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買えなかったケーキと、思い出のパティスリー

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 ~右口さん?~

 その夜、私は辻田さんの家を訪れた。ノックをして出てきたのは、思った通り、プラスチックの彼女だった。
「はじめまして、お人形さん。実は、あなたにお願いがあって来たの」
 私は彼女の左手を取り、彼女の人差し指の第一関節から先を、ニッパーで切り取った。ぽきりと慣れ親しんだ感触がした。
 人差し指ほどの大きさになった彼女を見て、私は思わずつぶやいた。
「ちょっと小さくなりすぎたかしら。うまくくっつけばいいんだけど。おへそよりは指のほうが、取り付けやすいと思うんだけどなあ」
 少し心配になったが、とりあえずやってみよう。私は、自分の体のまるごと、彼女のくっつけた。
 余った部分は、ただの廃プラだ。あとで工場の不良入れにでも突っ込んでおこう。

 大切なのは、”私”が彼に気に入ってもらうことだ。やり方なんてどうでもよかった。
 何が”私”なのかという問題はあるかもしれないけれど、あいにく私は工場作業員だ。哲学なんて製造も買取もやってない。
 まあでもきっと、私だと思う私が”私”なのだ。なにより、真の愛のために身体も心も投げ出すなんて、すごく愛っぽいじゃないか。




 彼は最近、暖房を強めにしてくれる。プラスチックの体を気遣ってくれているのだろうか。
 そのおかげか体が軽く、調子がいい。
 そういえばこの間、私の肘をじっと見て不思議そうにしていた。「キズが直ってる」と言われたけれど、そもそも私は、そんなところをケガした覚えはない。
 何かの勘違いだろうか。


 今日は回転ずし屋につれて行ってもらった。
 本当なら私がはたらいていたであろうばしょだ。
 玉子が甘くておいしかった。わさびはにがてです。


 かれのさぎょうふくのボタンがとれていたので、せんたくをするついでにとりつけておいた。
 このぶぶんは、とれやすいのだ。
 わたしも、なんどかつけなおしたおぼえがある。


 きょうは、ケーキやさんにつれていってもらった。
 おいしそうなケーキがならんでいた。
 わたしはかれに、ケーキをプレゼントしたくなった。
 てんいんさんがやってきた。
 ああ、このひとはみたことがある。




「――こんにちは、太美さん」
 私は知らず知らずのうちに、店員さんに声をかけていた。
 彼は驚いていた。私も驚いた。自分から喋ったことなど、今までに無かったからだ。
「知ってるの?」
 彼が聞いてきた。私はわけもわからず、ふるふると首を横に振った。

 太美さん、と声をかけられた店員は、ぶすっとした表情で私をにらんだ。
 鈍感な彼はまったく気付かず、イチゴの乗ったショートケーキを二つ注文した。
 ケーキを受け取り、お金を支払う。右手を伸ばし、おつりを受け取る。

 手をつないで、公園のそばの並木道を歩いた。彼の手はとても温かかった。
「びっくりしたよ、いきなり喋るから。でも、太美さんって誰のことなんだろうね」
「わからない。昔の記憶かもしれません」

「ああ、そういえばさ」
 彼は少し考えて、私に聞いた。
「君って、左利きじゃなかったっけ?」

 私はそれを聞いて、急に涙があふれてきた。
 ずるいじゃないか。辻田さん、私のことなんかちっとも見ていないと思っていたのに。
 なんでそんなこと覚えているのさ。
 指にちくりと痛みが走った。その拍子に紙袋が手からこぼれ、くしゃりと音を立てて地面に落ちた。
 ああ、また食べさせてあげられなかった。

 彼は紙袋を拾い上げた。中身がつぶれているかなんて、気にもしていないようだ。
 本当に鈍感な男だ。
「帰ろうか」
「うん」
 地面を見ると、プラスチック製の人差し指の先っぽが落ちていた。私をそれをそっと拾い上げ、ポケットにしまう。
 涙を拭き、小走りで彼に追い付くと、彼の腕に抱きついた。
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