬間にはえらく恐縮する、そういう所が晴香ちゃんらしさなのだと私は思っていた。

でも後でいくら反省した所で、その性格は直る事があるのだろうか、とも思う。
晴香ちゃんなら、思い通りにやっても構わないのではないか、と無責任にもそう思ったりした。実際センスも才能もあるのだから、周囲も不満だけという事はないだろう。恩恵だって受けているはずなのだ。

「…それで晴香ちゃんは本気で迷惑だって言われたりしたのかな」
「…そこまでは…」
「なら、大丈夫だよ、私だって楽しかったし」
「ほんとですか?それなら良かったです」

こんな風にころころと、不安や自信が入れ替わるリアクションは何なんだろうと考えていたが、これは恋する乙女のリアクションだ、とそのあたりで気が付いた。
そう思うとにわかに気になってくる事がある。

「…聞いていい?」
「何でしょうか」
「晴香ちゃんは、誰かと付き合ったりした事はある?…あるんだとは思うんだけど、その、女の人というか」
「ないです、どちらも、一度も」
「全然?」
「全然。…こんなに気になって思ってしまっているのは冴子さんが初めてです」
「そう…なの」

晴香ちゃんはまたはっとした様子で早口になる。

「その、なんか変ですよね、私…なんて言うかその、本気っぽくて引きますよね、すみません」

『本気っぽくて引く』という言葉に私は吹き出しそうになる。

「そんな事ない、晴香ちゃんみたいな子にそれだけ思われて嬉しいぐらい」
「ほんとですか?……でも、冴子さんの大事な時間をあまり占有してしまうのは、良くないような気がしてしまいまして、それで時々思い出しては反省してしまってました」

それで時折「大丈夫なんですか」みたいな事を言っていたのか、と納得する。
まあ私と美咲さんのあの場面を見てただならぬ空気を感じたからか、変に気を使っているのはわかった。

…この子は本当はどういう性質を隠し持っているのだろうか。
例えば私がセックスの量に不満があれば恋愛ができない体質であるように、彼女には彼女なりに何かがあるはずだ。それの何かが引っ掛かって私に興味を持っているような気がしてならない。

「冴子さん」

晴香ちゃんが思い詰めた様子で切り出す。

「…どうしたの?」
「…その、二人きりになれる所へ行きませんか」
「…え」
「やっぱり、冴子さんの身体を直接見たいです」
「……」
「ダメですか?」

そう不安げに聞かれてしまうと、嫌だとは言いにくい。ましてや今日はベビードールをプレゼントされている。
あれだけ一生懸命に私の事を考えて、選んでくれたものを最初に着て見せるべき相手は、本来晴香ちゃんであるはずだと私は思った。

「だめじゃない」
「じゃ、行きましょう」

晴香ちゃんは勢い良く私の荷物をまとめて、私の手を引っ張ってカフェを出た。私は引きずられながら「あてはあるの?」と尋ねる。
なんとなく、あの場所へ連れて行かれるんだろうなとは予測していたけれど。
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