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朝陽ヨル

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三章〈summer days〉~冷や汗は努力の雫~

一 拓視点

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 夏休みの半ば頃。敏感過ぎる体質を治す為に小さい頃から世話になってる病院を訪れた。白鳥の親の病院だ。白鳥を経由して、普段の診療とは別に時間を設けられるか頼んでもらっていた。
 白鳥の親は元主治医で、体質の事情を知っていて親身になってくれる。白鳥が今の主治医だが、保健医になって病院から離れているとなると主治医は白鳥の親に戻るということなのかその辺はよくわからない。

「いらっしゃい、よく決心したね」
「……よろしくお願いします」

 本当なら今までも治療をするべきだったが、情けなさや恥ずかしさが邪魔をしていたし、治らないだろうと諦めていた。でも今は治したい気持ちが強い。
 
「体質の治療は殆どしてなかったから情報が少ない。だから色々立ち入ったことを聞かせてもらうことになるけど大丈夫?」
「はい」
「しかしキミの体質は今までに他で例が無いから探り探りでしかないけどねえ……」

 先生は俺が事前に書いた書面を眺めて唸っている。考えているのか呟き出して、書面とパソコンの画面を交互に見てはまた唸りだしたりと忙しい。
 
「……この体質は生まれつきではなく後天性で、五歳頃から発症しているんだったね」
「確かそうだったと思います。小学生の時は触られる度に身体が熱くなってよく熱出すのがほとんどでしたけど、中学に入ったら……その……下半身に熱が集中するようになってきて、その度にトイレで処理してました」
「どれくらい触られるとそういう興奮状態になるんだろう? 触られる箇所は下半身限定なのか、それとも手とかだけでも駄目?」
「全身どこを触られてもダメで……擦れただけでも敏感になって、握るとかがっつり触られるともうダメです。力入らなくなって、頭おかしくなりそうって言うか、頭が下半身のことばっかり考え出すというか」
「ふうむ……全身か……一般の人も脇とか皮膚が薄く血管が集中してる所は敏感になりやすいけど、全身が性感帯になってるようなものか。これは大変だねえ」

 同情されて苦笑いする。この苦しみはなってる自分しかわからない。

「小さい時と比べて、今もその敏感な度合いは変わらない? 強くなったとか弱くなったとか」
「小学生の高学年辺りから反応が強くて、それからはずっと過敏に反応するようになってます」
「そうか……。発症は五歳頃だけど、強くなり始めは第二次性徴が発現するのと同時期ってところかな。思春期は聞いたことあるでしょ。子供の体が大人になっていく期間のことなんだけど、過敏になり始めたって言う年齢と生殖能力を持ち始める時期とが重なってるんだよ」 
「……えっと……?」

 いまいち情報が読み込めず首を傾げていると、先生は大雑把だが分かりやすくSEXと言った。

「もしかしたら思春期が終わる頃にぱったり治ったりしてねえ」
「思春期が終わるのっていつなんですか」
「一般的には十八才までが思春期と言われるね」

 来年か……

「しかし治ると根拠があるわけじゃないから断定は出来ない。キミの体質が、性への興味を持ち始めたことがきっかけなら、もしかしたら性欲が衰えるまでその体質は治らないかもしれない」
「そんな……それだと困ります!」

 性欲が衰えるっていつの話だよ! それってもっとおっさんになってからとか、じじいになってからってことか? そんなの……絶望過ぎる……。いや、でも……

「あ、の……実は、すげぇ最近なんですけど……少しは触られても平気になってる時があって」
「ああそうなの?」
「同級生に何度か触ってもらって、それで」
「ほお~触れてもらって耐性をつけてるってことか。精神面じゃなく機能面にスポットを当てたわけか、成る程。同級生って、男の子? 確か男子校に通ってるんだよね」
「あ、はい。男です」
「そうかそうか。異性よりまずは同性で耐性を付けてそれからか。てっきり女の子と発散してるんじゃないかとハラハラしたよ」

 感心しているのか分からないが爆笑している。若干バカにされている気もする。こういうところが白鳥の親なんだなと感じる。性格が似てる。

「いやー、少し筋道が見えてきて良かったね」
「まあ……そうなんですけど。俺はもっと早く治したくて、なんかいい方法がないかと思って頼みに来たんですよ」
「うーん……始めに話したけど、キミの体質は他に例が無いからね。原因も治す方法も分からないし、対処出来る薬があるわけじゃない。アプローチの仕方は沢山あるけれど、まずは焦らないことだよ」
「…………はい」

 すぐに治せるような特効薬が無いのはわかってる。でも焦らずにはいられない。ゴールの見えない道を歩き続けるのは辛い。医師という専門職だからと期待し過ぎた。今は有馬のお蔭で少しは道が見え始めていることを喜ぶべきなのかもしれない。

「キミのは病気じゃなくて体質だ。触られることに慣れればいい。病原体の抗体を作るみたく、キミ自身が強くならないといけない。その為には経験が必要だよ。豊富にね。簡単なことではないけど」
「触られることに、慣れる……」

 言葉を反復すると現実味が湧いてくる。今まで有馬としてきたことは間違いではなかったということだ。それが本当に治すことに繋がっているかは分からないが、第三者からの意見としては十分な気がする。

「今後、私やしょうが触っても大丈夫? それともそのお友達に手伝ってもらう形で、こっちでは薬とカウンセリングだけにしておく方がいいかな?」

 今まで人に触れられたくなくて治療を避けてきた。だから心配して聞いてくれるんだろう。でももう答えは決まっている。

「早く治したいので……触る方向で……お願いします」
「……はい、わかりました。でも嫌だと思ったらすぐに言うんだよ。あとは何か変化があったら教えて。私たちもちゃんとサポートするからね。ーーわかったな、翔」
「えっ」

 まさかと思ったがそのまさかだった。白鳥が奥からやってきた。並ぶとさすがは親子だ。顔までよく似てる。

「というわけで拓くん、よろしく。俺も協力するってこと、彼に伝えといてね」
「伝えとかないと殴り込みにでもいきそうだからな」
「そうそう」

 殴り込みは言い過ぎかもしれないが、有馬なら絶対保健室に行って色々と問い質しに行くに違いない。

「というかお前ずっと奥の部屋で聞いてたのかよ」
「ああうん。黒幕は最後に登場ってね」
「なんだそれ」

 先生と二人だけだとなんとなく気まずい空気だったが、白鳥が現れたことで幾らか穏やかになった気がする。

「にしてもそんなに焦っていたとはね。今になってどうして治療しようって思ったの」
「それは……もう高二だし、来年は就活だろ。働くのにこんな面倒な体質だったらどこも働けねぇし」
「ああ~」

 わざとらしく声を上げた後に耳打ちしてくる。

「てっきり有馬くんの為かと思ったよ」

 にやにやしている白鳥のムカつく横顔を殴ってやりたい。医者の、しかも親の前でそんなことは絶対出来ない。だから悔しい気持ちを抑えて俺も耳打ちを返す。

「……あいつの為でもあるに決まってんだろ」

 離れて白鳥の顔を見たら、目を点にしてるといったような明らかに驚いている表情をしていて、してやったりと薄く笑ってやった。

「うわぁ、随分と素直になって。進展した? したってことだね? 赤飯食べに行く?」
「え~……ごほんっ」

 話が逸れて除け者にされつつあった先生が咳払いをして、俺も白鳥も口をつぐむ。

「今日はこれくらいにしておこう。拓くんの現状や希望を聞けたから、次回から色々試してみよう。それでいいかな」
「はい、よろしくお願いします」

 次回から触られる……有馬以外に……
 緊張もするし嫌悪感だってある。でもきっとどんな治療だって同じように感じることだろう。先伸ばしはもう十分してきた。
 意志を強く持て……俺は治す。治して、有馬ともっとちゃんと並んで歩きたい
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