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十話 大切なモノ

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 ココロから携帯電話を受け取り耳に当て、一拍置いた後に息子の名前を呼ぶ。 

「……亮次」
『父さん、ココロを頼む』 

 言葉を続ける前に食い気味に話してきた息子。その言葉を受け、憲造は三拍置いてから静かに話を切り出していく。 

「…………お前から話を聞く前からココロのことは気がかりだったからな。これからも出来る限りのことはしていくつもりだ。しかしな、私たちにも出来ないことがある。お前たち親の存在の代わりにはなれない」
『それは……確かにそうだ。自分のことのようにさえ思える。父さんの気持ちが少し分かる気がする』 

 憲造が亮次に対して強く言えないのは、子供の時に寂しい思いをさせてしまったからである。
 早くに妻を亡くし男手ひとつで育てたが、仕事に集中することが多く、とてもじゃないがワガママを言える環境ではなかった。亮一はマイペースな性格で時にはワガママを言っていたのだが、亮次は聞き分けの良い子供で、我慢ばかりしてワガママなど聞いたことが無かった。 

 ーーココロは本当に亮次とよく似ている……素直で聞き分けのいい所なんかそっくりだ 

『ココロには寂しい思いをさせたくないが……』
「一時帰国は出来ないのか?」
『……どうか理解ってくれ……来年には……きっと……』 

 携帯電話から通して聞こえる懇願する消え入りそうな声に、これ以上何を言えばいいのか分からず困惑する。
 返事出来ずに沈黙していると、向こうも耐えられなかったのかひとつ溜息を吐いている。 

『……そろそろ切る』
「帰れないならまた電話してやれ。手紙もな」
『ああ、分かってる。……それじゃあ、おやすみ』
「ああ、おやすみ」 

 数ヶ月振りに聞いた息子の声は疲弊して暗かった。
 電話を切った後も名残惜しげに画面を見つめていると、裾が引っ張られ視線をそちらに移す。 

「パパ、やっぱりいそがしい?」 

 孫の寂しそうな顔だ。眉を下げて、大きな瞳を長いまつ毛が伏せって隠している。
 そんな孫の頭に手を軽く乗せて微笑む。きっと自分の顔も似たような感情が滲んでいることだろう。 

「ああ、そうみたいだな。だが電話ならまた出来る。手紙のやり取りもな。だからまた書こうな」 

 そう伝えるとココロは深く頷くだけだった。
 ほんの数秒の沈黙さえ重苦しい。それを打破するかのような階段を昇ってくる大きな足音と声が聞こえてくる。 

「主! 主!」
「クックさんだ。クックさん!」 

 部屋の扉を開けて待っていると、ペットらしからぬペットが意気揚々とやって来た。手には完成したらしい物を持っている。 

「コレ、出来マシタ。主に渡シマス。使ッテクダサイ」
「わあ……マフラーだ!」 

 完成した毛糸のマフラーを受け取り適当に首に巻きつける。 

「あったかい……ありがとう。でもこれから暑くなってくるから、寒くなってきたら使うね」
「ハイ。ソウシテクダサイ」 

 クックがやって来たことによって寂しそうにしていたココロの表情が途端に明るくなり、そして自然と嬉しそうに目元を緩め微笑んでいる。
 ココロが笑えばクックも大きな体を揺らしたり、腕を振ったりと喜びを表現しているのが分かる。 

 ああ……クックはココロを笑わせることが出来るんだな 

 その微笑ましい光景をただただ安心して見守っていた。
 後から遅れて亮一もやって来た。何やら妙に得意げな顔をしている。 

「いや~クックさんスゴイよ! 色のセンスは微妙だけどさ、こうしたらいいとか教えたらサーッと毛糸解いて縫い直してあっという間に出来てやんの! 見てて超ヤベーって思った」 

 今までは呼び捨てだったのだが、筋肉の質が凄いだとか他のピヨには出来ないこと、人間にも出来ないことをやってのけること、驚異的な覚えの早さなどから亮一もクックのことをさん付けするようになっていた。
 それは成長というよりも《進化を続けている》ような覚えの早さだった。 
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