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責任感
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美咲さんからは「先に始めていて」とメッセージが来ていたので、私は友紀と二人で寿司店のカウンターに腰を落ち着けた。
後からもう一人来ると板さんに伝えると、「じゃゆっくりめにお出ししていきますね」と気を利かせてくれ、突き出しの松前漬け風の和え物をつまみ、アジのにぎりが出て来た所で美咲さんが店に現れた。
友紀の存在を意識してか、それとも店に合わせてなのか、美咲さんの出で立ちは仕事の時のそれと近い。
下こそゆとりのあるフレアスカートを履いているけれど、上はカットソーにジャケットを合わせていて、滅多にないけど休日出勤する時のイメージと言えばしっくりくるだろうか。
若干崩し目にはしているけれどガチな私服感はなく、私は少しの緊張と興奮を覚えた。
「…お疲れ様です」と友紀が思わずといった風情で立ち上がる。
「やめてよ」と美咲さんは笑顔で手を横に振った。
考えてみれば、美咲さんが私と友紀のデート?に同席するのはこれが初めてだし、友紀が異常なほど礼儀正しくなってしまうのもわからない訳ではない。
「ごめんね急にお邪魔しちゃって」
「いえいえ」
カウンターには右に友紀、真ん中に私という感じで座っており美咲さんの席は私の更に左という想定で、そこに小皿や箸がセットされている。
美咲さんは冗談めかして「この並びでいいのかな?」などと軽口を叩きつつそこに腰を下ろした。
…一応、上下は気にしてそこを美咲さんにするのは私と友紀の合意の上だったんだけど、あるいは美咲さんは友紀と話しがしたいのかな?という事もその時思ったりして、ただの軽口にも関わらず私はやたらと動揺してしまう。
「あの、席替えた方がいいでしょうか」
とっさにそんな言葉が口から出てしまって、美咲さんは目を丸くした。
「いやいや大丈夫だから」と言いながらも、「こそこそと冴子に変な事したりしないから安心して」と付け加えて友紀の顔を真っ赤にさせた。
「ちょ、やめてくださいよ」
「あはは、…じゃ私のもお願いします」
軽やかに私と友紀の狼狽をスルーして、美咲さんはおしぼりで手を拭きながら板さんに声をかけた。
「はいっ、かしこまりました」と元気のいい声が返ってきて、美咲さんも笑顔になる。
「あれ?飲んでないの?」
美咲さんがカウンターに視線を走らせ早速そこを突っ込んできた。
私と友紀はあえて控えていた所もあったんだけど、それについては話さず友紀が徐にメニュー表を手にする。
少しだけ、というような言葉を交わしつつ同じ銘柄の日本酒を注文して三人で小さく乾杯した所で、私はようやくここまで一連の美咲さんの言動が、友紀の緊張を気遣った配慮なのかもしれないという事に思い至った。
我ながら随分遅いと思うけれど、それでも以前に比べれば気付くタイミングは多少早くなったと思いたい。
「じゃ、後は私は静かにしとくから」という言葉を最後に、美咲さんは本当に静かになってしまった。
美咲さんは私と友紀の会話に混ざるつもりなし、の意思表明と共に、静かに飲食しながらぽつぽつと板さんと会話する、そういうスタンスを決め込んでいる様子だ。
「って言うか二人の時でも敬語なの?」
友紀に小声でそう尋ねられ、「え、そうだけど」と私が返すと友紀は不思議そうな顔をした。
私からすれば、いくら恋人だろうが美咲さんにタメ口など、とある特定のプレイにおいて以外は全く考えられない事だ。
年齢が離れているというのが大きいだろうけど、特にそれに関して私自身に違和感はない。
私はふと、受付から秘書課へ異動する直前に行われた、部署の送別会の事を思い出していた。
飛び入りで美咲さんや真帆さん、更に何故か進藤部長まで来て、会は大いに賑わった。
それでもやっぱり、受付女子の中では圧倒的に美咲さん人気が高くて、私はそれに軽く、いやだいぶ焦ってみたり、更にはあの時確かリモコンローターに関するいざこざがあって、正直私の記憶はあまり客観的なものとなっていないような気がする。
あの時もう私と美咲さんは「そういう」関係だったけど、それを周囲には悟られないようにと隠していた。
それが、今も特に何かを宣言した訳ではないにせよ、事実上私と美咲さんが付き合っている事は公然の秘密として認定されている。
「…私も、課長に下の名前で呼ばれてみたいかも」
友紀がぼそりとそんな事を呟く。
「秘書課はみんな、名前呼びだよ」
「…そうだったよね」
「一課には女二人しか居ないんだし、二人だけでそんなルールにしちゃっても全然変じゃないと思うけどな」
少しだけ美咲さんの存在が気になるけど、美咲さんは聞こえた会話についても特に反応せず、居ないものとして扱えという空気がびんびんに出ているので、逆に混ざりたいと言ってきた理由が良くわからないなと思いながらも、小さな声で友紀と会話を続けた。
…美咲さん、単にここの店に来てみたかっただけとか、そんな話なのだろうか。
大半の時間は友紀との会話に集中していたけれど、時折そんな事を考えてしまいたくなるぐらいに、美咲さんとの距離を感じる。
そもそも、おかしいのは何故私がこんな店で友紀にご馳走してもらう事になったのか、経緯すら聞いてこないのだ。
美咲さんが同席している今となっては、さきほど私が涙してしまった件--つまり私が美咲さんの担当秘書になれない事を悩んでいるという話題に触れられない。
お寿司そのものは、かなり現代的な創作和食のように工夫が凝らされていて、一つ一つ楽しみや驚きがあった。
イカのにぎりには、岩塩とみかんの果皮を乾燥させ粉末にしたものとを混ぜた粒が軽く振られていて、柚子とは違うまろやかな香りがイカに合うんだな、なんて発見もあったり。
更に驚いたのは、高級寿司店ではタブーであるはずのカリフォルニアロールが供された事なのだが、しかしそれにも相当なアレンジが加えられており、実際問題本当に豪華で美味しいと思える立派な一品だと思った。
さすがにこれには美咲さんも交えて三人で感嘆した。
「結果的にうちの売りになっちゃってます」と板さんは照れ笑いしているが、時代と共にそこに生きる人の好みに合わせて柔軟に味を変化させる事も、きっと一つの価値観なのだと思う。
変わらないものを提供し続けるお店も勿論必要だし、それはそれで重要な存在価値があると思うけれども、皆が皆そうでなければならないという事はないはずだ。
「あの」
突然、友紀が意を決したように美咲さんに向かって声をかけた。
美咲さんはなんとなく傾けていたぐい飲みをカウンターに置いて友紀に向き直る。
間に挟まれた私は、多分三人の中で一番ドキドキしてしまっているのではないかというほど硬直していた。
「今日ここで食べようって話になったのは…」
「ちょ、友紀やめてよ」
私が制止しようとするが美咲さんは「うん」と相槌を打っているし。
「冴子を励ます為で」
「…なるほどね」
なるほど、とは何だ。美咲さんは何を知っているんだろう。
「ほら冴子、やっぱり気付いてくれてるじゃない」
「は?」
友紀の顔を見るが、もうその表情は平静だ。
私は、美咲さんの顔を見るのが怖くて首を回せなかった。
「受け持ちの事でしょ、多分」
「そうです」とは友紀が返答しているし。
…バレバレだったのかと思うと、なんだか自分でがっかりする。
「冴子が思ってるほどバレバレではなかったけど」
私の思いを見透かしたように美咲さんが付け加えた。
「でもまあ、足を引っ張ってるのは私だしね、確かめても謝る事しかできないから」
そういう、寂しげな言葉に私は思わず美咲さんを振り返る。
「私も何度もお願いしたし相談もしたけど、結果が伴わなければ裏でどれだけ努力しましたなんて言ったって、なんの意味もない、それが会社組織だからね」
「……動いて、くれてたんですか?お姉さま」
「まあね、でも結局まだ何ともなってないからね」
直接視認はしていないが、友紀の顔が熱くなっているであろう様子が伺えた。
また人前で美咲さんを「お姉さま」と呼んでしまったから。
友紀はそういう呼び方の事を私から話て知ってはいるものの、リアルにそのやり取りを見るのは微妙だろう。
私はわかりやすく「うっ」と声に出てしまうぐらいにしゃくり上げる。
「すっごく重たい話だから、あえて今しちゃおうかなあ」
美咲さんからそんな風に言われて、いいとも悪いとも言える訳がない。
ようやく友紀を振り返ると、ここに居ていいのかというような顔をしていた。
「佐藤さんにも関係なくはない話なんだ」
「……?」
多分私と友紀は同じような顔をして、美咲さんを見ていたと思う。
三人とも軽く酔ってきているし、この際このまま聞いてしまおうではないかという気になっていた。
「私が、役員になるとか何とかいう噂があったやつ」
それは真下課長が言いふらしたデマだった。
「でもね、その前にちょうどそういうやり取りを秘書課としてたんだ、私」
「え?」
「私と付き合ってるからって冴子の受け持ちを増やさないのはおかしいだろうって秘書課に文句を言ったんだけど、そこでは秘書課には秘書課のハウスルールがあるんだと、ただそれだけ言われてつっぱねられて…頭に来たから、じゃ私がここの担当役員になって冴子の受け持ちを変更しろと命じれば言う事聞くわよね、とかおかしな啖呵を切っちゃって」
美咲さんが仕事に関して、ではないが私の受け持ちに関してそんな感情的に秘書課に噛みついたというのが事実とは思えないほど、信じられない。
「それで、真下課長はそれについては知らないはずだけど、あまりにもタイミング良くその後に噂が流れたから、彼女がこのやり取りについて知っているのか気になって、それもあって直接話す場は設けたかった」
期せずして真下課長は美咲さんをアシストしていたという事だったのか。
まあ実際真下課長にその自覚はなかった訳で、それを確かめた上で美咲さんは冷たく真下課長を突き放したという事のようである。
「あんなややこしいデマを流しておいて彼女が何の注意も受けてないのは、おかしいでしょ?」
「それも…そうですね」
「不可抗力とは言え彼女は、持ってると言えば持ってる人なんだと私は思った。運のベクトルは全て彼女のキャリアに味方してるみたいだけど」
私はつい「そうでも、ないんじゃないですかね」と応じてしまい、友紀を焦らせてしまう事になる。
今度は友紀が「ちょ、冴子やめてよ」とうろたえる番となった。
美咲さんは「…そう、なら良いけど」とさらりと応じるのみで、それ以上追求はしてこない。
「ごめんね、冴子」
頭は下げないまでも、心から申し訳なさそうに美咲さんが呟いた。
「それこそ、冴子のキャリアに泥を塗ったかもしれない」と、今にも涙がこぼれ落ちそうなのがわかるぐらいに瞳を潤ませている。
…きっと、自分がされたなら耐えられないから、と思っているのだろう。
こういう内容で美咲さんの涙を見る事になるなど、私は想像すらしなかった。
どうせ半分は不純な動機で、美咲さんの傍にいたいからという単純な願望だけで、私は秘書課異動を目指していたし、キャリアがどうという意識などほとんどないと言って良い。
でもそれが、美咲さんなりに感じる私への責任のようなものなのかもしれないとは思った。
キャリア形成に恋愛が邪魔ならその恋愛は切り捨てるという、本質的にはそれぐらいドライだったはずの美咲さんが、恋愛の中でも更に厄介であろう事態に巻き込まれて、挙句人の責任まで取ろうとしているのが私には良くわからない。
「それなりに組織からは大事にされて、ちやほやされてるしどうにかなるかと思ったけど…自分を過信してたかもしれない、思い通りにはならないものね」
美咲さんはやっぱり、寂しそうにそう呟いた。
もしかすると、美咲さんがやろうとしているのは単に私との個人的な問題に関わる事のみならず、会社全体における何か、それは風土なのか規則なのかわからないけれど、そういった根底にあってそれなのに無意味で理不尽なもののどこかに風穴を開けるような事…なのではないか。
よせばいいのにわざわざ私との付き合いをわからせるような振る舞いをしてみたり、周囲への配慮はしても遠慮はせずにガッツリ休暇を取ってみたり、秘書課の不文律にあえて噛みついてみたり。
きっと、美咲さんは嫌なんだ。
自分がいいと思っていない場所で評価される事が、この上なく。
そんなつまらない、下らない事はないし、必要ないのだと思っている、そういう気持ちが今の私にはわかる。
「やりたいと思っている仕事をやらせない組織なんて、誰がどう考えても異常でしょ、管理職ならともかく」
だったら何故冴子を異動させたのか、と美咲さんはついでに憤っている。
それは単に交際がバレてなかったからじゃないのかと、私は思うのだけど。
「あーゴメン、もう止めようね」
美咲さんは気を取り直して、といった感じで「冴子を励ます目的だった訳だから」などと、まるで自分に言い聞かせるように言って、様子を伺っていた板さんに「次、お願いします」などと促していた。
「江戸前の誇り」と板さんが満を持して供したのは穴子のにぎりだった。
「本当は一本まるごと乗せたい所なんですが」と、でもそれだと食べにくくなるからと、切り出した穴子は一応にぎりに載っているけれど、それ以外の部分は大ぶりにカットされてにぎりと共に「それだけで食べて欲しい」として供された。
たれが甘くて、何故か心が癒される。
その瞬間、私も友紀もやっぱり、こんな高級店に入ってしまって少なからず緊張し萎縮していた事に気付いた。
「美味しいですね」
素直にそういう言葉が出た。勿論それまでにも何度もそんな感想を、私たちは口にしていたんだけど。
「甘いでしょ、でもうちはこうなんです」と板さんは言って、続けて「うちは女性に優しいがコンセプトなんで」と今更言うのかというタイミングでアピールされた。
なるほどカリフォルニアロールと言い、そういう事なのかもしれない。
伝統や格式を重んじるタイプの男性からしたら、絶対それはナシだろうから。
勿論女性にだってそういうものを重んじるタイプの人はいるだろうし、男性にだって美味しければ何でもいいという人もいるだろう。
でもまあ、板さんとしてはこういうメニューが「女性に喜んでもらえる」ものとして認定している訳で、それを私は間違っているとは思わなかった。
穴子に対していい反応を示したからか、板さんは「じゃこれはうちの店からの励ましって事で」と、私にだけ同じ味つけのものと思われる煮はまぐりを出してくれた。
「会計に乗せていい」と言う美咲さんに対して板さんは「メニューにもあるけどこれはほんのちょっとだから」と言い訳してそれを固辞する。
「これも美味しいです」と私が反応すると、「普通に注文したくなってくる」と美咲さんが言い友紀が笑った。
「じゃ一つだけあげますから」
「いいよ、冴子のなんだから」
押し問答が面倒になり、私は強引に美咲さんの口に箸でつまんだ煮はまぐりをねじ込んだ。
そうされれば結局さほど抵抗せずにそれを食べる訳で、結果「美味しいね」と美咲さんは喜んでいる。
そんな様子にまた友紀は笑っていた。
押し問答は会計の際にも軽く起こる。
締めにはなんと小さなロールケーキが出たのだけれど、どうやらそれを食べている間に美咲さんが会計を済ませたらしく、それに気づいていながらも友紀はその場では動けず、ケーキの後で美咲さんに「いくらでしたか」と尋ねている。
「めんどくさいからもうこのままで良いよ」と美咲さん。
…何か、言い回しが進藤部長に似ている気がする。
友紀は「それじゃ困ります」と言い、美咲さんからおおよそ全部で3万円だと聞き出した後に、「私が1、冴子がその半分でいいね」と即決する。
その勢いに気圧され、奢ってもらうはずなのではという突っ込みもままならないまま私は友紀に5000円を渡し、友紀は自分の分と合わせて美咲さんに現金を押し付けた。
実は、美咲さんと外食しない理由はそこにもあって。
別に気にする事ではないのかもしれないけれど、私は友紀のように強く主張できず毎回のように、そして美咲さんは当然の事としてその食事代は全て美咲さんが支払っている。
少しでも自分が負担する事をしたくてもできなかったから、私も友紀を止めはしなかったのだ。
美咲さんは「はーい」と一応といった風情でそれを受け取り、「二人で飲み直したりするの?それなら私は先に帰るけど」と言い出した。
私の中では、もうこの後は美咲さんと二人であの部屋に帰る以外の選択肢が存在しなかったので、ちょっとびっくりする。
私と友紀は顔を見合わせ、それから時計を見て「もう、帰るよね」という意見で一致した。
*-*-*-*-*-
「…あぁっ、あんっ」
美咲さんと外で夕食を摂った後は、どういう訳だかやたらと帰宅後に身体に触られたくなるし、実際そうされると変に感じてしまう。
…アルコールが入る事が多いからだろうか。
美咲さんの、カジュアルダウンしたような仕事服スタイルも新鮮で見とれてしまうし、帰宅してそのまま触って欲しいとねだったのは、そんな背景もあったりする。
悩みを友紀に打ち明けたり、美咲さんからその真相の一部を聞かされたりして色々心が疲れたのもある。
だからとにかく今日は身体に、物理的な刺激が欲しくて仕方なくなっていた。
「…さっきのお店では全くそんな素振りなかったのに」
ぎゅっと私の身体を抱きすくめつつ美咲さんはそんな事を言った。
実際その時はそういう気分になっていないし、詳しく言えばいつスイッチが入ったかと言うと、この部屋に戻って玄関扉を閉めた瞬間である。
「…お姉さま、激しくして欲しいんです」
「わー、過激」
責任を果たしていないという後ろめたさがあるからか、珍しく美咲さんの口調は軽く、はぐらかすようだった。
だから私はますます真剣に美咲さんを見つめて懇願する。
「…いいんです、何も気にしなくて、そんな事」
「……」
「お姉さま、もう飽きちゃいましたか」
普段ここまで卑屈な事は言わないように心がけているが、ずるかろうと何だろうと構っていられない私はその禁断の引き出しを開けていく。
卑屈な言葉を発する時ほど、態度は堂々と、そして後には媚びるような表情を見せる。
そうされるのが一番そそる、と誰かは覚えてないけど、昔付き合った人に言われたのを思い出して実践する。
「……ね、お姉さま」
これも最近そんなにしてなかったけど、甘えた声で美咲さんを呼んだ。
スイッチの入りがあまりの事と思ったのか、美咲さんは私を焦らし始める。
「…まるで初めて会った時みたいだね、冴子」
「……」
「覚えてる?」
「忘れるわけないです」
美咲さんは意地悪ではなくて、ただ噛み締めるように、優しくキスしてきた。
それから「私たちあれからずっと、いっぱいエッチしたね」などと言ってくる。
「…そうですね」
恥ずかしいのをこらえながら私が答えると、美咲さんは「飽きるどころか、慣れたら慣れたでまた色々やりたくなっちゃうんだよ」と笑った。
「冴子、一つだけ言っておくけど」
「はい」
美咲さんは私の両肩に手を置いて、真正面から私を見た。
「本題というか、考えてもしょうがない事をさ…こういう事してごまかすの、そもそも私はいけない事だなんて思ってない」
「はい…」
「私にだって、ごまかしたい事は山のようにあるんだから」
「……」
何故今そんな話をしたんだろう。
もしかして、美咲さんはあの日、何かをごまかしたくて私と会う事を決めたのだろうか、なんとなくそういう感じがした。
でも、私からすれば動機も理由も、何でも良い。
「でもね、ごまかすつもりがこっちが本題になっちゃった」
「……」
「どうしてくれるのよ?冴子」
「どう、と言われても…」
頭が回らない。気の利いた言葉が出ればいいのに。
「だからそれが冴子の責任だ、ってもうずっと冴子はわかってるんだよね?」
「…はい」
それ以外に特に何もないからそう思っているだけの事で、考えて理解しているとかそういう事ではないのだが。
再び美咲さんの両腕が私の腰に回されて、強く身体を締め付けられた。
身に着けているブラジャーのワイヤーが身体に強く当たって痛いし、だからなのか早く脱がせて欲しいという気になってくる。
その腕の力強さと、射貫くような美咲さんの視線から私はなんとなくだけど、美咲さんは本気で私を離さないつもりでいるんだな、という気持ちを感じた。
そこは譲るつもりがなくて、かつ私の秘書としてのキャリアが開けるようにするんだという強い意志を感じる。
何だか、ちょっとそれについてどうでも良くなり始めている自分以上に美咲さんの姿勢が真剣に見えて、私は恥ずかしくなる。
「……」
急速に、自分の中での淫猥な熱が冷めていく気がした。
だから美咲さんの腕から逃げるための心の準備を始めてしまう。
仕掛けておいて何だが、今はそういう、意志を伴う真面目な交わりよりも、全てにおいてどうでも良いような、退廃的な交わりを期待していたからだ。
「冴子」
うつむきかけた私に声がかかる。
…どうして今、というタイミングで唇が重ねられた。
このテンションからまた掘り起こすつもりなのだろうか、美咲さんは。
それはまるで自分に何かを課している人がする事のようだと思う。
私がその気になって誘ったから、というきっかけをなんとしても避けたいのではないかと勘ぐるけど、それが正しいと証明するかのように、今度は美咲さんが煽ってくるのだ。
でもそんな物は本当は必要なくて、ほんの少し唇を重ねて舌先を絡めただけでもう、私の中の熱は元通り蘇っている。
「……んっ」
男の人がするみたいに、キスしながらそこそこの力で胸を揉み回されると、息苦しさも伴って私は喘いだ。
じっと立っていられなくなりもじもじと内またを擦り合わせながら腰を軽く揺らしてしまうと、美咲さんの手がそれを咎めるように腰からお尻の辺りを撫でさすってくる。
キスの感触だけははっきりと美咲さんだけど、右手ではお尻を、左手では私の胸を揉んでいる感じは別人みたいでどうにも気持ちが追い付かない。
「…っ、ん…」
お尻にあった手がすっと動いて、その指先がスカートの中のショーツの縁をたどりあっという間に秘部の割れ目をなぞり始める。
布越しにでもその感触は艶めかしく、私は小刻みに身体を震わせてしまった。
「…冴子、今日も私とエッチするんだよ、いいの?」
わずかに離れた美咲さんの唇からそんな言葉が漏れてきたけど、今更何を言っているのだろうか。
だいたい行為は既に始まっていると言うのに。
「……」
答えに困ってただ美咲さんを見ていると、待っていられないという様子で美咲さんがまた私の唇を食む。
「んっ、あ…っ」
とりあえず現状そこそこ気持ち良くなってしまって、私は先の事など考えられなくなっていた。
唇と胸、そして秘部への愛撫はそれだけでもう、私の身体をとろけさせてしまっている。
「ねえ、冴子」
また唇の離れ際に美咲さんが言葉を発する。
ぼんやりした頭でそれに耳を傾けているけれど、次はきっと「物欲しそうな顔」と、以前よくされた指摘をされる予感があった。
「…幸せそうな顔、してる」
「…?」
意外だった。
顔に出るとはよく言われてきたけれど、こういう時には決まって自分はガツガツした顔をしているはずだと思っていたから。
だからつい、そのまま驚いた表情を美咲さんに見られてしまった。
「…実際はそこまで幸せじゃないのかしら」
「いえそんな…」
身体がぐらりとしたので言葉が続かなかった。
美咲さんが私をベッドに押し倒したから。
「とりあえず今は、こういう事でしか幸せにしてあげられないけど」
美咲さんは乾いた笑いを浮かべているように見えたけど、こちらも切羽詰まっているのであまり正確にはわからない。
そして美咲さんの卑屈さは独特だ、と思う。
「もう、いいですから…」
「さっさと抱けって感じ?」
「はい」
「そうだね」
だいたいベッドに私を押し倒しておいてその先他に何もやる事はないだろうに。
私は美咲さんがまだかけたままの眼鏡に指を添え、慎重にそれを外しサイドテーブルに置いた。
「…なんか、焦らしてるはずのこっちが我慢できなくなっちゃった」
美咲さんは照れながらそう言ったのを最後に、一気に妖艶なオーラを放ち始める。
今までに、こうもわかりやすくモードが切り替わる事があったろうかと思うぐらいにそれは極端な感じがした。
けれどそれに触発されるかのように、私の中ではとてつもない期待感と畏怖が生まれ、そしてそういう美咲さんを唯一間近で観察できる喜びと感動に打ち震えた。
涙が溢れそうになるけど、それは怖いからではない。
実際今、私の服や下着は実に乱暴に美咲さんによって剥ぎ取られているのだけど、それさえも私にとっては喜ばしい事なのである。
勢いよく脱がされるあまり、私の身体は時折左右に捻じれたりしたけど、それもまた美咲さんに振り回されているかのようで心地良かった。
全てを脱がされた所で美咲さんは性急に私の秘部を舐めしゃぶってくる。それもやっぱり、いきなりそこそこ激しく。
「あ、や……っあん」
小さな抵抗は形式的なものでしかなく、それなのになぜか儀式のように私はしょっちゅうそうしてしまう。
美咲さんは心得ていて、それには目もくれず、むしろかえって下品な音を立てて私の秘部をすするのだ。
「あ、あ…っ、お姉さまぁ」
美咲さんに口淫するのは大好きだし慣れているけど、逆に一方的に口淫される側になるのは、感覚的にはあまり慣れない。
だからどうしてもじたばたしてしまうんだけど、美咲さんは自分が口淫されている時けっこうまったりしているのは、そんなに感じてないからなのだろうか。不安になる。
…いや、声が遠いだけでけっこう喘いでいるのではないか、などと考えていると、美咲さんはふいに私の萌芽に圧力をかけて舌を触れさせてきた。
「きゃぁっ」という、悲鳴にも似た声が出てしまう。
私の手は自分の口を塞いだり、そうかと思えば美咲さんの髪や耳を軽く撫でてみたり、まるで彷徨うように緩慢にしか動かせない。
下半身では足こそじたばたさせているものの、与えられる愉悦を受け取り損ねるのが嫌で、むしろ美咲さんの顔に押し付けてしまうかのように腰が時々浮く有様だ。
「あ…んっ、なんか…んん」
身体の中を流れる血流が急速に激しく脈動する感覚があり、私はあっさりと美咲さんの口淫で達してしまった。
それが悔しくて、私は思わず「やだ…」と呟いてしまう。
「…大丈夫、まだまだいくらでもイかせてあげるから」
美咲さんのその言葉は、錯覚ではないかと思えるほどに私の欲しい言葉であり、欲しいタイミングにドンピシャで降ってきた。
「お姉さまぁ、いっぱいしてください」
今度こそ本気で懇願すると、「どれが良いのかな」と尋ねられてしまった。
選択肢は多い。再度の口淫なのか、それとも指を使って欲しいのか、はたまた偽竿やその他の性具を使うのか。
「お姉さまの、そこと…ここを」
自分でも意外な選択肢を私は選び口にしている。
刺激としては決して激しくないはずの、貝合わせを望んだからだ。
美咲さんは「うん」と頷いて、それこそ焦らすように艶めかしく一枚一枚服と下着を脱いでいった。
手伝うべきなのに、私はそれに見とれるばかりで手が出せずにいるうちに、美咲さんも一糸まとわぬ姿となる。
…しかも私の目でも確認できるくらいに、美咲さんの秘部は濡れていた。
「少し舐めた方がいいですか」
「いらない」
美咲さんが両脚を開いて私にそこを見せつけてきたので口淫を提案してみたけど、優しく…でもはっきりとそれは断られてしまった。
ぼーっとしているうちに美咲さんの開かれた脚の片方が私の肩脚をまたぐ。
身体を起こすよう促されるのかと構えたけど、美咲さんはそのまま身体を後ろに倒すようにして私の秘部に自分の秘部をぶつけてくる。
お互いの顔が見えない状態で、そこだけがヌルヌルと絡み合う感覚ばかりが強調されて感じられる気がして、私はつい大声で鳴いた。
「ひ、ぁ……っあぁっ」
知らず腰が揺れて、いやらしくぬめる秘部を、花弁を、そして露出した萌芽を夢中で擦り合わせていく。
時にはそれは機械的な動きとなり、美咲さんを炊きつけたようだった。
「冴子、そんなに…しちゃ…ぁ、んっ…う」
「これ、いいですか?お姉さま」
問いかけながらまた、機械的に腰を前後に振ってみると美咲さんは「いい、あぁんっ」と堪えきれないように声を漏らす。
「お姉さま…いいの?これ…」
いつの間にか私が一方的に美咲さんを攻める口調で腰の動きも主導権を握っていた。
でも勿論、こちらだってギリギリである。喘ぎの合間にそんな、いやらしい追い込みをかける倒錯感に、自分でも酔っていくのがわかった。
「お姉さま、一緒にイって…ねえ、あ…ん…」
「いいよ、冴子…そうやって…あ、んく、っ…!」
どこにも触れられていないはずの美咲さんが、一瞬で駆け上るように絶頂へと近づいていったのがわかる。
それでも私の脳内の中枢神経に働きかけるように、美咲さんの言葉は紡がれていった。
「冴子の、ヌルヌルのおまんこ、気持ちいいっ…」
もう、愛液は混じり合ってどちらが主にヌルヌルしているのかわからない状況だけど、そういう言葉を浴びせられて私も確実に高みへと近づいていく。
最終的にはお互い「あ、あんっ」と喘ぐばかりになって、ほとんど同時に絶頂を迎える事ができた。
それでもまだここは、長い夜の入り口にすぎない。
それを私も美咲さんも、お互いがきちんと理解していた。
どちらからともなく身体を起こして、言葉は交わさず互いの指を相手の秘部に差し込んでいく。
その時はしっかりと、挿入される瞬間の相手の顔を確かめながら。
…私は相当に欲に塗れた顔をしているに違いないけれど、美咲さんはその瞬間にちょっと切なそうな顔になるのが堪らないから、突っ込んだ指をすぐに動かしたくなる。
「あ、あんっ…冴子の指…っん」
正直な所を言えばこれをする前に是非とも口淫タイムも設けたかったけれど、こうなったら順不同で構わない。
美咲さんの口が開いてそこから喘ぎ声なのか吐息なのかわからない息遣いがひっきりなしに漏れるけれど、でもその顔は、今度はちょっと笑っているみたいに見えるのだ。
つられてこちらも笑顔になり、同時に指では美咲さんの内壁をえぐるように刺激してしまう。
「あ、ダメ…そんな…」
ダメですか?と表情だけで問うけれど、美咲さんは何も咎めはしてこない。
お返しに施されるのは、やはり私の膣内に突き立てられた指での愛撫だ。
美咲さんの細い指先でくすぐられるだけでも十分おかしくなりそうだけど、まるで私の愛撫と連動しているかのように、あるいは快感が高まる事によってそれは自然に起こるのかもしれないけど、細い指先が器用に私の内側をくまなく撫で回してきて、私は時折息ができなくなった。
「あの、また…もう…ん、あぁっ」
これを開発されたと表現すべきかどうかはわからないが、愛撫される事に馴染んだ私の身体は、以前に比べても明らかに感じやすくなりその分絶頂までの手間も時間も、圧倒的に短く済むようになっている。
私自身はそれを自覚しているが、美咲さんはどうなのだろう。
美咲さんが連続絶頂を見せてくれる事も増えた気はするのだけど。
度合いはともかく多少はそうなってくれているはず、と信じて私は夢中で指を動かした。
美咲さんの膣肉がきゅうっと私の指に吸い付いてきて、まるで心まで鷲掴みにされた気分になる。
「お姉さま、大好きです」
美咲さんの表情に一瞬、してやられたというような、悔しそうな色がにじむけれど、そのすぐ後には首を仰け反らせ「いっちゃう」と叫んだかと思うと私の指にしがみつくように膣肉を更にくねらせて絶頂を迎えたようだった。
あてられたように私もそれにつられて軽く達する。
「…全部しよう、冴子」
「……」
ぴったりと抱きつかれて美咲さんにそう言われたのだけど、これまでしてきた事全部を一晩のうちに行うなど無理だ。
それでも私たちはその後偽竿も使ったし、お互いの秘部を同時に舐める事もしたし、枷を使って愛し合ったりもした。
休むのも眠るのも忘れてこんなにも長く行為にふけったのはいつ以来だろうかと考えるけど、あまり思い出せない。
それでも私たちはまた、出会った頃と同じように夜を徹して、でもあの頃とは違いお互いの身体を知り尽くした上で、何度も何度も交わった。
だからあの頃よりずっと、それはもう深く沈むようなぐらい、絶頂の回数も深度も上回っていて、日曜日の一日だけで体力を取り戻せるだろうかと心配になってしまうぐらいに全てを使い果たす覚悟で行為にふけったのだ。
後からもう一人来ると板さんに伝えると、「じゃゆっくりめにお出ししていきますね」と気を利かせてくれ、突き出しの松前漬け風の和え物をつまみ、アジのにぎりが出て来た所で美咲さんが店に現れた。
友紀の存在を意識してか、それとも店に合わせてなのか、美咲さんの出で立ちは仕事の時のそれと近い。
下こそゆとりのあるフレアスカートを履いているけれど、上はカットソーにジャケットを合わせていて、滅多にないけど休日出勤する時のイメージと言えばしっくりくるだろうか。
若干崩し目にはしているけれどガチな私服感はなく、私は少しの緊張と興奮を覚えた。
「…お疲れ様です」と友紀が思わずといった風情で立ち上がる。
「やめてよ」と美咲さんは笑顔で手を横に振った。
考えてみれば、美咲さんが私と友紀のデート?に同席するのはこれが初めてだし、友紀が異常なほど礼儀正しくなってしまうのもわからない訳ではない。
「ごめんね急にお邪魔しちゃって」
「いえいえ」
カウンターには右に友紀、真ん中に私という感じで座っており美咲さんの席は私の更に左という想定で、そこに小皿や箸がセットされている。
美咲さんは冗談めかして「この並びでいいのかな?」などと軽口を叩きつつそこに腰を下ろした。
…一応、上下は気にしてそこを美咲さんにするのは私と友紀の合意の上だったんだけど、あるいは美咲さんは友紀と話しがしたいのかな?という事もその時思ったりして、ただの軽口にも関わらず私はやたらと動揺してしまう。
「あの、席替えた方がいいでしょうか」
とっさにそんな言葉が口から出てしまって、美咲さんは目を丸くした。
「いやいや大丈夫だから」と言いながらも、「こそこそと冴子に変な事したりしないから安心して」と付け加えて友紀の顔を真っ赤にさせた。
「ちょ、やめてくださいよ」
「あはは、…じゃ私のもお願いします」
軽やかに私と友紀の狼狽をスルーして、美咲さんはおしぼりで手を拭きながら板さんに声をかけた。
「はいっ、かしこまりました」と元気のいい声が返ってきて、美咲さんも笑顔になる。
「あれ?飲んでないの?」
美咲さんがカウンターに視線を走らせ早速そこを突っ込んできた。
私と友紀はあえて控えていた所もあったんだけど、それについては話さず友紀が徐にメニュー表を手にする。
少しだけ、というような言葉を交わしつつ同じ銘柄の日本酒を注文して三人で小さく乾杯した所で、私はようやくここまで一連の美咲さんの言動が、友紀の緊張を気遣った配慮なのかもしれないという事に思い至った。
我ながら随分遅いと思うけれど、それでも以前に比べれば気付くタイミングは多少早くなったと思いたい。
「じゃ、後は私は静かにしとくから」という言葉を最後に、美咲さんは本当に静かになってしまった。
美咲さんは私と友紀の会話に混ざるつもりなし、の意思表明と共に、静かに飲食しながらぽつぽつと板さんと会話する、そういうスタンスを決め込んでいる様子だ。
「って言うか二人の時でも敬語なの?」
友紀に小声でそう尋ねられ、「え、そうだけど」と私が返すと友紀は不思議そうな顔をした。
私からすれば、いくら恋人だろうが美咲さんにタメ口など、とある特定のプレイにおいて以外は全く考えられない事だ。
年齢が離れているというのが大きいだろうけど、特にそれに関して私自身に違和感はない。
私はふと、受付から秘書課へ異動する直前に行われた、部署の送別会の事を思い出していた。
飛び入りで美咲さんや真帆さん、更に何故か進藤部長まで来て、会は大いに賑わった。
それでもやっぱり、受付女子の中では圧倒的に美咲さん人気が高くて、私はそれに軽く、いやだいぶ焦ってみたり、更にはあの時確かリモコンローターに関するいざこざがあって、正直私の記憶はあまり客観的なものとなっていないような気がする。
あの時もう私と美咲さんは「そういう」関係だったけど、それを周囲には悟られないようにと隠していた。
それが、今も特に何かを宣言した訳ではないにせよ、事実上私と美咲さんが付き合っている事は公然の秘密として認定されている。
「…私も、課長に下の名前で呼ばれてみたいかも」
友紀がぼそりとそんな事を呟く。
「秘書課はみんな、名前呼びだよ」
「…そうだったよね」
「一課には女二人しか居ないんだし、二人だけでそんなルールにしちゃっても全然変じゃないと思うけどな」
少しだけ美咲さんの存在が気になるけど、美咲さんは聞こえた会話についても特に反応せず、居ないものとして扱えという空気がびんびんに出ているので、逆に混ざりたいと言ってきた理由が良くわからないなと思いながらも、小さな声で友紀と会話を続けた。
…美咲さん、単にここの店に来てみたかっただけとか、そんな話なのだろうか。
大半の時間は友紀との会話に集中していたけれど、時折そんな事を考えてしまいたくなるぐらいに、美咲さんとの距離を感じる。
そもそも、おかしいのは何故私がこんな店で友紀にご馳走してもらう事になったのか、経緯すら聞いてこないのだ。
美咲さんが同席している今となっては、さきほど私が涙してしまった件--つまり私が美咲さんの担当秘書になれない事を悩んでいるという話題に触れられない。
お寿司そのものは、かなり現代的な創作和食のように工夫が凝らされていて、一つ一つ楽しみや驚きがあった。
イカのにぎりには、岩塩とみかんの果皮を乾燥させ粉末にしたものとを混ぜた粒が軽く振られていて、柚子とは違うまろやかな香りがイカに合うんだな、なんて発見もあったり。
更に驚いたのは、高級寿司店ではタブーであるはずのカリフォルニアロールが供された事なのだが、しかしそれにも相当なアレンジが加えられており、実際問題本当に豪華で美味しいと思える立派な一品だと思った。
さすがにこれには美咲さんも交えて三人で感嘆した。
「結果的にうちの売りになっちゃってます」と板さんは照れ笑いしているが、時代と共にそこに生きる人の好みに合わせて柔軟に味を変化させる事も、きっと一つの価値観なのだと思う。
変わらないものを提供し続けるお店も勿論必要だし、それはそれで重要な存在価値があると思うけれども、皆が皆そうでなければならないという事はないはずだ。
「あの」
突然、友紀が意を決したように美咲さんに向かって声をかけた。
美咲さんはなんとなく傾けていたぐい飲みをカウンターに置いて友紀に向き直る。
間に挟まれた私は、多分三人の中で一番ドキドキしてしまっているのではないかというほど硬直していた。
「今日ここで食べようって話になったのは…」
「ちょ、友紀やめてよ」
私が制止しようとするが美咲さんは「うん」と相槌を打っているし。
「冴子を励ます為で」
「…なるほどね」
なるほど、とは何だ。美咲さんは何を知っているんだろう。
「ほら冴子、やっぱり気付いてくれてるじゃない」
「は?」
友紀の顔を見るが、もうその表情は平静だ。
私は、美咲さんの顔を見るのが怖くて首を回せなかった。
「受け持ちの事でしょ、多分」
「そうです」とは友紀が返答しているし。
…バレバレだったのかと思うと、なんだか自分でがっかりする。
「冴子が思ってるほどバレバレではなかったけど」
私の思いを見透かしたように美咲さんが付け加えた。
「でもまあ、足を引っ張ってるのは私だしね、確かめても謝る事しかできないから」
そういう、寂しげな言葉に私は思わず美咲さんを振り返る。
「私も何度もお願いしたし相談もしたけど、結果が伴わなければ裏でどれだけ努力しましたなんて言ったって、なんの意味もない、それが会社組織だからね」
「……動いて、くれてたんですか?お姉さま」
「まあね、でも結局まだ何ともなってないからね」
直接視認はしていないが、友紀の顔が熱くなっているであろう様子が伺えた。
また人前で美咲さんを「お姉さま」と呼んでしまったから。
友紀はそういう呼び方の事を私から話て知ってはいるものの、リアルにそのやり取りを見るのは微妙だろう。
私はわかりやすく「うっ」と声に出てしまうぐらいにしゃくり上げる。
「すっごく重たい話だから、あえて今しちゃおうかなあ」
美咲さんからそんな風に言われて、いいとも悪いとも言える訳がない。
ようやく友紀を振り返ると、ここに居ていいのかというような顔をしていた。
「佐藤さんにも関係なくはない話なんだ」
「……?」
多分私と友紀は同じような顔をして、美咲さんを見ていたと思う。
三人とも軽く酔ってきているし、この際このまま聞いてしまおうではないかという気になっていた。
「私が、役員になるとか何とかいう噂があったやつ」
それは真下課長が言いふらしたデマだった。
「でもね、その前にちょうどそういうやり取りを秘書課としてたんだ、私」
「え?」
「私と付き合ってるからって冴子の受け持ちを増やさないのはおかしいだろうって秘書課に文句を言ったんだけど、そこでは秘書課には秘書課のハウスルールがあるんだと、ただそれだけ言われてつっぱねられて…頭に来たから、じゃ私がここの担当役員になって冴子の受け持ちを変更しろと命じれば言う事聞くわよね、とかおかしな啖呵を切っちゃって」
美咲さんが仕事に関して、ではないが私の受け持ちに関してそんな感情的に秘書課に噛みついたというのが事実とは思えないほど、信じられない。
「それで、真下課長はそれについては知らないはずだけど、あまりにもタイミング良くその後に噂が流れたから、彼女がこのやり取りについて知っているのか気になって、それもあって直接話す場は設けたかった」
期せずして真下課長は美咲さんをアシストしていたという事だったのか。
まあ実際真下課長にその自覚はなかった訳で、それを確かめた上で美咲さんは冷たく真下課長を突き放したという事のようである。
「あんなややこしいデマを流しておいて彼女が何の注意も受けてないのは、おかしいでしょ?」
「それも…そうですね」
「不可抗力とは言え彼女は、持ってると言えば持ってる人なんだと私は思った。運のベクトルは全て彼女のキャリアに味方してるみたいだけど」
私はつい「そうでも、ないんじゃないですかね」と応じてしまい、友紀を焦らせてしまう事になる。
今度は友紀が「ちょ、冴子やめてよ」とうろたえる番となった。
美咲さんは「…そう、なら良いけど」とさらりと応じるのみで、それ以上追求はしてこない。
「ごめんね、冴子」
頭は下げないまでも、心から申し訳なさそうに美咲さんが呟いた。
「それこそ、冴子のキャリアに泥を塗ったかもしれない」と、今にも涙がこぼれ落ちそうなのがわかるぐらいに瞳を潤ませている。
…きっと、自分がされたなら耐えられないから、と思っているのだろう。
こういう内容で美咲さんの涙を見る事になるなど、私は想像すらしなかった。
どうせ半分は不純な動機で、美咲さんの傍にいたいからという単純な願望だけで、私は秘書課異動を目指していたし、キャリアがどうという意識などほとんどないと言って良い。
でもそれが、美咲さんなりに感じる私への責任のようなものなのかもしれないとは思った。
キャリア形成に恋愛が邪魔ならその恋愛は切り捨てるという、本質的にはそれぐらいドライだったはずの美咲さんが、恋愛の中でも更に厄介であろう事態に巻き込まれて、挙句人の責任まで取ろうとしているのが私には良くわからない。
「それなりに組織からは大事にされて、ちやほやされてるしどうにかなるかと思ったけど…自分を過信してたかもしれない、思い通りにはならないものね」
美咲さんはやっぱり、寂しそうにそう呟いた。
もしかすると、美咲さんがやろうとしているのは単に私との個人的な問題に関わる事のみならず、会社全体における何か、それは風土なのか規則なのかわからないけれど、そういった根底にあってそれなのに無意味で理不尽なもののどこかに風穴を開けるような事…なのではないか。
よせばいいのにわざわざ私との付き合いをわからせるような振る舞いをしてみたり、周囲への配慮はしても遠慮はせずにガッツリ休暇を取ってみたり、秘書課の不文律にあえて噛みついてみたり。
きっと、美咲さんは嫌なんだ。
自分がいいと思っていない場所で評価される事が、この上なく。
そんなつまらない、下らない事はないし、必要ないのだと思っている、そういう気持ちが今の私にはわかる。
「やりたいと思っている仕事をやらせない組織なんて、誰がどう考えても異常でしょ、管理職ならともかく」
だったら何故冴子を異動させたのか、と美咲さんはついでに憤っている。
それは単に交際がバレてなかったからじゃないのかと、私は思うのだけど。
「あーゴメン、もう止めようね」
美咲さんは気を取り直して、といった感じで「冴子を励ます目的だった訳だから」などと、まるで自分に言い聞かせるように言って、様子を伺っていた板さんに「次、お願いします」などと促していた。
「江戸前の誇り」と板さんが満を持して供したのは穴子のにぎりだった。
「本当は一本まるごと乗せたい所なんですが」と、でもそれだと食べにくくなるからと、切り出した穴子は一応にぎりに載っているけれど、それ以外の部分は大ぶりにカットされてにぎりと共に「それだけで食べて欲しい」として供された。
たれが甘くて、何故か心が癒される。
その瞬間、私も友紀もやっぱり、こんな高級店に入ってしまって少なからず緊張し萎縮していた事に気付いた。
「美味しいですね」
素直にそういう言葉が出た。勿論それまでにも何度もそんな感想を、私たちは口にしていたんだけど。
「甘いでしょ、でもうちはこうなんです」と板さんは言って、続けて「うちは女性に優しいがコンセプトなんで」と今更言うのかというタイミングでアピールされた。
なるほどカリフォルニアロールと言い、そういう事なのかもしれない。
伝統や格式を重んじるタイプの男性からしたら、絶対それはナシだろうから。
勿論女性にだってそういうものを重んじるタイプの人はいるだろうし、男性にだって美味しければ何でもいいという人もいるだろう。
でもまあ、板さんとしてはこういうメニューが「女性に喜んでもらえる」ものとして認定している訳で、それを私は間違っているとは思わなかった。
穴子に対していい反応を示したからか、板さんは「じゃこれはうちの店からの励ましって事で」と、私にだけ同じ味つけのものと思われる煮はまぐりを出してくれた。
「会計に乗せていい」と言う美咲さんに対して板さんは「メニューにもあるけどこれはほんのちょっとだから」と言い訳してそれを固辞する。
「これも美味しいです」と私が反応すると、「普通に注文したくなってくる」と美咲さんが言い友紀が笑った。
「じゃ一つだけあげますから」
「いいよ、冴子のなんだから」
押し問答が面倒になり、私は強引に美咲さんの口に箸でつまんだ煮はまぐりをねじ込んだ。
そうされれば結局さほど抵抗せずにそれを食べる訳で、結果「美味しいね」と美咲さんは喜んでいる。
そんな様子にまた友紀は笑っていた。
押し問答は会計の際にも軽く起こる。
締めにはなんと小さなロールケーキが出たのだけれど、どうやらそれを食べている間に美咲さんが会計を済ませたらしく、それに気づいていながらも友紀はその場では動けず、ケーキの後で美咲さんに「いくらでしたか」と尋ねている。
「めんどくさいからもうこのままで良いよ」と美咲さん。
…何か、言い回しが進藤部長に似ている気がする。
友紀は「それじゃ困ります」と言い、美咲さんからおおよそ全部で3万円だと聞き出した後に、「私が1、冴子がその半分でいいね」と即決する。
その勢いに気圧され、奢ってもらうはずなのではという突っ込みもままならないまま私は友紀に5000円を渡し、友紀は自分の分と合わせて美咲さんに現金を押し付けた。
実は、美咲さんと外食しない理由はそこにもあって。
別に気にする事ではないのかもしれないけれど、私は友紀のように強く主張できず毎回のように、そして美咲さんは当然の事としてその食事代は全て美咲さんが支払っている。
少しでも自分が負担する事をしたくてもできなかったから、私も友紀を止めはしなかったのだ。
美咲さんは「はーい」と一応といった風情でそれを受け取り、「二人で飲み直したりするの?それなら私は先に帰るけど」と言い出した。
私の中では、もうこの後は美咲さんと二人であの部屋に帰る以外の選択肢が存在しなかったので、ちょっとびっくりする。
私と友紀は顔を見合わせ、それから時計を見て「もう、帰るよね」という意見で一致した。
*-*-*-*-*-
「…あぁっ、あんっ」
美咲さんと外で夕食を摂った後は、どういう訳だかやたらと帰宅後に身体に触られたくなるし、実際そうされると変に感じてしまう。
…アルコールが入る事が多いからだろうか。
美咲さんの、カジュアルダウンしたような仕事服スタイルも新鮮で見とれてしまうし、帰宅してそのまま触って欲しいとねだったのは、そんな背景もあったりする。
悩みを友紀に打ち明けたり、美咲さんからその真相の一部を聞かされたりして色々心が疲れたのもある。
だからとにかく今日は身体に、物理的な刺激が欲しくて仕方なくなっていた。
「…さっきのお店では全くそんな素振りなかったのに」
ぎゅっと私の身体を抱きすくめつつ美咲さんはそんな事を言った。
実際その時はそういう気分になっていないし、詳しく言えばいつスイッチが入ったかと言うと、この部屋に戻って玄関扉を閉めた瞬間である。
「…お姉さま、激しくして欲しいんです」
「わー、過激」
責任を果たしていないという後ろめたさがあるからか、珍しく美咲さんの口調は軽く、はぐらかすようだった。
だから私はますます真剣に美咲さんを見つめて懇願する。
「…いいんです、何も気にしなくて、そんな事」
「……」
「お姉さま、もう飽きちゃいましたか」
普段ここまで卑屈な事は言わないように心がけているが、ずるかろうと何だろうと構っていられない私はその禁断の引き出しを開けていく。
卑屈な言葉を発する時ほど、態度は堂々と、そして後には媚びるような表情を見せる。
そうされるのが一番そそる、と誰かは覚えてないけど、昔付き合った人に言われたのを思い出して実践する。
「……ね、お姉さま」
これも最近そんなにしてなかったけど、甘えた声で美咲さんを呼んだ。
スイッチの入りがあまりの事と思ったのか、美咲さんは私を焦らし始める。
「…まるで初めて会った時みたいだね、冴子」
「……」
「覚えてる?」
「忘れるわけないです」
美咲さんは意地悪ではなくて、ただ噛み締めるように、優しくキスしてきた。
それから「私たちあれからずっと、いっぱいエッチしたね」などと言ってくる。
「…そうですね」
恥ずかしいのをこらえながら私が答えると、美咲さんは「飽きるどころか、慣れたら慣れたでまた色々やりたくなっちゃうんだよ」と笑った。
「冴子、一つだけ言っておくけど」
「はい」
美咲さんは私の両肩に手を置いて、真正面から私を見た。
「本題というか、考えてもしょうがない事をさ…こういう事してごまかすの、そもそも私はいけない事だなんて思ってない」
「はい…」
「私にだって、ごまかしたい事は山のようにあるんだから」
「……」
何故今そんな話をしたんだろう。
もしかして、美咲さんはあの日、何かをごまかしたくて私と会う事を決めたのだろうか、なんとなくそういう感じがした。
でも、私からすれば動機も理由も、何でも良い。
「でもね、ごまかすつもりがこっちが本題になっちゃった」
「……」
「どうしてくれるのよ?冴子」
「どう、と言われても…」
頭が回らない。気の利いた言葉が出ればいいのに。
「だからそれが冴子の責任だ、ってもうずっと冴子はわかってるんだよね?」
「…はい」
それ以外に特に何もないからそう思っているだけの事で、考えて理解しているとかそういう事ではないのだが。
再び美咲さんの両腕が私の腰に回されて、強く身体を締め付けられた。
身に着けているブラジャーのワイヤーが身体に強く当たって痛いし、だからなのか早く脱がせて欲しいという気になってくる。
その腕の力強さと、射貫くような美咲さんの視線から私はなんとなくだけど、美咲さんは本気で私を離さないつもりでいるんだな、という気持ちを感じた。
そこは譲るつもりがなくて、かつ私の秘書としてのキャリアが開けるようにするんだという強い意志を感じる。
何だか、ちょっとそれについてどうでも良くなり始めている自分以上に美咲さんの姿勢が真剣に見えて、私は恥ずかしくなる。
「……」
急速に、自分の中での淫猥な熱が冷めていく気がした。
だから美咲さんの腕から逃げるための心の準備を始めてしまう。
仕掛けておいて何だが、今はそういう、意志を伴う真面目な交わりよりも、全てにおいてどうでも良いような、退廃的な交わりを期待していたからだ。
「冴子」
うつむきかけた私に声がかかる。
…どうして今、というタイミングで唇が重ねられた。
このテンションからまた掘り起こすつもりなのだろうか、美咲さんは。
それはまるで自分に何かを課している人がする事のようだと思う。
私がその気になって誘ったから、というきっかけをなんとしても避けたいのではないかと勘ぐるけど、それが正しいと証明するかのように、今度は美咲さんが煽ってくるのだ。
でもそんな物は本当は必要なくて、ほんの少し唇を重ねて舌先を絡めただけでもう、私の中の熱は元通り蘇っている。
「……んっ」
男の人がするみたいに、キスしながらそこそこの力で胸を揉み回されると、息苦しさも伴って私は喘いだ。
じっと立っていられなくなりもじもじと内またを擦り合わせながら腰を軽く揺らしてしまうと、美咲さんの手がそれを咎めるように腰からお尻の辺りを撫でさすってくる。
キスの感触だけははっきりと美咲さんだけど、右手ではお尻を、左手では私の胸を揉んでいる感じは別人みたいでどうにも気持ちが追い付かない。
「…っ、ん…」
お尻にあった手がすっと動いて、その指先がスカートの中のショーツの縁をたどりあっという間に秘部の割れ目をなぞり始める。
布越しにでもその感触は艶めかしく、私は小刻みに身体を震わせてしまった。
「…冴子、今日も私とエッチするんだよ、いいの?」
わずかに離れた美咲さんの唇からそんな言葉が漏れてきたけど、今更何を言っているのだろうか。
だいたい行為は既に始まっていると言うのに。
「……」
答えに困ってただ美咲さんを見ていると、待っていられないという様子で美咲さんがまた私の唇を食む。
「んっ、あ…っ」
とりあえず現状そこそこ気持ち良くなってしまって、私は先の事など考えられなくなっていた。
唇と胸、そして秘部への愛撫はそれだけでもう、私の身体をとろけさせてしまっている。
「ねえ、冴子」
また唇の離れ際に美咲さんが言葉を発する。
ぼんやりした頭でそれに耳を傾けているけれど、次はきっと「物欲しそうな顔」と、以前よくされた指摘をされる予感があった。
「…幸せそうな顔、してる」
「…?」
意外だった。
顔に出るとはよく言われてきたけれど、こういう時には決まって自分はガツガツした顔をしているはずだと思っていたから。
だからつい、そのまま驚いた表情を美咲さんに見られてしまった。
「…実際はそこまで幸せじゃないのかしら」
「いえそんな…」
身体がぐらりとしたので言葉が続かなかった。
美咲さんが私をベッドに押し倒したから。
「とりあえず今は、こういう事でしか幸せにしてあげられないけど」
美咲さんは乾いた笑いを浮かべているように見えたけど、こちらも切羽詰まっているのであまり正確にはわからない。
そして美咲さんの卑屈さは独特だ、と思う。
「もう、いいですから…」
「さっさと抱けって感じ?」
「はい」
「そうだね」
だいたいベッドに私を押し倒しておいてその先他に何もやる事はないだろうに。
私は美咲さんがまだかけたままの眼鏡に指を添え、慎重にそれを外しサイドテーブルに置いた。
「…なんか、焦らしてるはずのこっちが我慢できなくなっちゃった」
美咲さんは照れながらそう言ったのを最後に、一気に妖艶なオーラを放ち始める。
今までに、こうもわかりやすくモードが切り替わる事があったろうかと思うぐらいにそれは極端な感じがした。
けれどそれに触発されるかのように、私の中ではとてつもない期待感と畏怖が生まれ、そしてそういう美咲さんを唯一間近で観察できる喜びと感動に打ち震えた。
涙が溢れそうになるけど、それは怖いからではない。
実際今、私の服や下着は実に乱暴に美咲さんによって剥ぎ取られているのだけど、それさえも私にとっては喜ばしい事なのである。
勢いよく脱がされるあまり、私の身体は時折左右に捻じれたりしたけど、それもまた美咲さんに振り回されているかのようで心地良かった。
全てを脱がされた所で美咲さんは性急に私の秘部を舐めしゃぶってくる。それもやっぱり、いきなりそこそこ激しく。
「あ、や……っあん」
小さな抵抗は形式的なものでしかなく、それなのになぜか儀式のように私はしょっちゅうそうしてしまう。
美咲さんは心得ていて、それには目もくれず、むしろかえって下品な音を立てて私の秘部をすするのだ。
「あ、あ…っ、お姉さまぁ」
美咲さんに口淫するのは大好きだし慣れているけど、逆に一方的に口淫される側になるのは、感覚的にはあまり慣れない。
だからどうしてもじたばたしてしまうんだけど、美咲さんは自分が口淫されている時けっこうまったりしているのは、そんなに感じてないからなのだろうか。不安になる。
…いや、声が遠いだけでけっこう喘いでいるのではないか、などと考えていると、美咲さんはふいに私の萌芽に圧力をかけて舌を触れさせてきた。
「きゃぁっ」という、悲鳴にも似た声が出てしまう。
私の手は自分の口を塞いだり、そうかと思えば美咲さんの髪や耳を軽く撫でてみたり、まるで彷徨うように緩慢にしか動かせない。
下半身では足こそじたばたさせているものの、与えられる愉悦を受け取り損ねるのが嫌で、むしろ美咲さんの顔に押し付けてしまうかのように腰が時々浮く有様だ。
「あ…んっ、なんか…んん」
身体の中を流れる血流が急速に激しく脈動する感覚があり、私はあっさりと美咲さんの口淫で達してしまった。
それが悔しくて、私は思わず「やだ…」と呟いてしまう。
「…大丈夫、まだまだいくらでもイかせてあげるから」
美咲さんのその言葉は、錯覚ではないかと思えるほどに私の欲しい言葉であり、欲しいタイミングにドンピシャで降ってきた。
「お姉さまぁ、いっぱいしてください」
今度こそ本気で懇願すると、「どれが良いのかな」と尋ねられてしまった。
選択肢は多い。再度の口淫なのか、それとも指を使って欲しいのか、はたまた偽竿やその他の性具を使うのか。
「お姉さまの、そこと…ここを」
自分でも意外な選択肢を私は選び口にしている。
刺激としては決して激しくないはずの、貝合わせを望んだからだ。
美咲さんは「うん」と頷いて、それこそ焦らすように艶めかしく一枚一枚服と下着を脱いでいった。
手伝うべきなのに、私はそれに見とれるばかりで手が出せずにいるうちに、美咲さんも一糸まとわぬ姿となる。
…しかも私の目でも確認できるくらいに、美咲さんの秘部は濡れていた。
「少し舐めた方がいいですか」
「いらない」
美咲さんが両脚を開いて私にそこを見せつけてきたので口淫を提案してみたけど、優しく…でもはっきりとそれは断られてしまった。
ぼーっとしているうちに美咲さんの開かれた脚の片方が私の肩脚をまたぐ。
身体を起こすよう促されるのかと構えたけど、美咲さんはそのまま身体を後ろに倒すようにして私の秘部に自分の秘部をぶつけてくる。
お互いの顔が見えない状態で、そこだけがヌルヌルと絡み合う感覚ばかりが強調されて感じられる気がして、私はつい大声で鳴いた。
「ひ、ぁ……っあぁっ」
知らず腰が揺れて、いやらしくぬめる秘部を、花弁を、そして露出した萌芽を夢中で擦り合わせていく。
時にはそれは機械的な動きとなり、美咲さんを炊きつけたようだった。
「冴子、そんなに…しちゃ…ぁ、んっ…う」
「これ、いいですか?お姉さま」
問いかけながらまた、機械的に腰を前後に振ってみると美咲さんは「いい、あぁんっ」と堪えきれないように声を漏らす。
「お姉さま…いいの?これ…」
いつの間にか私が一方的に美咲さんを攻める口調で腰の動きも主導権を握っていた。
でも勿論、こちらだってギリギリである。喘ぎの合間にそんな、いやらしい追い込みをかける倒錯感に、自分でも酔っていくのがわかった。
「お姉さま、一緒にイって…ねえ、あ…ん…」
「いいよ、冴子…そうやって…あ、んく、っ…!」
どこにも触れられていないはずの美咲さんが、一瞬で駆け上るように絶頂へと近づいていったのがわかる。
それでも私の脳内の中枢神経に働きかけるように、美咲さんの言葉は紡がれていった。
「冴子の、ヌルヌルのおまんこ、気持ちいいっ…」
もう、愛液は混じり合ってどちらが主にヌルヌルしているのかわからない状況だけど、そういう言葉を浴びせられて私も確実に高みへと近づいていく。
最終的にはお互い「あ、あんっ」と喘ぐばかりになって、ほとんど同時に絶頂を迎える事ができた。
それでもまだここは、長い夜の入り口にすぎない。
それを私も美咲さんも、お互いがきちんと理解していた。
どちらからともなく身体を起こして、言葉は交わさず互いの指を相手の秘部に差し込んでいく。
その時はしっかりと、挿入される瞬間の相手の顔を確かめながら。
…私は相当に欲に塗れた顔をしているに違いないけれど、美咲さんはその瞬間にちょっと切なそうな顔になるのが堪らないから、突っ込んだ指をすぐに動かしたくなる。
「あ、あんっ…冴子の指…っん」
正直な所を言えばこれをする前に是非とも口淫タイムも設けたかったけれど、こうなったら順不同で構わない。
美咲さんの口が開いてそこから喘ぎ声なのか吐息なのかわからない息遣いがひっきりなしに漏れるけれど、でもその顔は、今度はちょっと笑っているみたいに見えるのだ。
つられてこちらも笑顔になり、同時に指では美咲さんの内壁をえぐるように刺激してしまう。
「あ、ダメ…そんな…」
ダメですか?と表情だけで問うけれど、美咲さんは何も咎めはしてこない。
お返しに施されるのは、やはり私の膣内に突き立てられた指での愛撫だ。
美咲さんの細い指先でくすぐられるだけでも十分おかしくなりそうだけど、まるで私の愛撫と連動しているかのように、あるいは快感が高まる事によってそれは自然に起こるのかもしれないけど、細い指先が器用に私の内側をくまなく撫で回してきて、私は時折息ができなくなった。
「あの、また…もう…ん、あぁっ」
これを開発されたと表現すべきかどうかはわからないが、愛撫される事に馴染んだ私の身体は、以前に比べても明らかに感じやすくなりその分絶頂までの手間も時間も、圧倒的に短く済むようになっている。
私自身はそれを自覚しているが、美咲さんはどうなのだろう。
美咲さんが連続絶頂を見せてくれる事も増えた気はするのだけど。
度合いはともかく多少はそうなってくれているはず、と信じて私は夢中で指を動かした。
美咲さんの膣肉がきゅうっと私の指に吸い付いてきて、まるで心まで鷲掴みにされた気分になる。
「お姉さま、大好きです」
美咲さんの表情に一瞬、してやられたというような、悔しそうな色がにじむけれど、そのすぐ後には首を仰け反らせ「いっちゃう」と叫んだかと思うと私の指にしがみつくように膣肉を更にくねらせて絶頂を迎えたようだった。
あてられたように私もそれにつられて軽く達する。
「…全部しよう、冴子」
「……」
ぴったりと抱きつかれて美咲さんにそう言われたのだけど、これまでしてきた事全部を一晩のうちに行うなど無理だ。
それでも私たちはその後偽竿も使ったし、お互いの秘部を同時に舐める事もしたし、枷を使って愛し合ったりもした。
休むのも眠るのも忘れてこんなにも長く行為にふけったのはいつ以来だろうかと考えるけど、あまり思い出せない。
それでも私たちはまた、出会った頃と同じように夜を徹して、でもあの頃とは違いお互いの身体を知り尽くした上で、何度も何度も交わった。
だからあの頃よりずっと、それはもう深く沈むようなぐらい、絶頂の回数も深度も上回っていて、日曜日の一日だけで体力を取り戻せるだろうかと心配になってしまうぐらいに全てを使い果たす覚悟で行為にふけったのだ。
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