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温感超能力者
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僕の前にはココアの入ったコップが置かれていた。コップに付いてる温度計は六十度と表示されている。飲む前から、生ぬるいそれが美味しいわけがないのは判っていた。モニター超しに座っている飲料メーカーの担当者は祈るように手を組んだ。
「結城さん、ココアを飲んでください」
僕は一口それを飲むと、担当者に伝え始めた。
「六十度では、温度がぬるすぎて、ココアのざらつきが舌に残ります。もっと温度を上げると味わいが違ってくるはずです」
担当者は瞬時にココアの温度を上げることを起因とする増加コストと、消費者に対する商品リスク増に考えが及んだようで、うーんとうなった。
「人気のメーカーのココアとの違いは温度です、それが味に影響を与えているんですよ。美味しさを追求する製品を作りたいなら温度をギリギリまで上げること、攻めの姿勢が必要かと思います」
「しかし、やけどのリスクが生じますよね」
「はい、ご承知のとおり、貴社のライバルメーカーの製品では事故が起きています。でも美味しさの観点からいえば、消費者はライバルメーカーを求める。美味しさとやけどのリスク、その兼ね合いをどこで折り合いつけるのか、それはメーカー様の判断だとしか申し上げられません」
突き放した言い方が仕方がない。僕が言えるのは「感想」のみなのだから。
通信の途絶えた真っ黒なモニターに僕が映りこんだ。二十七才にしては老けている、自分でもそう思う。
「落ち着いて達観しているように見えますね」
そう言われた時、物は言いようだなと思ったものだ。
温度を感じ取ることが出来る「特殊能力」の持ち主であることが知られるようになったのは、人気のあったネット配信番組に出演し、自分のことを投稿し公表したからだ。
僕の「温感」という特殊能力は最初はインチキと疑われ、ネット上で叩かれまくった。その後、僕のあずかり知らぬところで、僕の「特殊能力」を科学的見地から考察する動画と記事を出始めた。
テーマとして僕の能力を検証するコンテンツが人気ジャンルになったゆえだ。
最初は興味本位だった動画内容は、科学的検証に変遷していった。それと併行するように、僕自身への世間の見方も変化していった。
自分の特殊能力を公表して数年後、人が持ってない能力を持ってる僕は「超能力者」とよばれるに至ったのである。
生まれた時から当たり前だと思っていた感覚を他人が持ってないことだと気づいた時、自らを「おかしな人間」と感じたし、他人に理解されない感覚は隠して生きる方が穏便だと思っていた。
「特殊能力」を気味悪がられたり、イカサマと言われたりすることを恐れていたからだ。できるだけ気づかれないように目立たないように気を付けた。
秘密を公にしようと思ったのは、職場の室温があまりに高すぎて辛かったからだ。
他人にとっては室温が高かろうと低かろうと、感覚としてはわからない。だから温度計で数値を表示し視覚化してそれを判断しているわけだし。
室温の差が五度設定と違っていても、その「変化」を一般の人びとは感覚上では、まったく気付かない。無論、感覚はなくても体調に変化は起きるので、温度計を監視して夏場の暑さや冬場の寒さに対して調整はしているわけだ。
しかし、温度監視計はどこまでも機械であった。「温感」を持つ僕には温度監視計の指示するタイミングがあまりにも大雑把で、きめ細やかに反応する僕の温感は、僕のからだが悲鳴をあげ続けていることを僕に常に知らしめる。
仕事を続行するのはもはや不可能だった――我慢の限界はすでに超えていたのだ。
とはいえ、僕に温感があることを、信じるほど職場は僕の「超能力」に理解を示すわけもない。会社の理解を得られないならば、僕が職場をやめる選択するしかなくなった。
職場をやめて少し落ち着いた時、僕を社会が受け入れてくれるように働きかけることがどうしても必要だとようやく決心をつけた。
「温感を持つ人間」であることを公表するために勇気を振り絞った。公表してこの能力の存在を社会に知らせなければ、僕はこの社会の中で生きていけないから。
さらにこの「特殊能力」で生計をたてることが、僕がこの社会で生きるために必要な手段だと考えた。
好奇と猜疑の視線に耐え、叩かれるにいいだけ叩かれて耐えた、その後、検証動画が何本も作成され、科学的に立証された頃。そのタイミングをはかって、僕は「温感超能力者の当事者として生きていく」、自伝的な本を出版した。
反響は僕の予想以上だった。本はヒットし、その後驚くほどたくさんのメーカーや医療機関や研究施設から温感に関する依頼が舞い込んでくるようになった。
僕はこの社会のなかで、「温感超能力」を仕事にしながら生きていく術にようやくたどり着いたのである。
依頼がきた仕事の一つが、この飲料メーカーの発売するココアについての感想を述べる――というものだった。
温感がなくても味覚はどの人にもある感覚だ。しかし温感がない一般人にとって、温度が味覚に影響するという、僕にとってはごく当たり前の感覚がないわけで。飲んだ感想を言うことが、高い報酬を受け取れる仕事として成立するのだ。
感想を言うだけの簡単な仕事に見えるだろうが、この報酬を受け取るために僕が社会からはじき出されてきた期間を思えば妥当といえる金額だ。いや。むしろ良心的で安すぎると僕は思う。
飲料メーカーの担当者が悩ましい顔をしつつ、画面から消えた。僕はやかんのお湯をしゅんしゅん音を立てるまで沸かした。
やかんの温度計は百度、真っ赤なやけど警報を表示している。持ち手部分の温度表示も接触危険を警告が浮き出ていた。僕は持ち手を一瞬触って、手を引っ込め再度、持ち手をトントンと指で叩き始めた。指の背で温度を確かめるため。持ち手の警告表示は赤いままだが、僕は己の温感に従い、やかんを持ち上げた。警告は常に安全側に振って表示される設計だからだ。僕は己の温感に従って表示を無視することができる。「超能力」を駆使しているわけだ。
やかんから湯気が出ている。湯の熱さを感じ楽しみつつ、やけどをしないように細かく指、腕、顔を動かして、熱さをよけていく、温度計付きのマグカップに入れたココアの上から湯気のでるお湯をそそいでいく。
白く湯気をたてたココアの入ったマグカップの温度計は九十度を示し、「やけど注意」の赤い警告の表示が始まった。
僕以外の人びとはこの温度のマグカップを熱いとも思わないし、こんな温度のココアでも平気で飲んでしまう。そして当然だがやけどをしてしまう。「温感」がないから、当然起きる事故だ。
僕は熱いマグカップを慎重に持つと熱々のココアを少しづつ、ゆっくりゆっくり飲みすすめる。温感があるからやけどを回避できるから。
からだが温まる感覚が広がった。この幸せな感覚を誰とも共有できないのが寂しいと小さくため息をつくと口からふわっと白い息が一瞬広がった。
ココアを置くと、僕はパソコンを開き、投稿した。
『温感超能力所持者を探しています、仕事あります 結城 学(ゆうき まなぶ)』
僕にはその力があるのだから、他にも同じ能力を持つ者がいたって不思議ではないはずだ。仲間が欲しくなってきたのだ。
(つづく)
「結城さん、ココアを飲んでください」
僕は一口それを飲むと、担当者に伝え始めた。
「六十度では、温度がぬるすぎて、ココアのざらつきが舌に残ります。もっと温度を上げると味わいが違ってくるはずです」
担当者は瞬時にココアの温度を上げることを起因とする増加コストと、消費者に対する商品リスク増に考えが及んだようで、うーんとうなった。
「人気のメーカーのココアとの違いは温度です、それが味に影響を与えているんですよ。美味しさを追求する製品を作りたいなら温度をギリギリまで上げること、攻めの姿勢が必要かと思います」
「しかし、やけどのリスクが生じますよね」
「はい、ご承知のとおり、貴社のライバルメーカーの製品では事故が起きています。でも美味しさの観点からいえば、消費者はライバルメーカーを求める。美味しさとやけどのリスク、その兼ね合いをどこで折り合いつけるのか、それはメーカー様の判断だとしか申し上げられません」
突き放した言い方が仕方がない。僕が言えるのは「感想」のみなのだから。
通信の途絶えた真っ黒なモニターに僕が映りこんだ。二十七才にしては老けている、自分でもそう思う。
「落ち着いて達観しているように見えますね」
そう言われた時、物は言いようだなと思ったものだ。
温度を感じ取ることが出来る「特殊能力」の持ち主であることが知られるようになったのは、人気のあったネット配信番組に出演し、自分のことを投稿し公表したからだ。
僕の「温感」という特殊能力は最初はインチキと疑われ、ネット上で叩かれまくった。その後、僕のあずかり知らぬところで、僕の「特殊能力」を科学的見地から考察する動画と記事を出始めた。
テーマとして僕の能力を検証するコンテンツが人気ジャンルになったゆえだ。
最初は興味本位だった動画内容は、科学的検証に変遷していった。それと併行するように、僕自身への世間の見方も変化していった。
自分の特殊能力を公表して数年後、人が持ってない能力を持ってる僕は「超能力者」とよばれるに至ったのである。
生まれた時から当たり前だと思っていた感覚を他人が持ってないことだと気づいた時、自らを「おかしな人間」と感じたし、他人に理解されない感覚は隠して生きる方が穏便だと思っていた。
「特殊能力」を気味悪がられたり、イカサマと言われたりすることを恐れていたからだ。できるだけ気づかれないように目立たないように気を付けた。
秘密を公にしようと思ったのは、職場の室温があまりに高すぎて辛かったからだ。
他人にとっては室温が高かろうと低かろうと、感覚としてはわからない。だから温度計で数値を表示し視覚化してそれを判断しているわけだし。
室温の差が五度設定と違っていても、その「変化」を一般の人びとは感覚上では、まったく気付かない。無論、感覚はなくても体調に変化は起きるので、温度計を監視して夏場の暑さや冬場の寒さに対して調整はしているわけだ。
しかし、温度監視計はどこまでも機械であった。「温感」を持つ僕には温度監視計の指示するタイミングがあまりにも大雑把で、きめ細やかに反応する僕の温感は、僕のからだが悲鳴をあげ続けていることを僕に常に知らしめる。
仕事を続行するのはもはや不可能だった――我慢の限界はすでに超えていたのだ。
とはいえ、僕に温感があることを、信じるほど職場は僕の「超能力」に理解を示すわけもない。会社の理解を得られないならば、僕が職場をやめる選択するしかなくなった。
職場をやめて少し落ち着いた時、僕を社会が受け入れてくれるように働きかけることがどうしても必要だとようやく決心をつけた。
「温感を持つ人間」であることを公表するために勇気を振り絞った。公表してこの能力の存在を社会に知らせなければ、僕はこの社会の中で生きていけないから。
さらにこの「特殊能力」で生計をたてることが、僕がこの社会で生きるために必要な手段だと考えた。
好奇と猜疑の視線に耐え、叩かれるにいいだけ叩かれて耐えた、その後、検証動画が何本も作成され、科学的に立証された頃。そのタイミングをはかって、僕は「温感超能力者の当事者として生きていく」、自伝的な本を出版した。
反響は僕の予想以上だった。本はヒットし、その後驚くほどたくさんのメーカーや医療機関や研究施設から温感に関する依頼が舞い込んでくるようになった。
僕はこの社会のなかで、「温感超能力」を仕事にしながら生きていく術にようやくたどり着いたのである。
依頼がきた仕事の一つが、この飲料メーカーの発売するココアについての感想を述べる――というものだった。
温感がなくても味覚はどの人にもある感覚だ。しかし温感がない一般人にとって、温度が味覚に影響するという、僕にとってはごく当たり前の感覚がないわけで。飲んだ感想を言うことが、高い報酬を受け取れる仕事として成立するのだ。
感想を言うだけの簡単な仕事に見えるだろうが、この報酬を受け取るために僕が社会からはじき出されてきた期間を思えば妥当といえる金額だ。いや。むしろ良心的で安すぎると僕は思う。
飲料メーカーの担当者が悩ましい顔をしつつ、画面から消えた。僕はやかんのお湯をしゅんしゅん音を立てるまで沸かした。
やかんの温度計は百度、真っ赤なやけど警報を表示している。持ち手部分の温度表示も接触危険を警告が浮き出ていた。僕は持ち手を一瞬触って、手を引っ込め再度、持ち手をトントンと指で叩き始めた。指の背で温度を確かめるため。持ち手の警告表示は赤いままだが、僕は己の温感に従い、やかんを持ち上げた。警告は常に安全側に振って表示される設計だからだ。僕は己の温感に従って表示を無視することができる。「超能力」を駆使しているわけだ。
やかんから湯気が出ている。湯の熱さを感じ楽しみつつ、やけどをしないように細かく指、腕、顔を動かして、熱さをよけていく、温度計付きのマグカップに入れたココアの上から湯気のでるお湯をそそいでいく。
白く湯気をたてたココアの入ったマグカップの温度計は九十度を示し、「やけど注意」の赤い警告の表示が始まった。
僕以外の人びとはこの温度のマグカップを熱いとも思わないし、こんな温度のココアでも平気で飲んでしまう。そして当然だがやけどをしてしまう。「温感」がないから、当然起きる事故だ。
僕は熱いマグカップを慎重に持つと熱々のココアを少しづつ、ゆっくりゆっくり飲みすすめる。温感があるからやけどを回避できるから。
からだが温まる感覚が広がった。この幸せな感覚を誰とも共有できないのが寂しいと小さくため息をつくと口からふわっと白い息が一瞬広がった。
ココアを置くと、僕はパソコンを開き、投稿した。
『温感超能力所持者を探しています、仕事あります 結城 学(ゆうき まなぶ)』
僕にはその力があるのだから、他にも同じ能力を持つ者がいたって不思議ではないはずだ。仲間が欲しくなってきたのだ。
(つづく)
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