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嫉妬の芽生え

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美咲さんと容子社長は、似ているようで微妙に違う。
あるいは真逆とも言えるかもしれない。

「ありがとう、冴子ちゃん♪」

取引先に持参するプレゼン資料のコピーを渡した時、容子社長はビジネスの域を超えた、いわば笑顔の無駄遣いレベルのにこにこ顔でお礼を述べてくる。

…これでは誤解する女子が続出するのもわからんではないなと思いながらも、こちらはそれに見合うほどではないが、ビジネスの域のギリギリ上限の笑顔で応じた。

「後でまた来てね」
「かしこまりました」

部屋から下がろうとする私に、容子社長は「あ、美咲さんの所に戻るの?」と尋ねてくる。

「そうですけど…」
「待って待って、それじゃ私が送っていくから」
「え…」

さきほど受け取った資料を無造作に気丈に置いたかと思うと、「じゃ行きましょう」と容子社長は私の腕に自分の腕を絡ませて歩き出す。

「ちょ、あの…」
「うふふ」

いや、うふふじゃなくて。
私は引きずられるように、でも転ばないように容子社長のペースに合わせて歩を進めていく。

同ちゅうどうしても、他の従業員がたくさん居合わせるフロアを通り過ぎなければならないから、そんな私たちを目撃した女性従業員から「きゃ」とか「いいなあ」などといった感嘆の声もかすかに聞こえてきた。

…ああ、便利に使われているなと思う。
容子社長はこうして私を使って、他のややこしい女性従業員が寄り付かないように予防線を張っているのだとわかるからだ。

全く腹の中は何を思っているのやら知れたものではないと思いながらも、何故か容子社長はその一部を平気で私に晒してくるのが恐ろしい。
こちらとしてはうっすらと抱いていた、女としての同類の意識を、雰囲気ではなく当たり前のように容子社長は前提として私に接してくるからだ。

「冴子ちゃんが居てくれると、ほんと助かるわ」
「言葉に出ちゃってますけど…」
「あら、助かってるのは事実だもの?いいでしょ」
「いいと言うか何と言うか…」
「…それより、もう付いてしまうわよ?」
「は?」

気付いた時にはもう遅く、美咲さんの専用執務室の扉の前に私たちは立っていた。
運の悪い事に扉は開け放されていたものだから、今更容子社長の腕を振り払うタイミングもなく、成り行きでそのまま部屋に入る事となってしまう。

「容子社長、あの…」

やんわりと、離れてくれるよう訴えてみるが容子社長は全く意に介さない。それどころかそれまでにはない力強さで、全力で私の腕に自分のふくよかな胸を押し当ててくる。

…まずい、わざとしてる…この人。

苦笑いしながら顔を正面に向けると、それはそれは、見るからに不機嫌なご様子の美咲さんの姿があった。
何故か普段より身長が高く見えるのは気の所為だろうか。
半ば仁王立ちのようにも見える姿勢で、私に「遅い」と指摘してくる。

「し、失礼しました」
「あら、そんなに長時間は拘束してないつもりだけど…」

容子社長はわざとらしく笑顔を作るが私の腕からは離れようとしない。

「もう、後で行かせるから…」

だから下がれと、一応トップである容子社長には言いにくいのか、美咲さんの言葉はそこで途切れてしまう。

「冴子ちゃん、また後でね」

容子社長がようやく身体から離れてくれた事に安堵していると、美咲さんの方角からけっこうな強さの怒りオーラが漂っているのが感じられる。
恐る恐る顔を向けると、美咲さんは怒りと焦りの混じったような顔をしているので驚いた。

…怒ってるのはわかるけど、なんでちょっと悲しそうにしてるんだろう、美咲さん。
それに、こんなのは容子社長のあからさまな挑発だと言うのに。それがわからない美咲さんではないはずなのだが。

「あの…」

言う間も与えられず美咲さんの手が私の手首を掴み、部屋の隅へと連行される。
見る間に壁に押し付けられ強引に唇を奪われた。

…美咲さん、どうしてそんなに焦ってるんだろう。
狙われてるのは私なんかじゃない、美咲さんの方だと言うのに。
そして、容子社長のちょっとした挑発に大きく動揺してしまうのは、ある意味容子社長の狙い通りなのに。

そんな事は思うけれど、もはや口を利ける状況にはなくなってしまって。

「ん、ふ…っ」

壁とスチール製のキャビネット、それに机や書類といった無機質なもので構成されている部屋には似つかわしくない、生々しい息遣いの音と、唾液の絡まる水音が変に大きく聞こえて恥ずかしい。

「お、お姉さま、鍵…開いてるんじゃ…」

かろうじてそれだけ尋ねたけれど、美咲さんはあまり考えもせずに「見せつけてやればいいのよ」などと呟くだけでまた唇に吸い付いてくる。

…それって結局私の恥ずかしい姿のみを見せつける、って事じゃないの?とも思いながら行為に逆らう訳にもいかず困惑していると、キスを続けたまま美咲さんの指先が私の着ているブラウスの第二、第三ボタンを外しつつ、もう片方の手では器用にブラウス越しに背中側のブラホックまで外してしまっている。

「ん…あ、だ……」

思い切り身体を引き寄せられているはずなのに、なぜだかそこには空間があるかのように美咲さんの指先がすっとブラジャーのカップをずらしてきて、飛び出た私の乳首の先端をスリスリと指先で擦ってくる。

「んっ、んん……」

時計はどこだろう、視界に入る位置にはなかった。
容子社長は次のアポに向けて私に用事を頼んで来ているから、時間が来れば容子社長は多分この部屋に来てしまう。

でも美咲さんはそんな事どうでもいいような勢いだし、むしろ容子社長の用事の為にこの行為を中断してくれと頼むのはきっと逆効果になりそうだ。

この所毎晩のように、小さな嫉妬心を吐き出すように私の身体に触れてくる美咲さんの事だから、容子社長の名前を出せば火に油を注ぐ事になるだろう。

「お姉さま…今はその…っん…」
「そんなのわかってるから」
「…あ…ん」

わかってると言う割に、乳首への愛撫は本気モードだし、キスだって手加減なしでこれでは確実に口紅は剥がれている。
もう、美咲さんが納得するまで受け入れるしかないのかもしれないと思った矢先、唐突に美咲さんの姿が消えた。

いや、正しくは目の前から消えたように見えた、と言うべきなのだが。

「お姉さま、何を…」
「……」

本気かと尋ねたくなったけど、今そういう言葉はかえって美咲さんを刺激しそうで怖い。
美咲さんは私の履いているタイトスカートの真正面に座り込んでスカートの裾から手を差し入れようとしているのだ。

「…おかしいな」
「何がですか?」

びっくりするほど、美咲さんの声はいつもの感じなのだけれど、手の方は遠慮なく私のストッキングとショーツを引き下ろしている。

「…私の願望は、執務室で冴子に舐めてもらうという内容だったはずなのに」
「……それなら」
「そう、おかしいんだけどしないと気が済まないの」
「え…あ、んっ…」

盛大にスカートをたくし上げられ剥き出しになった私の秘部を、美咲さんの震える舌が愛撫してくる。

…美咲さんも、緊張している?

「あ、あく…んん」

知らぬ間に手は握ってしまっており、私はそれで口元を覆ってできる限り声が漏れないよう努力した。
美咲さんの舌が震えているのか、それとも私の膝が笑っているのか、どちらなのかあまり正確にはわからない。

でもこのままだと、よほどあっさりと終わらない限りこの恰好を容子社長に見られてしまう。
美咲さんだって冷静になれば、こんな形で私の半裸を容子社長に見られる事を嫌だと思うはずなのに、わからなくなっているのだろうか。

「こ、こんなとこ…見られたくないです」
「……」

一応一生懸命訴えてみる。ダメ元だけど。
でも美咲さんはその言葉の意味を理解したようだった。

美咲さんがすっと顔を引いてスカートを元に戻した所で、ノックもなしに扉が開き容子社長が顔を出したのだ。

「冴子ちゃん?…あら、これはこれは」

恥ずかしくて、私は容子社長の顔を見る事ができなかった。
でも容子社長はいつもとあまり変わらない、笑顔と同じ声でほんの少し驚いて見せた程度の感じがする。
何なら実際は全く驚いていないのかもしれない。

幸い…と言うべきかはわからないけど、一応大事な部分は露出しておらず、ブラウスのボタンが外れて中のブラジャーが少し覗いているのと、膝下にストッキングとショーツがずり下がっているが秘部はスカートで隠れてはいる。
半裸は半裸でも、どうにかぎりぎりセーフ?といった所だろうか。
とは言え私と美咲さんが何をしていたのかは誰がどう見てもわかるだろう。

私の足元に跪いていた美咲さんは、すぐには振り返りも返事もしなかったけれど、ややあってから一つ溜め息を吐いて立ち上がると、壁際から私を開放するかのように横に向かって歩いて行ってしまう。

「…あら、続けてくれても良かったのに」

それには誰も返事をせず、私は慌てて最低限服装だけを整えると、「少し失礼します」と言いつつ化粧ポーチを掴んで執務室を出た。トイレに向かう為である。

…容子社長の用事に間に合わせなければと必死でメイクを直して戻ったけれど、美咲さんの執務室には容子社長の姿はなかった。
それに美咲さんの姿もない。

「…あれ」

時計を確認すると案の定、残り時間はほとんどなく。
とりあえず容子社長の執務室へ取って返すと、容子社長はそこに戻って準備をしている所だった。

「申し訳ありませんでした」

頭を下げるけれど、容子社長はいつもと変わらぬテンションで「大丈夫、間に合ってるから」とゆったりと答えてくれる。
…そんなのきっと、本音じゃないんだろうけれど。

美咲さんも容子社長も、本来仕事に対して真面目なのは当たり前で。
容子社長はわかりにくいけれど、それでも仕事に対して妥協もしないし適当でいいなんて人では断じてない。
そうでなければ会社の経営など不可能なのだ。

容子社長は、美咲さん以上にそういう厳格さを露わにするのを嫌う傾向があるような気がする。
持って生まれた家柄の良さや商才、運に恵まれたただのお嬢様経営者というイメージでもって世間を欺くのが楽しいタイプの人ではないか、と私は思っている。
実際家柄や運に助けられた場面は多いのだろうし、誰もが努力だけで今の容子社長のようなポジションに座れる訳ではない。
だからと言う訳ではないだろうが、とにかくそれが容子社長なりの意地のようなものだと感じている。

美咲さんは反面、そこまで努力を押し隠すような人ではない。
仕事柄そんな気楽そうにはやれる立場になかったのもあるだろうし、美咲さん自身が自分を過剰に演出する事を、素では好まない人だからだろう。

そういう意味で二人は立場や外からの見られ方こそ似ているかもしれないが、観点によっては逆のタイプのようにも思える。

「…ちょっと、やり過ぎちゃったかしら」
「…え」

容子社長が、振り向きざまにぺろっと舌を出して笑って見せるので、こちらはどうリアクションしたものか困ってしまった。

…やり過ぎ、ではないと思うが、それを言うなら美咲さんのお怒りの方が度を越していると言う方が正しいだろう。

「でも…あのまま二人がしちゃってる所も、見たかったな、何なら混ぜてもらいたいぐらいだわ」
「……」

何だろう、容子社長のこのシームレス感。
真面目な顔で普通にそういう事を言える人。

ここも美咲さんとは逆だ。
美咲さんはいわゆるスイッチが入るように、いきなりオーラが変わる人なのだけれど、容子社長は年がら年中超がつくほどのセクシーオーラーを放ちまくっている所為か、あえてそういうモードが入ったとかそんな感じのないままに、何でもやってのけそうで恐ろしい。
仮に狙われた場合、たった五秒ぼんやりしている間に、自分の花弁の間に容子社長の指が潜り込んでいそうだ。

…あれ?もしかして。

あまりにも考え事ばかりしていてはいけないと思い容子社長を少し手伝いつつも、私はある考えに思い至った。

…もしかして、既に美咲さんはそういう目に遭っている?

いやその可能性の方がむしろ高いと言って良いだろう。

ひょっとすると、いやかなり確実に、美咲さんとの行為を目撃されて恥ずかしいなどと思っている場合ではないのかもしれない。

容子社長は、仕事においては言うほど私を必要としていない。
私が本当に手を動かさなければならないほどの業務量は、滅多にないからだ。
だから今日にしても遅れそうになってしまったものの、実際準備が間に合わないという訳でもなかった。

「あの、容子社長」
「ん?」
「専務と…そういう事ありましたか」

美咲さんだけには聞けないが、それ以外の人になら割と言えるようになった。
何しろあれだけ袴田氏とも張り合っていたのだ。私自身はそんな自覚はないけれど、どうやら周囲は私にはそれを言う資格があると思っているらしい事もわかってきている。

容子社長の反応のうち、言葉はあまり重要ではない。
何を言うかより、その瞬間の表情は見逃すまいと思って様子を観察した。

「あったわよ」
「……」

「ってのは、冗談…ないわ」
「…そうですか」
「冴子ちゃんそういうの気にする娘だったんだ?…ちょっと意外だわ」

顔こそ笑っているが軽いマウンティングを極められた気がする。
その通り、私は実際そんな事は気にしない。
容子社長と美咲さんの間に何かあったとして、その事実は消せないし、知った所でどうにもならない事だからだ。

それを見透かしていると告げて話題を反らした所から、私は容子社長は黒だと思う事にする。

「……」

あったとして?
私は、どうすれば良いんだろうか。
怒った方が良いんだろうか。
考えてみれば美咲さんのあの執拗な嫉妬の感じも、何かごまかしているという深読みができなくもないではないか。

「気にはしないです」
「…そうよね」
「でも、知りたかったので」
「なるほどね」

そこでその話題については会話を止め、私は容子社長を送り出した。
そして、やはり…と思う。

容子社長はどういう訳か、私には地を出してくるのだ。
近親的存在と思って気を許しているのか、それとも容子社長独特の人心掌握術なのか。
例えば自己開示を積極的に行う事で相手もそうなるよう自然に引っ張るテクニックがあるけれど、そういうやり方の人なのかもしれない。

もっと言えば、と言うか客観的にはこう思われるのだろう。
私は完全に、容子社長にナメられているのだと。
嫉妬もせず追求して怒る事もしない女相手だから、美咲さんに対して好きなようにちょっかいを出されているのだと。

でも私にはある確証がある。
容子社長の美咲さんに対する好意は、文字通り好意以上のものではないのだという事だ。
誤解を恐れずに言えば、好奇心に毛が生えた程度の感情でしか、美咲さんを思っていないというのが、私にはわかる気がする。

だからその証拠に、私に対して引っ込めとか手出しするなとは言って来ない。
私が美咲さんとどれだけ深い関係にあっても、容子社長もまた気にしないのだ。

但し問題は一つだけ残っていて。

容子社長に限って言えば、容子社長本人がその程度の気持ちであっても、相手が勝手に転がり落ちて容子社長を求めてしまう可能性がある、という事。
そして美咲さんがその転がり落ちる側の人になった場合、多分容子社長は美咲さんを受け止めて放り出す事はしないだろう。
そうすれば私はお役御免となる訳だ。

「……」

そこまで考えて私は少しはっとした。
そういう未来が絶対ないとは言えない中で、それでも私はあっさりと美咲さんを諦められるだろうかと思うと、無理な気がする。
美咲さんがはっきり拒絶してくれるならそのうち諦められるだろうけど、少なくとも今の私が想像する範囲において、簡単に引き下がる気になれるかと言えばそうではない。

何故こんな事に気付いてしまったのか、私は悔しくなった。
荒々しく書類の束を投げつけたい衝動をこらえつつ、そんな衝動が芽生えている自分にまた驚いてしまう。

考える限り、美咲さんが容子社長の持つ何らかの魅力に転げ落ちるまでに、普通の人よりかは手間暇かかるだろう。一瞬でどうにかなるというタイプではない。
容子社長が遊び半分の気分でいる間に、踏みとどまれれば私の勝ちだ。
でもそうでなかった場合、じわじわと私の「お役御免」は近づいてくる。

「……」

美咲さんはどこへ行ったかわからないけど、執務室に戻るのは少し躊躇われて、私はビルの外へ出て深呼吸をした。

諦める気になれないなんて、随分と私も基準が高くなったものだと思う。
やるべき心の準備は当然、いつ撃ち捨てられても良いように気持ちを穏やかに整えておく事のはずなのだ。少なくとも頭ではずっとそう思って来た。

でも。

何故か、美咲さんを取られる相手が容子社長というのだけがどうしても、琴線に触れるのだ。
容子社長にだけは絶対、負けたくないという気になってしまう。

むしろ袴田氏に明け渡すならよほどすがすがしく、何なら…美咲さんはそれは求めていないのだろうが自力妊娠の可能性もアップするし、美咲さんと袴田氏の子供ならさぞかし美しく優秀な人に育つだろうと、明るい想像さえできるのに。

…容子社長だけには絶対、美咲さんを取られたくない。

それがはっきりと自分の心の中で言葉となった時、やっと美咲さんの気持ちがわかったような気がした。

「…あ」

なんとなく眺めた先に、コンビニかどこかから戻る途中らしい美咲さんの姿を見つけた。
傍に駆け寄ると「終わったの?」とだけ聞かれたので「はい」と答える。

「容子社長は出かけました」
「そう…じゃ戻って続きしようか」
「え?…」

はっきりと冗談だとも言い切れない空気にこちらも戸惑ってしまう。

「さっきは満足に舐めてあげられなかったし」
「それは、あの…そういうのは、大丈夫ですから」

そうか。
美咲さんは、たった今私の心に芽生えた感情の事を知らない。
そしてちょっとヤケになっているのでは、と心配にもなった。

私がいくら気にしないと言っても、美咲さんはわざわざ遊びや浮気で交わった相手の事など、私に明かす事はしない。
でも、当の容子社長はあんなだし、美咲さんなりに気まずいものがあるのかもしれないという気がしてきた。

…でもやっぱり違うんだ、きっと。
少なくとも私は、容子社長には絶対負けたくないと思いつつも、容子社長本人が本当に、心から愛しているのは、義理とは言え一緒に暮らす二人の娘さんだけではないか、と思っているし何故かその事に変な自信がある。

それに美咲さんだって、一度や二度のちょっかい程度で容子社長に落ちるなどという事は考えにくい。
冷静に考えれば、現状私の立場は圧倒的に優位なのだ。

「あの、お姉さま」
「うん?」

美咲さんの顔色は、まだほんの少し、間近で見ればわずかに上気の余韻を残しているものの、一見すれば普通だ。

「…もし続きをするのなら、私にさせてください」
「させるって、何を?」
「その、お姉さまが思い描いている通りの事をです」
「……」

かつかつと歩く美咲さんの歩調が一瞬止まりかけるが、それは気の所為かもしれない程度のものだった。

「…もう、せっかく落ち着きを取り戻した所なのに」

美咲さんの手には財布こそ握られているが、よく見ればコンビニ袋や食料品の類を手に提げてはいない。
コンビニには行ったが何も買わなかったのか、あるいはただその辺りを歩き回っていただけかもしれない。

「あ、す…すみません」
「困った娘だわ」

叱られてちょっとほっとしてしまう自分がいるのも変な感じ。
でも、美咲さんの願望通りにしてあげたいと強く思っているのは事実だ。

「嬉しい提案だけど、今日は立派に粗相しちゃったし、家に帰ってからね」
「…はい」

その時の自分の胸の高鳴りときたら、それこそ美咲さんと出会ったあの日と同じくらいかもしれないと思うほどで。

…美咲さんと暮らす、あの部屋に帰るのが待ち遠しい。
待ち遠しすぎて、あわやトイレで自慰しそうになってしまうほどだった。
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