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愚かな魔法少女(晴香SIDE)

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梢さんがいくら後悔したって私の知った事ではない。
元々彼女が誘ってきたんだから、私は乗っているだけだ。

そんな風に関係を始めたのに、気が付くと梢さんにかまう事が生活の一部になっている。

冴子さん達も交えて四人でやって来た離島への旅行だけど、やっぱりカップルとして冴子さん達二人の組み合わせを見せつけられると、自分なんて到底割って入るなど無理そうにしか思えないし、そもそも私は彼女らを別れさせたい訳でもない。

私の初恋の相手は間違いなく冴子さんだし、初めて肌を重ねた相手が冴子さんで良かったと今も思っている。

だがその後に、私は心の中で冴子さんと梢さんを比べてしまった。
それはもう、本能的な事だから仕方ないのだけれど、冴子さんにあって梢さんにないものがあるように、梢さんにあって冴子さんにないものもある、そういう事におのずと気付いていく自分がいた。

私は、自分自身が攻めっ気の強い方だという自覚はあまりなかったけれど、実際に攻める交わりになれば集中力が増していく感覚はある。
そして攻めた時の反応として、冴子さんは少し悔しそうな、屈辱を感じているというような表情を浮かべるのに対して梢さんは違っていて、「何でも好きなようにして良い」という、不思議な包容力のようなものを感じた。

その上きつく攻めても簡単に音を上げる事も詫びを入れる事もしない。そこは梢さんのポリシーのようで、簡単に痛みや苦しみ、精神的な屈辱だけではプレイを中断したくないという考えがあるのだそうだ。

だから梢さんに対しては攻めがどんどんエスカレートしていってしまう。
例えば自慰行為を禁じてみたり、恥ずかしい露出をさせたり、本来そういう部分だけを楽しむ趣向はなかったはずの自分が、やらせてもらえる状況ではそれを命じてしまい、しかもそれを忠実に実行する梢さんを見てかなり興奮してしまっているのだ。

おまけにそういった苦しい攻めの後に梢さんと行う貝合わせの気持ち良さときたら、文字通り天にも昇る心地と言えるほどで、全てを忘れてしまいそうになるほどの快感が得られる事も知ってしまった。

さんざん梢さんを追い詰めて苦しめるような事をして支配しておきながら、その時だけは年相応に甘えてしまう。
そういう身勝手な私の振る舞いさえも、梢さんは黙って受入れついて来てくれるとわかってしまったら、もはや自制する理由も必要性も感じなくなってしまうのは必然でしかない。

離島初日の今日は昼食までは四人行動、その後はそれぞれでという事になった。
同ちゅう冴子さんが梢さんに何やら耳打ちしては梢さんが首を横に振って何か言い返すみたいなやり取りをしてたけど、きっと冴子さん的には私たちの関係性やどういう行動パターンを取っているのかなど、少しは気になっているのだろう。

私が冴子さんにオナニー動画を送りそれを見咎められた落とし前として、私は冴子さん達二人の交わりに参加させられて、それこそ衝撃的な体験をしたけれど、まさかあの時美咲さんに言われた「彼女でも連れて来れば」というやつがそのまま現実のものとなるなど考えもしなかった。

冴子さんも梢さんも、見た目の印象で私を「魔法少女」などと言っているけれど、言った事がその通りになるという点で一番強力な力を持っているのは美咲さんだろう、と思う。
思う事、やりたい事、叶えたい事を言葉にして、そうして冴子さんの事も手に入れた人なのだろう。
だから根本的に私は負けてしかるべき、という風に思っている。

離島の風は温かく、私たちはまず到着後ホテルで着替えを済ませてからランチに出かける事にした。
デザイナーとしてアプリ開発に関わってはいるものの、元々洋服についてはそんなに特別な興味を持ってはいない。
でもメンバーがメンバーなので皆がどんな服を着るのかな、という事が珍しく気になっている。

私は普段とあまり変わらないような、半袖ブラウスとスカートの上下を着ているけれど、普段と違う所としては今回の旅行の為にと梢さんがプレゼントしてくれた、けっこう女の子っぽいデザインの日傘を差している事。
…自分では絶対選ばないような、フリルの縁取りのような飾りが付いていて、表生地は銀色がかった白に裏は真っ黒な、梢さん曰く「紫外線をほぼ100%カットする」という素材のものらしい。

帽子を被らなくていい分頭は蒸れないけど、片手がふさがるのはちょっと不便だ。
でも、「大事な晴香たんのお肌のためだよ」と梢さんには強く言われているので、おとなしくその日傘を差すように心がけている。

「あ~!可愛いっ」

日傘にまず反応したのは冴子さんだった。

「…自分で買ったの?これ」などと尋ねてくるあたりは鋭いと思う。
私の好むデザインではないだろうと踏んでの質問だ。

「いえ、あの、梢さんに買ってもらって」
「えっ」

そこで梢さんが得意げに「やっぱり似合うよね、こういうのが晴香たんには」と割り込んでくるが、冴子さんは素直に「そうだね」と笑っている。

日傘使いは他に誰もいなくて、美咲さんは大きな鍔のついた帽子を被りマキシ丈のアロハっぽい柄ワンピースに丈の短いカーディガンを合わせているし、冴子さんはやはり普段とあまり変わらないが多少は動きやすそうな膝丈のプリーツスカートにシンプルなカットソーを着ている。
梢さんはほとんどランニングする時みたいなTシャツにショートパンツ姿だ。

梢さんと空港のトイレで交換したお互いのショーツについては、ホテルでの着替えの際に脱ぐのを認めた。その代わり下着は着けないでと命じようかと思ったけれど、「泳ぐかもしれないから水着を下に着てもいい?」と問われてそれは許可している。

因みに私はまだ梢さんのショーツをスカートの下に履いたままである。
特に違和感はないがどことなく背徳感のようなものを感じてしまい、知らない間に秘部が湿ってしまいそうになるので、極力意識を反らせるよう心がけた。

着替えの際には「晴香たんも脱いでいいのに」と梢さんに言われたけれど、意地悪く「たっぷり汚したやつを返してあげるから」と答えたら、梢さんは顔を赤くして黙ってしまった。

…こういう細かい所なんて、別に前もって考えておいて言う訳ではない。
梢さんの言動に対して反射的にそう返してしまっているのだ。
でもきっと、それはほんの少しでも梢さんが悦び興奮してくれたら、という事を期待しているからこそ生まれる発想なのだろうと思う。
いつも梢さんは「なんでそんな事ばっかり言うの」と恥ずかしがるけれど、私に言わせれば梢さんが私にそういう事を言わせているのだ。

着替えて部屋を出る前に、これ見よがしに自分のスカートの前布をめくって梢さんにショーツを見せつけると、梢さんは息を止めて私の股間を凝視していた。

「…他人が自分のパンツ履いてるの見て興奮しちゃうの?」

いやらしく問いかけてみるが、梢さんは「…晴香たんだからだよ」と呟いてそれきり黙ってしまう。
そんな梢さんの反応を面白がりながら、背伸びをして梢さんの顎を捕まえ、舌をぐちゃぐちゃ絡めてキスしてあげた。
ついでにスカートはめくったまま梢さんの太腿あたりにショーツを擦りつけてみたりして。

「あっ…んんっ」

それだけで梢さんは息苦しそうにもがいて、それでも一生懸命に私の背中をかき抱き舌の動きで応えてくれる。
このまま彼女を押し倒したい衝動に駆られたけれど、どうにか自制し「行こうか」と声をかけて唇を引き離した。
涎がこぼれそうになったのでジュルッと音を立ててそれを吸ったけど、思いのほか大きな音になってしまい梢さんがまたぴくりと身体を反応させる。

「…恥ずかしいよ」
「誰も居ないのに?」
「…うん」

私にとって梢さんは性にオープンなイメージでもなく、奔放なイメージでもなく、ましてや貞操観念が皆無に近いなんてイメージもない。
いつもどこか恥ずかしがっていて、ちょっとの事で敏感に反応する、可愛らしい人というイメージなのだ。
だけどそれはどうやら梢さんの本意ではないらしく、「調子が狂う」というような事を良く本人の口から聞かされている。

…冴子さんや美咲さんの前では、きっと全然違うんだよな、と時々考えるようにしないと、人前でも構わず梢さんを虐めてしまいそうになるので危険だ。
この離島への旅行で、冴子さんと梢さんが話している所なんかを見ていると、やっぱり冴子さんは梢さんを「先輩」として扱っているし、それなりに職業人として尊敬しているらしい事も伺えた。

…この人のどこがそう思わせるのか、私にはさっぱり謎なのだけれど、ヒントがあるとすれば梢さんと初めて会ったランニングウェアのイベントにて、表向きの顔というようなものはほんの少し確認できているからそれを頼りにするほかない。
その時間があまりにも短くて、それ以外の濃厚な時間があまりにも長くなっているから、記憶がもう曖昧になっているけれど。

四人で訪れたのは定番の沖縄そば店だった。
実は梢さんはよく食べる人で、代謝が良いのかエネルギー変換効率が良いのか、かなり食べても体形が変わらない。
それどころか最近はむしろ痩せていっているようにさえ感じる。
それを指摘した時も「晴香たんの所為だよ」と言われたのだけど。

私もまあまあ食べる方ではあるのでそういう意味でも遠慮なく付き合える。

ランチの後は明日の朝まで各自自由という事になった。夕食の約束をしなかったのは、多分私たち二人の様子に対して冴子さん達が気を使ってくれての事かもしれないと思われる。
勿論ホテル内のレストランで遭遇したらしたで会食ムードという事にはなるんだろうけど、私と梢さんにとって必要な時間は当然、身体を重ねる時間に他ならない。

梢さんの事だからきっと、海でのアクティビティだってとても楽しみにしている事だろうけど、わざわざ洋服の下に水着まで着込んだ割には二人きりになるともじもじしている。

「これからどうしますか?」

まだ人目があるので敬語で尋ねてみる。
梢さんは「うーん」とうなってばかりいた。

「まだお昼過ぎだしひと遊びしても良いかなとは思ったけど、やっぱり夕方までのんびりしたいかな」
「じゃ部屋でまったり過ごしますか」
「うん」

私たちが泊まっている部屋はヴィラタイプの、独立した一棟ものの小さな建物となっていて、各部屋にテラスやガーデンプールが備えられている。
冴子さん達の方は独立したヴィラタイプではないが、かなり広いオーシャンビューのスイートルームを押さえたようだった。

「あ、そう言えばお互いの部屋見せっこしてないですよね」
「そうだね…冴子ちゃんに聞いてみようか、戻る時間とか」
「お願いします」

聞けば冴子さん達も少し買い物をしたりして割と早めにホテルへ戻るつもりだと言う。

私たちは先にヴィラに戻ってひとしきり部屋の全貌をチェックしてはわーわー騒いでいた。
プライベート・ガーデンプールも本当に綺麗で、梢さんに水をかけられたり、逆にやり返したりして私たちはびしょ濡れになってはしゃいだ。

「ちょっと泳いじゃお」などと言い梢さんが気まぐれに泳ぎ始めたので、私は濡れた服を着替えてパラソルの下にあるビーチチェアに座り、泳ぐ梢さんの様子を眺めている。

ふと私は思い立ってプールサイドにしゃがみ梢さんに声をかけた。
「裸で泳いでみたら?」と。

「……」

別に誰が見ているわけでもなし、子供の頃は温泉旅館の大浴場で泳ぐぐらいしているんだろうし、特に他意はなく声をかけたつもりだったけど、梢さんは少し考えてから「せっかくだし…やってみようかな」と呟いてプールの中で水着を脱ぎ捨てた。
かなり水を含んだ水着が私の足元に放り投げられる。

…拾えという意味なのかわからなかったけど、とりあえず私はその水着を拾って水を絞った。
それから顔を上げると、そこに広がる光景にはっとせずにはいられなかった。

「……」

気分だけでそそのかしたはずなのに、プールの水に浮かんで背泳ぎしている梢さんの身体が綺麗な事と言ったらもう。
しかも私たちの為に二人で選んで買った華奢なシルバーのネックレスも、梢さんの鎖骨辺りに浮いてキラキラと輝いている。

太陽光を浴びているのにこんなにも肌が綺麗に見えるものなのか、という驚きや、澄んだ水に漂う梢さんの四肢、体躯にしっかりと張り付いている筋肉、伸ばしている髪、それがただ水に漂っているというだけの事なのに、まるで神話の一場面にでも遭遇しているかのような錯覚を覚える。

私は文字通り息を飲んで、水に漂う梢さんの裸体をまぶしい気持ちで見つめていた。
梢さんは泳ぎながら器用に身体を返してクロール、平泳ぎと様々に泳法も変え手いく。
フォームが綺麗だからなのか、いちいち様になっていて小憎らしいとさえ思った。

それからこの光景を汚したくない、という畏怖も同時に抱いてしまう。
だから私は一緒になってプールに入るとか、梢さんに悪戯してやろうなんていう気持ちはすっかり消え失せてしまっていて、ずっとこれを眺めていたい、なんて事まで考えていた。

…だけど、冴子さん達が戻って来たら、いや戻って来なくても、この時間に終わりは来る。

…あ、そうか。

私はこんな神々しい身体を持つ人を、自分だけのものにして支配しているのだという事に思い至り、その瞬間強烈に、ある種の満たされたような、笑い出したくなるような気分になった。
この神々しい姿も梢さんの一つの顔ではあるけれど、私の扱う偽竿のピストンによがり狂って泣き叫ぶ姿もまた、梢さんの一面を形成しているのだ。

この感覚は、冴子さんを犯している時に芽生える事はなかった。
梢さんをものにして、いいように弄んで官能の底なし沼に突き落とす事によって満たされる、支配欲の量は計り知れない。
神々しいなどと見とれている場合ではない。これからこの人をどうやって淫欲の底に突き落として汚してやろうかを考えるのが、私の役割なのだから。

梢さんはプールから上がって来る姿もまだ相変わらず神々しいぐらい綺麗だったけど、タオルで身体を拭いた辺りから、どうも様子がおかしくなっていた。

「なんか開放感と言うか…気が大きくなってきちゃった」などと言い、服を着る気が失せたのか、そのまま裸で私の隣にあるビーチチェアに寝そべっている。
身体を横向きにしているけれど、これもまたどこかの絵画にでも描かれているかのような姿で、間近で見ているのにこれなのかと溜め息が漏れる。

そんな空間を現実へと引き戻したのは、梢さんのスマホがメッセージの着信を知らせる軽快なメロディだった。

「あ、戻って来たのかな、冴子ちゃん達」

言いながら部屋へ戻る梢さんの姿は、見慣れたいつもの梢さんの裸だ、と思える。

私は瞳を何度か瞬きして、さきほどまでの光景が何かに脚色されたか、あるいは自分があまりに梢さんにはまり過ぎて妄想を付け足して見てしまったのかと考えるけれど、そんな感じはしない。
冴子さんにセックス固有の顔があるのと同じように、梢さんにも神話の一場面を再現するような顔というのが備わっているのだろう。
何がと言う訳ではなく、ふいにその瞬間が訪れるものなのかもしれない。

唐突に自分自身が悪魔か、魔術の力に溺れた愚かな魔法使いにでもなった気がしてくる。
だって私は神様の持ち物か使いであるかもしれない梢さんを横取りして犯して、自分だけのものにしようとしているのだから。

でも、ずるい魔法少女は清廉そうな顔をして、世界を支配しようとするものだ。
何でもないような顔をして解けない呪いをかけてみたり、命を奪うほどの魔法を平気でかけたりする。

やっぱり自分は妖精ではなく単なる自意識過剰の小悪魔だな、と自嘲気味に笑っていると、梢さんがスマホを片手に、仕方なさそうにTシャツを着た恰好で戻って来た。

「もうすぐ見に来るって」

元いたビーチチェアに座りながら梢さんが言う。

「そうですか」
「何、笑ってんの?」
「…別に」
「怖いなぁ」

私はぱっとビーチチェアから飛び降りて、梢さんが欲しそうな飲み物を部屋の冷蔵庫から物色する。
パイナップルジュースがあったので、それをグラスに注いで梢さんの顔の前に差し出した。

「はい」
「あれ?なんか珍しく優しいじゃん、晴香たん」

プールの水圧がそれなりにこたえているのか、梢さんは気だるい様子でグラスを受け取り美味しそうにジュースを口にした。

「毒とか入ってないよね」
「っ……」

私がむっとしてグラスを取り上げようとするけど、梢さんは「冗談だから」と笑ってその手を押し返してくる。
そうやってじゃれ合っていると、遠くで扉をノックする音がした。

「どうぞ、開いてます」

私が大声で答えると、冴子さんだけが部屋に入ってくる。

「あれ、冴子さんだけですか」

言ういながら扉の方に向かい冴子さんを出迎えると、やはり部屋を訪れているのは冴子さんだけなのだと認識できた。

「うん、お姉さ…まは来ないって」

美咲さんをどう呼ぶか言いあぐねてそのまま「お姉さま」と呼んでから、微妙にしまったという顔をする冴子さん。
まあ私に関しては既にわかっている事なので気にしなくて良いのに、と思う。

「わー、凄い」

ガーデンプールを一望できるテラスまで出て来て、冴子さんは声を上げる。
梢さんは、裸で泳いでいた時とはうって変わって、だるそうにビーチチェアに寝そべったままで冴子さんと話をしていた。

「もう泳いだんですか?梢さん」
「うん」
「しかもリゾートのプールなのに本気で泳いだんでしょ、どうせ」
「いや~、本気じゃないけど久々に泳いだから疲れちゃった」

梢さんはうつ伏せになって足をばたばたさせながら話している。
実に行儀が悪いので後で叱ってやらねばという気持ちになった。

そう、梢さんはこうして自ら私に突っ込み所を与えてくるのだ。
叱られたり、咎められたりする要素をそこここでまき散らしている様はむしろそれを期待しているのではないかとさえ思ってしまう。

「あ…そう言えば」

冴子さんが急に何かを思い出したように梢さんに近づいて小声で話を始めた。

飛行機の中で、おそらくは私と梢さんのショーツ交換プレイを察知していて、それが気になっているのだろう。
そもそも梢さんはプールで泳いでいるのだからショーツ交換プレイ自体は梢さん的には終了しているけれど、実の所私はまだプレイ継続中である。
もしかすると梢さん自身はプレイから開放されているので私の事は忘れているかもしれない。

案の定、冴子さんと話をしながらようやくそれを思い出したらしく、梢さんは急に顔を上げてこちらを見てくるので、私はそっぽを向いてテラスから部屋のソファに戻り、窓から見える景色を堪能した。

開いた窓越しに甲高く「冴子ちゃんはどんなパンツ履いてんの~?」と、おそらくは冴子さんのスカートでもめくろうとしているのか、意地悪そうな梢さんの声と「きゃっ」という冴子さんの悲鳴が聞こえてくる。

まただ。
冴子さんが恥ずかしがっているのにからかったりして、大変に失礼ではないか。
会社内であんな事をしたら普通にセクハラだろうに。
どうせ悪戯するなら冴子さんがちゃんと喜ぶような事にすれば良いものを、わざと嫌がる事をしているのはいただけない。

…まあそれもただの強引な理由付けでしかないのはわかっている。
要は私を差し置いて二人で楽しそうにやっているのがなんとなく許せないだけの事だ。

冴子さんは「もう」と言いながら逃げるように私のいる部屋の方向へ戻って来た。
梢さんは追いかけるつもりはないらしく、「あはは」と笑っている。

「ごめんなさい」

梢さんの代わりに私が謝ると、冴子さんは苦笑しながら「まあ大丈夫だから」と手をひらひらと振って言った。

「…いいお部屋だね、ここ…あっ」

梢さんに聞きそびれた事があったのか、ソファに座ろうとした冴子さんが一瞬腰を浮かせる。
私はあえて引き留めるように「何かありましたか」と尋ねた。

「…うん」と少し迷ってから冴子さんはおずおずと話を切り出す。

「その、梢さんって晴香ちゃんにたくさんプレゼントしたり、ここのホテル代も払ってるんだよね…?」

なんだその事か、と私は思う。
同じ会社の、部署まで同じ先輩後輩なら、稼ぎの額はおおよそお互いわかっているのだろう。
だからその辺りの事が気になったんだとすぐにわかった。

「日傘は違いますけど、アクセサリーもホテル代も基本折半ですよ」
「あれ?そうなの?…」
「はい」

梢さんには実は私の収入や貯蓄額についてあらかた話をした。
デザイン料やモデルとしてのギャラ、他に『WS』アプリ開発チームのメンバーとして得られる収入についてもまあまあ詳しく話してある。
一応学生なので学費は親が払ってくれているが、あの独り暮らしの部屋にかかる費用も、その他の生活費も、梢さんが気にしたらいけないと思って私から開示したのだ。

はじめのうちは「そんな、学生の晴香たんに負担させる訳にはいかないよ」と固辞していたけれど、「私を普通の大学生と一緒にするな」と一言言い返したらあっさりと発言を撤回しそれ以降何も言わなくなった。

私に言わせれば、誰が金を出すかなんて事は重要ではない。何を選ぶかの方がよほど重要なのだ。
そのために経済的事情が邪魔をするなら、出せる者が出せば良いだけの事と思う。

「なんか、頼もしいなあ…晴香たんは」などと梢さんに言われたけれど、これでもお姉ちゃんからは「明日の見えない暮らし」と揶揄され全く一人前扱いなどされていない。
厳しい姉の指導に耐えていたおかげなのか、それが梢さんからしたらたくましく見えるのかもしれなかった。

「あ、でも梢さんには黙っていてくださいね」
「…どうして?」
「人に知られたら、ふがいないって落ち込むかもしれないので」
「わかった」

真面目に梢さんをフォローしながらも、一人でショーツ交換プレイ継続中である件がどうしても、自分を情けなくさせる。
情けなさ半分に冴子さんにその話を振ってみた。

「…聞いてるんですよね?梢さんから」
「何を?」

私は黙って自分のスカートを指差した。その下に履いている物の件で、という事を暗に意味するように。

「あ、うん…ごめんね、聞いちゃった」

ちょっとエッチな話題になると冴子さんの佇まいは著しく変化するように思う。
こんな風だから、あれだけM性の強い梢さんでさえも、冴子さんを弄りたくなるのだろう。
私は自虐的に言ってみる。

「…どう思います?バカみたいに盛り上がって、って呆れますよね」
「そんな事、思わないよ…私は…羨ましいとは思ったけど」
「そうですか」

「あのね、晴香ちゃん」
「何ですか」
「…わざと梢さんと引き合わせた事、嫌だと思わなかった?」

冴子さんが本当に「ごめんね」と言いたいのはこちらの件なのかもしれないと直観的に思う。

「それは…今はまだよくわからないです」
「梢さんと同じような事、言うんだね」
「……」

同じ質問を梢さんにもしていたのか、冴子さんは。
そして梢さんも「わからない」と答えているとは予測できなかった。
私が一人で驚いていたので、冴子さんは「うん」と頷いて、窓の外のプールサイドのビーチチェアに寝そべる梢さんを見やって言う。

「同じように言ってたよ、でも…梢さんは『自分の方が好きになっちゃってるから』って言ってた」
「……」

先に言われなければ、深堀された際私もそう答えたかもしれない。
身体も心もいいように弄びまくって、梢さんにさっさと愛想を尽かされるのは時間の問題だろうと思っていたからだ。
それぐらい、ここまでの私は好き勝手にやりまくっていたという自覚がある。
勿論今も継続中のプレイにしたってそうだ。

それなのに、梢さんはまるで普通の恋人がする事と同じように、冴子さんの指輪が羨ましいから自分たちも何かアクセサリーを買おうとか、私の身体を気遣って日傘を買ってくれたりとか、私がつまらないと思わないようにそこそこ値段の張るこんな部屋を選ぼうとしたりとか、他にも数々の優しさを見せてくれている。
その度に心の中ではなんで?いいの?とばかり思って来た。

私はただ、梢さんの身体と、持て余し気味の性欲につけ込んで蹂躙しているだけの事だ。
こんな事は私でなくたってできる人はいるし、私でない人の方がもっと彼女に優しくできるかもしれないのに。
でも私はずるいから、与えられる優しさを黙って、さも当たり前のように享受している。
挙句梢さんを不安がらせて脅してみたり、そんな心の揺れさえも利用して性的興奮の材料にまでしているのだ。

罰当たりな事しかしていないのに、女神の使いは何を勘違いしたのか私から離れていかない。
そんな風だから、こちらはますます調子に乗って梢さんを更にいたぶってしまうと言うのに。やっぱり離れていかない。

だったら、という気になって、どれだけやらせてもらえるのか試してみたりもした。それでもやっぱり離れていかなかった。
だから今度は手放すものかとこちらが思うようになってしまい、少なくとも梢さんが自らかかりに行った感じではあるが、私の魔法が効いているうちは好きにさせてもらおう、そうしながら彼女が望むあらゆる要求を叶ええようと思ったのだ。

「…晴香ちゃん?」
「あの、わからなくないです」
「…え?」

梢さんと同じような答えで終わらせてしまってはいけない。私は彼女の飼い主なのだから。

「その、引き合わせてもらった事は、良かったと思ってます」
「…そっか」

冴子さんは恩着せがましくならないよう言葉を選びつつ、ほっとしたような顔をする。

「私の初恋の相手は冴子さんですし、今も冴子さんを思っている気持ちはあります」
「うん」
「じゃなきゃ四人で旅行になんて来ないです」
「…うん」
「冴子さんが不満になったりフリーになるような事があれば、私はどういう状況でも行きますよ」
「……」
「梢さんと、冴子さんもまとめて自分の奴隷にします」
「…そっか」

冴子さんの顔がほんの少しだけ、その場面を想像したのか赤く染まる。
そうだ、冴子さんだってこういう強い言葉は嫌いじゃないはずなのだ。

「でも冴子さんが満足してるなら、私はいいんです」

自分の発言は嘘臭いと思う。
まるで、梢さんにはまっている自分をひた隠しにしたいがために言葉を並べているようではないか。

「うん」

それに気づいているかどうかはわからないが、冴子さんはすんなり頷いた。
…瞬間的に、冴子さんの事も押し倒してめちゃくちゃに犯したいような衝動が芽生えたけれど、それは嵐のように一瞬で過ぎ去り、私の心はすぐに凪いだ。
…間違いなく、四人で交わればこの衝動が前に出る瞬間が来る。
そうなったら梢さんはどうする、終わった後どうやって梢さんを慰めるんだろう、私は。

あるいは美咲さんが梢さんを犯す所を見なければならなくなるかもしれない。そうなった時私はどうなるんだろう。
冴子さんと梢さんが口づけを交わして身体をくねらせながら肌を重ね合わせる所を見なければならなくなった時、私は何を考えるんだろう。

「…大丈夫?」

知らず涙のようなものが目に溜まっていたようで、冴子さんは心配そうに私の顔を覗いて来た。

「大丈夫です」

淡々と答えると、冴子さんはやっぱりあっさり納得して「そろそろ戻ろうかな」と言った。

「ちょっと待って、冴子さん達の部屋も見せて欲しいです」
「…え?」

ちょうど四人で交わるなどという良からぬ妄想の後にそこへ行くのも微妙だけど、単純に気になるものは気になる。

ビーチチェアでうとうとし始めている梢さんを雑に起こして、三人でヴィラを後にし冴子さん達の宿泊しているスイートへ歩を進めた。
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