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赤面のキャッチボール(友紀SIDE)

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何がどうしてそうなったのかわからないという混乱の中で、私は小田さんに送り出されて寝室を出た。
その時の顔がよほどだったのか、廊下で待ち構えていた晴香に鋭く睨まれ「明日もそういう顔して行けばいいんだよ」と吐き捨てるように言われてしまった。

改めて洗面所を借りて鏡で自分の顔を見た時、そこに映っているのはまるで自分ではない別人のような、とろんとした瞳に上気した頬とわずかに上がった口角の、色気に満ちた女の顔だった。

現実のものとは思えなかったから一旦顔を伏せて手を洗い、再度鏡を見つめたけれど、多少落ち着いたいつもの自分の顔に戻りつつもさきほどの印象はまだ色濃く残っている。

「……」

さっき玄関で見た晴香も、正にこういう状況の最中に抜け出して来たはずなのに、表情はここまでいやらしい感じではなかった。
姉妹だというのに晴香だけ昂ぶりが顔に出にくいタイプなのが憎らしい。

過去に異性とセックスした事だってあるのに、その時も自分は終わった後こんな顔をしていたのだろうか。
…いや、していなかったのだろう。何故なら、彼らは皆そういう行為に関して淡白だったからだ。
終わった後私があんな顔をしていたら、二度目、三度目のセックスへともつれるようになだれ込んでいておかしくない。

ふと冴子の事を思う。
いやらしい目で見られる事に、半分は慣れてしまった娘。
残りの四分の一はまだ生きたままの嫌悪感、更に残った四分の一は優越感があるのかもしれない、とそんな風に思ってしまった。

自分は綺麗だとかそんな事はよく言われるけれど、色気に関しては勿論、冴子のそれに遠く及ばない。
そりゃ人により好みや感性の違いはあるのだろうけど、10人が冴子を見たとして10人とも、冴子に対して抱く印象はほとんど同じであるのに対して私についてはそうではない。

不幸な事に冴子は見た目に違わず中身も決して淡白ではない。
だから一概に、そう思われる事に対してただ悩んでいるのとは違う心境を抱えているのだろうと思った。
いやらしい行為にふけり顔つきまでいやらしくなった自分が恥ずかしいのと同時に、ほんの少し冴子の心持がわかったような気がして不思議な感覚だった。

「もう帰ってよ」と半ば追い出されるようにして晴香の部屋を出た所で時計を見ると、23時に近い時刻を差している。
晴香への相談と、小田さんとのいやらしい戯れを足しても2時間に満たなかったのか、と驚いた。

「……」

あまりその場所にじっと立っているままだと、来た時と同じかそれ以上に、晴香と小田さんの行為の声が漏れ聞こえてきそうな気がして、私は慌てて帰路に就いた。

結局私は明日、真下課長にどういう風に接すれば良いのか、はっきりとした答えは得られなかった。

得たのは半ば強引に、でも流されるままに女性の秘部に接触した経験。
それから晴香から雑に「あげる」と言われて持ち帰ったパンティ部レスタイプのストッキングの2つしかない。

「どうせガーターベルトなんて持ってないんだろうから、これ使えばいいよ」

晴香にはそう言われたけど、別にガーターベルトを持っていないという訳ではない。
持ってはいるのだが、あの吊るす部分のストッパーが痛いから好んで使っていないだけの事だ。

晴香からもらったのは、形状としてはそんな、ガーターベルトと太腿丈のストッキングが一体化したようなデザインのそれだった。
腰回りの一周とそこからストッキングの履き口を繋ぐ部分は平たいレースになっていて伸縮性も高い。

履く時ちょっと面倒だけど、履いてしまえばストッパーのゴロゴロもないし、本物のガーターベルトよりは着け心地が良いような気がする。

…それにこれを使えば晴香が帰りがけにもまだプッシュしてきていた、「ノーパンでお食事」というやつもたやすく実践できそうである。

…でも。
いきなり晴香が言うような事を私がやったとしても、真下課長には頭がおかしくなったんじゃないかと思われるだけなのではないか、という気もしてくる。
だって本来私はそういうキャラじゃないのだし。

まあ良いか、仮にノーパンで行っても別に黙っていても良いのだろうから、などと自分にしては珍しく考えを先送りにして、簡単な夕食を済ませ眠りに就いた。

*-*-*-*-*-

朝になって後悔したのは、前夜のうちに着る服の事を考えておかなかった事。
それなのにいつもと同じ時間に起床してしまい、どうしようと焦っても後のまつりである。

仕方なく、無難そうなラベンダーカラーのタイトスカートとジャケットのセットアップを選び、それを着る段になってまたあっと思い出して気持ちがざわついた。
…あのストッキングを履くんだった、と思い出す。

昨夜眠る前にシャワーは浴びたはずなのに、どうにも気になってしまい、時間がないと言うのにまたその朝にも下半身だけをシャワーで洗い流したりして、念の入った事だと思う。
…自分でも全くばかばかしいと思いながら、そんな行為を止められなかった。

一度パッケージを開けて確認したはずのそれは、朝になって見てみると、シンプルはシンプルで良いのだけれどやっぱり少し挑発的なような気もするし、それとも普段使いしていないからそう思うだけの事かもしれないし、自分の感性がことごとく疑わしい。
太腿から下はプレーンなブラックカラーのストッキングだし、まあ世の中にはガーター派の女性だっているのだから、などとよくわからない言い訳を考えながらそれを身に着けた。

着けてしまえばなるほど楽は楽だけど、見慣れない自分の恰好に若干恥ずかしい気持ちにもなった。
丸出しの下半身のままでそれを履いて、それからショーツを履くのが手順である。
やっとショーツを履いてほっとするかと思いきや、きつくはないまでも普段には感じない場所にレースの擦れる感覚や太腿の真ん中辺りにストッキングの履き口が来ていて緩やかな締め付け感がある。

…やっぱりちょっと落ち着かないけど、そのうち慣れるだろうと思い私はその上からライトグレーのブラウスと先ほど選んだラベンダーカラーのスーツを身にまとい、自宅を後にした。

幸いと言うべきかわからないが、今日は偶然外回りの業務はなくデスクでの準備や整理の業務に集中する事ができた。
月間売上トップを記録してしまったので、以前に比べるとどうもチラチラと人の視線を感じる頻度は増えた気がする。

人の事などチェックする暇があるならまず自分の仕事をしろよと、まるで晴香が言いそうな事を心の中だけでこぼしながら、私は定時上がりの為に手際最優先で業務にあたった。

スカートの中の感じがいつもと違う事や、今夜真下課長と二人きりになるという事を考えたくなくて、仕事への集中力はむしろ高かったと思う。
あらかた区切りがついて時計を見ると、定時の15分前だった。

「……」

何も昨日晴香にあんな事を言われたからって、従うかどうかは私が決めればいい事なのに、何故かそうしないと後悔するような予感ばかりがして、気が付くと私はポーチを片手に席を立ちトイレに向かっていた。

化粧は直す、それはマストだ。
…でもその前に、ショーツはどうしよう。

思考を放棄したままで私はトイレの個室にこもる。
ストッキングの感覚には徐々に慣れてきて、正直トイレはものすごく楽で便利だなと思ったから、真面目に普段使いも考えたい所だが、用を足す為に下ろしたショーツをそのまま脱ぐのかどうするのか、じっとしたまま考え込んでしまう。

思い出すのは、空想の中で今の私と同じようにトイレにこもり、ここは私とは違うがこっそりと自慰にふける真下課長のイメージと、それから昨夜知り合ったばかりなのに激しく舐め回した小田さんの秘部の事だ。

片方は空想のものなのだが、どちらの秘部も汚いとか気持ち悪いなどとは思わない。ごく自然な形で私はそれに見とれていたし、その事だけが特別にいやらしいものだとも思わなかった。
あの場所をいやらしいと思うかどうかは、その持ち主と見る者の間でそう思うかどうかの問題であるような気がしてならない。
現に私は今、用を足す為にその場所を晒してはいるものの、きっと誰かが見た所で特別にいやらしいとは思われないのではないか、という気になっていた。

空想で真下課長がしていたのと同じように脚を広げてみても、だから何だという感じしかしない。
脚を開くのに邪魔なので自然とショーツを脚から抜き取ってみても、やっぱり、だから何だという感じしかしなかった。

今日はこのストッキングに合わせて下着も黒にしてみたけど、それ単品を眺めても、特に何も思わない。

「…あれ?」

脱いだショーツをよくよく見ると、ほんのわずかにだが、クロッチに粘り気のあるものが付着しているようだった。ほとんど気付かないくらいに少量だけど。
クロッチも黒色なのであまり目立たないけど、ほんの少し縦長の形で染みができていた。

鼻を近づけて匂いを嗅いでみると、覚えのある、でも独特の雌の匂いがする。
染みに触れてしまうと顔が汚れそうだから、私はショーツを折り返してたたむようにしながら表側をこちらに向けて、そこに鼻を押し付けて匂いを吸い込んだ。

…ほんの少しだけど、いやらしい匂いがする。

何度か、ショーツに鼻先を埋めて呼吸を繰り返した所で、私ははっとした。
トイレで自分の脱いだショーツの匂いをくんくん嗅いでいるなんて、正に変態のする事ではないか、と。
でもこの匂いは何故だかずっと嗅いでいたくなってしまうし、その場所に鼻を擦りつけていたいような、愛おしさを感じてしまうのだ。

心の中で「バカみたい、私どうしちゃったんだろう」と吐き捨てつつ、私はショーツをポーチの中へと押し込んだ。
そしらぬ顔で個室を出るが、朝とはまた違う股間の心もとなさを感じつつメイクを直す。

…きっと、昨日のあれでおかしくなってしまったんだ、私は。
いや、もっと前からかもしれない。

真下課長をおかずに自慰するようになってから、圧倒的にそれに費やす時間も長くなったし、頻度もものすごく増えた。
一度や二度達したぐらいではやめる気になれず、もはや気持ちいいのかどうかもわからないままに惰性で股間を擦りまくり、萌芽をこね回しているのがやめられない。

どうせならこんな事態に陥るなら中学か高校の頃が良かった。どんなに遅くても大学生のうちに済ませておきたかったと思う。
何も社会人になって、しかもこんな忙しい立場になってから自慰にどっぷりはまるなんて、迷惑な事態としか言いようがない。

「…あ」

化粧を直す為に鏡を見た時、昨夜晴香の部屋で見た、自分ではないような女の表情の残滓が、自分にだけかもしれないが感じ取る事ができた。
その状態で化粧を直していると、どういうわけだか指先がわずかに震えてくる。
心なしか瞳も潤んできて、どうしたらいいのかわからなくなった。

そんな事を意識し始めると、あらゆる事象が自分の中の女のスイッチを押す要素にしか思えなくて、困ってしまう。
ショーツがなくなって直にお尻に触れるスリップの肌触りや、立ち位置を直す為に脚を揃えた時に感じる、素肌の内腿同士が擦れ合う感覚。
何より、この膝丈のタイトスカートをめくり上げてしまえばもろに露出してしまう、自分の秘部。

さっきまではそれが何だと思っていたのに、秘部を覆うものがないという頼りない感覚と、同時に感じる開放感が交錯して、言葉にならないような複雑な感情が芽生えてくる。

「あ、佐藤さんここに居たのね」

その声に過剰にびくっとしてしまったけど、慌てて取り繕いながら「すみません、お待たせしちゃって」とおどけて謝って見せた。

昨日には真下課長を役員フロアのトイレに呼び出すような不審な真似をして、そこはかとなく緊張感が漂っていたはずなのに、もはやそんな事など自分の中では遠い昔の事のように思えてしまう。

「準備ができたなら行きましょうか」
「…はい」

予想通り、と言うのは変だが店までの移動はタクシーだった。
ノーパン状態で電車に乗らずに済んだのは助かったという気がする。

それが表情に出てしまったのか、真下課長からは「どうかした?」と声をかけられたけれど「いいえ」とまたしても過剰に明るくその心配を払拭した。

「今日のお店、実は私も初めてなのよね」
「え?そうなんですか」
「うん、だから楽しみ」

真下課長の笑顔はいつもと変わらない。
私が思っているのと同じように、昨日の事はなかった事にしようと考えているならそれもありがたいけれど。

…まあ、仮に真下課長が冴子や松浦部長を自慰のネタにしていた所で、それを咎める資格など私にはない。
自己中な考えで昨夜晴香の部屋を訪れ、結果藪蛇になった事にも懲りているし、その一方では自分の事を正直に話した事によって晴香の、まあ概ね正直と思われる話も聞く事になった。

自分だけ、相手だけ、という訳にはいかないのだ。
きっと、そういう事になっているのだろうと思う。

だから真下課長にいやらしい考えや行為の有無を問えば、それはそのままきっと自分にも返って来るような気がする。

…でも。それってつまり…
私からいやらしい考えや行為の有無を語れば、真下課長も自身のそれについて語ってくれるという事なのだろうか?

「……」
「やっぱり佐藤さん、何か悩みでもあるんじゃない?さっきから考え事してるみたいだけど」
「あ、いえ…すみません」

タクシーの後部座席で軽く姿勢を正して座り直すような動きを取った時に、せっかく忘れていたのに今自分はショーツを履いていないのだと思い出した。
思わず息を吸い込んでしまうけれど、また真下課長に不審がられる前に「あはは」とごまかし笑いをしてしまった。

どう考えても、絶対に挙動不審過ぎる。
ぼんやりしていたかと思えば急に慌てたりして、真下課長が不快に思い始めるのも時間の問題だろう。

するとやはり昨夜の晴香の言葉である「自分がノーパンである事をその人に教えてあげればいい」という言葉が脳裏に蘇った。
…そんなの、やっぱり恥ずかしいし絶対変態だと思われてしまう。
しかもこの所その変態度合は明らかにエスカレートしていて自分でも抑えられないと言うのに。

……ところで、私自身が変態ではないと誰が決めたんだろうか。
変態の方が正しい事実で、そうではないと思っているのは私の願望なり思い込みかもしれないではないか。

この所急激にその度合が増しているから、にわか変態というのが正しい所かもしれないけど、変態ではないと思われたいと、どうして自分は思うのだろうか。

「真下課長、その…後でお話が」
「うん?…」

今はまだタクシーの車中であるから、「後で」の言い回しに不審はないだろう。
でも、一体何をどこまで話せばいいのか、私は全く考えていなかった。

*-*-*-*-*-

行き先はステーキハウスと聞いていたけれど、落ち着きのあるラグジュアリーな佇まいはおよそそのイメージから離れている。
何でも熟成肉をオーブンで焼いて供するスタイルなのだそうで、これは見るからにお高い感じしかしない。

直近だと冴子と松浦部長と、三人で銀座のお寿司を食べたけれども、ここはそれよりもお高いのではないかと思われた。

オーダーは真下課長にほとんど任せる事にして、自分はお酒を選びにかかる。
一般的に肉と言えば赤ワインだけど、このお店なら白やロゼ、スパークリングワインなんかでも十分いけそうだしその方が肉の味わいを繊細に楽しめるのではないか、とも思った。

「佐藤さん、月間売上トップ、おめでとう」

私の選んだロゼワインで乾杯する。
私は真下課長の言葉に対して素直に「ありがとうございます」と応じた。

「一応そういう立て付けのお祝いだけど、仕事の話はほどほどに今日は食事を楽しんでね」
「はい」

アメリカンスタイルらしくティーボーンステーキにほうれん草のソテー、それから山盛りのサラダを前に、私は感嘆の声を上げずにはいられなかった。

「お肉、好きだよね?今更だけど」
「はい、大好きです」
「良かった、ダメならもっと早く教えてくれてるはずだけど、こっちからちゃんと聞いてなくてごめんなさい」
「大丈夫です」

熟成肉というもの自体私はよく知らなかったけれど、肉が柔らかくなり旨みも濃い感じがする。

「これだけあると、お肉とサラダだけで十分かも」
「そうですね」

赤身の肉も実に柔らかく食べやすいので、意外と量を多く食べられるものだと思った。

お腹が空いていたから初めのうちは食べるのに夢中だったけど、食べているうちに汗が出てきたのか、どうも内腿の間が湿ってきているような感じがする。
ショーツを履いていないから、いつも以上に膝をきっちりと閉じていてそうなってしまったのかもしれない。

「……」

一度その場所が気になりだすとしばらくは落ち着かない。
よほど私が困ったような顔をしていたのか、真下課長は「そういえば、話があるって言ってなかったっけ?」と水を向けてきた。

今言うべきはきっとその事なんだけど、とても恥ずかしい。
ごまかすように「いえ、後で…」などと口ごもってしまう。

「もしかして、トップ取って誰かに妬まれたりとかした?嫌な思いをしているなら、正直に話して欲しいけど」
「いえ、そういう事じゃないです」
「…そう」

めちゃくちゃ好意的に誤解されている。
こうなるともはや、にわか変態告白などというものが場違い過ぎる気しかしなくなってきた。

「あの、真下課長」
「ん?」

小柄な身体の割にサラダをもりもり食べる手を止めて、真下課長が私を見た。
実の所、そうして肉や野菜をもりもり食べる様にも、そこはかとないエロスを感じてしまっていたのだけれど。

「あの、最近…私時々変ですよね」
「…え?」
「その、さっきもだし…」
「うーん…」

あまりにも抽象的な質問に、真下課長も答えあぐねている様子である。それもそうだろう。

この挙動不審の件と10階のトイレの件は、よくよく考えれば連結する事象だと思うのだけれど、まだ真下課長としてはそこまでぴんと来てはいないようだった。

…客先の考える事は、先方が言語化する前ぐらいから理解できている割にこの鈍さは何なのだ、と口惜しく思う。
…あるいはわざとわからないふりをしているのでは?という込み入った勘ぐりまでしたくなる始末だ。

あ、と思って私は先日の真下課長の言葉を引用する事にした。

「その、先日真下課長がセクハラになっちゃうかもって言ってましたけど、私も一ついいですか?」
「え…内容にもよるけど…いいわよ」
「良かった、私のは『かも』じゃなくてもろにそういう話なのですが」
「……?」

一つ、などと言ったけど一つで済ませられる自信はない。

「真下課長は、女の人とお付き合いした事ありますか?」
「え?…ないけど」

ないのか、意外だ。

「私、秘書課の二宮さんと仲が良いのはご存知でしょうけど、彼女の話を聞いているうちに、だんだんと女性に興味がわいてきてしまいまして」
「…う、うん」
「しかも、びっくりしたのはなんと私の妹まで、女の人とお付き合いしてる事がわかりました」
「そ、そうなんだ…」

真下課長、若干引き気味だが仕方ない。

「でも、そんな娘が身近に増えていっても、私は変わらないんだと思ってました」
「……」
「真下課長も、そうだったり…するんですか?なんとなくそうじゃないかと思ってるんですけど」
「いや、まあ…それは」

ここでお茶を濁されるのは想定の範囲内だ。

「じゃ私の話、聞いてもらえますか」

肉を食べて体温が上がったからなのか、そうでない理由があるのかは不明だけど、秘部の内側にくすぶる熱を感じながら、自然に任せて瞳を潤ませ真下課長を見つめる。

こうして部下が思い詰めた感じで話を聞いてくれと言う場合、真下課長は絶対に断る人ではない。内容を問わずにそうであるはずだ。

「私で良いのなら、聞くけど」
「はい」

やっぱり。

「私、最近女の人を好きになってしまって…しかもその人の身体に触れたくて仕方なくて、変なんです」
「……そう、だったのね」

真下課長は納得したように頷く。

「佐藤さんが恋愛で悩んだり振り回されたりというイメージはなかったけど、そんな事もあるものなのね、人間らしいって言うか、ちょっと安心した」
「…え?」
「佐藤さんって完璧主義なのかなって思ってたから、恋患いとかには無縁なのかと思ってた」

真下課長がくすくすと笑って、それから「ごめん」と付け足した。

「今日もその人と二人きりで会えると思うと緊張して」
「うん」
「それだけで、身体が熱くなってしまって、困ってるんです」
「…そう」

真下課長の返答は曖昧だ。
私も、ずるいからミスリードを誘う言い回しになってしまっている。

その時真下課長の胸元でスマホが振動したのか、「あ、ちょっと失礼」と言いつつ真下課長がジャケットからスマホを取り出す。
ちらりと通知だけを確認した後でそれをポケットに戻そうとして、真下課長はそれを取り落としてしまった。

「…あ」

ちょうど私の方に転がってきたスマホを、私も拾おうとして椅子から立ち上がりかけたけど、それよりも一歩早く真下課長が席を立ち屈んでスマホに手をかけた。

「……」

顔を上げた真下課長と一瞬視線が絡んだけれど、真下課長の視線はすぐに外れて私の顔ではない一点に釘づけになっていた。

「あっ」

…もしかして、見られちゃった?
私はそれでも慌てて椅子に座り直して膝を合わせる。
…いや、スカートの内側の事なのだ、光が入らない限りははっきりと見えるはずはない。見えたところでストッキングのデザイン辺りの事だろう。
…そう信じる事にして、私は気を取り直す。

「ごめんね、お騒がせしちゃって」
「いえ…」

食事中に私用のスマホを見た件も含めて真下課長としては申し訳なく思っているのだろう。

「真下課長、その…見えちゃいました?」
「……」

見えたか見えなかったかというよりも、見えたのは見えたがそれが何の事なのかを考えるように真下課長は黙っている。

ここまで来たらもう知った事かと思い、私は身体を乗り出して真下課長に耳打ちした。

「私、さっきトイレでパンツ脱いで来ました、真下課長の為に」
「……佐藤、さん?」
「真下課長が…欲しくてしょうがないから」
「……!」

一生懸命そういう雰囲気が出るような囁き声を出したつもりだけど、全くと言っていいほど自信がない。
ましてやその気でもなんでもない真下課長をいきなりそういう気分にさせるのなんて、私には到底無理だ。

固まっている真下課長をそのままに、身体を離して私は元の席にきちんと座り改めてワイングラスを傾けた。
ドキドキしているが、いっそアルコールの所為にしたいというのもあったから。

「……佐藤さん」

今度は真下課長が困った顔でうつむいている。
あらかたたいらげたサラダの皿が妙に大きく見えた。

「なんて、柄にもなく口説きの真似事なんてして、ばかばかしいですよね」

もう、自虐的に笑うしかない。
真下課長が過去に誰か、男性でも女性でもいいがエッチな誘いをかけられた事があったかもしれないけど、私のそれはおよそカウントされるに値しない程度の威力しかないだろう。

「佐藤さんは、その…」
「はい?」
「…けっこう、大胆なのね」
「そ、それは…今回だけですから」
「そうなの?…」
「そうですよ、誤解しないでくださいっ」

非常に恥ずかしい。いや今更ではあるけれど。

「あの…佐藤さん、聞いていいかな」
「何でしょうか」

言ってしまえば案外、すっきりとしたもので私はむしろ落ち着きすら感じ始めている。

「それ、朝から…そうしてたの?」
「課長、私…さっきって言いましたよ」
「あ、そっか」

真下課長の顔が一気に赤くなった。
すごく緊張しているように見える。

「会社を出る前に、トイレで」

頼まれもしないのにそこまで具体的に答えている自分もどうかと思うけれど。
しかし言葉を重ねるにつれて明らかに真下課長の顔は赤面し振る舞いもぎこちないものになっていく。

「…見えたのは、その…履いてないかもってぐらいで、あとすっごく素敵なストッキングだなって思って」
「…そう、でしたか…」

こちらもほんのり赤面するが、ピークは越えた感がある。
入れ替わりに真下課長の方が体温上昇はなはだしい様子だ。

ここでエッチな動画や物語なら、急速にそういう展開になだれ込むのかもしれないけど、実際にはそんな事にならないものだ。
でも、こんな高級なお店で食事をしながら、直接的な表現をかわしつつ卑猥な会話をする楽しみはまた、独特のものがあった。

「直接ご覧になりたいですか?…なんて自意識過剰ですよね」

いちいち自虐的フォローや言い訳を噛ませないと話ができない自分が情けない。
どうして素直に「見て欲しい」と言えないんだろう。つまらないプライドが邪魔するこの気持ちに、今ほど苛立ちを覚える事はなかった。

「佐藤さんがどうしても…ううん、見て欲しいって思うなら」
「……」

穏やかなはずの言葉と、赤面のキャッチボールが繰り広げられていく。
本気で言ってるの?真下課長。女性と付き合った事はないって言ってたのに。

「私…見て欲しいです、それに真下課長のもすごく見たい」
「佐藤さん…」
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