上 下
13 / 16
第12章

観察するインコ

しおりを挟む
 いつもの通り、夜飼い主が帰ってくる時間。
ドアの向こうでガチャガチャ鍵を開けるまでは、同じ手順だったが
「どうぞ 入って」
 という声。どうやら、飼い主一人でない模様。

 灯りが点いて、私たちインコが眩しさに目を細めつつ頭を上げると、人間の若い男が目の前に立っていた。飼い主に彼氏が出来たってことか?
 それにしても、ちょっと黒づくめな感じの衣装は、インコには威圧感あるなぁ……と思っていたら案の定。
「きょ?きょ?…ぎょえ~~~~~っっっ!!!」
 オカメのグレ子が悲鳴とともにかごん中で暴れだした。オカメパニックである。
「うおっ……ど、どうしよう、なんか暴れてるよ」
 オロオロとしたその口調、むう、あんまりいんこ慣れしていないなと私はチェックを入れる。
「グレ子、わかった、わかった。落ち着こうね」
 飼い主が素早く、かごの中のグレ子を掴むとかごから取り出し、両手で包むように抱っこした。グレ子の恐怖の波が、さっと引いていくのが傍目にもわかった。さすがに手慣れている。
飼い主はグレ子を抱っこしたまま、男に向かって
「これがオカメインコのグレ子。すごい怖がりなの」
続けて
「あと こちらがセキセイ。ハル男とグリ子とりょうちゃん」
 と私たちインコの紹介をしているが、あのね。
 で。この男の名前は? 出身は? 仕事は? 家族は?
私は、飼い主の小姑のような気分で頭の中に男への質問が湧いてきた。しかし、やっぱり私達には、紹介なしのようだ。
 飼い主は、飼われインコにもきちんと紹介すべきである! 人間が飼い鳥に自己紹介しないこと――インコになって一番、飼い主に頭がきたことだ、全世界のペット飼いに主張したい。
 ペット飼ったら、自己紹介をせよ! 飼い主の名前と住所ぐらい知る権利はペットにだってあるのだっ‼
 私が、また飼い主の自己紹介問題に脱線していることを気が付かない飼い主と男は、私たちをネタに会話していた。
「オカメインコってのは 初めて見た……小さい頃、実家で飼っていた鳥はセキセイだったからなつかしいな。こんな感じの緑色の鳥だったよ」
 男はグリ子を指差して、飼い主の方に振りかえった。指をさされたグリ子にもさっと緊張が走った、目が小さくなって、からだがこわばっている。グリ子も内弁慶なやつだよなぁ。

 が、インコ達の緊張もどこ吹く風で、飼い主と黒服男はすっかり和やかな雰囲気を構築しつつあった。飼い主が、男に話しかけた。
「あの、コーヒーでも飲む?」
「え? いいの? 嬉しいな」
 飼い主の声が、ドギマギしているのがわかるのは元人間ゆえだからかな。そっか、彼を好きなわけね? そうでなければ男を、鳥付きとはいえ独り暮らしの部屋に招き入れるわけがない
 飼い主は落ち着きを取り戻したグレ子をかごに入れると、コーヒーの準備をするのに部屋を出て行った。台所からお湯の沸く音がシュンシュンきこえてきた。

 改めて私は、男をまじまじ見つめた。黒いコートは威圧的だったが、考えれば人間にとって黒は無難な色だ。これが真っ赤なコート着ていたら、もっとグレ子が暴れているだろうな。話がそれた
 顔はおとなしめ、ちょっと弱気な感じさえする。髪の毛を少しだけツンツンさせている。おしゃれのつもりだろうが、顔に似合ってないから減点対象だ。が、まぁまぁ許容範囲だ、と判断を下す。問題は性格だ。飼い主と会話している笑顔は、なかなか感じがよろしい。第一印象は合格でいいだろう。

 飼い主がコーヒーの準備をしている間、男は私たちのかごに顔を近づけた。オカメのグレ子は鼻息を荒くして揺れるし、セキセイの他の二羽も、警戒態勢は解除できないでいる。
 興味津々で男を眺めている私が、どうやら気に入ったらしい。男は私に向かって語りかけた。
「動物の話題振って、正解だった。鳥飼っていたとはなぁ。どうりで遊びに出かけても、そそくさと帰るわけだ」
 そうだったのか。飼い主の彼女、私たちを大事にしているのを改めて感じる。
「『鳥見たいな』は、ここに来るいいきっかけになったよ、とりあえず一歩前進だ。感謝している」
 ほぉ~~~~~。私らを、飼い主に近付く口実にした、とな?
 いや、利用したっていいんだけど、後々変に嫉妬しないでよね?
「僕と鳥と、どっちが大事なんだ?」
 なぁ~~んて言うんじゃないわよっ!……ちょっと気を回しすぎだろうか(汗)?

 飼い主がマグカップに入ったコーヒーを二つ抱えて近づいてきた。
「熱いから気をつけてね」
 と言いながら、男に一方を手渡す。二人はコーヒーをすすりながら沈黙した。
 こ、この沈黙は⁉ あらやだ、ねぇあんた達、今日これからどうするつもりなの? この流れは、このまま泊まってあーなってこーなってそーなるパターン⁉
 そうよ、そうよね。この展開なら、そうくるよね。
 この沈黙からの、次はガバッと手を握るなり、キスするなりの前段階? ワクワクするわ~っっ。
 あぁ、元人間だったからついつい想像が暴走しちゃうわ。
 その点、横にいるインコ達は元からインコだから人間の惚れたはれたには無関心だよね、と改めて他のインコの様子を伺った。やだ、まだ緊張しているの、あんた達? 
「私たちには無害な人間だよ」
 私は三羽に伝える。
「私たちには無害って、飼い主には無害でないってこと?」
 やはりするどいのはセキセイ女のグリ子だ。
「あー、無害でないけど、有害でもない、というかぁ~」
 流石にズバリ説明するのは恥ずかしい。口ごもっていると
「コーヒーごちそうさま。じゃ、今日は帰るよ」
 あっさりと男は立ちあがった。
 あ? 帰っちゃうの? なぁんだ、若気の至りで突っ走るのかと思って期待してたのに拍子抜けだ。

 「また遊びに来ていい?」
 男が飼い主に尋ねると、飼い主は顔を真っ赤にして頷いた。初々しいわぁ。私を捨てた彼氏と私にも、こんな時あったけ? と、つい自分に重ねてみてしまう。
飼い主のドギマギした顔に、男がさっと顔を近づけた。触れるだけのキス。
「お、おやすみ」
 男も顔を真っ赤にしてあっという間にドアの外に出て行った。飼い主はびっくりしたまま、立ちすくみ、そして我にかえるとベッドにダイビングした。
 足をバタバタさせているのを見て、あー、完全に喜んでいるなと私は思った。両想い、おめでとう。
ベッドでバタついて落ち着いたのか、飼い主は私たちの方を見た。
「どうだった? 素敵な人でしょ? キスされちゃった、きゃあ、嬉しい!」
 いいんじゃね? 浮かれ過ぎの飼い主に心の中で返事をするにとどめた。飼い主もインコの返事を本気で期待しているわけではないだろうし。

 セキセイ女のグリ子が私に話しかけた。
「りょうちゃん、何に興奮しているのさ? 飼い主と同じテンションな謎」
 え? こ、興奮していた? あら、やだ。元人間だしものw。付き合っていたことだってあるし! 捨てられたけどね、ドヨヨっ。
「今度は落ち込んだ、落ち着きない奴」
「グリ子、恩を忘れたのかよ⁉」
「恩の押し売りするな」
 ピキピキ……放鳥始まったら、ケンカだな!
 と思ったその矢先……あれ~~~? おやすみの布が出てきた。
「ごめんね、今日、私変だから放鳥お休みにさせてね。私、ちょっと浮かれすぎて危ない……ごめんね」
 と飼い主が謝りながら、私たちインコを寝せる準備を手早く始めた。 
 えぇぇえええええ、そ、そんなぁ~~~。

 その後。飼い主の彼氏はちょくちょく遊びに来るようになった。
しかし、このカップル、段階をふむのが遅すぎる! 二人とも奥手で気が合うのはけっこうだが、見ているこっちは、イライラしてブチ切れそうになった。
 初めて顔を合わせたのも忘れそうになったある日の朝、スズメがチュンと鳴いた。
待ちくたびれて、あーそうかい、おめでいたこったなと私は棒読みで祝福した。



(つづく)



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

仮想空間の鳥

ぽんたしろお
ファンタジー
現代ファンタジーの青春小説をお探しの方におすすめ。受験を控えた女子学生が主人公。スマホゲームを始めて謎のアバターと出会い、そして。 ペットを飼っている方、ペットを飼っていた方にもオススメしたい、ちょっと意外な展開が待っています。 読んだ後、心に残る何かを是非。 アバターを楽しむスマホゲーム「星の遊び場」。友人の美優の頼みで、入会した香奈。受験生だった二人は次第に「星の遊び場」から遠ざかった。高校生活も落ち着いてきた頃、「星の遊び場」で再び遊び始めた美優。香奈がログインしていないのは知っていたが、ふと香奈の「遊び場」を訪れた美優は、「u」という謎のアバターが頻発に訪れている痕跡に気が付いた。香奈と「u」に何か関係があるのか? 美優は香奈に連絡をいれた…。 表紙はミカスケ様のフリーイラストを利用させていただいています(トリミング) ツイッター@oekakimikasuke インスタグラム:https://www.instagram.com/mikasuke28/

エンリルの風 チートを貰って神々の箱庭で遊びましょ!

西八萩 鐸磨
ファンタジー
************** 再編集、再投稿になります。 ************** 普通の高校生が、通学の途中で事故にあい、気がつくいた時目の前には、見たこともない美しい女性がいた。 チートを授けられ、現在と過去、この世界と別世界の絆をつなぎとめるため、彼は旅立つ(転移)することになった。 *************** 「ちーと?」 小首をかしげてキョトンとする。 カワイイし! 「ああ、あなたの世界のラノベってやつにあるやつね。ほしいの?」 手を握って、顔を近づけてくる。 何やってんねん! ・・嬉しいけど。 *************** 「えへっ。」 涙の跡が残る顔で、はにかんだ女の子の頭の上に、三角のフワフワした毛を生やした耳が、ぴょこんと立ち上がったのだ。 そして、うずくまっていた時は、股の間にでも挟んでいたのか、まるでマフラーのようにモフモフしたシッポが、後ろで左右にゆれていた。 *************** 『い、痛てえ!』 ぶつかった衝撃で、吹き飛ばされた俺は、空中を飛びながら、何故か冷静に懐に抱いたその小さな物体を観察していた。 『茶色くて・・・ん、きつね色?モフモフしてて、とっても柔らかく肌触りがいい。子犬?耳が大きいな。シッポもふさふさ。・・・きつね?・・なんでこんな街なかに、キツネが?ん?狐?マジで?』 次の瞬間、地面に叩きつけられた。 信じられない痛みの中、薄れゆく意識。 *************** 舞台は近東、人類文明発祥の地の一つです。 ***************

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ほっかいどいんこ!

ぽんたしろお
ライト文芸
インコの小噺集。基本、一話完結の短編集。 アホな飼い主とアホな飼われインコが繰り広げる日々の話や、えげつない飼われインコ社会の闇に迫る!←話盛りすぎと思う?それが、そうでもないんだな~w そういえば、ハヤブサはインコの仲間なんだそうな。ハヤブサ談「解せぬ」、インコ談「どうでもいいビヨ 」

動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!

海夏世もみじ
ファンタジー
 旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました  動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。  そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。  しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!  戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!

奴隷だった私が四天王の嫁になるまで

ブッカー
恋愛
人間の国で奴隷をしていた"私"は。ある日、荷物と一緒に馬車から捨てられた。そんな私を拾ったのが魔族の王子であり四天王のピアーズだった。ピアーズは何故か私を見て、面白いと言って屋敷に連れ帰える。そして、私はピアーズのペットとして飼われることになった。大きなお屋敷でペットとして第二の人生を歩むことになった私は、色々な人と出会い沢山の事を知ることになる。 このおはなしは奴隷だった"私"が四天王のペットになり、最後には嫁になるまでの物語。 *この小説は「カクヨム」「小説家になろう」でも投稿しています。 *ご意見ご要望は感想欄にて受け付けております。お気軽にどうぞ。

処理中です...